第4話 デッドヒート・オンザ・シーショア
さあ始まりました!!!
先刻同僚にクロスタと呼ばれていた金髪の軍人は、ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてきている。
このまま捕まると考えられる不都合の中でも一番避けるべきは、身分証明書をもう一度綿密に確認され、偽造が明るみに出ることだろう。
最悪、出自が洗い出されてそのまま処刑という流れになりかねない。
穏便に罰金だけで済まされるかもしれないが、二人の所持金がギリギリだということを思い出してほしい。
しかし異なる文化圏とはいえ、指名手配や厳戒体制に繋がるような重罪であるとも考えにくいため、恐らく海岸付近を持ち場としている彼の手から逃れることができたら、ひとまずはこの場を凌げることだろう。
逃げ切れたら、の話だが。
「ギウス!」
隣にいる少年を軽く小突き、すぐさまセエラは走り出した。
いや、飛び降りたと言ってもいいだろう。
不安定で湿気のある足場を急いで降りて滑落するくらいなら、リスクを取ってでも狙った地点に着地した方が良い、と言わんばかりに。
二人とも無事に着地したはいいが、クロスタの方も岩場とは思えないほどの慣れた足取りで降りてくる。
安堵している時間などない!
「待て!!」
「ごめんなさーい知らなかったんですー!」
地面が砂のため走りづらい!
加えて二人には地の利がない!
石畳の市街地に一刻も早く戻らなくては!
足の指の間に入り込む砂の不快感!
ろくに寝ていないこの三日間!
それがどうした!クロスタは速い!
慣れている土地ということを差し引いても、砂地に着地した際に開いていた距離はもう半分詰められている!
息が上がっているからどうだと言うのだ!
小細工のひとつも通用しないようなこのだだっ広い砂浜に今、安息の地など存在しない!
とはいえ人間の体力には限界がある!
軍人と一般人ならその差はなおのこと歴然である!
もうすぐ、あと数秒でクロスタの手はセエラの肩まで届くだろう。
「くらえ!」
「くっ!」
クロスタの意識がセエラに集中した一瞬をギウスは見逃さなかった。原始的ではあるが、目に砂が入って怯まない人間などいない!
一瞬の隙をついて走り抜け、幸い石畳の区画に辿り着いたが、体勢を整え直したクロスタはなおも追跡を止めようとしない。
「何あの体力!?化け物!?」
「セエラ、右!」
雑多に物が積まれた裏路地に入り、更にいくつかの角を曲がる。
しかしクロスタは現地の人間であり、身を隠しやすい場所などお見通しである。
「--そこだ」
人間二人が身を隠せるほどの大きさのゴミ箱。他に何もない路地に入り込んだが最後、運がなかったなと言いたげに蓋を開ける。そこには--
何もなかった。ゴミ以外、何も。
「そんなはずは……」
周囲を捜索するが人気はまるでなく、ついに彼は追跡を断念せざるを得なくなった。
セエラとギウスはついにクロスタに見つかることはなかった。
なぜなら--
「どうぞゆっくりしてくださいな。何かお飲み物をお持ちしますね」
なぜだか現地の少女の家でもてなしを受けていたからである。
「なんだかすみません、良くしてもらって……」
「いいえ、良いんですよ。あなたこと本当にお怪我はありませんか?」
セエラは数分ほど前にこの少女とぶつかりそうになり、とっさに避けたところ派手に転び、その流れでギウスともども家に招かれたのである。
「でも本当に感動しましたわ。私、びっくりして果物籠を落としてしまいましたのに、セエラさんったらしっかりと胸元で受け止めてくださったんですもの。ねえ、セエラさんとギウスさんは大道芸か何かをされているの?」
少女が鈴を転がすような声で笑う。
セエラにしてみれば、籠が顔の上に落ちてくるのを必死で阻止しようと身動ぎした結果でしかないのだが。
隣ではギウスが疲れ果てた顔で溜め息をついている。
「ええと、その……」
「ああごめんなさい、私ったら自分が名乗るのを忘れていましたわ。失礼いたしました」
長い豊かな金髪を揺らしながら、月のような微笑みで少女は自らの名を口にする。
「私はフィナーレ。フィナとお呼びください」
フィナちゃんはとても可愛い女の子です。