閑話:元悪役令嬢のその後3
更新速度が落ちていく……。
今日は部活もないし宿題もない。だから美雨の家へ遊びに行こうと思う。まあいつも行ってるけど。私と美雨の家は近い。家のドアを開けて十四歩歩けば美雨の家のドアの前にいる。
「――じゅういち、じゅうに、じゅうさん、じゅうよん。到着っと」
親しき仲にも礼儀あり、ということで呼び鈴を鳴らす。たけど今日は呼び鈴を鳴らしても美雨が出ない。いつもならすぐに出てくるのに。
「おーい! 美雨いないのー?」
それから暫くしてやっとドアが開いた。
「あ、えっとごめんなさい。美雨さんはここにはいらっしゃいませんよ。ここにいるのは私一人です」
美雨は扉を開けてそう言った。でも誰かに成りきって遊ぶのはこれが初めてじゃないし、不思議には思わない。少し雰囲気が違うな、とは思ったけど。
似すぎていて思わず笑ってしまう。よし、乗ってあげよう。
「もー! 何言ってるのさ美雨! 自分がいるのにごく真面目に言わないでよー!」
「いえ、ですから美雨さんはいらっしゃいませんよ? ここにいるのは私一人だけですよ。どこのどちら様かは分かりませんが、私はシェフィーリア・オルセー、オルセー伯爵家の長女です。なので美雨さんという方は存じ上げません」
シェフィーリア・オルセー。戦姫ジュリエッタ~虹の貴公子達~の悪役令嬢で、私も美雨も大好きな子。この子に成りきって遊ぶのは一番多いな。
「分かった分かった。今日はそういう設定なのね。んじゃお邪魔しまーす!」
「あの? 名前だけでも教えて頂けませんか?」
「え! そこから? なんか今日は本格的だな~。 八重山桜だよ、よろしくね! じゃあ美雨の部屋へ行こっか!」
自分に役を作るのを忘れてたけど、どうやらこのまま続けるみたい。階段を上って美雨の部屋へ入る。入ったところでシェフィーリアに関する大切なことを思い出した。
「そういえばさ! ヒロインの逆ハールートっていうのがあるらしいよ!」
「? 逆ハー……?」
「そうそう! ほんとに謎だよねー。そんなの無理ゲーじゃん! 出来たら怖い」
「無理ゲー……?」
「もしかして出来ちゃったの!? 逆ハールートまでコンプリートしたの?」
すごいな、逆ハーとかできる気しないんだけど。
「うわ流石だね! ちょっと美雨の見してよ! 逆ハーのってどんなスチル出るの? もしかして出なかったり?」
嗚呼、気になるなぁ! 後ろからぎゅってしてるのに嫉妬したりとか? 椅子の回りに全員集合するとか!?
「あ、あのっ!!」
「ん?」
どうした? なんか少しもじもじしてるんだけど。え、ほんとに出来たの!?
「お、お手洗い……」
「…………え?」
「行きたいのですけど……」
トイレに行きたいって……。本格的過ぎない? それくらいは許容範囲でしょ。
「行ってくれば?」
「ですから、その……」
「? どうしたの?」
「ば、場所が分からなくて……!」
「……………………はい?」
あっれー? そこまで世話する感じかな? そう思いながらトイレに行けば「これがトイレ?」って顔をした。ほんとにどうしたの?
そして考えついたのがさっき美雨が言ってたのが本当なんじゃないかってこと。そう考えると辻褄も合う。
部屋に戻ってきた美雨をベッドの上に正座させて向かい合う。
「はい、私はシェフィーリア・オルセー。オルセー伯爵家の長女です。目が覚めたときにはここに居ました」
そしたらこんなことを言ったんだ。
「っ! そっ、か……。なんとなく察した。某アニメ映画の入れ替わってる!? の永久版ね、きっと」
理解した。“美雨”がもういなくて、ここにいるのが“シェフィーリア”だってこと。凄く辛いけどあの子ならやりかねないし、私が泣き崩れたりしても意味がない。むしろシェフィーリアが困ってしまう。
空元気でいいから暫くこのまま。このままの私でいて。
「簡単に、だけど説明するね。まず貴女はスマホ用乙女ゲーム戦姫ジュリエッタ~虹の貴公子達~の悪役令嬢なの」
何言ってるのか全く分からないって顔してるね、うん。またあれこれ説明してどうにか納得してもらえたみたい。
「ただいまー。姉さん今日のご飯は?」
そんなときに陸が帰ってきた。
「陸」
「あ、桜も来てたんだ」
「……」
「姉さん? どうしたの?」
「……」
陸に喋りかけられても答えない。まあいきなり他人に喋りかけられてるようなものだよね。それにしても顔が青いような気が……。
……ダメじゃん! シェフィーリアは確か――。
「あ、ちょっとり――」
「どうもしてないわ! さっさと出ていきなさい!」
やっぱり! もしかしたらって思ったんだ。人が苦手なの忘れてた!
「陸! ちょっとどこか行ってて!」
「え、でも姉さんが……!」
「良いから!」
困惑している陸を追い出してもシェフィーリアは止まらない。それもそうだよね。ゲームで主人公に酷く当たってるんだから。
落ち着かせてからシェフィーリアの過去を聞いた。
「取り敢えず、何があったのか、教えてくれる? 私も貴女のことを完璧に理解しているわけではないから」
そして聞こえたことは五歳の子供が、それもちやほやされていた子なら尚更受け入れられなかっただろう現実。
「お嬢様のことですか? 才女と持て囃されているだけの子供ではないですか。大して顔が良いわけでもない。そこまで頭が良いわけでもない。甘えているだけの子供ですよ。……彼女はそう言ったんです」
そんなの、耐えられるはずはないでしょ? 逃げ出すなんて当たり前。
「それから私は顔の整った人や頭の良い人がどうしても駄目で……。あの声が聞こえてくるんです。もう、いつまでも離れなくて。そうしたらいつのまにかいろんな人が私の周りからいなくなっていったのです」
「え、じゃあ私は?」
「……………………………………あれ?」
反射的に言葉が出た。あれ? おかしいな~。
「なんだろう、ちょっと悲しい」
無自覚って……ある意味最強だね。
次回からはシェフィーリアの方に戻ります。