始まりはちょっといいお店
突然ですが、私中原晴香(27)は好きな人と今日、籍を入れました。
一見幸せを掴んだ様に見える1文ですが、それは大きな間違え。
何故かって?
それはこれが1年という時間制限のある偽装結婚……だからである。
時を少し戻し1週間前のことだ。私は同僚であり好敵手であり……好きな人である出谷淳平に呼び出された。会社から少し離れた駅にある全席個室のちょっといいお店だ。
「中原頼む!結婚してくれ!」
そんな所でこんな事を言うものだから私はもちろん舞い上がった。
(普段女として見られてなさそうだったのに!いつから両思いに……!?……ん?でもなんでいきなり結婚?)
「……きゅ、急にそんなこと言われても……。」
おそらく真っ赤であろう顔を見られたくなくてもぞもぞと俯きながらそう言うと、その先を遮る様に出谷が勢いよく話始めた。
「いや!ちょっと聞いてくれ!別にお前が好きとかじゃないだ!やましい気持ちがある訳じゃなくて、いや別の意味では、やましい気持ちなんだけど!」
「………………は?」
(こいつは何言ってんだ?)
――好きじゃない――
何故私はプロポーズされながらフラれてるんだ?
「すまんえっと……正確には、俺と偽装結婚してほしい、だ。」
「……偽装……。」
この時点で私の顔はさっきと違い蒼白になりちょっとした目眩まで感じていた。
「……実は俺の家、地元では名の知れたちょっとした名家でさ。兄さんが跡を継ぐはずだったんだけど……兄さんなんでか婿に行っちゃって、俺が地元に帰って継がなきゃいけなくなりそうなんだよ!それで俺も婿に行っちゃえばいいやって!」
「…………。」
空いた口が塞がらない。こいつはこんなに馬鹿だったのか……。
「……大人しく家継ぎなさいよ……。」
「いやだ!だってウチ、呉服屋だぜ!?俺には絶対無理!!跡を継ぐ気なんかなかったから全然わからない!」
「わがまま言わないの……あんたを育ててくれたご両親を助けてやりなさいよ。」
盛大な勘違いをした恥ずかしさとふつふつと沸き上がる怒りで、投げやりな返事になる。
「中原はそれでいいのかよ!俺が居なくなっても!!」
「!?」
いきなり大きな声で言われてドキッとする。心を見透かされているのかと。
(もしかして好きなのバレてる!?)
「ライバルが居なきゃ仕事に張りが無くなるぞ!お前と張り合えるのなんて俺くらいだぞ!」
(……なんだろう。バレてなくて良かったけど凄い複雑な気持ち。)
「そりゃ……出谷がいなくなれば……少しはさ、寂しい…気がしなくもないけどさ。」
好きな人と離れるのは確かに辛いが、先程ほぼフラれたようなものだ。吹っ切りには丁度いいかもしれない。
「出谷はセンスいいし、ちゃんと勉強すれば呉服屋にだって………いい跡取りにだってなれるよ…。」
「……じゃあ1年だけでいいから!」
なにが、『じゃあ』なのか。
「1年で何とかなるようにするからそれまで地元に連れて帰られない理由をくれ!」
「なんとかって……何をどうするのよ。」
「継ぐにしても継がないにしてもだ、ちょっと心の準備をする時間がほしいんだよ。色々考えて結論を出したい。いきなり過ぎて正直俺も混乱してるんだ。今の感じだと、強制的なウチに連れてかれそうなんだよ。」
(まぁ、私にこんな話するぐらいだしね。本当に今大混乱中なのだろうけど。)
「……でも、反対されるんじゃ……。」
「大丈夫だって!籍入れちまえばこっちのもんだ!先手必勝!兄さんも何故か籍入れたっていったらあっさり受け入れられてたし!」
「そりぁ……まだあんたがいるからいいと思ったからでしょ。」
「とにかく!!1回試してみようぜ!」
……試しに籍入れるなんて聞いたことないんだけど?
「なぁ、頼むって」
ぐぅ……小首傾げて上目遣いなんてどこのぶりっ子よ……あぁーもうなんでこんな可愛いのよ!!あざといったら!惚れた弱みってやつよね本当!
「わ、わかったわよ。」
「やったー中原ー!信じてたぜー!」
まぁ、本当にいい機会かもね。1年……私も気持ちの整理をしよう。いつまでもこんな報われない片想いなんてしてられないわ。もう27歳だもの。
そのあとはうちの両親に挨拶、会社に報告と色々バタバタし、1週間の今日、私達は夫婦になった。
「今日から俺中原淳平かぁ!……うん、いいな!」
そう言いながら万遍の笑みで笑うそいつに、ちょっとした目眩を覚えながら、私の苦難の1年が幕を開けたのです。