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03. れにとテト

3話連続投稿!!

座り込んだ途端、今頃になって秋史の肺が痛み出す。


あれだけ長い廊下を全力で走ったのだから無理もなかったが、床の冷たさや汗で貼りつくシャツの気持悪さなど、やたらと現実的(リアル)な感触が不気味だった。


それでもこれが夢であることを疑わないのは、目の前で繰り広げられている光景(ファンタジー)の方が、その現実的(リアル)な感触よりもよっぽど説得力を持っていると思うからだ。



スライム状に液体化した破片は次々と鎧の化け物の足元を登っており、胸に空いた穴を塞いで元通りにしようとしていた。

こんな馬鹿げた光景が現実な訳がない。



(…槌で叩かれでもすれば、きっと夢から覚めるはず……)



大丈夫、これは夢なんだから。

自らにそう言い聞かせる秋史だが、震えが完全に止まることはない。



胸の穴を修復し終えた鎧の化け物は、弩の矢で撃たれた際に落としていた大槌を拾い上げると、真っ直ぐ秋史に向かって近付いてきた。


この部屋には絨毯が敷かれていなかったため、例の金属音は嫌でも恐怖心を駆り立てる。

しかしその恐怖を認めてしまえば、同時にこれが現実の出来事だと認めることになる気がした秋史は、叫びたい欲求を必死に堪える。



そしてついに、鎧の化け物が弩を挟んで秋史の目の前に立つ。

無言のうちに大槌を振り上げると、まず両者の間にあった弩を邪魔だと言わんばかりに叩き潰した。


硬く目を閉じて顔を背けた秋史に、粉々に砕かれた木片が飛んでくる。

それ自体が大した痛みをもたらすことはなかったが、彼の中で膨らんでいた破裂寸前の恐怖心はその僅かな衝撃にすら耐えられない。


木片を全身に浴びると、秋史の中で何かが決壊してしまった。



「うわあああ!!」



一度溢れ出てしまった恐怖心を塞きとめる術はない。

どんなに鎧の化け物の存在が非現実的だろうと、秋史にはもうこれが夢の中の出来事だと思い込むことが出来なかった。


その場から立ち上がって逃げ出した秋史を目掛け、横殴りに飛んできた大槌が彼の頭を掠める。

一瞬視界が反転したあと、気付くと秋史は床に這い蹲っていた。



(…あれ、何やってるんだ。早く逃げないと……)



側頭部に片手をあてながらぼんやりとした頭で視線を上にやると、すでに鎧の化け物は枕元まで来ていた。



(…やばい。早く、早く逃げないと……)



しかし立ち上がろうにも足に力が入らない。


ゆっくりと大槌を振り上げた鎧の化け物に、一寸先の未来、弩のように粉々になる自分の体を想像した秋史が、声にならない叫びを上げたその時だった。



「xxx!xxxxxxxxx!!」



聞き知らぬ女性の声が部屋に響いた。

それを受けた鎧の化け物は、大槌を振り下ろすことなく背中に収める。

言葉の意味は分からなかったが、どうやら彼女が鎧の化け物を制止してくれたらしい。



(助かったのか…?)



ひとまず窮地を脱したことに秋史が息を吐く。

と同時に、何気なく見た自身の左手が真っ赤に染まっていることに気が付いた。



(…何だこれ。いつの間に怪我したんだ……)



手に痛みはなく、どこかが切れている様子もない。

すると突然、後頭部を冷たい焔で焼かれているような感覚に襲われた。



(…ああ、手じゃなくて頭の方か……)



その直後、意識が遠のいて行くのを感じた秋史は、その感覚に強烈な既視感を覚えた。

同じようなことが最近あった気がするのに思い出せない。


鎧の化け物を止めてくれた女性が何か言っていたが、もう意識を保つのも限界だった。

もっとも彼女の使っている言語が分からない以上、意識があってもなくても関係ないのだがーー。















ーー誰かの声が聞こえる。

ゆっくりと瞼を開けた秋史の目に、こちらを覗き込んでいる整った目鼻立ちの少女が映った。



「良かった…!」



人形の女の子だ。

淡い藍色の瞳は薄っすらと潤んでおり、破顔してそう言った彼女はやはり人間にしか見えない。



「…ああ、君も無事だったんだね……」


「何言ってるんですか!無事じゃないのはあなたの方です!丸一日、目を覚まさなかったんですよ…」



そう言うと、少女の目からポロポロと涙が零れおちる。

どうやら大分心配をかけてしまったらしい。



「…お陰で良くなったよ。君は怪我とかしなかった?」


「怪我をしなかったも何も、あなたがテト様に私のことを伝えてくれたんですよ?ベッドの下に女の子が隠れているはずだから、保護してあげて下さいって。覚えてないですか?」


「おれが?」



全く記憶になかったが、秋史は確かに少女のことを心配に思っていた。

意識を失う直前、もしくは無意識下で助けに来てくれた人にそう伝えたのだろうか。



(…テト様っていうのは、鎧の化け物を止めてくれた人のことかな?)



「あ、目を覚ましたら呼ぶように言われてたんだ。私、テト様を呼んできますから、そこで横になっていて下さい」


「あ、ああ」


「そうだ。これお水です。いま飲まれますか?」


「うん、貰おうかな」



そう答えると、少女が体を起こすのを手伝ってくれる。

かなり恥ずかしかったが、よっぽど弱っているのだろうか、素直に助けを受け入れている自分を秋史は少し意外に思う。


コップに半分ほど注がれた水を一息に飲み干すと、言葉のあやではなく本当に生き返った気がした。



「じゃあ、行ってきますね。マギン、テト様のところへ案内して」



ガシャン。


部屋の奥で音がする。

マギンと呼ばれたそれは、秋史を追いかけ回した鎧の化け物だった。



「…ッツ!!」


「あ、危ない!」



マギンを見て、思わずベッドから落ちそうになった秋史を少女が支える。



「…ごめんなさい。説明しておけば良かったです。あの鎧はテト様が作ったものなので、もう私たちを襲うことはありません」



顔面蒼白になっている秋史に少女がそう説明するも、一度大槌を持って追いかけ回された恐怖はそう簡単に拭えるものではない。



「本当にごめんなさい…大丈夫ですか……?」


「…あ、ああ、もう大丈夫。ありがとう」



しかし少女の手前、あまり情けない姿を見せたくなかった秋史は平静を装う。



「じゃあ、今度こそテト様を呼びに行ってきますね」


「あ、そう言えば…君、名前は?」


「田井中れにです。"れに"と呼んで下さい」


「おれは長谷川秋史。さっきは本当にありがとね。助かったよ」


「それを言ったら私の方こそ…」


「私の方こそ?」


「…いえ、じゃあ呼んできますね」



急にか細くなった声でそう言うと、少女はマギンと一緒に部屋を出て行ってしまった。


私の方こそ…何だ?

ぬいぐるみの部屋で庇ったことの話だろうかーー。







ーー部屋に残された秋史はレニのことを考えていた。

白金色の髪に白藍色の瞳を持つ彼女の顔立ちは、どう見たって日本人には見えない。なのに苗字は田井中。



(ハーフってこともあるよな。"れに"って名前も外国人ぽいし)



そんなことを考えながら暇を持て余していると、しばらくして扉が開く音がする。

レニに続いて部屋へと入ってきたのは、銀色の髪が印象的な長身の女性。



「あ、マギンはそこで待っててね」



秋史を気遣ったレニが一緒にベッドに近付こうとしていたマギンを制止してくれる。

その様子に、良く出来た子だと思わず感心していたところ、



「アッキーフミ、具合はどう?」



銀髪の女性にそう問われた。

問われて、秋史はつい言葉に詰まってしまう。


吸い込まれそうな紺碧の瞳、陶磁器を思わせる明度の高い肌、そこに映える薄桃色の唇。

腰まで伸ばされた銀色の長い髪は、夏の終わり、日の入り直後の空に見られるような紅碧(べにみどり)色を薄っすらと帯びており、紫檀のリングによって一筋に纏められたそれは、歩いて揺れるたびに一本一本が絹糸のような光沢を放った。


秋史と変わらない年齢に思えるその美女に、思わず見惚れてしまったのだ。



「アッキーフミ?」



再び問われて我に帰る。



「あ、はい…もうすっかり…」



何て間抜けな返答なんだろう。

秋史は自分で自分が嫌になったが、こんな美人を前にしたら誰だってこうなるだろうと半ば開き直る。


それよりも彼が気になったのは、銀髪の美女が口にした"秋史"のイントネーション。

どこからどう見ても日本人には見えないし、正しい文法で話せているだけでも賞賛されるべきなのだが、直せるものなら直して貰えるとありがたいと思う。



「良かった。念のためきちんと魔術が作用しているか調べるから、じっとしていてね」


「…魔術?」



それはある意味よく聞き知った言葉だったが、まさかこんな風に日常の一コマに登場する日が来るとも思っていなかった秋史は、再び呆けた顔になる。


銀髪の美女はと言うと、そんな秋史のことなど御構いなしといった具合に、彼のシャツのボタンを外し始めた。



「ーーいや、ちょっと…!」



秋史の胸に彼女の手のひらが直接触れる。

思わず仰け反りそうになるものの、すでにベッドの背もたれに寄りかかっていた彼に逃げ場はない。



「じっとしていて」



何やら目を閉じて集中しているらしい彼女の様子に、観念した秋史は黙ってその作業を見守ることにする。



「ーーうんっ。もう大丈夫。これで一安心かな」


「良かった…!テト様、ありがとうございます!!」



お礼の言葉を述べたレニに微笑みかけると、そのままシャツのボタンを直してくれる銀髪の美女。


怪我人だからと言って何もそこまでして貰わなくても良いのに。

顔を赤くした秋史はそう思ったものの、決して嫌と言う訳でもなかったので言葉にはしない。

それよりも、



「あの…テト様?傷を治していただいたみたいで、本当にありがとうございます」


「どういたしまして。それに元々はマギンのしてしまったことだし、むしろ私の方こそ謝らなくちゃ」


「それで、早速なんですけど…」


「分かってるわ。昨日レニに話してあげたことで良かったら、今から説明してあげる」



秋史が想像していた通り、レニの方は銀髪の美女ーーテトという名の女性ーーからあらかたの話を聞いているようだった。

道理で最初に会った時と比べて落ち着いている訳だ。


椅子に座るようレニに促すと、テト自らはベッドに腰掛けた。

そして私に分かる範囲でよかったらと、そう前置きした上で静かに話し始める。

早速ブックマークして頂いた方、ありがとうございます。嬉しかったので、予定を変更して夜にあと2話投稿したいと思います。


明日以降は週5日、金土休みで投稿していく予定です。

まだ始まったばかりですが、今後ともお母さんは魔王妃様をよろしくお願い致します。

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