江戸時代
ヒンニュー教とはなんなのであるか。誰もが人生で悩むこの謎は、答えをしらぬまま大人の階段を上っていくのが常人の限界だろう。
しかし、そのヒンニュー教と呼ばれる者達は、大人の階段を全力疾走で下りながら銀河に新たな時代を常に刻み続けている。
これは、そんなヒンニュー教の歴史を示した書物である。
ヒンニュー教は、江戸時代が始った頃結成したと言われている。寿司の原点も恐らく彼らだ。
何故、誰が結成したのかは明らかではないが、現在のヒンニュー教リーダー曰く、
「おそらく貧乳を愛する者が、貧乳の素晴らしさを伝えるために作ったのだろう。」と、証言している。
結成された当時は、社会に知られることもなかったが、時が経つ程に人が増え、考えに同感する者も増え、ヒンニュー教は発展していった。
しかしそんなヒンニュー教に起こった悲劇は、結成当時の情報の中で一番明確になっている。
少しずつ世間に存在を認知されると、ヒンニュー教の考えに反発するものも出てきた。
ただの変態集団と決めつける者もいれば、人として感知してはいけないと言う者もいた。悲しい事にこの考えは少しづつ受け継がれていき、後に
「被差別部落より下の存在」「糞の擬人化集団」
と、 バッシングを受け続けた。
しかしヒンニュー教の彼らはそんなことではめげなかった。 いくら世間からバッシングを受けようと、彼らの決意は変わらず、 むしろそんな世間にでさえもヒンニュー教の同士がいるのではないかと信じ続け探し続けたのだ。
ただその行為は 世間の怒りの火に油を注ぐことだったのだ。 とうとう反乱するもの達に 暴行を受けてしまい、 ヒンニュー教の者たちは声を鎮めるしかなかった。
ヒンニュー教へのバッシングが最も大きかった江戸時代、 彼らは自分たちの考えは全ての人に共通することではないと、 受け入れ始め、 その後、目立つこともなく密かにメンバーを増やしながら、江戸の時代を生きていったのだ。