3 似
生まれた赤ん坊の顔が人間のそれになる。息子の小さな顔を見れば妻そっくりだ。あの日、息子を取り上げた看護婦が言った通りに……。が、ぼくには似ていない。残念ながら、それが事実のようだ。
が、ぼくの親などは、
『あら、口許が似てるじゃない』
と主張する。
『頬の形も近いんじゃないか』
けれども、ぼく本人が見ると、そうでもない。
『隔世遺伝というのもあるからね』
ぼくの母は言うが、木村家系統の顔パーツがあるようには思えない。隔世遺伝があるにしても、それは妻の実家、和田家の方だろう。だから、そういう場合もある、と諦めるしかないのかもしれない。
が、子供の顔は成長で変わる。今は妻そっくりだが、加齢とともに、ぼくの要素が浮かび上がって来るかもしれない。それを愉しみに待とうじゃないか。
それに、どちらにしても息子は可愛い。ぼくの息子は、ぼくと顔は似ていないが、癖が似ている。生まれたばかりなのに、とても不思議だ。息子が見て覚えたとも思えない。それなのに、ぼくと同じ仕草をする。
例えば、ふとした拍子に、右手の甲を口許に持って行く癖。ぼく自身、意識して行ったことがない。それを息子が再現するのだ。
大人と子供では顔や手のバランスが違うから、違って見えても良さそうなのに、再現する。
「ああ、芳樹にそっくり……」
ぼくの母が目を細める。
「あれって、女の子みたいな動きだから、子供の頃に止めさせようとしたけど、結局、直らなかったわね」
母の回想だ。子供のぼくを思い出しつつ、口にしている。
「わたしも初めて見て驚きました」
妻も、ぼくの顔をマジマジと見てから口を挟む。
「それで悪いけど、笑ってしまって……」
「本当よね」
妻によると、息子がぼくに似ている他の所は寝相らしい。ぼくには知りようがないことだが……。もっとも薄々はわかっている。子供の頃、母に何度も指摘されたことがあるからだ。
妻によると、ぼくは眠って暫くすると猫みたいに丸くなる……らしい。
「昔から変わらないよね」
ぼくの母が相槌を打つ。
「だけど、目を覚ますときは真っ直ぐだよ」
ぼくの反論だ。自分では丸くなっている自覚がない。
「芳樹は寝ている間は猫で、起きると人間に戻るのかねえ」
ぼくの母が訳の分からないことを口にする。
「丸くなる動きも女の子っぽいですよね」
妻が先の母の言葉を思い出し、付け加える。
「実際、男にしては迫力に欠けるし……」
恰幅の良い母が大声で笑いながら指摘する。
「百合子さんのご飯を食べて、少しでも大きくなればいいんだけど……」
二度目の訳の分からないことを付け加える。
「子供じゃないんだから、今更、大きくはなりませんよ。まったく、母さんはいつまでも、ぼくを子ども扱いして……」
「だってずっと、あたしの子供じゃないの。ねえ、百合子さん」
妻と母の関係が良いのは好ましい。仲が悪いと崩壊する結婚が多いからだ。けれども、ぼくの家の場合、その心配はなさそうだ。会社にいても日々安心の要素だろう。
口に出したことはないが、母は昔から娘が欲しかったのだ、とぼくは思っている。けれども木村家の子供は、ぼくと弟の二人だけ……。つまり女がいない。が、今、母は念願の娘を手に入れたのかもしれない。ぼくという女モドキではなく、本物の娘――ただし義理ではあるけれども――を……。
ぼくは男としては大きくない。身長も一七〇センチメートルに届かない。胸板が薄い。肩もない。尻の形は普通に男だから普段は女に見間違えられることはない。けれどもユニセックスな服を着、マスクをつけ、帽子を被ったりすると、少なくない数のオジサンたちからガン見される。それ系の趣味は、ぼくにはないが、付け胸をし、ウィッグを纏い、フリフリのワンピースでも着れば完全に女の子に見えるかもしれない。
もちろん見かけだけのことだ。ぼくが女になることは決してない。
が、そんなことを考えながら息子を眺めていると、息子が娘に見えてくる。ぼくの場合は顔が男だからマスクを取れば忽ち男だ。けれども我が息子=創の場合、顔が妻そっくりなのだから、マスクを取っても女のままだ。
まあ、世の中には女の子に見える男の赤ん坊は数多い。ぼくの家の場合も、その一例に過ぎないのかもしれない。
「あーっ、笑った。笑った」
創が笑ったらしく、母の目尻が下がっている。
「笑い顔は百合子さんそっくりね」
「そうですか」
「ええ。芳樹にはまったく似ていない」
「母さん、そうはっきりと言わなくても……」
「創の表側は百合子さんで、裏側が芳樹って感じなのかな」
母が三度目の訳のわからないことを口にする。
「なんですか、それは……。創は、まだ赤ん坊ですから裏表はありませんよ」
「いいえ、人間は奥が深いわよ。いずれ、芳樹にもわかることでしょうけどね」




