第3話 二人の歩み
肩を並べて歩くのは、二人にとっては当然のこと。
「で、どうするつもりなんだセエラ」
「だいたいの街には旅人用の安宿があるって先生言ってたよ」
何はともあれ怖い顔の軍人のもとから立ち去れたことで、セエラの足取りが軽くなっているのは事実だ。
少し気持ちが楽になると周囲を見渡す余裕も出てくる。
セエラとギウスが住んでいたラウフデル市内は教会の関連施設としての荘厳、流麗な建築物が多く、また市民の商店においても景観にある程度の規制がかけられており、広場や商店街等、少なくとも表向きには、市全体に芸術品のような統一感があった。
だが、今いるスードリーガにおいては、文化的な建築様式の傾向はあるものの、土地や区画ごとの主の意向によって壁の色、窓の数、階層に至るまで多様な建物が立ち並んでいる。
「いいじゃない。私この街好きだな」
「来たばかりだから何とでも言えるだろうよ」
ギウスは歩きながら皮袋の中身を確認している。
「リガーと、それから問題なく両替できる通貨を合わせるとまあ、一月はギリギリ……ってくらいだな」
「ギリギリってアウト?セーフ?」
「……節約がんばろうな」
「ギウスって嘘とか下手だよね」
「…………」
ギウスは遠い目をして、そら きれい とか何とか呟いている。
セエラにとってはその率直さは決して不愉快なものではなく、むしろ安心感さえ得られる。だから
「大丈夫!絶対なんとかなるって!」
全く根拠のないことだけど、断言できてしまう。
「なんとかって言われてもさあ、なんとかなる!って連れ込まれた船で遭難してんだけど俺ら」
「そんな昔の話忘れた!ギウスも忘れよう?」
「いやさっきまで乗ってた乗ってた」
そんなことを話しながら歩いていると、船着き場とは違う砂浜に出た。漁船もあまり多く見えない。秋だからか、人気もなくしんとしている。
「ねえ、ちょっと寄ってかない?」
「靴に砂が入るからやだ」
「あの岩の上とか日当たりよくて気持ち良さそう」
「変な虫とかいるかもしれない」
「先に登りきった方が勝ちだからね!」
「不安定な足場で走るな!こらセエラ待てって!」
そんなことを言っているがギウスはセエラを追い抜かさない程度についてきて、セエラが手をかけようとした岩が崩れかかっているのを見抜いて、素早く後ろから手を掴んで別の場所にいれば誘導し、セエラの耳元に寄ってくる虫を追っ払い、セエラより若干気疲れしながらもほぼ同時に岩の上に辿り着いた。
一等高いところにあるその岩からは海が一望できた。
昼の光を浴びた海は煌めきながら凪いでいる。
水面の下にはきっと見たこともない魚やその他の生き物が沢山いるのだろうけれど。それでも自分達と海鳥以外に呼吸しているものなんか何もないような錯覚に襲われるような、遠い遠い、広い青。
だからかもしれない。セエラは心に浮かんだ、いや、ずっと持ち続けていた疑問をそのまま口にした。
「ギウス、なんで来てくれたの?」
「……」
「私が連れていく!って言い出したのは確かだけどさ、別にお父さん達に告げ口することもできたよね?結構準備する時間あったよね?私が勝手に考えてたことにすれば、先生のことだって庇えたよね?いつか誰かに殺されるなんてただの妄想かもしれないんだよ?少なくともあそこにいれば、今ここで怖い思いも生活の心配もすることなかったんだよ?」
「……お前が行くって言ったから」
「理由になってないんだけど」
「なってるよ。だって」
そのままギウスは沈黙した。
だって、何?
それを聞きたいんだけど。
黙ってないでなんか言いなよ。
普段ならそんなことすぐに言えるのに。
なんだか潮風が冷たくて、日の光は眩しくて。
言葉は彼女の胸の中で泡になって消えてしまった。
それでもこの沈黙を破るために、やっぱり何か言おうとして。
「ねえ、ギウス。私-」
「お前ら」
不意に声がして振り返る。
「海水浴場は冬季立ち入り禁止だ」
背後の少し離れた岩の上には紺碧の軍服を纏った金髪の軍人が鬼のような形相で佇んでいた。
「あっ、その、私達知らなくて」
「不法行為は適切に処罰させてもらう」
「待ってください、俺達の話を」
「そこから動くな」
「あの、その」
もう彼は敵意を放ちながらこちらに向かってきている。
それなら。
「ごめんなさーーーい!!!!!」
逃げるしかない!
知ってた?ギウスって嘘とか下手なんだよ。