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托卵?  作者: り(PN)
3/12

3 似

 生まれた赤ん坊の顔が人間のそれになる。息子の小さな顔を見れば妻そっくりだ。あの日、息子を取り上げた看護婦が言った通りに……。が、ぼくには似ていない。残念ながら、それが事実のようだ。

 が、ぼくの親などは、

『あら、口許が似てるじゃない』

 と主張する。

『頬の形も近いんじゃないか』

 けれども、ぼく本人が見ると、そうでもない。

『隔世遺伝というのもあるからね』

 ぼくの母は言うが、木村家系統の顔パーツがあるようには思えない。隔世遺伝があるにしても、それは妻の実家、和田わだ家の方だろう。だから、そういう場合もある、と諦めるしかないのかもしれない。

 が、子供の顔は成長で変わる。今は妻そっくりだが、加齢とともに、ぼくの要素が浮かび上がって来るかもしれない。それを愉しみに待とうじゃないか。

 それに、どちらにしても息子は可愛い。ぼくの息子は、ぼくと顔は似ていないが、癖が似ている。生まれたばかりなのに、とても不思議だ。息子が見て覚えたとも思えない。それなのに、ぼくと同じ仕草をする。

 例えば、ふとした拍子に、右手の甲を口許に持って行く癖。ぼく自身、意識して行ったことがない。それを息子が再現するのだ。

 大人と子供では顔や手のバランスが違うから、違って見えても良さそうなのに、再現する。

「ああ、芳樹よしきにそっくり……」 

 ぼくの母が目を細める。

「あれって、女の子みたいな動きだから、子供の頃に止めさせようとしたけど、結局、直らなかったわね」

 母の回想だ。子供のぼくを思い出しつつ、口にしている。

「わたしも初めて見て驚きました」

 妻も、ぼくの顔をマジマジと見てから口を挟む。

「それで悪いけど、笑ってしまって……」

「本当よね」

 妻によると、息子がぼくに似ている他の所は寝相らしい。ぼくには知りようがないことだが……。もっとも薄々はわかっている。子供の頃、母に何度も指摘されたことがあるからだ。

 妻によると、ぼくは眠って暫くすると猫みたいに丸くなる……らしい。

「昔から変わらないよね」

 ぼくの母が相槌を打つ。

「だけど、目を覚ますときは真っ直ぐだよ」

 ぼくの反論だ。自分では丸くなっている自覚がない。

「芳樹は寝ている間は猫で、起きると人間に戻るのかねえ」

 ぼくの母が訳の分からないことを口にする。

「丸くなる動きも女の子っぽいですよね」

 妻が先の母の言葉を思い出し、付け加える。

「実際、男にしては迫力に欠けるし……」

 恰幅の良い母が大声で笑いながら指摘する。

「百合子さんのご飯を食べて、少しでも大きくなればいいんだけど……」

 二度目の訳の分からないことを付け加える。

「子供じゃないんだから、今更、大きくはなりませんよ。まったく、母さんはいつまでも、ぼくを子ども扱いして……」

「だってずっと、あたしの子供じゃないの。ねえ、百合子さん」

 妻と母の関係が良いのは好ましい。仲が悪いと崩壊する結婚が多いからだ。けれども、ぼくの家の場合、その心配はなさそうだ。会社にいても日々安心の要素だろう。

 口に出したことはないが、母は昔から娘が欲しかったのだ、とぼくは思っている。けれども木村家の子供は、ぼくと弟の二人だけ……。つまり女がいない。が、今、母は念願の娘を手に入れたのかもしれない。ぼくという女モドキではなく、本物の娘――ただし義理ではあるけれども――を……。

 ぼくは男としては大きくない。身長も一七〇センチメートルに届かない。胸板が薄い。肩もない。尻の形は普通に男だから普段は女に見間違えられることはない。けれどもユニセックスな服を着、マスクをつけ、帽子を被ったりすると、少なくない数のオジサンたちからガン見される。それ系の趣味は、ぼくにはないが、付け胸をし、ウィッグを纏い、フリフリのワンピースでも着れば完全に女の子に見えるかもしれない。

 もちろん見かけだけのことだ。ぼくが女になることは決してない。

 が、そんなことを考えながら息子を眺めていると、息子が娘に見えてくる。ぼくの場合は顔が男だからマスクを取れば忽ち男だ。けれども我が息子=そうの場合、顔が妻そっくりなのだから、マスクを取っても女のままだ。

 まあ、世の中には女の子に見える男の赤ん坊は数多い。ぼくの家の場合も、その一例に過ぎないのかもしれない。

「あーっ、笑った。笑った」

 創が笑ったらしく、母の目尻が下がっている。

「笑い顔は百合子さんそっくりね」

「そうですか」

「ええ。芳樹にはまったく似ていない」

「母さん、そうはっきりと言わなくても……」

「創の表側は百合子さんで、裏側が芳樹って感じなのかな」

 母が三度目の訳のわからないことを口にする。

「なんですか、それは……。創は、まだ赤ん坊ですから裏表はありませんよ」

「いいえ、人間は奥が深いわよ。いずれ、芳樹にもわかることでしょうけどね」



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