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托卵?  作者: り(PN)
9/12

9 向

 クレジットカード決済もできる、というので、その場で依田探偵に金を払う。

「因みに、この会社の探偵は依田さん、お一人ですか」

 気になったので訊いてみる。

「いえ、常勤が、あと二人おります。必要な場合は人数を増やします」

「儲かりますか」

「幸いなことに仕事が途切れたことはありません」

「主に、どんなお仕事をお引き受けになるのですか」

「一番多いのは浮気調査ですね。次が身辺調査かな」

「やはり、小説に出て来るような事件は扱いませんか」

「殆どないですね。特に最近は……」

「そうですか」

「私は元刑事なので前は警察の手先として動くこともありました。しかし今は知り合いも減りまして……」

「元刑事さんだったのですか」

「この商売には多いですよ」

「どうして刑事をお辞めになったかを聞いては失礼でしょうか」

「構いませんよ。簡単に言えば、血生臭いのが厭になったんです」

「そうですか」

「少なくとも殺人事件に関わることは少なくなりました。人間の闇の部分を見ることに変わりはありませんが……」

 依田探偵との会話をそれで終え、ぼくが『Y探偵社』を後にする。これで一週間後には何かがわかる。早ければ決着が着くかもしれない。妻と男との関係について……。

 ぼくが真に望むのは妻と男との『無関係』という関係だ。が、仮に関係アリという結果になっても、ぼくの心のモヤモヤだけは晴れるだろう。その後、ぼくを襲うはずの心模様は想像できないが……。

 妻を呪って泣き叫ぶのか、それとも男との関係を断てば、妻のことを寛大に赦すのか。あるいは離婚に踏み切るのか。離婚をすれば、親権は母親に与えられることが多い、と聞く。が、離婚の原因が妻の浮気であれば事情は変わるだろうか。

 ぼくの気持ちが千々に乱れる。けれども、これから七日間、思い悩むのは止めよう、と決める。ぼくは自分に言い聞かせ、妻と息子が待つ家に向かう。時間を計算し、家に帰り着く時刻を妻に伝える。

「ああ、ぼくだけど、あと一時間後くらいで家に帰るよ。もう少し早いかもしれない」

「わかりました。最近、電車の事故が多いから気をつけてね」

「うん。気をつける」

 創は今夜、爆睡している、という。幼稚園で一生懸命、遊び過ぎたためだ。

「子供は遊びが仕事、とも言うしね」

「創は掠り傷くらいで大きな怪我をしないから心配はしていないけど……」

「子供って身体が華奢でも全体が柔らかいから案外大怪我はしないものだよ」

「そうね」

「交通事故とかは別だけど……」

 創のことについて妻と話し、

「ああ、やっと電車が来た。じゃあ」

「うん。気をつけて……」

 通話を終える。ぼくは一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなる。自分の見知った景色がなかったからだ。

 が、すぐに思い出す。ここは『Y探偵社』がある駅なのだ。それと、あの男が務める『(株)S電気工務店』がある駅。

 電車に乗り、揺られながら、ぼくは考え込む。通話の背後で聞こえたはずの駅のアナウンスが、ぼくが乗る路線のものではないことに妻は気づいただろうか、と……。

 妻への電話は出先からかけたこともあるから、気づいたところで、疑念は抱かれないかもしれない。が、妻が一度疑念を抱けば、次には、ぼくの浮気を疑うかもしれない。この一月余り続く、ぼくの態度の可笑しさの原因として……。

 十分、あり得る話だ。ぼくに、浮気をする気がまったくないにしても……。妻がぼくの苛々の原因を知らないのだから、寧ろ、考え易い原因ではないか。

 ああ、厭だ、厭だ。夫婦で互いの浮気を疑えば夫婦関係は終わりだろう。少なくとも、終わりの始まりだ。そんな事態を、ぼくは迎えたくない。が、ぼくが望まなくても、事態の方から、ぼくと妻に擦り寄って来るかもしれない。

 何かが毀れるときは、いつも、そんな感じだ、とぼくは思う。いくつかの出来事が心に浮かぶ。子供の頃の金魚の死。後に菌感染とわかるが前日まで元気に泳いでいたのに死んだのだ。水面に腹を浮かせて……。子供なりに水にも温度にも気を遣っていたはずなのに……。

 相撲で友だちに怪我を負わせたときも、怪我が自分からやって来たとしか思えなかったものだ。ぼくは相撲に強い方ではないから、いつもは負ける。が、偶々勝ってしまったら相手が脚を骨折したのだ。打ち所が悪かった、といえば、それまでだ。が、ぼくには事故が向こうからやってきたようにしか思えない。

 交通事故で友だちが死んだときも同じだ。ぼくが、あと少し長く彼と話していれば、彼は死ななかったかもしれないのだ。


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