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第17話 空と海の間

話の途中ですまないが

「もういい、やれ」

女海賊の声が頭上で響く。

セエラは両手を体の後ろで縛られたまま、近くにいた海賊に蹴られ、その場で転がり頭を踏みつけられる。


「その名をアタイの前で出した度胸だけは褒めてやろう」

完全に温度を失った声は、しかし怒りに満ちている。



教会。それが目の前の人物にとっての地雷だったのか。

いや、そんなことは予想できていたはずだ。

マートリーガ大陸の虐殺の被害者は1万人とも、10万人とも聞く。それ以外の土地にも教会は侵略の手を伸ばしている。


ここにいる誰かの親族か、その他の大切な人だった可能性は十二分にある。

それでも、いや、だからこそ。

簡単に、討ち滅ぼすなんて単語を使ってはいけなかったのだ。多くの人間が試みて、更に多くの屍を産み出してきたのだから。


しかし口から出た言葉は戻らない。

後ろからキィン、と金属音が聞こえる。

ここが運の尽きか、そうセエラが思ったのも束の間。


「ギャアアア奴ら来やがった!!」

「チィッ、こんな時に何だってんだ!」


にわかに海賊達がどよめき立つ。

セエラの頭を押さえていた足もどけられ、おそるおそる見上げると、そこには。


「マストだけは守れ!」

「三匹もいやがる!」

ギョエエエアーーーッ!!!!


甲高い叫び声、強靭な脚、鋭い鉤爪と牙、人ひとりより一回り大きい体躯。そして何より、大きく広げられた翼。


「飛竜……!?」

突如飛来したそれは、誰彼かまわずその爪で襲いかかっている。

海賊達はその場で必死に応戦しているが、空を自在に飛び回る相手が複数いては統率も乱れるというもの。

このままでは数名の犠牲が出ることだろう。



アイフレンド医師が語っていたことをセエラはまた思い出す。


「飛竜は、神が世界にいた頃は完全にその生態を管理された存在だった。ある時は乗り物、ある時は使者、またある時は愛玩動物として。しかし神々が去った後は管理も飼育もされないようになり、同族間での餌の奪い合いが発生したんだ。その結果、元々の高山地帯から棲息地を海辺の豊かな森林に移す個体が見られるようになってきたのさ。」


とはいえ、このような体躯では森林に潜むような小動物や鳥では栄養が不十分だろう。ある程度の大きさがあり、かつ群れをなしている生物--人間を不定期に襲っては、その肉の味を覚えてしまっているのだろう。




ふと、セエラは手首にかかっていた圧がなくなったのを感じた。

咄嗟に身体を動かすと、何の抵抗もなく縄は解け、起き上がることができた。

縄の断面は鋭利な刃物で切ったようになっており、セエラが慌てて振り返るも、海賊達はそれぞれの対応に追われており、誰がそれをしたのか特定することは難しかった。


「どうして……誰が?」





「お前らトカゲの一匹や二匹でナヨナヨしてんじゃないよ!!!!!」


女海賊の声で場の空気は一変する。


「砲のひとつも持ってない奴相手に何ぼさっとしてやがんだ!」


彼女は立て掛けてあった大斧を手に取り、軽々と振り回した。

一匹の腹部に命中したようで、飛竜は苦悶の声を上げている。

それを皮切りに海賊達は我に返ったように、各々の持ち場である場所に移動し、それぞれに連携して攻撃を始めた。


手投げ弾によって空中で小規模な爆発を起こして撹乱させ、下方からの狙撃で引き付けてから投げ網で機動力を落としたところを斧や剣で斬りつける。


先程とはうって変わって洗練された動きを見せている。


「どうした!そんなもんか!」

女海賊は最前線に立って豪快に斧を振り回し続けている。彼女の姿を見て全体の士気も上がっているようだ。



だがセエラは海賊でもなんでもないので、なんとか邪魔にならなさそうな物陰に入り込んで身を隠していた。

飛竜相手に自分ができることなど何もないが、海賊達の様子を見る限りでは全滅は避けられるだろう。しかし、動けるうちに甲板から脱出する方法を見つけないと、どのみち一貫の終わりだ。



飛竜に食われたことにでもしておいて、内部に潜り込めば少しは希望があるのでは?

そう思い立ち、周辺をこそこそと探っていると、背後から羽音が聞こえた。

急いで振り返ると、手負いの飛竜が一匹、セエラの方に向かって飛んで来るところだった。


「ヒェッ!」

間一髪、その爪は避けられたが、なおも狙いはセエラに定められているようだ。


「野生の獣はいつだって弱い個体から狙うものさ」

そう言っていたアイフレンド医師からは、しかし飛竜相手の格闘術など学んでいない。



もう一度、その爪が振り下ろされる。

しかしまたしてもそれがセエラに届くことはなかった。

四肢が義手義足になっている、包帯まみれの海賊が持つ細剣が飛竜の前足に深々と刺さっていた。



居場所は海賊に把握されたが、偶然にも一命を取り止めたのは事実だ。セエラは速やかに距離を取り、飛竜がいないであろう方向に走らなくてはいけなかった。


のだが。



翼が折れてかなり体力を削がれた飛竜が甲板の上でなおも暴れ回っているようで、船体が安定せず、転倒を避けるため近くに掛けてあった縄にしがみつくことしかできなかった。

このままでは、飛竜を海賊が倒せたとして、船体への損害は甚大なものになるであろう。



その衝撃で、セエラの胸元から重みのあるものが服の外に飛び出る。

「これは確かあの時の……」

スードリーガで老婦人にもらった大きい石のついたペンダント。

それを手にしたと同時に、またしても羽音が、今度は前から聞こえる。



「くっ……!」

胴体を庇って咄嗟に前に出した腕から、何か衝撃が伝わってくる。


「えっ?」

セエラが前を見ると、飛竜が怯んでいるのがわかる。

今何が起こったのか。理解するより前に、もう一度腕を前に差し出した。今度ははっきりと前を向いて。


石から、ごく弱い雷のような衝撃が腕を通して身体に伝わってくる。

しかしそれ以上に、まるで砲撃でも受けたかのように、飛竜が後方に押し飛ばされている。



不思議なことに、周辺の物や海賊には何の変化もないようだ。

手負いの上にバランスも崩した飛竜は、海賊の激しい追撃により海に沈み、浮き上がることはなかった。


「えっ何?ほんと何これ?」


状況が呑み込めずきょろきょろしているうちに、女海賊が相手をしている飛竜がセエラのいる方向に這い寄ってきた。


「なんかよくわかんないけど来ないでよ!!」

ーーそして、同じく。飛竜は抵抗するすべもなく、海の藻屑となった。


分散されていた戦力が集中することで、三匹目の飛竜もあえなく散っていった。






「飛竜だけ撃退しちゃった……」

あっけに取られたまま、セエラはもう一度海賊達に囲まれていた。結局解決策ひとつ得られなかった。

だが今度は。


「お頭!この嬢ちゃんを殺さないでくだせえ!!」

数名の海賊がセエラの命乞いをしていた。



「いや本当に何!?」




何だと思う?何だと思う?

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