第5話 今後の方針
方針を決めることはとても大切ですから。
長い金髪の少女、フィナは物腰こそ穏やかだが存外押しが強く、貸し部屋がちょうど二つ空いているとかなんとかで、夕方になって帰宅した彼女の両親にも話を通し、三人に歓迎される形であれよあれよとセエラとギウスは安値で泊めてもらえることになった。
「なんか……色んなことがあったね……」
「色々あったな……」
一日のうちに得たこともない情報量に加え、昼間の追いかけっこもあり二人は疲労困憊だった。
「良い人たちに会えて良かったね……」
セエラは消えそうな声でそう言うなり頭からベッドに飛び込んだ。
「おいこら寝る前にやることが……ウッ……」
ギウスは早くも筋肉痛で目から光が失われている。
「セエラ、今後の方針を決めよう。というか考えないとまずい」
「ギウスは真面目だなあ」
「真面目に考えないと死ぬからな」
荷物の中から地図を出し、彼は少し声を潜めながら言った。
「なんとしてでもアイルマセリアに辿り着かないと」
「それには賛成。ラウフデル市には戻れないけど、ここに長くとどまって良いことは何もないよ」
アイルマセリア。アイフレンド医師の故郷にして、政治的には中立地帯。大きな島の西岸を中心に広がる地域。
二人がここに来た船も、ラウフデル発着とはいえ、アイルマセリア籍の民間船だから入港できたのだろう。まあなんやかんや複雑な手続きをしているだろうが、それは二人にはあまり関係ないので省略する。
アイフレンド医師から念のためと手渡されたリガーもきっと、アイルマセリア経由で調達されたものだろう。というより、ラウフデル市在住なのだからそれ以外の可能性は考えられない。
そんなやりたい放題不法地帯のように聞こえるアイルマセリアだが、絶大なアレイルスェン教会の領土と、それには劣るものの陸海ともに戦力を増強しているスードリーガとの中間地に位置しながら、そのどちらにも侵略されていない。
なぜかは諸説ある。
周辺諸国の軍の侵攻を同盟でもないアレイルスェン教会が食い止めただの、侵略を試みると絶対に大災害に見舞われるだのといった噂が飛び交っているが、いずれも不明瞭で与太話の域からは出ていない。
まあそんなことも、今の二人には割とどうでもいいことだ。どちらの領でもない、それだけが今は重要だ。
「アイルマセリアに向かう船を把握しないと駄目だ。来たときの貨物船はまずい、かなり厳しく検査されていたから」
「この身分証で通用するみたいだし、なるべく早く来る客船に乗り込めば大丈夫じゃない?」
「また嵐に巻き込まれなければ、な」
「そうと決まれば明日また港に行って確認しよう!」
「……あいつにまた会わないと良いな」
「怖いこと言わないでよ……」
屈強な軍人に追い回されるのはできたら一回きりがいい。
「じゃあ俺も部屋に戻るな」
「うん、おやすみギウス」
ベッドの中で一人、セエラは考える。
アイルマセリアに無事に着けるのか。
いずれ教会とその他の地域が衝突した折に、アイルマセリアとて無傷では済まないだろうが、そんな地域を踏み台にして更に遠くに行こうとするのは卑怯なことではないのか。
もっと言えば、今世話になっているフィナやその家族はベッドで死ねるような人生を送れるのだろうか。
自分を逃がしたアイフレンド医師は無事なのか。
自分達だけ逃げて、アイフレンド医師も、他の子供も見捨てたことになるのだろうか。
両親は、教会は今頃どこを捜索しているのだろうか。
そして--
「シアン……」
脳裏に浮かんだ人物の名を呟いて間もなく、セエラは眠りに落ちた。
セエラ。




