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8:悪役令嬢による拒絶

 二度目の兄視点です。


 シェフィーリアが寮に戻ってこない。


 そんなことは初めてだった。


 寮母に探してくると告げて出てきたは良いが……シェフィーリアの行きそうな場所が分からない。今日は本当になんて日だ。全くもってついていない。


 校舎は時間で閉まるということをシェフィーリアも知っているはずだから屋外にいるのか。


 いざ走り出そうとしたその時、俺を呼ぶ声が足を止めた。


「ジェラルド! シェフィーリアが居なくなったって本当か!」


 レオン、何故此処に。尋ねる前にレオンは答えを口にした。


「ジェラルドが見えたから声をかけようとしたら血相を変えて走っていくから」


 追いかけてきた、と。そこまでひどい顔をしていたのか俺は。やはりシェフィーリアが騒ぎを起こすからか。


「俺も探す。今日のシェフィーリア嬢はおかしい」


「レオンもそう思うか。何かが変だと」


「当たり前だ。それに、シェフィーリア嬢は……」


 当たり前だ、の後がよく聞こえなかったが今はそれどころじゃない。次にシェフィーリアが何かを仕出かす前に捕まえないと。


 探す場所は広い。植物園や校庭、そこら中にある道。早く、見つけなければ。


 二手に別れることにして、俺が東側をレオンに西側を頼んだ。


「どこにいるんだシェフィーリア……!」


 東側はほとんどが道だ。だから西側よりも楽と言えば楽なのだが、敷地が広すぎてとっくにすれ違ったかもしれないと何度も同じ道を探すことになる。それを何度か繰り返した暁にはもう探しはじめてから一時間は経っていた。


「これだけ探して見つからないなんて、シェフィーリアは本当に敷地内にいるのか……?」


 それともレオンの方にいるのだろうか。そう考えた時だった。俺が庭園の可能性に気付いたのは。


 森の側にある庭園。普段から人が寄り付かないのには理由がある。初等部の頃から学院にいるシェフィーリアならまさか行くはずがないとは思うが、今日のシェフィーリアには常識なんてあったものじゃない。そう考えて、再び走り出した。


 そして俺の考え通り、シェフィーリアはそこにいた。


 庭園のベンチに腰かけて軽く俯いている。眠っているのだろうか? まさか伯爵令嬢ともあろう人間が外で無防備に眠っているなんて。


 憤りながらシェフィーリアに近付こうとした。


 そう、した(・・)のだ。


 物理的な壁に阻まれて、近付くことは出来なかった。ベンチに腰かけているシェフィーリアを囲うように茨が地面から現れたのだ。漆黒の茨は闇と同化する。


 茨の闇がシェフィーリアを覆い隠そうとした時、体をその隙間に捩じ込んだ。


 ここで逃したらもう二度と会えなくなるような気がして。


 俺の手から零れ落ちて行くような気がして。


 茨の棘が制服を引っ掻く。今日が入学式で良かった。それほど深く体に傷ついていない。その代わり肌が見えているところは血だらけだが。


 すぐにシェフィーリアの元に辿り着けた。シェフィーリアに触れていればどうやら茨も何かをしてくることはないようだ。


「すー……すー……」


 シェフィーリアには目立った外傷は無さそうだ。それどころか整った呼吸で眠っている。なんて呑気なんだ。それにこの状態でどうやって茨を操っているのか。


 幾つかの疑問が頭の中を過るが、シェフィーリアを探してくれているレオンの為にもこのまま目が覚めないうちに寮へと連れて帰りたいが……。


 後ろを振り向いて深い溜め息を付いた。


 今か今かと茨が待ちわびている。起こすしか無いだろう。


「シェフィーリア、起きろ」


 ゆさゆさと軽く揺らして名前を呼ぶ。シェフィーリアを起こすなんていつ以来だろうか。覚えているのは軽く揺らした後に寝ぼけ眼で俺を見るあどけない表情だけ。まだ初等部に入る前のはずだ。


「シェフィーリア?」


 そこで俺はようやく異変に気が付いた。揺らしてもシェフィーリアが目を覚まさないことに。それどころか。


「すー……すー……」


 寝息のリズムさえ変わらないのだ。これは異常だろう。


「シェフィーリア!? おい、シェフィーリアッ!」


 体を大きく揺らして頬を軽く叩いてやっと反応が見られた。軽く身動ぎしただけなのに救われた気がした。しかし気を抜けばすぐに眠りに落ちようとする。


「眠るな! 起きろ馬鹿がっ!」


 俺の声は聞こえているんだろうか? もしも聞こえていると言うなら、


「シェフィーリア! 頼むから起きてくれ!」


 切実に願った。


 その甲斐あってか、ついにシェフィーリアが目を開けた。


「シェフィーリア!?」


 もう何度呼んだか分からない名前。その名を持つ彼女が、始めに口にしたのは。


「それ、どうしたんですか?」


 俺への心配だった。


「目が覚めたのかっ!?」


「はい、私は無事ですが……? どうかなさいましたか?」


「どうかなさいましたか? じゃないだろうお前っ!」


 心配したのだ。なのに自分よりも俺を優先する。そのことが酷く嬉しかった。それでも、憤りはあるが。


「今がいつだか分かっているのか!?」


「夜、ですね」


 当たり前でしょう? と顔が語っている。そして俺が何かを言う前に、シェフィーリアは叫んだ。その異常に気付いたようだ。


「夜っ!?」


 何故とあわあわしているシェフィーリアは計算したのだろう。もしやその時間全て眠っていたのか。


「六、七時間っ!?」


「分かったか? ならとっととこれを仕舞って寮に戻れ!」


「は? あの、これってなんですの?」


 とにもかくにもこの黒茨をなんとかしてもらわないとシェフィーリアから離れることすら出来ない。


「何を言っているんだお前は!? この荊のことに決まってるだろう! お前しか出すやつがいないんだから出したのはお前だろう!」


 闇と同化していて気付かなかったのだろう。俺も生えるところを見ていなかったら気付かなかった。


 その茨は一度蠢いたかと思えばすぐに地面へと潜っていった。やはりシェフィーリアが無意識に行ったのか。


「何をぼけっとしている。行くぞ」


 付いてくることを確認して寮に向かう。しかし、そのうちに沈黙が耐えられなくなってきた。そこでつい、口に出してしまった。今言わなくても良いはずなのに。


 だけど返事が返ってこなくて。会話が成立しないことに苛立ちを感じた。


「人の話を無視するな!」


「いっ! ぁ……っ!」


 右腕を掴んだ。悲鳴が聞こえたが、止められなかった。おかしな行動ばかりするシェフィーリアをこれ以上見てられなかった。


「答えろ、何故寮に戻らなかった。それだけじゃない。何故入学式にも授業にも出なかった。お前はいったい何がしたいんだ!」


「では逆に聞きますが。貴方はいったい私の何を理解していらっしゃるので? 聞きたいことを高圧的に求めて私を案じる言葉をかけたかと思えば家の為。でしたら私は何を主として生きていけば良いのですか? 貴族階級が上であるから敬えという大人たちの言っていることが正しいならば何故こうも私は貴族階級が下回っている者たちに馬鹿にされなければならないのですか? 馬鹿で無様で最底辺にいて家の権威を振りかざしているだけのこの私にお教え願えますか? 分かるように説明していただけますか?」


 顔を歪めて俺を見上げるシェフィーリアの視線には俺に対する悪意が籠っていた。その視線に思わず怯む。


「どうせ反論は出来ませんよね? 私の質問に答えることだって。だって貴方は何一つ分かっていない。ただ己の沼に溺れているだけなのだから。井の中の蛙とは貴方のことを示すのかも知れませんね? 分かっているようで分かっていない。滑稽ですわ。嗚呼、本当にここにいるのが私で良かった」


 シェフィーリアが自分にこんなことを告げるとは思わなかった。いや、どこかで分かっていたのかも知れない。シェフィーリアが、俺を嫌っているだなんて。ここまで直接的な感情を向けられたのは初めてだった。


「お前は、何を言って――」


 その先は遮られた。他でもないシェフィーリアの言葉によって。そしてシェフィーリアは一人、俺を置いて先に向かった。呆然とする俺はただ戸惑っていた。


 そして、自分の手に付いているまだ熱い液体に震える吐息を溢した。


「……俺が、傷つけた?」


 次はシェフィーリアに戻ります!

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