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第2話 被害者

あの槍は、獲物を逃がさない。

「マートリーガ大陸の虐殺」


--それがなぜ歴史上極めて大きい事件とされているの?


「世界平和を謳う教会が、自分達に与しないながらも、軍事施設でもなんでもない市街地、農地、すべてを数日のうちに焼き尽くしたからさ」


--なぜ、なんのためにそんなことが起こったの?


「諸説あり、今の教会内では迂闊なことは言えないため検証も難しい。侵略したというのに、ろくな支配もせず放置しては都度反乱を鎮圧しに遠征しているだけだというのも不自然だ。ただ、この虐殺を機に下位司祭であったトリエス氏が目覚ましい出世を遂げ、主宰にまで上り詰めたことは事実だよ」


--ねえ、先生。なぜその話を私にしたの?


「君が何も知らずにここで生き続けることは、きっと良くないことだから。例え私の言動が明るみに出て、死ぬことになったとしても」


--私は、


「君とシアンだけは孤児じゃない。彼等の実の娘だ」


--いつか、


「いつか確かな憎悪によって命を奪われるだろう」


--殺される。


「誰にも言ってはいけないよ。違う土地に行くんだ。遠くに、ずっと遠くに行くんだ。誰とも関係のない人間になって、誰にも命を狙われない人間になって」


--このままじゃ。


「私には君を死なせない義務があるんだ」










--先生。


私を逃がしてくれた先生。


教会と全く関係のない土地で生きていくことを私に望んだ先生。


私は、今。

教会に蹂躙された土地で。

私達のことを最大限に警戒している人間に出逢いました。


「お前達、どこから来た?」



近付いているわけでもないのに、思い切り見上げないと確認できない高さの顔。

色素の薄い金髪。碧い瞳。鋭い眼光。

腰の剣に添えられた骨ばった手。

例えその紺碧の軍服がなかったとしても十分すぎるくらいに威圧感を放つ佇まい。


--下手を打ったら殺される。


「えっと、その、アイルマセリアの方から来ました!」

「俺達は旅をしながら商いをしている者です!」

ギウスと一緒に、用意していたいくつかの手作りの品と、偽造した身分証明書を見せる。


緊張で指先が冷たくなる。髪の奥でじわりと汗が吹き出る。

怖い。逃げ出したい。

この人は、スードリーガの軍人なんだ。

被害者側の人なんだ。

きっと、教会を恨んでいる。憎んでいる。

正体がばれたら絶対に拘束されて処刑されるか、この場で殺される。


軍服の彼は注意深く差し出した物を見定めている。

その様子を見ているだけで心臓が止まりそうだ。


「クロスタ、もういいじゃん。あっち方面の顔じゃないし、そんないちいち警戒してたら身がもたないって」


もう一人軍人が横から出てきた。緩めの茶髪を後ろで結わえた男性だ。


「何目的にしろ1ヶ月以上の滞在は申請が必要だからね~!楽しんでいってね!」

金髪の軍人の手から物を引ったくると、雑な手つきで手元に返された。


ありがとうございます、と挨拶するなりギウスの手を引いて足早に市の中心部に向かっていく。


永遠にも似た地獄を予感させるような一瞬から解放されて、手先がにわかに震えた。

ああ、こんな思いをこれからもしなくてはいけないのか。

一時的に安堵したとはいえ、内臓が嫌に軋むように痛くなる。

逃げてこなければよかった。

ずっと守られている場所にいればよかった。

そんな気持ちが湧いてくるのを必死に押し留める。

どのみちもう帰れはしないのだから。


「さ、泊まる場所探しだね!ギウス!」

「セエラお前ほんっっと切り替え早いよな……」









「クロスタ、やりすぎだって。あの女の子怯えてたじゃん。自分の顔が怖い自覚ある?」

「余計なお世話だ。この街の安全を守れるならあれくらい当然だ」

海辺の警護中の軍人たちは語り合う。

平穏な港町。

かつて安寧を踏みにじられた人々は、海の神に祈りながら復興に取り組んできた。

そして今も信仰は彼等の精神的支柱となり、祈りの言葉は軍のスローガンともなっている。

「大いなるリガルタ神の名のもとに」

「大いなるリガルタ神の名のもとに」


真顔はとても怖いです。

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