3話 オッサン→モブおじ
ああ、ここは天国か。
私は目を覚ました瞬間、そう悟った。
何故かって?目の前にティエ様がいるからだよ!
え?ティエ様が誰かって?しょうがないなぁ!じゃあ教えて進ぜよう。
ティエ様とは、今期最大のソーシャルゲーム『黒のユートピア』、通称『黒楽』に出てくる2大人気キャラクターの一角だ。本名はティエイナ・マーストレイス、彼女の家系とかの説明は今回は省略しよう。その姿は、私には女神のようと表現するしかないほどの完璧さで(私のボキャ貧のせいでもあるかもしれないけど)、黄色がかった銀髪に碧色の目が特徴の見た目12、13の少女である。ちなみに胸はCに行かない程度のBだ。8周年を迎える『黒楽』にて登場は2年半前から、人気の移り変わりが激しいソシャゲではメインヒロイン以外で人気を独占する珍しい例だ。あ、2大のもう一人はメインヒロインだ、説明は省略。そんでティエ様の3Dモデルとかモーションとか声とか本当にもう完璧すぎてヤバい。
あ、でも
「お姉ちゃん!」
凛とした声が私を打つ。しまった、ついティエ様の説明に夢中になってしまった。
今の声ってどこからだろう?ディエ様はこんな声じゃなかったし、だとしたら誰が?
そう思って周囲を見てみたけどオッサンしかいなかった。
エ゛、マジで?
あれ?というかこのオッサン、見覚えがあるような…
「お姉ちゃんってば!」
先ほどのと同じ声が聞こえてくる、そっちに顔を向けるとティエ様が――あれ?もしかしてこの子ティエ様じゃない?
ちゃんと見たらこの子死ぬ直前に勇者の器上げたあの子じゃん。
「え、えーと…」
もしかしたら器を上げたそのすぐ後にこの子も死んでしまったのかもしれない。何と返事していいのか戸惑ってると、仰向けになってる私の正面から勢いをつけてその子が抱きついてきた。
ちょっ、ギブ!背中折れる!死んだ後にまた死にたくない!
そう思ってその子の背中をバンバンと叩いたら、より強く抱きしめてきて変な声が出てしまった。
その後知ったのだが、ギブアップの時は地面を叩くらしい。間違った知識は身を滅ぼすってホントなのね…。
背後からの驚いたような呆れたような視線には最後まで反応できなかったのだった。
その後解放された私は、現状がどうなっているのかをお互いに情報交換することにした。
ちなみに私は建物を背に座ってる。立とうとして眩暈がしたのでどうにか連れてってもらったのだ。
「俺はモーガン・ブロムチャフだ。警察仲間からはモーグって呼ばれることが多いな、ま、なんでもいいぞ」
「ええっと、私は神薙亜美と言います。よろしくお願いします」
「お姉ちゃんってアミって名前なんだ?アタシはシルト・ラーナ。よろしくね、お姉ちゃん!」
「う、うん」
ちょっと上ずっちゃったけどまあいいでしょう。っていうかこの子、じゃなかったシルトちゃんと何をよろしくすればいいのだろう?いや、よろしくできるなら大歓迎なんだけども。
モーガンさんには悪いけど、頭文字をとってモブおじと呼ばせてもらおう。もちろんモブおじがいない時と心の中でだけだけど。だってモーグって聞くとクポーを連想しちゃうんだもん。
愛称とはいえ、あれとこれがかなり似た名前ってのは私からしては看過できないことなのだ。
「それで、傷とかは大丈夫なのか?あんなに血が出てたんだぞ?」
モブおじが何を言いたいのかは分かってる。大きな道路を横断する血の絨毯のことだろう。正直私も気持ち悪かった。それはともかく不可解なのだが、起きたら血が出てたところが塞がってる感覚があったのだ。服を捲って血が出てたところを見せたのだけど、痛々しい傷跡がクッキリと残ってるだけだった。傷跡を見たときシルトちゃんが渋い顔をしてたから見せるべきじゃなかったかもしれない。
不可解ではあったけど、解の素になりそうな情報はあったのでそれらを2人に話す。
「神様ねぇ。だがまあ、不自然極まりないからそういうことなのかもしれんな」
「そういえばシルトちゃん、大丈夫なの?」
神様と管理者(仮)のことを話した私はシルトちゃんのことが気になった。気を失う前は立つことすらできないほどに衰弱してたのに今は私の前ですっくと立っているのだ。
「うん!お姉ちゃんからグミ貰ってからちょっと記憶が飛んじゃってるけどたぶん大丈夫!」
うんそれ、大丈夫って言わなくない?
「あー…アミ、でよかったか?この子なんだが…」
ちょっと言い淀んでモブおじがついさっきまでに起こったことを説明する。警官だからと言っていいのか非常に簡潔で分かりやすかった。分かりやすかったのだが…
「スライムを食べたぁ!?」
「おう、アミが俺と似た反応で良かったよ」
「コレのこと?」
割り込んできたシルトちゃんが爆弾を見せてきた。両手で何包んでるのかと思ったらスライムかよ!ていうか持ってくんなよ!モブおじも固まってるし。
でもこれってもしかすると…
「勇者の器のせい?」
「ゆうしゃのうつわ?」
「うん、シルトちゃんはさっき私からグミを貰ったって言ってたけど、あれが勇者の器なんだって」
「ってこたぁスライムを食えたのも?」
「たぶん…」
要領は得ないものの、スジは通ってる気がする。
「ハァ、なんか俺だけファンタジーの世界に取り残された感じだな」
「むしろ私とシルトちゃんが人間を辞めかけてるみたいで落ち着かないんですけどね…」
「ん~?」
頭を掻きむしってぼやくモブおじにフォローとも言えないフォローをする。シルトちゃんは気にしてないようで首をコテンと傾げる、可愛い。
「んで、これからどうするんだ?まさか魔王を倒すとか言わねぇよな」
「そのまさか、ですよ。魔王を倒してこいって言われてこの力を無理やり渡されたんですから」
「随分と身勝手な話じゃねぇか」
「ですが達成した暁には特典があるって言うので、渋々ながらもやりますけどね」
「お姉ちゃん魔王倒すの?」
「倒すためにシルトちゃんの力を貸してほしいんだけど?」
「うん!分かった!」
力強い首肯が返ってくる、可愛い。
魔王を倒すなんて、幼い子にやらせるには忍びないのだが、やってしまった以上やるしかないのだ。
「それで、魔王を倒すアテはあるのか」
「今のところ、特には…」
「まあそうだろうな。…気休めにしかならねぇだろうが、俺の家を使わせてやる」
「え?」
モブおじの急な提案に私は驚くしかなかった。なんの脈絡もなしに使わせるなんて何かあると思ったのだけど
「いくらお前らがファンタジーになったところで、俺から見りゃお前らはボロ着た少女2人でしかねぇ。はいそうですかってなんもやってやんねえで送り出すほど、俺は鬼畜じゃねぇ」
「モb…、モーガンさん…」
「だが、お前らが準備万端にできるほどのもんはねえだろうがな」
それでもモブおじの提案は魅力的だった。すぐに出発するにしても、ここに留まって鍛錬したりするにしても、拠点があるのとないのとでは大違いだ。RPGとかで準備を整えられるところがあるのとないのとでレベリングとかの効率が全然違うしね。それにしてもバレてないみたいでよかった…。
準備万端にできるほどのものはない、とは言ってたけど、むしろ当たり前だと思う。勇者が来ると思うから防具とか武器とか残しとこうなんて現代で考える人はいないだろう。
「はい、ありがとうございます!」
「ありがとうオジサン!」
「…礼なんて言われる筋合いはねぇ。ほら、さっさと行くぞ」
踵を返して速足で歩きだしたモブおじは乱雑に頭を掻きむしっている。後ろからはよく見えないが、頬が少し赤くなってるように見えた。もしかして照れてるのかな。
私はそんなモブおじの後を追おうとして立ち上がれなかった。
立ち上がろうとしても、接着剤で固定されたかのように足やお尻が浮かない。後ろの壁に手をついて押し上げようとしてもプルプルして逆に腕の方が攣りそうだった。
モブおじは照れ隠しなのかこっちを見向きもしない。
不思議そうな顔をしてシルトちゃんがこっちを見ている。私は優しい笑みを浮かべ
「シルトちゃん…、おぶってくれない?」
「うん!」
シルトちゃんは元気よく即答して私をおぶってくれる。
勇者におんぶにだっこになるだろうなとは確かに言ったけど、こんなに早く有言実行になるとは思わなかった。しかもおぶってるのは小学校低学年くらいに見える子なわけで。
…やっぱり、勇者にする子はもうちょっとちゃんと選んどけばよかったかなぁ…。
私は高校生にもなって黒歴史を作ってしまったのだった。
――――――――――
それから車、及びパトカーに乗ってモブおじの家に向かう。
門から遠ざかるように車を発進させてすぐに、街の雰囲気が変わってきた。簡単に言ってしまえば家やマンション(?)の損傷が大きかったり、倒壊した建物がちらほらと見えるのだ。門から離れるほどそれが顕著になってきてる。
チラッと見るとモブおじはしかめっ面をしていた。モブおじ自身も思うところがあるみたいだ。
「そういえば、日本に魔王が来てからどのくらい経ってるんですか?」
「……ああ悪い、推測でしかないが、日本から緊急救援要請が出たのは2週と少し前だ。これまでの侵略スピードから考えて3週間ってところだろうな」
なるほど、大体そのぐらいだと思う。私が日本にいた時の日にちを覚えてればすぐにどのぐらい経ってたか分かるのだけど、何日の何曜日かもすっぽ抜けてたからね。
「なあ、今日が何日か」
「そういえばあとどれぐらいで着くんですか?!」
嫌な予感がしたので食い気味に質問することで煙に巻く。私はアホの子とかじゃないのですよ!
「…すぐにつく、降りる準備でもしておけ」
「わかりました」
返事が尻すぼみになってしまった。というのも最終的に車に乗るときにおんぶしてもらったのを見られたせいである。
一方おんぶしているのを見られたシルトちゃんはというと
カリッカリッカリッカリッ!
かなりのペースでキシリトールガムを食べてた。それ、そんな何十粒も一気に食べるものじゃないんだけど…。
――――――――――
幸いなことに、周辺に比べてモブおじの家の損壊率はそこまでだった。
とはいっても雨風をキッチリ防いでくれるだろう程度で、外見はかなりひび割れてたり、中もタンスやらテレビやら花瓶やらが倒れていて、暮らせるかどうかというと微妙なところだったけど。
それでも他は半分以上倒壊してるものがほとんどなので、これでも万々歳だと思う。
ひとまず家の通路を邪魔しているものを撤去して(私は全くもって非力なのでソファで様子を見てた)幾分かマシになった。家の中を探索してると、どうやらウォークインクローゼットのような収納もあるようで、開けてみると――そこには女性ものの服が収納されてた。まさか、これ、モブおじが!?
「何勘違いしてんだ、これは妻と娘のだ。俺のは別にある」
そりゃそうか、っていうかモブおじって家庭持ってたんだ。確かに一人で暮らすには広すぎるし中年男性一人が使うにしてはモノが多すぎる気はしてたのだ。
改めて家の中を見渡すと、落ち着いた色の家具が点々と置いてあるだけで必要以上に部屋を圧迫せずに空間と調和している。傷がついてたり欠けてたり壊れたりしているけど、この状態なら住宅として機能しそうだ。
「一応、水なら少し貯めこみすぎたやつがあったはずだ。電気も水道も通ってねぇから慎重に使えよ」
「何から何までありがとうございます」
「ありがとうオジサン!」
「こっちは命助けてもらったんだ、このぐらいはしないとだろ。で、だ。食料はどうする」
「それは……」
忘れていたわけではないけど、これ以上は求めるべきかどうか迷う。確かに必要不可欠ではあるのだけど、それはモブおじの方でも言えることだし、ついさっき会ったばかりの人に命を預けるほどのお人好しなんていないだろうし。
とは言え、食料問題は深刻なわけで、現実的な解決案を模索しないといけない。
そう思い頭を回転させてると太い指で額を小突かれた。
「俺を頼ればいいじゃねぇかよ」
「いや、でももう十分に..」
「思いやりは日本人の美徳っては聞くが、お前がそう大人ぶんなくていいんだよ、ガキ。要求するだけならタダだ。お前より大人のくせして図々しい要求してくる奴ならごまんといるぜ」
ニカッと笑うモブおじが眩しく見えた。
居たよ、こんなとこにお人好しが。
「だがまあ、政府の食糧でもあるからな、お前に流すったって、いつまでも出来るわけじゃねぇ。それまでに俺が戦闘面なり生活面なりの補助ができればいいんだが…」
うわぁ、もはやどっかの主人公並みのお人好しだよ、それなのに愛称モブおじって誰が言ってんだよ私だよ。もはや何かにとり憑かれてんじゃないかと心配になる。
「そこまでしなくても…」
「こっちは年端もいかねぇ少女に命助けられて、そいつに地球の命運託すってんだからよ。察しろ。日本人は察する人種って言うしな」
…はっ!?
危ない危ない、モブおじがオッサンじゃなかったら危うく惚れそうになるとこだった。でもそんなに響くような言葉だったかな?
あれか、吊り橋効果ってやつか。なら仕方ないね、うん仕方ない。
こんなこともあって、モブおじを勇者にしようかという欲求が再度出てきた。神様は『勇者を見繕え』って話はしたけど、何も一人選べってことは言ってなかった。ただの屁理屈だとわかってるけど試してみる価値もあるのではないだろうか。
初見でシルトちゃんソロで魔王倒せとか無理ゲーの予感プンプンするからね。
そう考え、以前勇者の器を出したように手に力を集中させる。初めて出すときにあった、全身から力が抜ける感覚はあったものの、出てくる様子はない。
さらに力を込めると激しい倦怠感が襲ってきたので慌ててやめる。できない可能性が高い以上、これ以上シルトちゃんに負担をかけるのは絵面的にも私の精神衛生上にもよろしくない、私をずっとおんぶしながら戦ったり旅をしたりは私の心が死ぬ。まあ、成功したとしても、おんぶするのがシルトちゃんからモブおじに変わるだけだけど。
「おいどうした、急に!右腕を震わせたと思ったらすぐさま肩で息をしやがって、まさか『私の右腕に封印された邪龍が暴れている!!』とか言い出さねぇだろうな!?」
コハァッ!!
どうやら私の懸念は手遅れだったみたいです。orz
ここまで読んでいただきありがとうございます。
暑中お見舞い申し上げます。