19:悪役令嬢と「私」
レオンハルト・リスレッドとは大人気戦闘系恋愛シュミレーションゲーム「戦姫ジュリエッタ」の攻略対象の一人。現当主を含め数多の騎士団長を排出してきた騎士の家系に生まれ、本人もまた騎士団長を志す少年である。
故に。弱者を助け、規律を曲げず、正義を貫く。そういった人間なのである。
だから。
(なんで、顔赤くしてるんですかぁぁぁぁぁ!!)
吐息が混ざるような近い距離でこんな顔を赤くして、困ったように戸惑ったように瞳を揺らして。
これ以上私の心を奪わないで。
こんなシーンはゲームになかった。そりゃキスシーンとかはあったよ。ありましたとも。けれど、顔面ドアップはなかったから! やっぱり緊張するわけで、刺激が強いわけで。
ゲームのなかの形だけの「私」じゃなくて、本当の本物の「私」を貴方が見てくれていることに歓喜を覚える。
(……でも)
「シェフィーリア孃……?」
それもやはり完璧には程遠くて。
私は何をどう変えても「三神美雨」なのだ。「シェフィーリア」という殻があることで此処にいられる。身を護るための殻を、生きるために必要なその殻を疎ましく思ってしまう。
だから私は、曖昧に笑って微笑んで答えるしか出来ない。
「では、レオン様と。私のことはシェフィーとお呼びください」
あくまで私は悪役令嬢。元気と勇気とやる気のある天真爛漫なヒロインではないのだ。
いくらシェフィーリア・オルセーという少女になっても、それはあくまで外身だけなのだ。
「あぁ、わかった。シェフィー」
「それと、いつまでこのままの状態なのですか?」
口角を上げてみせれば至近距離にいたレオン様は更に顔を染め上げて私から離れた。
「すまない……!」
「大丈夫ですよ。さぁ、戻りましょう?」
(ーー私は)
意思を貫こうとする貴方がいとおしい。目標を掲げ、それを目指そうとする貴方が。
「そうだな。皆の元に戻らなくては」
揺らめく炎のような微笑みの貴方がいとおしい。規律を守り、厳しくも皆に優しい貴方が。
「そうですね」
(ーー私はなぜ)
常に前を向いている貴方がいとおしい。己に自信を持ち、恐怖に打ち勝てるような強い輝きを持つ貴方が。
「こんな時間だ。もう今日は時間がないし、案内はまた後日としよう」
夕焼けに照らされる貴方がいとおしい。赤と橙に染まって、光の世界にいる貴方が。
(こんなにも)
いつの間にか、夕焼けが顔を覗かせていた。弱いわけでも強すぎるわけでもなく、美しく輝いているこの光景に気付かないほど貴方がいとおしいのに。
(こんなにも)
貴方がいとおしいのに、どうして。
「ーーーーなのかな……」
窓が開いていないはずの廊下に、冷たい風が吹いた気がした。もしかしたらこの場所に吹いたのではなくて、私の心で吹き荒れる嵐の一欠片なのかもしれない。
それから先生の元に戻り、見事なまでのお叱りを受け、緊急の判断として仕方がなかったと認めてもらって寮に戻った。勿論もう一度測定をしてから。
他の生徒はもう既に戻って夕食を取っていたので寮までは先生に送ってもらった。
毎日毎日埃一つ無いように磨きあげられている階段を登り廊下を進み、与えられた一室の扉を開ける。
「…………」
音もなくそれを閉めて、制服を床に脱ぎ捨てる。お母様が見たら貴族の娘としてらしくない、と咎めるだろう。お母さんが見たら洗濯籠の中に入れてよ、とぼやくだろう。
一糸纏わぬ姿になって、ベッドの上に寝転ぶ。鍵は閉めた。誰も入ってくる人なんていない。此処は四階だ。誰も覗き見なんてできない。
ほんの少し開いているカーテンの隙間から月明かりが漏れ出ていた。
「…………」
私の瞳からは、涙が垂れていた。嗚咽は出なかった。ただひたすらに静かな部屋のなかで、長い間涙を流していた。
しばらくしたのかそれとも数分なのか、私はシーツにくるまり、目を閉じた。布に触れていない部分が寒かった。
(明日からは、また元気な私でいよう。決して泣かず、思い出さず、シェフィーリア・オルセーとして一日一日を生きよう。もう、私は大丈夫なのだから)
言葉に出すこともせず、胸に誓った。
そうして一晩を過ごした。
シリアスになりました
明日からは……「元気な私」になっているはずです




