最終話 ポラリス
あなたは誰の言葉を信じますか?
それからもやっぱり大変で、泣きじゃくるあの子を必死でなだめて。
それが終わったら先生に思いっきり怒られたよ。
なんて危ないことをするんだ、ってね。
先生ってこんなに怒るんだ。私は何も知らなかったよ。
でも怒られながらも二人して倒れてたから全っ然動けなかったんだよね。
後でわかったんだけど、肋骨が何本か折れてたし、足首も手首も酷い捻挫してたみたいなんだ。道理で痛いと思ったよ。大怪我して当然のことしてたからね。
心が痛いからだって、あの時は本気でそう思い込んでたのにね。おかしいよね。
それからしばらくして、やっぱり私は旅に出ようって決めたんだ。
復興に携わるのが道理なのかもしれない。
真実を公に発表した方が正しかったのかもしれない。
私はやっぱり、無責任なのかもしれないね。
でも、良いよって。好きなように生きても良いんだよって言ってくれたから、遠慮なくそうさせてもらうことにしたんだ。
髪を切って、船に乗って、ずっと歩いて。
いかにも旅らしい旅がしたいって思ったんだ。
それでも一人は寂しくて、とても寂しくて。
だってそうだろう?あんなに大切な人を失ったのに、その上で今、大切にしてくれてる誰とも会えなくなるなんて、正気の沙汰じゃないよね。
どうしてそんな選択したんだと思う?
寂しくなるより嫌だったことがあった、それだけなんだ。
そんなにネガティブなことを言ってるつもりはないんだよ、これでもね。
私はただ、忘れたくなかったんだ。
忘れられたくなかったんだ。
大切な人達を。大切な人達に、大切にされていた私のことを。
今目の前にいる人すらいつ失うかわからないから、私や私の大切な人が死んだとしても、途切れながらでも続く永遠を創り出したかったんだ。
みんなが迷いながらも何かを選んで、その結果私は今ここで息をすることができている。
私だってこれからも迷いながら何かを選んでいくことで、いつか誰かを救えるかもしれない。
それが知ってる人でも知らない人でも、誰でも構わないのさ。
言の葉の翼に限りなんかないさ。
人の数ほど真実があり、人の数ほど物語がある。
飛べなくても、動けなくても、言葉を紡ぐことができたなら。
言葉を紡ぐ術すら持たない存在ですら、誰かの言葉に表されることがあったなら。
人は、自由だ。
自分が望む、何にでもなれる。
本質的には何も変われないかもしれないけれど、それでも変わるために。自分を変えるために必死で繋いだ言葉は嘘になんかならないさ。
それが事実といつの間にか変わってしまっても、ただの願望に過ぎなかったとしても、私が願ったという事実は消えずに残るのさ。
だから、私はあの子とたくさん話したんだ。
私が知らなかったことを、たくさんたくさん聞いたんだ。
あの子だけじゃない。
目の前で死んでいったあの人。
最後まで応援してくれてた先生。
他にも、いろいろ。
話したことのない、今まで話すことすら考えていなかった人とか、たくさん。
本当にたくさん、話を聞いたんだ。
私はそれを繋ぎ合わせ、物語にした。
そしてそれをずっと、語り歩こう。
世界中に向かって語り続けよう。
そう決めたんだ。
ねえ、どうだった?どう思った?君達の言葉で聞かせて。
これはお姫様でも勇者でもない、ただのなんでもない、何もできなかった女の人が。つまり私が。
一生懸命だったり一生懸命じゃなかったりを繰り返して、数奇な生き方をしながら、幸せになれるのかなれないのか、その軌跡を辿る物語だったんだ。
私は、幸せに見える?
将来を誓い合うような相手は誰もいないし、家もないし、一生故郷に帰れないかもしれない。
死ぬまで誰かに恨まれ続けるかもしれないし、いきなり事故で死んじゃうかもしれない。
私は、不幸に見える?
まだ誰も見たことのない景色をこの目に映し、この言葉に乗せることができる。
限りない人々と知り合って、一人一人と心ゆくまで話をすることができる。
私は、満足してない。
こんなんじゃまだまだ満足してない。不満だらけだ。
言葉が通じない場所だってあったし、言葉が通じても心が通じない相手だってたくさんいた。
最後まで聞いてもらえたけど、嫌な顔されることだってあった。褒めそやされて、勝手に言ってもいないアレンジを加えられることだってあった。
こんなんじゃ全然満足してない。もっと誰かと、明日も誰かと話したい。
だって話すのがこんなにも楽しいって、旅立つまでは知らなかったからね。
話してて辛いところだって、そりゃああったさ。本当のことなんだもの。
でもね、どんなに辛くても君達は聞いてくれたから。私の声を聞いてくれたから。
ありがとう。
本当にありがとう。
最後まで聞いてくれて、改めてありがとう。
おやすみ。
良い夢を。
えっ、もう行くのかって?
当然さ。物語はすべて話し終わっちゃったからね。
それに力がなくなったとはいえ、これだけ重い罪を告白したんだ。あまり長居をしても迷惑だろう、そう思わないかな?
大丈夫、夜でも怖くない。
私を導く星はある。
極天のポラリス。旅人の星。
それが輝く限り、私の旅は終わらない。
例え史実と違っても、ずっとずっと謳い続けていよう。
だってセルシオールはうたうのが使命だからね。
神とは関係ない。
これはママの生き様を見て決めた、私だけの約束。
あの子が向日葵に例えてくれた髪を揺らしながら、また一つ山を越え北に向かおうか。
太陽じゃなくても、私の光に向かって咲けば良い。
あなたがどこで何をしていようとも、二度と会えなくても、私の言葉はいつかあなたに届くわ。
その時までさよなら、私の一番大切な家族。
これにて本編、彼女の話す物語は終了です。
「独裁者な身内から逃れるために亡命したはずがもっと地獄だったという話」 完結です。
お読みくださって本当にありがとうございました。
心から感謝申し上げます。
……これ以外の結末があるのかと、もしそう思っていただけるのなら。
他の人物が語る未来にまで、お付き合いいただけるのでしたら。
あと四人、彼等にとっての真実を明かしたい人物がいるようです。
エピローグが終わるまで、今しばらくお待ちください。




