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托卵?  作者: り(PN)
6/12

6 調

 その日以来、ぼくの笑顔は消えたかもしれない。事実を知るのが怖いからだ。男の会社のことも調べていない。ぼくが弱虫だからだ。とても、そんな精神状態にはなれない。ぼくには落ち着く時間が必要だ。

 そんな気持ちの一方で、創のことが、ぼくは可愛くて堪らない。可笑しな感情なのかもしれないが、それは事実だ。自分の子供じゃないかもしれないのに、妻に托卵されたのかもしれないのに、どうしてぼくはそう思えるのだろう。自分でも上手く説明できない。けれども三年間以上、創とともに暮らした幸せの時間は消えない。その事実こそ、ぼくが創を愛する理由なのかもしれない。

 妻は、ぼくが彼女に托卵疑惑を抱いていることには気づいていない。けれども、ぼくの態度の変化には気づいたようだ。

『何かあったのなら言ってください』 

 と優しく、ぼくを気遣う。妻の態度に嘘は見えない。だから、ぼくは混乱してしまうのだ。

 本当に、他人の空似なのかもしれない。

 ぼくは強く、そう思いたい。けれども、そう思うには創とあの男は似過ぎていたのだ。

 が、やはり他人の空似なのかもしれない。その可能性は否定できない。

 ぼくの心の中で二つの想いが交錯する。終わることのない堂々巡りが続いている。が、ダメだ。そんなことではダメなんだ。はっきりとさせなければ……。白黒をつけなければ、疑惑は晴れない。だから、あの男のことを調べなければ……。

 現在でも妻と付き合っているのか、それとも過去には付き合っていたが、現在は付き合いがないのか。それとも初めから、まったく妻とは付き合いがないのか。

 それを知ることが先決だ。後の判断は事実を吟味し、決めれば良い。まず事実が必要だ。

 毎日屈託のない妻の笑顔を見ていると、ぼくの疑惑は誤謬のように思えて来る。美人の妻をもらった、ぼくの自信のなさの為せる業だ。妻の過去に何があったのか、ぼくは知らない。が、現在、妻は幸せそうだ。そんな妻の唯一の心配事が、ぼくの元気のなさなのだ。

 直接妻に問えば、すぐに疑惑は解消するのかもしれない。けれども意気地がないぼくにとって、それは怖過ぎる。人間に対する経験値が低いぼくでも人の豹変を知っている。誰でも人はNGワードを持っている。他人からその言葉を浴びせかけられた瞬間、得体のしれない黒い感情が爆発し、親しく見知ったその人の顔が誰も知らなかった別人の顔へと変わるのだ。

 悶々とした、ぼくの日々は続く。そのうち仕事でミスをするようになる。だから、ぼくは決心する。あの男のことを調べなければ、と……。だから『(株)S電気工務店』をネットで調べる。今の世の中、その点は便利だ。殆どの企業がネットで調べられる。

 結果、『(株)S電気工務店』が複数見つかる。だから、すぐには特定できない。都内だけで三社ある。下手な名前の付け方だな、とは思ったが、仕方がない。全社に当たるしかないだろう。が、どうやって調べれば良いのか。

 そもそも、ぼくには男の名前がわからない。ぼくが男の声を聴いていれば、電話で当たる、という手も考えられるが、それもない。とにかく所在地を調べ、会社帰りに一軒ずつ覗いてみるしかないだろう。

 最初に、ぼくが訪ねた会社は住宅地の中だ。所謂、個人の家。家の玄関と斜交いに事務所のドアが設えられている。窓もあったので中を覗いたが、午後八時だからか、人がいない。表のドアを開けると家の中でチャイムが鳴り、来客を知らせるシステムになっているのかもしれない。

 適当な用事も思いつかないので少し離れた場所でぼくが逡巡していると事務所の照明が落とされる。おそらくドアも施錠されたのだろう。ついで家の玄関から四十代くらいに見える夫婦と男女の子供が現れる。どうやら外食に行くようだ。家族以外の使用人の姿は見受けられない。

 だからといって、この会社に使用人がいないとは断言できない。が、いたにしてもアルバイトだろう、とぼくは思う。

 ぼくが見たあの男は、まさか大学生ではないだろう。おそらく、ぼくと同じか、少し上くらいだ。就職せずにアルバイトをしている可能性もあるが、どうだろう。ぼくの目には、あの男は正社員に見える。あるいは派遣社員かもしれないが、アルバイトという感じではない。

 ぼくはそう判断し、その日は家に帰ることに決める。電車を乗り継ぎ、改札を抜け、やがて玄関ドアを開ければ、創の出迎えだ。

「おい、寝てなくていいのか」

 時間は午後十一時をまわっている。それで妻に苦情を言う。

「さっきまで寝ていたんですよ。それが急に起きて……。よほど、パパのことが好きなのね」

 妻がぼくに答え、

「さあ、もういいでしょ。創、寝なさい」

 ぼくとのスキンシップを終えた創に妻が命じる。

「じゃ、ママもいっしょ」

「だって、ママはパパのご飯の支度が……」

「いいよ。ぼくが自分でやるから……。きみは創と一緒にいてあげて……」

「悪いわね」

「構わないさ」

 まるで自然に聞こえる、この夫婦の遣り取りが実は不自然だ……とでもいうのだろうか。



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