07. 城の外
ブックマークが2件も増えてる!!
嬉しかったので予定を変更して2話連続投稿したいと思います。引き続き、お母さんは魔王妃様!をよろしくお願いします。
外へと続く城の通路を歩いている秋史たち、しかしその中にチェシカとマギンの姿はない。
というのもーー。
「チェシカ!無理しないで!」
両開きの扉に頭を突っ込んでいるチェシカに向かってレニが言う。
チェシカの入っている巨大なくまのぬいぐるみにとって、部屋の扉はあまりにも小さ過ぎた。
それでもぬいぐるみの素材は多少の伸縮が効くのを良いことに、チェシカはぐいぐいとその巨体を扉にねじ込んでいく。
「大丈夫かな…」
ミシミシと音を立てる扉を心配したレニが呟く。
「…いや、それよりも」
秋史に肩を叩かれたレニは、促されて彼の視線の先を辿る。
辿ってゾッとした。
そこにあったのは、通路に取り付けられてある灯り。半透明のガラスのようなケースで覆われているものの、その中には確かに炎の揺らめきが見える。
仮に部屋の外へ出れたとしても、無理に通路を進もうとしてケースが割れてしまえば、チェシカの体に灯りの火が燃え移ってしまう怖れがあった。
生身であれば軽い火傷で済んでも、ぬいぐるみの容れ物に火は禁物だ。
「…猫ちゃんは部屋に残しておきましょうか」
レニの代わりにテトがそう言うと、マギンによってチェシカは部屋へと押し戻されたーー。
ーーそんな訳でチェシカは部屋で留守番している。マギンはそのお守りだ。
「異世界の食材か、楽しみだなー。今から行くのは何屋さんなんですか?」
「何屋さん??えーと、お店はないの。というより、この島には今私しか住んでないから…」
まさかの無人島だった。
城の外へ出掛けるにあたって、三人はそれぞれ籠やリュックを背負っていたのだが、てっきり買い物袋の代わりだとばかり思っていた秋史は面を食らう。
「本当はね、100年の眠りから目覚めるタイミングで、ある人が迎えに来てくれることになっていたんだけど…」
「確か、テト様が目を覚ましたのって半年前でしたよね?その人に何かあったとか……」
「ふふっ。それは大丈夫。だって彼はーーアイルは私なんかよりもずっと強いもの。忙しい人だから、きっとまた何か頼まれ事でもされちゃったんだと思う」
そう言って笑ったテトの口ぶりからは、秋史が思わず羨んでしまうほど強固な信頼関係が伺えた。
「ーーだから、ごめんね。彼が戻るまでは出来ることならこの島を離れたくないの。島には森も川もあるし、食料には困らないと思うから…」
「いや、テト様が謝ることじゃないですよ!ちょっと驚いただけだから、気にしないでください」
シュンとしているテトを見て、秋史は慌ててそう取り繕う。
「ーーでもお腹が減るってことは、おれとレニは人間なんでしょうか?」
「そのことなんだけどね、正直なところまだ断言は出来ないの。二人の身体は魔人として創られているはずなんだけど、まずあなたたちの転生自体想定外の出来事だったし、何かイレギュラーな事態が発生している可能性も考えられなくないわ。逆に、お腹が減るのは人間だった時の記憶に引っ張られているだけってこともありえるしーー」
テトによると、そもそも人間と魔人の間には身体的な作りの差は殆どないとのことだった。
唯一の違いとして、魔人には核と呼ばれる器官が備わっているのだが、これは心臓や肺といった臓器のように目に見えるものではないのだと彼女は言う。
「ーー大気中に含まれる魔素という気体を使って魔術師は術を発動させるんだけど、正確に言うとマナは切り離すことが出来ない最小の単位ではないの。魔術を使う際、エネルギーになる物とならない物、つまり残りカスみたいなものね。その二つに分離するんだけど、魔人は残りカスの方を体内に取り入れることで、マナ自体を生成することができるの。それがそのまま人間でいう食事の代わりになるって訳」
そしてその作業を行っているのが核と呼ばれる器官という話だった。
そもそも、何故テト様はこの人形ーー秋史とレニの入っている容れ物ーーを作ろうと思ったのですか?そう続けようとして秋史は言い淀む。
チェシカを部屋に残しているからか、レニがさっきから上の空だったからだ。
こういう話題は二人いっぺんに聞いた方がテトも楽だろう。そう考えた秋史は話題を変えることにする。
「えーっと、テト様はご飯を食べられないって訳ではないんですよね?」
「ええ、必要がないだけで食べられるわよ。謂わば嗜好品みたいなものね」
「なるほど。何か食べられるものが見つかれば良いけど。ね、レニ?」
「えっ。あ、はい。そうですね!」
「いまの話聞いてた?おれたち、これから食材を採りに森へ行くらしい」
「…森ですか……」
期待を裏切らないレニの反応に、秋史とテトは顔見合わせて笑う。
「チェシカなら大丈夫だよ。ちゃんと扉に鍵もかけて来たし、通路にはマギンがいてくれてる」
「そうですよねっ…早く良い食材を見つけましょう!私もお腹ペコペコです!」
ひとまずレニの表情から翳りが消えたことに秋史はほっと息をつく。
とは言え、彼女の気持ちも分からなくはなかった。あのぬいぐるみの容れ物では今後の苦労が思い遣られるからだ。
何か解決策はないだろうかと考えると同時に、秋史は自分の容れ物が人の形をしていた幸運に改めて感謝する。
テトによればまだ人間かどうかは分からないとのことだが、それでもフェルトと布で作られた体ではないだけ有り難かった。
話しながら歩いている内、通路の終わりに登り階段が見える。
初めてここが地下であることを知った秋史は、通路や部屋に一切の窓が取り付けられていなかったことにも納得した。
階段を上がって一階部分に出ると、秋史とレニは大きな吹き抜けになっている天井を揃って見上げる。城と呼んで差し支えがないほど壮大な空間だった。
「ふふっ。こっちよ」
テトの後に着いて大広間を進むと、秋史たちはじきに城の玄関口に出る。
それにしても、
「…これ、どうやって開けるんですか」
5mを優に超すであろう巨大な門を前にして、秋史の疑問は当然だった。
レニも隣でぽっかりと口を開けている。
「見てて」
二人の反応が新鮮で面白いのか、ご機嫌なテトが進んで前に出る。
巨大な門にはめ込まれて不思議な光沢を放っている石に手をかざすと、門は地響きを立てて全開になった。
それを見て思わず拍手する秋史とレニに、振り返ったテトが満面の笑みで応える。
「うわー!すごい!!」
一目散に外へと駆け出すレニ。秋史はというと、テトの真似をして石に手をかざしていた。
しかし、扉が動く気配は微塵もない。
「マナの扱いを覚えればアッキーフミにもすぐ出来るようになるわ」
「へ、へー。楽しみだなあ……」
テトに見られていたことに秋史は思わず赤面する。
巨大な門に後ろ髪を引かれつつも、二人に続いて外へと出ようとした時だった。
「…テ、テト様!!」
門を抜けた先、舗装された庭園の端に立っているレニが叫び声を上げた。
その声色にただ事ではない様子を感じ取った秋史とテトが急いで駆け寄ろうとしたものの、走り出してすぐに秋史の足が止まってしまう。
「アッキーフミ!?どうしたの?」
「…いや、何これ……」
秋史の目に飛び込んできたもの、それは地平線の彼方まで果てしなく広がる白い雲河ーー。
遥か下には青い海が透けて見え、遠くの方には大陸らしきものも見える。
「…この島はいま空に浮いてるんだけど、言ってなかったっけ?」
「「聞いてないです」」
図らずも、秋史とレニの返答はきれいに揃ったーー。
ーーテトの住む城は、なだらかな丘陵よりは起伏のある、かといって勾配が激しいと言うほどでもない、ちょっとした山の山頂を切り開いた場所に建てられている。
そこからはこの島ーーレモーナ島ーーの全景が一望できる上に、地平線を見渡せば本来見渡せるはずの海の代わりに空が広がっていた。
目を凝らしてよく見ると、島の周りを半透明の薄い膜のような物が囲んでいるのが分かる。
テトの説明によれば、この膜は気圧維持などのために展開されている物とのことだ。
兎にも角にも、島が空に浮いている事実を知ってそれを一度受け入れてしまえば、これほどの絶景もなかった。
「…すてき」
流れる雲河を眺めていたレニがため息を零すように呟く。
テトはと言うと、一転して少しご機嫌が斜めだ。
「人のこと言えないですよね」
「…まだ言うの?」
ぷくっと頬を膨らませたテトが、綺麗な眉尻を微かに吊り上げて秋史を睨む。
すでに空に浮かぶこの島から意外と天然なテトへと興味が移っていた秋史は、先ほど笑われた仕返しとばかりに彼女を揶揄っていた。
揶揄われて拗ねているテトの反応は、秋史からすれば空を眺めるよりもよっぽど良いものだった。
「いいもん。意地悪なアッキーフミは運んであげないんだから」
「運ぶ??」
何のことかいまいち分からないものの、秋史は不穏な展開に焦る。
どうやら少しやり過ぎてしまったようだ。
「えっと、ちょっと言い過ぎました…?」
「ふんっ。レニ、そろそろ満足した?」
「…あっ、はい!つい見入ってしまいました!」
「ふふっ。お城の中からでも島を一望できる部屋があるから、帰ったら案内してあげるね」
「やったあ!」
抱きついてきたレニの頭を撫でながら、秋史に向かって冷たい視線を浴びせるテト。
「テト様ー?あの、もう揶揄ったりしませんから、機嫌を直してもらえませんか…?」
「しーらない」
今度はそっぽを向かれてしまう。
「レニ、今から島の真ん中に見える小さな湖まで飛ぶから、ちゃんとしがみ付いててね」
「えっ、飛んでいくんですか!?」
「そうよ。歩いていたら時間がかかっちゃうじゃない」
山頂に建っている城へは人の手で舗装された階段が伸びており、てっきりそこを降って食材を探しに行くものだと思っていた秋史は驚きを隠せない。
島自体が空を浮いているのだから、テトが宙に浮けると聞いたところでその驚きも今更と言えば今更だったがーー。
と同時に、テトの胴へと両手を回し、顔をぴったりと寄せているレニの姿に秋史は思わず無言になる。
そう言えば、テトはさっき何て言っただろう。
『ちゃんとしがみ付いててね?』
頭の中で彼女の言葉を反芻すると、秋史の顔が赤くなった。
「ふふっ。運んであげないなんて冗談よ。アッキーフミも早くおいで」
そんな彼の様子を見て、テトもまた仕返しとばかりに悪戯っぽく笑うと、離れたところにいた秋史に呼びかける。
しかし彼が黙ってしまった理由はテトが考えていたものとは異なっていた。
つまり秋史は、自分だけ階段を降りて森まで行く羽目になることを心配している訳ではない。
「アッキーフミ?」
(意識したら駄目だ。こういうのは、恥ずかしがってしまうと余計に…何かアレだ)
自らにそう言い聞かせると、テトの元へと小走りに向かう。
しかし、背後から手を回そうとしたところ。
「背中側だとリュックが邪魔でしょ?」
テトの指摘は当然だった。
収穫に備えてリュックやカゴを背負っているいま、レニのように正面からしがみ付いた方がはるかに自然だ。
ここで意固地になっても仕方ない。そう観念して正面に回った秋史の目に、テトの豊かな胸の膨らみが映る。
映って、再び固まった。
「どうしたの?」
「私、もう少し横にズレた方がいいですか?」
「…いや、大丈夫です」
意を決した秋史がテトの腰に手を回すと、その柔らかい感触と甘ったるい匂いに思わず眩めいたーー。
空を飛んでいる間、横で楽しそうにはしゃぐレニが色々と話しかけて来たが、秋史の返事が全て上の空だったことは言うまでもないだろう。