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無黒語  作者: 吾桜紫苑&山大&夙多史
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Noir-02 振りまかれる厄災

 アスク・ラピウスに示された魔法陣の数々をしばらく分析していたノワールは、おもむろに口を開いた。

「……基礎理論は化石クラスに古い。こんな骨董品、久々に見た」

「ふん、口の利き方のなっていない小僧だな。まあ、少々長生きしているせいで、時間の感覚が鈍っているのは認めるが」

「別に文句を言っているわけじゃない。そのまま使えば即座に解析・解除されるだろうが、これはもう別物だ」

 トン、と指先で机を叩き、ノワールは淡々と続ける。

「儀式化、紋章化を主眼に置きながら、本命は呪詛の浸透を補助する装飾。この島の目的に非常に忠実なトラップだな。まさしく、招かれざる客を歓迎する為の装置だ」

「その通りだとも。折角戦力を譲ってくれるのなら、使わない理由もあるまい」

「成る程。一般人なぞをゾンビにしたところで肉壁にもならないのに何故と思っていたが、彼らは所謂、撒き餌か」

 軽く眼を眇めてノワールが独りごちるように言った。一般人に被害が出れば動かざるをえない連盟の立場を利用した策。確かに、その結果協会(じぶんたち)まで動いていることを考えれば、効果的と言える。

「いや、私はこれでもモノを大事にするタチでな。肉壁どころか大いに役立たせているさ。トラップの側に置き、手こずる愚か者共に食らいつき、妨害しつつ魔術で果てるという名誉ある死を賜る彼らは幸せだろうよ。ある程度原形を留めておれば、この島全体に発動させている魔術で復活するから、何度でも蘇る」

 しかし、反論するような自慢するような口調で返された言葉に、ノワールは束の間押し黙った。構わず、アスク・ラピウスはノワールを問いただす。

「で、どうなのだ小僧。このトラップは魔術師連盟の犬共に効果があるのか、否か」

「……これだけ複雑化した魔術だ、大魔術師以外には無理だろうな。ただ、一定数被害を出した連盟が少数精鋭で攻めさせる為に選出した連中がどうかは断定出来ない」

「どうせ当て馬だろう」

「さあ。自分は陛下よりも魔術師連盟には疎い。どんな人材を選ぶかまでは知らん。とはいえ、使いようによってはそれなりに武器にはなるだろう」

 そう答えたノワールは、その辺の野良魔術師どころか異世界が本拠地である協会の誰よりも疎いかもしれない。余所の世界の異能者など、ごく一部を除き心底興味が無い。

「使えんな」

「自分の仕事は魔術のアドバイスだ。情報屋が欲しければ他を当たれ」

 素っ気なく突き放すと、アスク・ラピウスは納得したらしく、1つ頷いた。

「ふむ、それもそうだな。では魔術を使って貰おうか」

「は?」

 唐突な要求にノワールは眉を顰める。構わず、アスク・ラピウスは言い募った。

「小僧の言う「少数精鋭」がどんな連中なのか、小僧の魔術で探り出せ。何、情報とまでは言わん。せめて私の国に許可なく押し入ろうとする無礼者の顔くらい探り当てて見せろ」

「……」

「それも出来ないようなら、『魔術師』の上位を唄う『魔法士』が聞いて呆れる。大魔術師以下だな。雇う意味がない」

 高飛車な挑発に小さく溜息をつき、ノワールは1つだけ問うことに決める。

「陛下は、魔法士協会について何処まで知っている」

「多世界に拠点を作りそれぞれの地の魔法文明を引っ掻き回し、あまつさえその場を己らの野心に任せて征服して勢力図をまるまる書き換えた組織、だな。自己の利益ばかりを考え、自分達の理論を至高と考える傲慢な連中だ。小僧のような若輩者を、私に押しつけたのが良い証拠だろう?」

「……そうか」

 溜息をつきたい衝動を堪え、ノワールは無言で魔術を起動した。半透明のスクリーンに、現在の島上空の映像を映し出す。遠隔視には少々嫌な思い出がある為余り使いたくないのだが、要求されるなら応えるまでだ。

「ほお……やるじゃないか。若造とは言え、口だけではないようだな」

 憎まれ口のつもりなのだろう、アスク・ラピウスがそう言って低く笑った。先程の発言と合わせ重ね重ね身の程知らずだが、ノワールは心に波風1つたたせず無視した。この程度の悪態、可愛げすら感じる。憎まれ口を叩きたければ、正確にこちらの戦力を分析し活動内容を把握した上で、それを最も皮肉かつ適切かつ相手の感情を逆撫でる表現とそれに見合った口調を厳選し、口にするタイミングを選んでからにしろというのだ。……別に、誰とは言わないが。

 魔術を操作する。島上空は雲と瘴気に覆われ、薄暗く煙っていた。そのままでは何も見えないようなので、魔力の反応を感知して可視化してみる。うっすらと浮き上がったのは、飛行艇。

「空から来たか。艦隊の警戒をかいくぐってきたのは大したものだが」

「艦隊? ああ、幽霊船か」

「その通り。怨霊を食わせてそれなりに魔力も与えておいたし、何より数が多い。少数精鋭ならばその分苦労するだろうと思って置いておいたのだがな。ふむ……これは島への到着が楽しみだな。顔は見られるか」

「飛行艇内の生命反応は3。他、空中戦が2、海上戦が1。どれが良い」

「まとめて映し出せ。それ位出来るだろう」

 不遜な言葉に従い、画面を3つに分けて映し出す。それぞれが発している認識阻害の魔術をくぐり抜け、結ばれた映像を見たノワールは、絶句した。


 空中では、ペールブロンドの少女と純白の少女が思うままに暴れていた。何故パラシュート落下用のドッキング状態で空を飛んでいるのかは甚だ謎だが、刀剣がどこからともなく現れては消え、アンデッドを駆逐していく。


 一方海上には、やたらめったらデカい太刀をぶん回して駆逐艦だの艦載機だのを滅多切りにしていく男がいた。

 刈り上げた髪、顔に横一直線に入った火傷のような傷痕。どう見てもヤクザ面した、長身の黒づくめ。


 ……白い少女が次から次へと刀剣を現界させる姿も、ヤクザ面が軽薄な笑みを浮かべて太刀を操る姿も、ノワールも初めて見る戦い方ではあるが、それでもその顔を間違えられる程、幸せな記憶力は持っていない。


 そして、極めつけが飛行船内だ。


 魔術師らしき少女のかたわら、携帯端末を弄りながら外の様子を眺める、人間離れした容姿を持つ男。不遜な笑みを湛える顔は、しばらく見たくもない災いの証。


「随分と変わった者達だな。空中のやつらは空間系の魔術師か? あれほどの頻度で亜空間を開けるとはな……余程魔力に自信があるのか?」

「…………」

「小僧?」

 押し黙って……否、硬直しているせいで相槌を打てないノワールに気付いたアスク・ラピウスが、怪訝そうに呼びかける。が、ノワールはそれどころではなかった。

「……ペールブロンドの方は、人間じゃない。魔力反応と空間制御、魔力消費を考慮しない戦いぶりと翼による飛行を考えれば……おそらくウロボロス。大物を釣り上げたな」

「なんと、なんと……そんな幻獣が来てくれるとは。我々の作戦も大きく進むぞ」

 歓喜に声を跳ねさせたアスク・ラピウスは、上機嫌で白い少女を指差す。

「ではこちらは何だ? 同じくドラゴンか、それとも一角獣の類か?」

「そんなものならどれだけよかったか」

「は?」

「独り言だ」

 現実逃避を兼ねた解説に素直に喜べるアスク・ラピウスには、ノワールの低い低い声は聞き取れなかったらしい。聞き返すのを一蹴し、ノワールは改めて目を凝らす。見間違えていないかと何度も確認したが、そんな幸運は訪れなかった。

「瀧宮白羽……瀧宮家現当主。『最高の白』と呼ばれる、瀧宮の申し子……血の気の多さと才気溢れる戦いぶりから名付けられた肩書きだ。紆余曲折を経て現在ホムンクルスとなってはいるが、お家騒動の結果、当主の座を襲名した」

「やけに詳しいな」

「調べた」

 報告書のために、という裏事情は伏せ、ノワールは淡々と続ける。

「瀧宮含める八百刀流は、魔術師連盟に加盟出来ない術者集団だ。残虐性が理由だったか。所謂マフィアだとでも思えば良い」

「それを、わざわざ魔法士である小僧が調べた理由はなんだ? 確かに腕はそこそこ立つようだが、然程脅威には見えない」

「個の戦力だけ見ればその通りだな」

 接近戦における刀術はノワールをして苦戦させたが、実戦で倒せないとは微塵も思っていない。白羽の弱点を考えるに、1対1で100回殺り合えば100回とも殺せる自信がある。

 だが。

「問題はその親族、兄だ。奴は魔法士協会に接触禁止生物指定されている」

「何?」

 驚きの声を上げるアスク・ラピウスに、ノワールは海上戦を行う男を指差した。

「こいつがその兄、瀧宮羽黒。龍殺しだ」

「……ウロボロスに龍殺しか。よく共闘しているな」

「最悪の黒という異名通りの所行だ」

 今更その程度で驚かない。ドラゴンだろうが災厄だろうが死神だろうが口八丁手八丁で丸め込み味方に引き入れるのが、この男が恐れられる所以である。

「しかし、この男1人で制海権を取り戻すつもりか? 無謀に過ぎる」

「勝算があるから残ったんだろう」

 楽観的な分析を切り捨て、ノワールは最後にと飛行船を指差した。

「魔術師の方は知らんが、連盟の手先か?」

「おそらくこの島を探っていた小バエだ。稚拙な隠密行動が鬱陶しくて何度も叩き落とそうとしたのだが、逃げ足だけは速くて逃げられている。もう1人は……幻獣、か?」

「…………いや、人間だ」

「知っているのか」

「『デザストル』。人の身で初めて、魔法士協会にコードネームを付けられた災厄だ」

「だからどうした」

 胡乱げな顔でアスク・ラピウスが聞き返す。魔法士協会の情報が粗末な彼には、その重大さは理解出来なかったようだ。

「魔法士協会はS級指定の魔物に対してコードネームを振る。真名を握られたら従うしか無い高位悪魔が名乗らないから、便宜上与えたのが切欠だったか。そもそも、それくらいの高位存在でなければ、俺達魔法士から名前を隠すなど出来ない筈だった」

「それを覆したと? たかが人間の名も探れないというのか」

 小馬鹿にしたような顔でアスク・ラピウスが言うのも無理はない。探査魔術が魔術師以下だと言っているようなものだ。

 が。

「それを成し遂げ、あまつさえ魔法士協会に単体で喧嘩を売って今も尚生き残って、協会所属の研究所を破壊し続けている。その行動に、単騎で世界を滅ぼせる幹部が危機感を募らせコードネームを付けて敵認定したのが、この男だ」

 魔術師の上位互換という認識をされる魔法士の眼をかいくぐり、名を隠したまま翻弄し続ける男。挑発に応じた魔法士が幾人も戦闘不能に追い込まれ、数多の研究所を破壊した所行を考慮し、最近噂されていた『災厄』の名を、正式なコードネームで与えられた。

「相手にとって不足はなし、か。……それにしても、魔術師に疎いと言っておきながら、やけによく知っているな」

「たまたま数少ない顔を知る奴らがいるだけだ」

 というか、こんなドンピシャな面子が来ると分かってたら、ノワールは潜入などせず適当な調査で切り上げて撤収していた。最も会いたくない連中が勢揃いとは、どんな嫌がらせだ。


 ……と言うよりも、非常に拙い状況である。


「………」

 押し黙って、ノワールは考え込む。今の顔ぶれに対し、どう動くべきか。

 今回の任務を押しつけられた理由である、羽黒と疾が深く関わる一件では、つまる所ノワールが彼らを捕らえず見逃したのを責められたのだ。この状況で知らん顔をすれば、確実に再度の報告書と諮問会議でのネチネチとした苦情を聞かされるのは間違いない。

 それを避ける為には、簡単な方法として彼らを殺しに行く……のだが、それぞれ別個にいても厄介かつ苦戦させられる敵が、手を結んでいるこの状況では悪手だ。こんな面倒極まりない連中に負けてくたばる予定は欠片もない。


 と、なれば、選ぶのは1つ。


「……よし」

 高速で逃げ道を探したノワールは、小さく呟いて顔を上げた。

「陛下。用が終わったなら俺は戻る。約束通り、魔術書を拝見したい」

「……ふん。所詮は外部者といいたいわけか」

「ここで俺が動けば、陛下の所行ではなくなる。協会としては介入の良い機会だから歓迎するが、それで良いのか」

「チッ。漁夫の利を狙うハイエナ共が……」

 不愉快な顔をしたアスク・ラピウスがノワールを睨め付ける。殺気に満ちた眼差しを受け流し、ノワールは更に言い募る。

「この程度で手を借りなければならないなら、世界征服など夢のまた夢だろう。違うか」

「……ちっ。魔術書はペプレドに案内させる。指示に従い、余計な詮索をするなよ」

「ああ」

 相槌をうち、ノワールは踵を返した。歩き出そうとしたところでふと気付き、振り返る。

「そうだ、魔術トラップの助言だが」

「何かまだあるのか? それなりの武器にはなるのだろう?」

「面子を見て意見が変わった。はっきり言って無駄に終わる可能性が非常に高い、他の手を考えるんだな」

「なんだと……?」

 今度こそ怒りを滲ませていたが、ノワールは嘘をついていない。これまでの交戦記録を分析しての助言であり、確かな情報でもあるのだ。

「気に食わないなら聞き流せば良い。採用するしないは陛下の勝手だ」

 ど連中がこの化け物を滅すならば、止める理由はノワールにはない。ここで意見が採用されずにアスク・ラピウスが追い詰められたところで、どうでもよかった。

「俺は魔術書に集中する。魔術の助言以外では邪魔をするな」

 そう言い放って、今度こそ前を向いて歩き出す。

 ノワールの今回の任務は、アンデッド化の魔術とその活用法を徹底的に調べ上げることと、もう1つ。そのどちらもが、彼らと敵対しなければならない要因は含んでいない。ならば魔術に集中していて気付かなかった事にしてしまえばいい。いつの間にかリッチが倒されていたというのは、個人的には非常に都合の良いシナリオでもある。

 よってノワールは何も見なかったから何もしない、という姿勢を選んだ。彼らと敵対せず、彼らに手を貸したと難癖を付けられず、任務を全うするにはこのまま強引に進めるしかない。その結果連中が巻き込まれてくれれば万々歳だが、そんな可愛げのある面々ではない。

 だったらせめて俺の迷惑にはなってくれるなとばかりに、アスク・ラピウスから遠ざかるノワールの足取りは自然と早まっていった。



        ***



 ウロボロスと白羽が飛び去った後。のろのろとハッチを閉めたメイジーは涙目だった。

「どうして、こうも好き勝手に……!」

 予め話し合った作戦をぶち壊し、気付けば各個撃破と呼べば聞こえの良い、実際は体当たり突撃を問答無用で実行していく連中に、これだから外部の連中は、という愚痴しかメイジーには浮かばなかった。

 予定と全く違う動きばかりの彼らに、メイジーの編んだ仕事・・の計画はもはや跡形も残ってない。このままではまた経歴に傷が付いてしまうと、メイジーは焦りにほぞを嚙みつつ泣き言を漏らす。

「なんでこうなるのですか……!」

「たりめーだろ。こんな面子をかき集めておいて、お行儀良くてめえらの予測通りに動く訳がねえ」

 予想外にも相槌が返ってきた。振り返ると、唯一残っていた青年が相も変わらず携帯端末を弄っている。

 ……それにしても、こいつ端末しか見ていない。ウロボロス達の戦闘中も殆ど外に目をくれず、ただただ画面に視線を落としていた。そのくせ悪態だけは的確に投げ掛けてくるのが非常に腹立たしい。

「そもそも互いの戦力も知らない状況で、腹の探り合いしながら敵の撃破なんて面倒な真似してられるかよ。敵の敵は味方って程度の顔ぶれだぜ? 素直に協力し合うわけがねえ。よくもまあこんな連中ばかり集めて放り込もうとしたもんだ。それも連盟に疎まれている奴ばかり、な」

 くっ、と低く喉を鳴らして、青年は言い放つ。

「それとも何か? てめえが下りて指揮とるか? あいつらの手綱を上手く握って勝てるだけの戦術があるとでも?」

「……失礼なのです。私は貴方よりは、経験があるのです」

「経験だけあっても、そこから学び取れなきゃただの時間の浪費だぜ」

「知りもせずにうるさいのです!」

 思わず怒鳴ってしまったメイジーは、破れかぶれに青年を睨み付ける。何故かは分からないが、この男の悪態はひたすら腹が立つ。聞き流す事も無視する事も出来ず、ただただ神経を逆撫でされ続けていた。募り募った不快感が暴発し、メイジーは怒鳴りつける。

「大体、貴方も好き勝手言って協力する気が全くなかったのですよ!? 仲間相手に挑発ばかり繰り返して、そのくせ何もしない輩が、分かったような——」


「メイジー・ツヴァイ。魔術師連盟諜報部所属」


 機械的に読み上げる口調が、遮った。端末に視線を落としたまま、青年は続ける。


「情報の入手と敵組織の攪乱を主な仕事としており、素顔は直属の上司にしか見せない徹底した個人情報管理。遠視や分析、身分秘匿の魔術を得意とし、エリートとして名高かったが、近年評判を落としている。付けられた新人のヘマをフォローしきれず敵に存在を悟られること15回、以降は諜報活動を控え気味。瀧宮羽黒と接触した後およそ3ヶ月にわたって消息を絶っていたが、今回エーシュリオンの調査に辺り再度抜擢される」


 メイジーは、毛穴という毛穴が逆立つのを感じた。

 尚も青年は淡々とした口調で情報を読み上げていく。メイジーの戦闘データ、専門魔術と履修魔術の理論、魔術師連盟に加入した後に書いた論文のテーマ。幾度も名を変え姿を変えて連盟内でも存在を隠し続けてきたそれらを、青年はいとも簡単に丸裸にしていく。

「——以上、魔術師としてのデータだな。個人のデータもあるが、ま、今は必要ねえ」

「な、ぜ……」

 ようやく絞り出した疑問は、失笑を持って返された。

「クソチビに惑わされてフルネーム名乗ったてめえの失態だな。この世界の魔術師において、フルネームを知られてはならないってのは常識中の常識だろ」

「本名か偽名かも分からないのに……?」

「2つも偽名・・が分かれば十分だ」

 事も無げに言った言葉の意味を理解して、メイジーはぞっとする。つまり彼は、メイジーが名乗ってから……否、拘束具を外した後からのほんの僅かな時間だけで、これだけの情報を集めたというのか。

 確かにフルネームを知られた魔術師が情報漏出してしまうのは常識だ。が、それはあらゆる金銭と人材を注ぎ込み、時間をかけて調べ上げるモノ。諜報部のエリートたるメイジーでさえ数日はかかるだろうそれを、たった1時間もかけずに。

 異常なまでの情報取得能力に戦慄を隠せないまま、メイジーは合いの手をうった。

「……それで、ずっと端末を弄っていたのですか」

「さあ? どうだろうな」

 くつくつと笑う青年にえもいわれぬ恐怖を覚え、メイジーは目を逸らす。深呼吸をして、窓の外を眺めた。島の姿が、小さく見えてきていた。到着が近い。

 もうこうなったら、とっとと下りて貰うのが一番だ。そうすればメイジーはお役御免、必要な報告だけ持って帰れば良い。予定を大幅に狂わせたのは彼らだと言い訳してしまおう。失態の挽回に関しては後々考える。

 そう思った、その時。


 ——パァン!


「なっ!?」

 突如鋭い音が飛行艇内に響いた。咄嗟に身構えたメイジーは、信じられない光景に鋭く息を吸い込む。

 白羽の矢が、青年の顔近くの壁に突き立っていた。深々と突き刺さっているそれは、弓で射たとしか思えないが——ありえない。

 高度数千メートル級の飛行艇内。ハッチ内には青年とメイジーしかいない。弓矢を操る仲間を乗せた覚えはないし、敵に潜り込まれていないかは何度も確認した。そもそも直前までメイジーは気配1つ感じなかった。


 だというのに、まるで射手がたった今射たように、矢は小刻みに揺れている。


「ちっ」

 呆然と硬直していたメイジーの耳に、舌打ちが聞こえた。強張った体を軋ませながら首を巡らせると、これまでで一番不機嫌そうに眉を寄せる青年がいた。

「もうばれたのか……暇人かあの野郎。だからこの件は御免だってのに……瀧宮羽黒、この貸しは高く付くぜ」

 メイジーにも聞き取れない程の早口で呟き、青年はやおら立ち上がる。そのままハッチへ向かったのを見て、メイジーはようやく目的地到着を告げる放送に気が付いた。

「おい、マヌケ諜報員」

「だ、誰がマヌケですか!」

「フルネーム」

「ぐっ」

 言葉に詰まるメイジーを一瞥し、青年は口元を歪める。

「てめえのマヌケぶりのお陰で、思いの外情報が得られたからな。何ら意味を成さないデマを掴まされてるマヌケ諜報員に、1つだけ教えてやるよ」

「……は?」

「拘束具装着中に俺ら全員のパーソナルデータを集めていたようだが、それ、真っ赤なでたらめだぜ」

「!?」

 びくり、とメイジーの肩が跳ねた。にい、と青年が笑った。

「厄介者ばかり集めたのはその為だろ? この機会に弱みを徹底的に探り、戦闘能力を測れば、今後大きな切り札になる。あるいは、この作戦が終わり少なからず負傷した俺達を待ち構える本部隊でもいるんじゃねえの。そいつらに戦闘データ渡せれば万々歳ってな」

「……考えすぎなのです」

「腹芸が下手すぎるな。これでエリートとは笑わせる」

 かつて完璧な表情、感情のコントロールで上司に賞賛されたメイジーを一刀両断し、青年はハッチに手をかける。

「爆睡してたクソ蛇は知らんが、龍宮兄妹は対策済だったぜ。クソ蛇のデータもついでにクラックしておいたからでたらめだしな。そのまま渡したら大失態だ」

「クラッ、ク……? 魔術を……?」

「データを、だ。不勉強だな」

 せせら笑うと、青年はハッチを開け放った。肩越しに振り返り、嘲笑を見せつける。

「亀裂不穏分子だらけで命令系統も要領の悪い組織に所属せずとも、身の安全を確保してるって意味を、もう少しその足りない頭で考えておけ。そしたら対面一番拘束を提案するなんて馬鹿な喧嘩のふっかけ方なんざ、思いもつかねえだろうからな」

「……っ」

 ぎゅっと唇を噛み締めたメイジーをさらに嘲笑い、青年は何かを投げて寄越した。咄嗟に受け止める。

「今回は随分と良い情報を貰えた礼に教えてやったが、次はないぜ? ま、てめーがまだ前線で働けるか甚だ謎だがな」

 そう言うと、メイジーの返答も待たずに外へと飛び出していった。呆然とその姿を見送ったメイジーは、わなわなと肩を震わせる。

「馬鹿にして……!」

 確かに彼の指摘した部分はメイジーの落ち度かも知れない。だが、ああまで悪し様に言われまくる筋合いなどどこにもない。ふつふつと滾る苛立ちに、いっそ上空から狙撃してくれようか、と物騒な考えすら浮かぶ。

 そこまで考えたメイジーは、ふと手元に目を落とした。青年が投げつけてきたものに焦点を結ぶと、手渡した拘束具だった。


「……ん?」


 ふと違和感を覚えて、メイジーはそれをよく観察する。外見上は何も変わらないのに、何かがおかしい気がする。


「……? ……!!??」


 試しに被ってみたメイジーは、絶句した。極限まで目を見開き、わなわなと震えて無線機を手に取る(・・・・)


「……木偶。航路は予定通りでしたね?」

『へ? はい、言われた通りに動けって言ったの、先輩ですし』

 くっきりと聞こえた返事に、メイジーはさあっと全身の血が引くのを感じた。

 拘束具のなれの果て(・・・・・)を脱ぎ捨て、メイジーはハッチを閉める。真っ青を通り越して紙のように白い顔をしていた。

 何故目隠しをされていたはずの青年が、メイジー達の諜報用の魔術に気付けたのか疑問だったが、答えは簡単だった。拘束具はものの見事にガラクタと化していたのだ。

 一体全体どうやったのか、拘束具の要である感覚を奪う魔術は綺麗に破壊されていた。ウロボロスや白羽が発動させた目つぶしの痛みなど、解除を試みれば発動するはずの数々のセキュリティ魔術ごと木っ端微塵だ。もはやただのヘルメットでしかない。


 つまりあの青年、何食わぬ顔で、重要施設通過時も全て見ていたわけだ。


 数え切れない程の研究所を破壊している災厄に、要となる拠点を知られた。失態と呼ぶのも生温い緊急事態に、メイジーは絶叫した。

「木偶!! 全速力で移動! 報告と同時に逃げるです!!」

『はい!?』

「さっさとしやがれなのです! 連盟の危機なのです!!」

『は、はいぃい!?』



        ***



「さて、と」

 自由落下に身を任せながら、疾は呟いた。

 視線を落として落下地点を確認する。案の定というか短絡的と言うべきか、地上には数多のゾンビが蠢いていた。まるで誘導されたように、疾の着地点を中心にして集結している。トラップも殆ど壊されないままだ。

「はん、使えねえ。楽勝と言っておきながらこのザマか」

 下らないプライドで自分までもを窮地に陥れる愚かさを嘲笑し、疾は1つ舌打ちを漏らした。

「ったく……こんな面倒なモノを『仕事』にしなきゃなんねえとか、ふざけんなよ」


 魔術師のヘマのお陰で予想外にも情報が大量に得られたのは儲けものだったが、折角押しつけまくってサボっていた仕事が舞い込んできたのは全くもって迷惑でしかない。

 瀧宮羽黒が連絡を寄越した時点で、可能性は幾つか絞っていた。その中でも、これだけは当たってくれるなと思った案件が、まさにこのエーシュリオン国家だ。

 何せ、アンデッド。生者に仇なす死した化け物というのは、吸血鬼と同じく思い切り鬼狩りの案件として扱われる。

 本来ならばこの辺りを担当する鬼狩りが動いていたのかも知れないが、状況を見るに返り討ちにされたのだろう。疾が赴くなら当然仕事扱いされてしまう。だからこそ、なんとか「個人的な依頼」として片付けられないか模索していたのだが——まさか、到着直前にばれるとは流石に予想外。

 突き立った白羽の矢。疾の直属の上司が射るそれは、つまり居場所も何もかも筒抜けだったらしい。


「そもそもなんで俺があんな訳の分からん野郎に使われなきゃなんねーんだ……マジでふざけんなよあの馬鹿」

 苛立ち混じりに呟き、疾はパラシュートを開く。強い力がかかったが、バランスをとって降下の姿勢を取った。そして、ふと気付く。


 たった今からこれは鬼狩りの仕事だ。そして疾が鬼狩りとして動くのならば、監視要員がいなければならない、と言ったのは局長だったか。


「……ふむ」

 しばし考える。一応、こういう魔術師絡みの案件に巻き込まないという線引きはしていた。が、ここのところ魔術師の襲撃に馬鹿が利用され始めている事、先日ちょっとした理由で術師との関係が出来ている事、その他諸々を思えば、寧ろこの件で関わらせるのはリスクよりもメリットの方が大きいのではないだろうか。主に、追い詰めなければ知ろうともしない馬鹿をもう少し使えるようにするという目論見的に。


「よし」

 そうとなれば行動開始だ。地上もはっきり見えてきた事だし、即断即実行は疾の主義である。


 素早く必要な魔法陣を編み上げ、待機状態にする。魔術を維持したまま、疾は指を一振りして通信用の魔術を起動した。黒板を爪で引っ掻くような音をイメージし、通信先に送り込む。

『ひぎゃぁああ!? 何々なんの音だよ!?』

『ッ、なんだ!?』

 情けない悲鳴と緊張した声を確認して、疾はにんまり笑って口を開く。

「よお、馬鹿、竜胆。お目覚めか?」

『え、疾? なんだ仕事か?』

『やだやだふざけんな仕事なんか今から行くわけないだろ俺は寝る!!』

『……なあ、瑠依るいが滅茶苦茶駄々こねてんだけど、これ連れてくのか?』

 案の定思い切りごねる馬鹿と、それにうんざりした声を上げるその相棒に、ふっと笑ってみせる。

『……え、何だ? なんかすげーやな予感がすんだけど』

「勘が良くなったな、竜胆りんどう。取り敢えず、その馬鹿の呪術具一式手に持て」

『え、おう』

『やめろ竜胆! 俺は絶対出ないからな!? あと4時間はオフトゥンとイチャイチャするんだ邪魔すんな!』

「あぁ、安心しろ。その馬鹿を部屋から引っ張り出せなんか言わねえぜ?」


 その必要は——部屋から出る必要は、ない。


 ぎゃあぎゃあ騒ぐ馬鹿を無視して、疾は待機させていた魔術に魔力を注ぎ込む。


「——ま、せいぜい働け」


 魔法陣が起動し、対象物を召喚する魔術が発動した。


『いや待て待ってお待ちください疾さん!? ちょ、今度は一体何を』

 慌てふためく声が途切れたと同時、描いた魔法陣の上——疾の着地点に、人影がふたつほど召喚された。


 3,2,1。



「っぎゃぁあああああああああああああああああ!?」



 物凄い情けない悲鳴が、数百メートルは上空にいる疾の耳にまでくっきりと聞こえた。それとほぼ同時に地響きのような怨嗟の声と、戦闘音が響き渡る。


「よし、成功したか」

 疾は口元を釣り上げた。日本時間は現在4時、流石に熟睡状態でアンデッドの真っ直中は死ぬだろうと召喚前に通信で叩き起こしてやった彼らには、更に疾が装備する魔道具と同じ呪詛対策の魔術も付与している。万全のバックアップで投入という疾には珍しい至れり尽くせりだが、勿論その価値はある。


 戦闘音が鳴り響く中、不意に一角から盛大な爆発が起こった。

「いやぁああああ?! もうやだ帰りたいぃいいい!?」

 爆発は2度、3度と立て続けに起こるが、元気よく喚いているから無事なのだろう。疾は感心した。

「おーおー、相変わらずだな」

 市街地に仕掛けられた数多くのトラップ。魔術トラップは疾も視認していたが、その他のトラップも直感的に察知していた。その中でも特に厄介だと本能を刺激していたトラップを、狙ってるのかと疑いたくなるほど正確に起爆させていく馬鹿の引き運の素晴らしさは、何度見ても目を見張る。しかも死なないのだから、不可解極まりない。

「デコイとしてこれ以上ない程の人材だよな、あいつ」

 正直、この特性だけ言えば今回の面子の誰よりも——ツルハシとしての性能を期待されていたウロボロスよりも——優秀である。普段はただの馬鹿でしかないが。


「ああぁあああああもう意味分かんねえ嫌だやだ怖い怖いぎゃぁあああ帰りたい!?」

 そろそろ声が近くなってきた。目を向ければ、竜胆が庇うようにして瑠依を抱え、蹴りと空いた手で牽制する合間に、瑠依が操る文字列をアンデッドに叩き付けて消し飛ばす。そしてごく当然のように周囲のトラップを発動させ、アンデッドごと自分も吹っ飛んでいた。

 どうして死なないのかつくづく不思議だが、何故か死なないので心配はしない。そもそもする必要も感じないが。


 そうして随分と数の減ったアンデッドのうち、降下する疾に気付いたモノだけを召喚した銃で撃ち抜く。すっかり掃除された住宅街に、疾は悠々と着地した。


「よお、大活躍だな」

「ホントふざけんなよ!?」

 パラシュートを外しながら声をかけてやれば、涙声で怒鳴り返してきた。


 茶髪に茶色の目の、全体的に緩い印象を与える顔つき。中身の残念さが全面に現れた顔立ちをした、同世代でも小柄な体格の少年——鬼狩りとしてはやや疾よりも経験の長い半人前呪術師、瑠依。

 それを小脇に抱えるのは、光の当たりようで紺青色に見える黒髪に、竜胆色の瞳を持つ体格の良い青年——瑠依と契約を交わしている妖の先祖返り、竜胆。

 鬼狩りとして疾が働く際、基本共に行動しているのがこの2人だ。


 ……それはそうと、堂々と泣き顔を晒して喚くこの情けなさはどうにかならないのか。


「お前、いい年して恥ずかしくねえの?」

「誰のせい!? 叩き起こされざまに恐怖のリアルホラーハウスに放り込まれて戦闘開始とか訳分かんねえし帰りたい!! つーかここどこだよ!?」

「瑠依、落ち着け。ホラ取り敢えず、残りのアンデッド狩るぞ? 幾らでも爆発起こして良いから、取り敢えず倒してから話せ」

「俺が爆発起こしてるみたいな言い方やめて竜胆さん! というか疾いるんだから俺いらねえじゃん!?」

「雑魚掃除くらい働け」

「理不尽!!」

 何だかんだ言ってこいつらはそこそこ優秀なので、雑魚程度に後れをとりはしない。悠々とパラシュートを外している間に、集まっていた雑魚共は退治されていった。

「ご苦労」

「なあホントなんなの!? ちょっと流石に説明よこせ、そして帰りたい!」

「帰れるもんなら帰ってみろよ」

 鼻で笑って詰め寄ってきた瑠依を一蹴する。ついでに、さっきの質問に答えてやった。ちょっとした親切心である。

「お前がここにいるのは当然鬼狩りの仕事だ。簡単に言えばアンデッドの国掃討作戦ってとこだな。ちなみにこの国はエーゲ海に浮く孤島の1つ。パスポートなしに帰れるもんなら帰ってみろよ」

 尚、パスポートがあっても入国審査なしの密入国なので、身柄拘束待ったなしである。

「…………は?」

 瑠依がぱかっと口を開けて硬直した。馬鹿の処理能力では理解出来なかったらしい。つくづく気の毒な脳みそである。

「なあ、疾。なんで俺らがそんな仕事をする羽目になっちまったんだ? ここの管轄確か別にいただろ?」

 マヌケ面を晒す瑠依を尻目に、竜胆が戸惑い顔で尋ねてきた。ごもっともな疑問だが、大体その抱えてる馬鹿のせいなので諦めてもらう。

「個人的に依頼を引き受けたら、仕事と判断された」

「は? 局長にか?」

「あのクソ局長にそんな情報収集能力あるわけねえだろ。直属だ」

「あぁ……あの人か」

「ちょっと待った!?」

 いきなり叫びだした瑠依に、2人の視線が集まる。

「なんだ」

「つまりこれ疾の問題じゃねーの!? なんで俺ら巻き込んだし!?」

「あの上司に目を付けられた元凶がすっとぼけてんじゃねえぞ」

「理不尽!? 帰りたい!!」

 再び元気に喚きだした瑠依を無視して、疾はさくさくと話を進めた。

「つーわけで、目的地はこの先にある博物館だ。まずはあの場にある魔術書の類を拝借……消滅させるのが今回の依頼だ」

「依頼なのに盗む気だこの人!?」

「ちなみにこの一帯はトラップと雑魚とついでに大聖堂からの砲撃が主な脅威だ。しっかり働けよ」

「うえぇ……まだ続くのか、この滅茶苦茶あぶねー状況」

 竜胆が顔を顰めた。馬鹿はスルーしてその愚痴に返す。

「こんなもん序の口だぜ。ま、瑠依を前に出しておけば大体厄介なのは拾えるだろ」

「拾ってくのかよ……なあ、それ俺が守るんだけど?」

「仕事だろ」

「げえ……」

 渋い顔でぼやいたが、このお人好しは契約者を見捨てられない。適度にフォローするだろうと、丸投げする。

「つか、疾1人でも何とかなりそうなのに、何でわざわざ呼んだ?」

「それな! まさに竜胆の言う通りだろ!?」

「アホか。なんで俺1人でこんなクソめんどくせえ物量戦こなさなきゃなんねーんだ」

「そんな理由!?」

 絶句している馬鹿を改めて眺め、疾は肩をすくめた。

「これでもう少し頭が良ければ、うっかり迷い込んだ一般人の体で潜入捜査させるんだがな。こんなマヌケな格好した敵なんざ、誰も警戒しねえだろ」

「悪かったなお袋様の用意したパジャマで!! 着替える暇くらい寄越せよ!!」

 真っ赤な顔で喚く瑠依は、妙に可愛らしいクマ柄のパジャマを着ていた。趣味の悪さには驚かされる。竜胆は動きやすさを重視したのかジャージなのでそこまで違和感はない。

「あー……瑠依、疾。雑談はそこまでな」

 竜胆が溜息混じりに警告を促す。嗅覚に引っかかったらしい。瘴気には気付いていたが、これほど精緻なセンサー機能は疾にはない。


 視線を巡らせると、再びアンデッドの集団。周囲を囲むようにじりじりと間合いを詰めてくる連中を眺め、疾は竜胆に命じた。

「竜胆、その馬鹿下ろせ」

「おう」

「ぐえっ!」

 素直に離したら、瑠依がそのまますっ転んだ。余りの情けなさに溜息が漏れたが、続けて瑠依に命じる。

「結界張れ」

「へーへー。あーもー帰りたい」

 ぶつくさ言いながらも、それなりに強度のある結界を展開した瑠依の首根っこをがっしと握りしめる。

「ええと……あの、疾さん?」

「とりあえず、逝ってこい」


 身体強化発動。

 右腕の筋力を瞬間的に跳ね上げ、瑠依を窒息死させないギリギリの強さでぶん投げた。目標、敵勢力最前列。


「いやぁああああああああああ!!??」

 絶叫しながらも、呪術は発動させたらしい。着弾と同時に、巻き込んだアンデッド共を一掃した。そして当然のように起動したトラップが、辺り一帯の大爆発を起こす。


「瑠依!?」

「もう帰りたい帰りたいオフトゥンさせてえええええ!」

「……大丈夫そうだな」

「ゴキブリ並みの生命力――いや、ゴキブリでも普通は死ぬからそれ以上だな」

 爆発の余波を銃弾で撃ち払っていた疾は、脱力したような竜胆を軽く小突いた。

「オラ行ってこい」

「うわあ、すっげー納得いかねー……」

 ぼやきながらも、竜胆は爆心地へ向けて地面を蹴った。姿が消えたような加速で、瑠依をフォローすべく敵へと突っ込んでいく。


 つくづく思うが、2人揃ってアグレッシブな戦いぶりが好きなものだ。


 そんな感想を抱いた疾は、足元に落ちていた瓦礫を拾った。爆発で吹っ飛んできたのだろう、掌大のそれを手に取り、懐から細長い刃を持つナイフを取り出した。

「ちょっと手伝えよ疾!? 何してんの!?」

「仕事」

「ダウト!!」

 絶叫を無視して、ナイフで瓦礫に幾つかの文字を刻み込む。軽く振りかぶって、瑠依のいる辺りの敵にそれを放り投げた。


 ドォォオオオン!


 辺りの空気を震わせる轟音と共に、アンデッドが数体消し飛んだ。ついでに情けない悲鳴が聞こえたが、元気いっぱい悲鳴を上げる余裕があるなら問題ない。

「おお」

 思わず感心の声が漏れる。あんな小さな媒体に対魔の文字を刻んだだけで、これほどの効果を示すとは思わなかった。

「流石魔術トラップの温床。いいもの使ってやがる」

 くつくつと笑いながら、更に素材を探す。


 魔術トラップは、魔力を帯びた媒介に魔法陣を刻み、発動条件を設定することで設置する。理論は工夫しても、その基本を変えようと考える奴はいないようだ。つまり、1度破壊してしまえば、魔術トラップの温床というのは魔道具素材の宝庫となる。

 魔術トラップは着陸前に片っ端から壊しておいたが、壊すのに手間取りそうなものは既に発動、破壊済だった。魔術の知識もない馬鹿の癖に、大した厳選ぶりである。

「これほどの素材を確保する資金源も気になるが……ま、リユースリサイクルは環境保全ってな」

 呟きながら、対魔の文字を刻んでは投げ刻んでは投げ、馬鹿と竜胆の援護を行う。時折巻き込まれかけては避ける際に物理トラップを発動させているようで、巨大な鉄球が転がってきたりギロチンが降ったりと派手な破壊が行われているが、その流れで順調に素材を回収してくれる大変優秀な相棒の働きぶりがとても頼もしい。


「さーて、どうせ働くなら楽しませてもらうぜ」

 こんな雑魚戦で終わりとは思っていない。中枢部に向かえば向かうほど、工夫を凝らされたトラップや魔術が増えるだろう。どんな仕掛けが降ってくるのか、少し楽しみだ。

 つまらない雑魚掃除は任せながら、疾は鼻歌交じりにデコイ役の馬鹿共を追って進み始めた。

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