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7:悪役令嬢による苦難

 兄、ジェラルド視点となります。

 俺の名前はジェラルド・オルセー。オルセー伯爵家の長子にして次期オルセー伯爵だ。今は学院に通って生徒会副会長も務めている。


 そんな俺の悩みごとの種は……妹、シェフィーリア・オルセーだ。シェフィーリアを一言で表すというのなら、まさしく悪役令嬢。我が儘で冷徹で癇癪持ち。唯一自分から喧嘩は吹っ掛けないという自慢したくもない妹だ。


 そして今日もまたやらかした。


 高等科の入学式である今日は決して遅れてはならない日だ。だというのに予定の時間ギリギリになってやって来たのだ。あり得ない。


 しかも何故か母を連れて馬車の前まで来たときは顔には出さないが目がおかしくなったのかと思った。


 いつも通りではないがいつもの場所でシェフィーリアが降りたときにはいつも以上に心底ほっとした。この大事な日に妹の相手なんてしていられない。


 そしてその傍迷惑な妹は、どうやらまだ姿を見せていない。事が発覚したのは俺が学院に着いてから三十分ほど経った時だ。


「ジェラルド様」


 声をかけられて振り向けば困った顔をした生徒会役員がいた。2年の生徒の中で最も優秀だから特に心配はしていなかった。次の言葉を聞いて頭が痛くなったのはもう思い出したくもない。


「その……シェフィーリア様がまだ到着されていないようです」


 そこからは速かった。本来新入生代表をする予定だったシェフィーリアの代わりを同じく新一年となる別の生徒に頼み、家の馬車と連絡を取った。


 その結果、どうやらシェフィーリアは馬車にすらたどり着いていないと言う。いつもなら俺たちが乗っていた馬車から降りてすぐにその馬車へと向かうはずだったのに。俺たちへの当て付けだろうか。


 そして今に至り、遅れてきたレオンも含め、生徒会役員全員で慌ただしく準備を進める。


 会場を整えて司会進行を進め、何か困ったことが無いかと常に目を光らせる。その結果、今年も高等科の入学式は成功したと言って良いだろう。


 会場の後片付けは後回しにして俺たちもクラスに向かう。他の役員よりも遅れて出た俺はちょうどある先生に声をかけられた。確か昨年のシェフィーリアの担任だったはずだ。


「ジェラルド。妹のシェフィーリアを知らないかい? 彼女の姿を朝からずっと見ていないんだ。今年も私の担当するクラスの生徒でね、さすがに気になってしまって。今まで休んだことなんて一度も無かったから」


 心なしか眉尻を下げて言う先生に知らないと返すのはとても申し訳ないがしょうがない。


「申し訳ありませんライ先生。妹とは朝から別に行動していまして、何があったかは自分の耳にも入っていないんです」


「そうか、それならば仕方ないよ。明日から来てくれることを祈るだけさ。すまなかったね」


 笑ってその場を去っていく先生はシェフィーリアのことをどう考えているのだろうか。笑い方が少しだけ寂しげだった気がするんだけど。


 そして俺はそのうちに誰かに聞こうとクラスへ向かった。


 無事に授業を終わらせ、再び会場へと向かう。まだ片付けが残っているからだ。その途中でレオンに会った。


「レオン、早いな」


「ジェラルドか。これでも俺は生徒会役員候補だからな。先生方や上級生の覚えは良い方が後々役に立つ」


 しっかりと考えているレオンを見ればシェフィーリアにもレオンを見習ってほしいと思う。ああ、そういえば。


「レオン、話は変わるがシェフィーリアを知らないか? どうやら入学式にも授業にも出ていなかったようだから。まったく、あいつにもお前を見習ってほしいよ」


「……もしも、誰かが襲われていて襲っている相手が自分よりも強いものだったらジェラルドはどうする?」


「助けを呼びにいく」


 それ一択だろう。他に何かあるのか? シェフィーリアとは無縁の話を始めたレオンは続けて質問してきた。


「オルセー伯爵家ではその、護身術は教えているか?」


「それは勿論。俺とヴォルティスは四つの頃にはもう学び始めていた。それがどうした?」


「シェフィーリア嬢は強いか?」


「は?」


 いきなり何を言い出すんだレオンは。


「シェフィーリアが護身術を学ぶわけ無いだろう」


「俺もそう思っていた。だけど今朝――」


 レオンの話は信じられなかった。レオン自身を信じていない訳ではなく妹が誰かを助けたことが信じられないのだ。あの、妹が。黙々と作業しながら聞いたばかりの話を頭の中で反芻する。


 ごろつきたちから令嬢を守った、と。そんなことがあり得るのか? あの妹に限って。更に疑問なのが護身術を学んでいないはずの妹がごろつきを倒していたことだ。レオンが着いたときには既に四人が昏倒していたらしい。


 シェフィーリアに専属の護衛が就いていると聞いたこともない。やはりシェフィーリアが自分で倒したのか?


 俺のことを王太子を初めとした多くの人たちが心配してくれたがそれすら頭に入らなかった。


「もう考えても分からない……」


 今日は諦めてとっとと寮で眠ることにしよう。あいつらが寝かしてくれるかは分からないが。


 そう思って寮に足を踏み入れたら声をかけられた。嫌な予感がする。声をかけてきたのは女子寮の寮母だった。


「ジェラルド様。シェフィーリア様が……」


 またお前か! 今度は何なんだ!


「寮に戻られません……!」


 はあ!?


 もう一話だけ兄にお付き合いください!

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