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無黒語  作者: 吾桜紫苑&山大&夙多史
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Cent-02 増援

 フーッ、フーッと瀧宮羽黒は肩で大きく息をする。

 海底から伸びる塔のような巨刀の鍔にどっしりと両の足を開いて仁王立ちし、サングラスの奥の瞳は普段の何倍も鋭い光を湛えている。滴る汗は散々被った潮に混じって区別がつかなくなったが、全身から溢れ出す覇気により一緒くたに蒸発したのか不思議と濡れているようには見えない。

 ガリリっと音を立て、奥歯を砕かんばかりに噛みしめる。

 そこに普段の軽薄な笑みも飄々とした慇懃無礼な雰囲気もない。

 世界魔術師連盟や魔法士協会など、次元の内外を問わず危険人物・接触禁忌扱いされている「最悪の黒」は、震える指先を巨刀の柄に押し付けながら、大きく息を吸い――


「いい加減にしやがれこのクソ潜水艦共!!」


 大気を轟かす声量でブチ切れた。

「ちょこまか泳ぎ回りやがっていい加減出てきやがれ! つーか、てめえらが現役だった頃は長時間潜航も高速潜航もできなかったはずだろーが! あと旗艦面してるそこのイタリア重巡! てめえまで潜るなボケ!! 幽霊船の特性使って逃げ回るなゴラァッ!!」

 こめかみに青筋浮かべ、怒号を飛ばす羽黒。それを小馬鹿にするように、水平線ぎりぎりの距離で重巡の艦橋が浮かび上がり、すぐに海の中へと消える。

「ふん!」

 艦橋が消えた辺りから予測を付け、羽黒の周囲を漂っていた十本以上の巨刀を投擲する。凄まじい唸り声をあげながら飛んでいった巨刀は、どぼんどぼんとそのサイズに見合った巨大な水柱を作り上げる。しかし羽黒の手元には幽霊船を両断した感触は帰ってこない。


 ぷぁーwww


 代わりに、背後から人を小馬鹿にしたかのような軽い汽笛が鳴り響く。

 振り向くと、先程まで前方にいたはずの小規模艦隊が背後を航行していた。

「ちょこまかちょこまか……! 逃げばっかり練度上げやがって、そんなんだから『枢軸国のお荷物』とか『次はイタリア抜きでやろう』とか言われんだよバーカバーカ!!」

 ひとしきり罵声を浴びせるも、そこに艦隊は既にいない。ガシガシと頭を掻きながら羽黒は舌打ちをする。

「……ったく、どうするか」

 潜水艦の幽霊船がいるということは上空からでは分からなかった。既に戦艦・空母級の幽霊船は妖刀に吸収し、撃沈させたために〈エーシュリオン〉までの空路は確保できたが、海中に一体何隻の潜水艦が潜んでいるのかが分からない以上、安全が確保されたとは言えない。しかも件の重巡が指揮をとり、何隻かの討ち漏らしの駆逐艦がちょいちょいちょっかいをかけてくるために潜水艦を特定できない。

 つまり完全に足止めされている。

「まいったな、完全殲滅するにはこの辺り一帯の海域を丸ごと爆撃するような火力と速度が欲しいが……いや、そもそもそんな火力があったら直接島を……だめだ、さっきまで制空権とられてたんだからそんな火力用意されてねえか」

 ぶつぶつと呟きながら可能性とその否定要素を並べて作戦を絞る。しかしながら、どう頭を捻っても羽黒単騎でできることなど限られている。

「あーあー、どうするか。任せろと言った手前、救援求めるのもなあ」

 あの駄蛇と腹黒に馬鹿にされるのは別にどうでもいいが、流石にそんなバ火力を即時投下できるほど対〈エーシュリオン〉包囲網も準備がいいとは思えない。どのみち、この海域にもうしばらく足止めされながら地道に潰していくしかないのかと羽黒は腹を括った。

 その時――


 ひゅおっ


 一陣の風が羽黒の上空を通過した。

「なんだ……!?」

 顔を上げる。しかしすぐに異様な気配と圧倒的な〝威圧感〟が周囲を充満し、羽黒は反射的に姿勢を低くした。


 ズガァンッ!!


 ()()()()()()

 そうとしか形容できない衝撃が海面に叩き付けられ、巨大な水柱が上がる。

 しかもそれは一回では収まらない。

 上空を飛び回る何かの後を追随するように海面が次々と爆ぜ、上がった水柱が壁のように連なる。

「……あのおっさん、あんなもん抱えてたんなら最初から投下しろよ……」

 羽黒は苦虫を噛み締めたような表情で吐き捨て、海面を凝視する。

 溢れる白波に紛れてアンデッド特有の淀んだ魔力が霧散していくのが何カ所かで確認できたため、どうやら爆撃はきちんと潜水艦にまで届いているらしい。

 何者かは知らないが、ならばこの場はもうアレに任せて島へ向かおう。

 そう思い羽黒は島へと渡る足場を作ろうと巨刀の魔力を練り直し始めた時、ポンポンポンと場違いな小気味良いエンジン音が耳に届いた。

「……漁船?」

 振り向くと、爆撃によって盛大にうねる海面をごり押し上等と言わんばかりに突撃してくる一隻の漁船が浮かんでいた。



     * * *



『――――――っ!!』

「そう喚かないでください。上級諜報員ともあろうあなたが見苦しいですよ」

『――――! ――――――!?』

「ですから、落ち着いて。そもそも今回彼らに通過させた施設は連盟が直接関与していないものばかりです。包囲網の同盟組織に提供させた、黒に限りなく近いグレーな研究施設なんですよ」

『!? ――――――――!! ――!!』

「別にあなたのことを信用してないわけじゃないんですよ。ただ今回はあなたに知らせない方がいい方向に転びそうだったから――っと、来たようですね。一旦切ります。あなたは『例の街』の通常任務に戻ってください」

『――――!』

 通信機の受話器を置き、ローブを纏った金髪の女性が甲板に出る。そこには二人の青年が互いを監視するような位置取りで存在していた。

 一人は操舵室の入り口にもたれかかり、暇そうに日本刀の鞘と鍔をカチカチと合わせる黒いトレーナーを羽織った男。不思議と『そこに存在している』という最低限以外の()()()()()()()()()()。顔立ちは整っているが、印象としてはどこにでもいる好青年以上を抱かせず、もし彼が映画の出演者ならばただのエキストラとしか思えないだろう。一言で表現するならば――()()()()()()()()

 もう一人は彼の対面にあるクーラーボックスに腰を下し、静かに腕を組んだ黒コートとマフラーの男。こちらは逆に一切の音を立てていないにも関わらず、歴戦の戦士や連盟の大魔術師に匹敵するほどの強烈な存在を感じる。

 ローブの女性は彼らを一瞥すると、『絶対に馴れ合わない』という空気に溜息をつき――顔を上げた。

 すると巨刀を何本か並べ、三人目の黒い奴――瀧宮羽黒が階段状に並んだ鍔を足場に漁船へと飛び乗って来た。

 背後で謎の飛行物体がドッカンドッカン海面を爆撃する中、ローブの女性が丁寧に頭を下げる。

「初めまして。私は世界魔術師連盟所属――秋幡大魔術師直轄懲罰部隊副隊長の『どぉぉぉぉんっ!!』と申します」

「ん、あ、ああ。瀧宮羽黒だ」

 なんか特大の爆撃音でよく聞こえなかったが、連盟所属の魔術師だということは聞き取れたからいいか、と羽黒は二人に視線を向ける。

「あんたらがあのオッサンが言ってた非公式の?」

「はい。正確には私は彼らを送り届けに来ただけですが」

「はーん。ちなみにあんたらと、ついでにアレの詳細を聞いても?」

 言いながら、羽黒は背後で引き続き絨毯爆撃を行っている怪物を指さす。速すぎて羽黒の動体視力をしても目視出来ないが、どうやら幻獣の類らしいと言うことは理解できた。

「申し訳ありませんがお答えできません」

「あーらら。情報規制ってやつ?」

「いえ、我々は連盟に対しても非公式な部隊になります。名前すらないのでお答えできないだけです。それでも呼称が必要でしたら『独立秘匿遊撃隊』とでも呼んでください」

「あのオッサン、またなんか企んでやがんのか……つか、オッサン管轄の非公式部隊が暗躍してるって俺に教えちゃっていいのかね?」

「問題ありません。『蛇』や『災厄』、それに『白』には秘匿にせよと命は受けていますが、『最悪』には公開しても構わないとのことでしたので」

「……その心は?」

「さあ? 勧誘しようとしているのではないですか? この部隊にはかなりの『訳あり』と『曲者』が集まっていますので」

「3回生まれ変わってから出直して来いって伝えとけ」

 あのオッサンが3回生まれ変わったところで本質が変わるかは甚だ疑問ではあるが。

 まあ、今回みたいに仕事として依頼して来たら考えてやらんでもないが。

「んで、そちらのお二人さんは?」

 羽黒と魔術師が話している最中、暇そうに手にした刀を弄りながらも、猛獣のような鋭く静かな笑みを浮かべながらじっと羽黒を見ていた黒トレーナーの青年。興味ないと言わんばかりに腕を組んだまま微動だにしない黒コートの青年。どちらも羽黒より年下。20歳前後だろう。

 黒トレーナーの青年が笑いながらもたれかかっていた壁から背を離して羽黒に歩み寄って――

「!?」

 ただ真っ直ぐこちらへ歩いていたのに、なぜか一瞬()()()()。だがすぐに意識を強く集中させて青年を視認する。

「やるねぇ、あんた。試しに5、6回殺してみようと思ったんだが、全然隙が無ぇのな」

「……最近は俺を初見で殺してみようって遊びでも流行ってんの?」

 疾と初めて会った時を思い出しながら、羽黒はげんなりと眉を顰める。それに青年は喉の奥で笑いながら無造作に手を差し出してきた。

 何の変哲もない、一見すると友好的な握手。

 だが、その手を取ろうとした瞬間に殺される。そんな直感的危機感が羽黒を躊躇わせた。


「正解だ。オレは天明朔夜。ご指導ご鞭撻よろしくな――っと言いたいところだが、あんたはクソ魔術師じゃなさそうだが別の嫌な『臭い』がする。間違えてうっかり殺っちまうかもしれねぇから気をつけてくれ」


 言い終わるや否や、羽黒が気づいた時には凶悪に嗤う天明が刃を振るっていた。

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