第24話 君に輝く
ああ栄冠は
スードリーガの軍人、アーツは心の中で叫んだ。万事休す!また憎き怨敵を滅せないまま、可愛い女の子と幸せな家庭を築くことができずここで死ぬのか!?
スードリーガ艦隊のエンジニア、フィナは戦慄した。討つべきは騎士団ではなかったのか。なぜ私達は大自然の脅威に晒されているのだ!?
レディ・ヴァルモント号の船長、デニアは判断を未だに決めかねている。しかしこの状況で何も決めないことこそが最悪の判断だということは理解していた。
逃亡者セエラは胸のペンダントを握り締め、思考を巡らせた。どんなアイデアでも実行しなければ死ぬ。躊躇する時間などない。
「デニア!」
「呼び捨てにすんな殺す!」
「あの岩場まで行ける?」
「ハァ!?飛竜からは遠ざかるけど両軍から丸見えじゃないか!しかも絶妙に入り組んでるし!あんなところで砲火食らったらおだぶつだよ!」
「あと、その大砲で飛竜を足止めできたりする?同時じゃなくて一匹ずつならなんとかなるかもしれない!」
「注文が多いんだよ図々しい!」
「あなた達じゃなきゃ頼めない!」
「あぁもう、責任取ってもらうよ!」
セエラの指定した場所までレディ・ヴァルモント号は全速で向かった。
当然、突如現れた海賊船の存在は両軍にとって得体の知れない不穏分子ではあるが、今はサメでそれどころではない!
「ここなら、たぶん!」
一か八かといったセエラの表情に海賊達は当然不安を覚えるが、あれやこれや言う前に飛竜の一匹目が急降下してくる!
--セエラ、友達を作らないの?
セエラの脳内をアイフレンド医師のかつての言葉がよぎる。
だって、できないし。作れるものでもないと思うし。
--そうだね、別に友達がいなくても楽しく生きる方法なんかいくらでもあるさ。でもね、こんなことを知っている?
神々の世界での話なんだけどね--
飛竜にしか効かない衝撃波。
それがこのペンダントの効果なら。
ダメージを受けて羽根を丸める飛竜相手なら。
この仮説が当たるかどうかなんて、セエラにはわからない。
先生の言葉をヒントに編み出した方法ではあるが、実際に「それ」を見たわけではない。
ガアアアァァ!!!
飛竜が雄叫びを上げ、いよいよ海賊船に再接近した時。
セエラはペンダントを握り締め、勢い良く振り回した。
衝撃波が棒状になり、飛竜の側面に当てるイメージだ。
突然のダメージに丸まった飛竜は、自身の急降下のエネルギーと相まって、空高くに打ち上げられ、そして。
キョエアアアア!!!!
悲痛な声を上げながら、サメの顔の真正面に激突した。
ひゅう、と海賊達が歓声を上げる。
--セエラ、友達がいなくても楽しく生きる方法なんかいくらでもあるさ。でも、神々の世界での話なんだけどね、一人では絶対にできない遊びがあるらしいんだよ。
何でも、投げられた球状の物を木の棒で打ち返し、できるだけ遠くまで飛ばせば勝ち、と古い文献には書いてある。
投げられる球も急に曲がったり落ちたりするから、よく相手のことを観察しなければならないんだってさ。
「本当にうまくいった……」
「あんたまだ五十匹くらいいるよ!何ぼーっとしてんのさ!」
デニアの言葉でセエラは向き直る。
そうだ、一匹だけ打ち返して終わりではない。一匹でも逃せば、甚大な被害が出る。そのことを思い出し、ぶるっと身体を震わせる。
「せぇい!」
二匹目、良い当たりだ!
騎士団の船にかじりついていたサメ、あえなく撃沈!
ついでに騎士団の船も損傷したようだが、気にしてはいられない。
「はぁっ!」
三匹目は特にサメがいない方向に飛んでいったが、スードリーガの砲撃の巻き添えを食らって海の藻屑となった!
「ふっ!」
四匹目が飛んでいったのは両軍の真ん中!誰も守る者がいない!
しかし偶然水面から顔を出したサメに激突し、両者とも戦闘不能に追い込まれた!
「……っ!」
五匹目、セエラは狙いを定めた!今まさに騎士団とスードリーガが激戦を繰り広げている地帯!
こんなところに落とされた飛竜の運命など案じるまでもない!
ここまで安定した打率を誇っているが、正直これがあと十回も続くと思うとかなり辛いものがある。
鍛えられた若い神々ですら、一日に七十球しか投げてはいけないとその文献には書いてあったらしい。
それなら鍛えられてもいないのに一人で打ち返している自分は一体いつまで保つんだ?一抹の不安がセエラの脳裏をよぎる。
しかし、現に飛竜とサメの撃退には有効なようである。
そして--
「くっ!」
「ふぅっ!」
「まだまだ!」
「セエラ、あんた騎士団とスードリーガ軍もサメと同じくらい狙ってない?」
「当たり前でしょ!もう帰ってほしいんだから!」
両軍ともに、別に決死の特攻隊ではないのだから、船にある程度の損害が出たら撤退するはずである。
そして元々の敵軍に加え、サメ、そしてまだ息のある飛竜を相手にしていればこちらを攻撃するリソースなど残っているはずがない。
自分でも無茶苦茶なことを考えていると思っているが、もうセエラには引き返す手段などない。
「しょうがないねえ!」
複数で襲来する飛竜も、デニアの砲撃やヤシューの神がかった操縦でタイミングがずれ、なんとか取りこぼさずにいられる。
「もう、」
「みんな、」
「帰ってええええええ!!!!!!!」
腕がもげそうなほど痛い。ギウスに切りつけられた傷が治っていないのに。
衝撃が腕を通し、全身に伝わってくる。
もう一生肩を回せないんじゃないかと思うくらいに肩が重い。
不安定な足場で踏ん張る両足の痛み。たぶん出血している。
そもそもペンダントの力なんだから自分じゃなくても良いはずなのだが、そのことにセエラが気付いた時には特に速い飛竜が三連星のように襲来し、誰かに替わってもらう余裕などなかった。
ただ、自分の身体の心配よりも彼女は、騎士団に、スードリーガ軍に、サメに、そして飛竜に帰って欲しかった。
自分の身柄を引き渡せばいいなんて状況ではないのだ。
自分さえ生き残ればいいなんて策を巡らすことだって不可能なのだ。
まだまだ迫ってくる飛竜を天高く打ち上げながら、彼女は数日前に知り合ったばかりの彼の言葉を不意に思い出す。
「どこまでも殺して殺されて、また殺し返さないといけないなら」
そうだ、私は彼と出逢ってしまった。
「ここでなくても、俺にでなくても、それを理由に殺されようとするのなら許さない」
そうだ、自分が憎悪を引き受けて死のうなんて、また怒られて追いかけ回されちゃうな。
「地獄の果てでも捕まえてやる」
まだここは地獄じゃない!おあいにくさま!
「あと三十!いけいけー!セエラー!!」
もう少しで折り返しだ!海賊達の応援にも熱が入る。
「まだヘバんじゃないよ!」
「次!右に旋回するからな!」
セエラにとって彼等は昨日出会ったばかりで、いちゃもんつけて殺そうとしてきた海賊なのだが。もちろん命の恩人でもあるが、それより何よりこの瞬間、共通の目的とかそんな事務的なものではない。
この船上で、一体となって動いている。
そんな初めての感覚に、危機的状況にも関わらず胸が震えた。
二十五匹目!これで半分だ!
低めのストレート、綺麗に左中間に飛んだ!
流石に両軍もこちらの動きを警戒しているようだが、警戒してどうにかなるようなものではない!
サメはまだ残っている。目の前の脅威への対処がどの艦も精一杯だ。
三十匹目!
こちらに向かおうとするサメもいるようだが、的確に飛竜を叩き込まれ近寄ることすらままならない!
「あと二十!」
声援を背中に受けながら、旅立つ前にアイフレンド医師に言われた言葉を思い返す。
「セエラ、どうか生き延びなさい。何を失っても、君の命さえあれば。君さえ生きていれば、どうにでもなるんだから」
先生。それは正しかったと思う。そう言ってくれなかったら、私にだけ稽古をつけてくれていなかったら、スードリーガで私の命はなかった。
思えば、他人に何かを望まれたことなんて、それくらいしか思い浮かばない。死ぬか閉じ込められるかしか期待された覚えがない。私が何をしたところで、何も影響なんかない。何もしなくても同じ。そんな日々だった。
先生が生きろと言ってくれたことだけがすべてだった。
でも今は。
「セエラ!しっかりするんだよ!」
「頑張れー!セエラー!!」
頑張れ。
私、頑張って良いのかな?
足掻いても、ずたぼろになっても、頑張り続けて良いのかな?
「来るよ!」
また一匹打ち飛ばす。手は真っ赤になり、血豆が潰れている。
「あと十!」
どちらのものかわからない小型艦が急接近し、レディ・ヴァルモント号の後方に接触してきたようで、船体が揺れる。
思わず振り返ろうとしてふらついたところをラディに支えられる。
「前だけ見てて」
彼は後ろからセエラの手にそっと自分の手を添える。
「まだいけるね?」
頷く暇もなく次の飛竜が来た。やや低めに旋回しながら向かってくる。
ラディに支えられながらの打撃は鋭く、台風のような豪速でサメの集まっている場所を正確に捉えた。
私は、嬉しかった。
頑張れることがこんなに嬉しいことなんだって、知らなかった。
知る前の私に戻れるだろうか。
これから先、生きるために自分以外を切り捨てなければいけない場面で、ちゃんとそう動けるだろうか。
もう頑張ることを覚えてしまったのに。
「ラスト!」
最後に水面いっぱいに飛竜とサメの残骸が浮かんでいた。
最も、胴体は水底深くに沈んでいるか、遠くに泳ぎ去ったかなのだが。
両軍も大損害を受けたようで、こちらに構う余裕もなくすごすごと引き上げていく。
「やった……やったあ……!」
「あたしゃもう疲れたよ!」
「誰か操縦替わってくれ……」
レディ・ヴァルモント号の面々も疲労困憊になり、その場にへたり込んだり船内に戻って飲み物を取ってきたり、各々労い合っている。ラディはいつの間にかセエラの近くから去っていた。
ところが。
「なんなのよあの変な船……よくも私の可愛い船を……!許さない!」
「おい勝手に変なとこいじるなよフィナ!」
スードリーガのある艦が、去り際に遠距離砲を放って行った。
直撃は免れたが、大きく波打ち、一番帆先に近い場所にいたセエラが海に投げ出される!
その寸前。
何者かが背後から彼女を抱き止め、覆い被さりながら甲板を転がり、何とか転落は免れた。
自分のすぐ上から聞こえる声に、セエラは覚えがあった。
「この……阿呆!お前は一体何回死にかけたら気が済むんだ!良い加減にしろ!」
そんなはずはない。この声が今、聞こえるはずがない。
心の中で導いてくれることはあっても、二度と出逢うことなんかないはずだ。
ゆっくりと身体を起こし、恐る恐る声の方に目線を向ける。
そこには、色素の薄い金髪。彫刻のように整った顔は不機嫌そうな表情に歪められている。
疲労なのか安堵なのか、はたまた理解力のキャパシティオーバーなのか、わけもわからないまま湧いてくる涙を堪えながら、セエラは彼の名を呼んだ。
「クロスタ」
本塁打王




