第35話 裁きの時来たれり
公開処刑、始まるよ
アレイルスェン教会前広場にて、人だかりができている。
もっともそこに一般市民の姿はなく、殆どが教会騎士と司祭達だ。施設の子供達には知らされていないが、ただ一人、ギウスだけが立ち会いを許され、司祭と共に佇んでいる。
人だかりの中心に木の柱に縛り付けられた人物がいる。セエラ達の逃亡を手引きしたアイフレンド医師だ。
「先生!だめ、先生を放して!わたしが言ってるんだよ!?このわたしが!なんでみんな言うこときいてくれないの!」
シアンはその場に向かうことが許されず、テラスにて騎士達に止められながらも声を張り上げている。しかしその声が聞き入れられることはない。
教会への反逆は大罪である。重罪人に減刑の余地はなく、首を落とされるか吊られるか燃やされるかである。今回はどうやら火刑らしい。自身の足元に藁やおが屑が積まれていく様子をアイフレンド医師は、怯えるでもなく狼狽えるでもなく、翡翠色の瞳で静かに見つめていた。
「もし」
それまで一言も発さなかった死刑囚の声に刑吏は一瞬、身を震わせる。
「その積み方では燃えるものも燃えないよ。特に今日は夕方にかけて風が強くなる。もっと全体を覆って蒸し焼きにした方が確実だろう」
「なっ……」
「耳を貸すな。どうせ罪人の最後の悪足掻きだ、言わせておけ。それに今日は風のない晴れって星詠みも言っていた」
「長かったなあ。でも、うん」
罪人は沈んでいく太陽を仰ぎ見て、ぽつりと呟く。
「今までありがとう」
「諸君、これより神の御言葉をもって、神の威光に仇なす悪魔を葬り去る!聖なる炎によって楽園の安寧は守られる!」
トリエス主宰の口上が始まった。地平線が赤く燃えている。
教会の人々は高揚し、火をつけよとの声があちこちから上がっている。
「悪魔はお前達だ!死ねトリエス!」
あちこちから武器を持った人々が雪崩れ込んで来る。暴徒、いや反乱軍と名乗る彼等は、死刑囚の前にいるトリエス主宰の方を目掛けて走って来る。
「誰か」から流された情報をもとに、各方向から奇襲を仕掛けたとはいえ、盛り上がりに任せて無計画に反乱の声明を出してしまったがために、騎士達には集団としての動きがある程度読まれている。ギウスは光の宿らない瞳でその光景を見つめている。
しかし、その数の多さは教会側の予想を超えていたようで、すぐに鎮圧には至らない。中には海賊達の姿もあり、力と力が激しくぶつかり合っている。
「問題ない。早くやってしまおう」
その様子を歯牙にもかけず、トリエス主宰が指示を出す。場が混乱しているとはいえ中心部に反乱軍の刃は届いていない。
松明を持った刑吏が死刑囚に一歩一歩近付く。
「だめーーーー!!」
シアンの嘆きは空に消え、誰にも届かない。
のだが。
「ウッ!?風が!」
「主宰!風強すぎます!全然火が着きません!」
「あっあっ松明……ああ~っ!!」
急に不自然なほどの突風が吹き荒れ、ありとあらゆる火が消えていく。
「なんだなんだ!」
戦っていた騎士団と反乱軍も、その風力に圧され、人と人が揉みくちゃになって倒れていく。
「うわーー!」
あちこちで悲鳴や怒声が上がる。
「ここまでは読み通りかな」
その様子を見ずともわかるといった口調で、フロアはデスクにて一人呟く。
「星詠みにばかり頼ってデータの分析をしないあいつらに今日の天気なんか予想できるはずないよね。百年以上記録と保存を続けてきた僕達とは違ってさ、予兆もろくに気付けてなかっただろうね。さて、と。あの子、上手くやるといいけど」
吹き飛ばされないように欄干に必死に掴まりながら、シアンはふと気付く。微かに風に乗って歌声が聞こえるような、そんな気がするのだ。
「なに……この声……?」
しかし風がますます強まり、目を開けていられなかった。
夕陽を浴びて透き通った羽根のようなものが目の前を通り過ぎたような気がする。いや、気のせいか?
風が弱まるその瞬間、聞き覚えのある悲鳴が上がった気がした。
「キエ……さ……ちょ……だめ……や…………こんなとこ……いやあああああ!!!!!」
何かが遠くに飛び去った。
風が、止んだ。
死刑囚の前にたっぷり積まれた藁やおが屑。
そこに何かが落ちてきた。
いや、何かではない。
人間だ。
近くにいる人々にはすぐに、それが誰か理解できた。
その人物は立ち上がり、こう言った。
「お父様!」
「……え?」
トリエス主宰が固まる。
アイフレンド医師が目をぱちくりさせている。
騎士団が、反乱軍が、なんだなんだどういうことだと騒いでいる。
「は?」
「んんっ?」
「リ……リディ……」
「セエラ!おかえりーー!!」
シアンに軽く手を振ってから、セエラはトリエス主宰の正面に歩み出る。
「お話があります、お父様」
「えっセエラ……今どこから……えっ空から!?なんで?あれ?どうやって!?えっと……とりあえずみんな取り押さえて……」
トリエス主宰が指示を出そうとした瞬間、セエラはポケットからナイフを取り出し、自分の胸元に当てた。
「動かないで!」
「セエラ!?」
トリエス主宰の合図で騎士も刑吏も動きを止める。
「全員武器を捨てて、手を上に」
「いきなり出て来て何を言っているんだセエラ!?」
「そしてその医師を解放してください。無実です」
「それはできない!こいつは君を陥れた……」
「私がすべてを企てました。私が脅迫したのです、貨物船の運航経路と警備配置について情報収集しないと、施設の子供を全員殺すと。一人一人枕元に立ち、無抵抗のところを殺してまわると、この刃を見せて吐かせたのです」
「なっ……」
セエラの突然の発言に、トリエス主宰だけではない。アイフレンド医師までもが口を開き反論しようとする。
「黙りなさい愚か者。貴方が無能なせいで我が腹心、ギウスをスードリーガ軍に忍び込ませなければいけなかったんですよ?」
「セエラ、話が見えない……何を言っているんだ?」
トリエス主宰が、騎士団が、スードリーガ軍が、海賊が、ギウスが、シアンが。それぞれ大いに動揺している。
中心にいる人物は、何を言っている?
自分達は、何を要求されている?
誰が何を企てたって?
誰が誰をどこに送り込んだって?
「静かに。これだけ言ってもわからないなんて、皆さんは本当に愚かですね。どのようにここまで生きて来られたか、理解に苦しみます」
冷徹な表情を浮かべる赤髪の人物は、女性と言うには幼く見える体躯だが、少女と言うにはあまりにも邪悪すぎる雰囲気を身に纏っている。聞く者の背筋を凍らせるような声で彼女は続ける。
「お父様、ひとつお聞きしたいことがあります。貴方はお母様といつどこで出逢われたのですか?」
「え……それは……」
「お母様が貴方の前で一度でも兜を取ったことはありましたか?」
「…………何が、言いたい」
「お父様とお母様、お二人で施設に会いに来てくださったこと、一度でもありましたっけ?」
「さっきから何を言っているんだ!ああもうその物騒なものを早く捨てなさい!」
「誰に向かってものを言っているんですか?フィス。私がどうなってもいいなんて、そんな愚かな判断をする貴方達だとは思っていないのですけれど」
彼女は胸元から薔薇の紋章を取り出した。
それを目にしたトリエス主宰は、騎士達は、硬直する。
「我が名はリディセエーラ・カウレア。称号をゼクスレーゼといいます。皆様どうぞお見知り置きを」
その輪郭は夕陽を浴び、焔のように揺れていた。
薔薇色の髪




