Infi-01 ドッキング☆空中剣乱演舞!
「始まったか」
教会の祭壇に立つ〈死の国〉の王――アスク・ラピウスは、混沌とした色に塗り替えられたステンドグラスを眺めながら静かに呟いた。
肉つきのほとんどない髑髏のような顔に微かな笑みが浮かぶ。闇を内包した双眸の中で輝く赤い眼球が瞬くように明滅し、事態が己の予想した通りに動いていることを確信する。
「此度の敵の戦力はどうなっている?」
アスクは背後に控える三人の少女の姿をしたアンデットに問うた。三人ともに死者とは思えない鮮やかな緑色の髪をしており、裸体に灰色の布を巻きつけ、きつく目隠しをした姿をしている。
姿こそ三つ子のように同じだが、髪型とそれぞれが内に秘める魔力の質が異なる。
長い髪を後ろで一つに束ねている少女は〈意地悪〉。
ストレートに流している少女は〈戦闘好き〉。
セミロングで肩にかけている少女が〈恐ろしい〉。
彼女たちはアスクに従う幹部級の力を持ったアンデット三姉妹――『灰色の魔女』である。
「敵戦力。大型輸送機。一機。戦闘可能魔力反応。四~六」
ディノが一歩前に出て無機質な単語口調で状況を報告する。
「やはり少数の精鋭を投入してきたか」
例の建国宣言を出してから丸一日。そろそろ動きがなければおかしい頃だ。半月前から様々な魔術組織に目をつけられ、幾多の軍隊を送りつけられては返り討ちにしてきた。数を投入してもこちらのアンデット軍が強化されるだけと理解したのなら当然の判断だろう。
その初陣に大魔術師クラスの最終兵器を投入するとは思えない。はっきり言えば『当て馬』だろうが、敵は万の兵にも値する質を持った強力な魔術師または幻獣だ。切り札の一つには変わらない。それをこちらに取り込めば今後の活動に大きく貢献してくれるだろう。
生者の世界は終わりを告げ、死の楽園と化す。
「攻撃の手は緩めず国へ招き入れよ。入国すら叶わず海に沈む程度の力であればこちらとしても必要ない。殺すのは、死ねばアンデット化するこの国の領土に入ってからだ」
「御意」
ディノが代表して返事をし、三姉妹は闇に溶けるようにその場から消え去った。彼女たちの気配が遠ざかってから、アスクは初めて背後を振り返った。
「小僧、貴様はどうする?」
問いを投げた相手は、教会の柱に凭れ掛かった黒一色の青年だった。
「……言ったはずだ。指示にも命令にも従う義務はない。俺を戦場に放り込もうなどとは考えるな。魔術の助言が必要な時だけ呼べ」
魔術顧問として派遣された彼を戦力として数えてなどいない。だがそこに膨大な魔術の知識があるのであれば利用しない手はないだろう。
「そうか。ならば早速一つ助言を頼もうか」
こいつを殺してから高位アンデットとして蘇らせれば戦力も知識も手に入るが、流石にその段階はまだ早い。今の状況では魔術師連盟を相手にするだけで手一杯だ。ここに加えて魔法士協会とも戦争になれば間違いなく敗北する。
「なんだ?」
「なに、貴様にとっては取るに足らん魔術トラップについてだ」
こちらの害にならない内は素直に役目を全うしてもらおう。
* * *
「オラオラオラァ!! 目障りなハエはさっさと消え去れってんです!!」
「ウロボロスさん翼生えてますの!? パラシュートつける意味ないですの!?」
大型輸送機を襲っていた小型飛空艇のような飛行物体の群れに、次々と刃が突き刺さって爆破墜落していく。
頑丈そうな飛空艇の装甲を物ともしないそれらは、ウロボロスが無限空間――ウロボロスが所有する異空間――から射出する黄金色の刀剣と、彼女にドッキングしている白羽が召喚する無数の太刀である。
「そんなもんですか! 制空権がどうのって言ってたからもっと大物が出るかと思ってたら大したことねえですね!」
「どうでもいいですけど今白羽たち超シュールな絵面になっている気がしますわ!?」
数撃ちゃまあ当たるんじゃね理論で素早く飛翔しながら刀剣の絨毯爆撃を繰り広げる二人。アンデットの瘴気を纏う飛空艦隊は瞬く間に撃ち落されていく。
いきなり盛大にぶちかましているが、この刀剣に弾切れという概念は存在しない。厳密にはウロボロスにも白羽にも最大数はあるが、撃ち放った刀剣は無限空間に回収されエンドレスに射出を繰り返すことができるのだ。
「当然、これだけじゃ済ませませんよ!」
ウロボロスはドッキングしている白羽の髪の毛が弥立つほどの魔力を一瞬で練り上げる。周囲に夥しい数の光球を出現させ、凶悪な笑みを浮かべて一斉に射出した。
〝無限〟の特性をこれでもかと活用した不尽の魔力。それが超濃縮された魔力弾だ。飛空艇は一発掠っただけで大爆発を起こして木っ端微塵に吹き飛んでしまう。
爆発が爆発を連鎖させる。
刀剣爆撃と合わせて目に見える速度で数を減らしていく飛空艇。
「く、空中じゃなければ白羽だってこのくらい……というか、だいたいこの飛空艇はなんなんですの? 乗り物のゾンビですの?」
「さっきチラッと下を見ましたが、空母の幽霊船がいましたね。その艦載機じゃあないですか?」
「幽霊船って帆船のイメージですわ」
「時代が変われば船も変わる。船が変われば幽霊船だって当然そうなりますよ」
やがて全ての飛空艇を撃ち落とすに至った。海上では未だに戦闘が続いているようだが、ウロボロスにあの龍殺しを手助けするつもりなぞ毛頭ない。先を任されたのならばご要望通り置いていく所存である。
「クソ蛇とクソチビにしちゃ、まあマシな仕事だったな」
ハッチの開いた輸送機に戻ると、腕を組んだ疾がなんかめちゃくちゃ偉そうなことを言ってきた。
「なんでなにもしてないくせにこの人超上から目線なんですの!?」
「それが労ってるつもりならどんだけ捻くれてんですかあんた!? ツンデレですか!?」
「あぁ? なんでお前らを俺が労う必要がある?」
「ツンしかありませんわ!?」
「やっぱり一発ぶん殴ってやるべきですかねぇ!?」
ギャーギャーと喚くウロボロスたちに疾は煩わしそうな顔をあからさまに浮かべ、無視を決め込むつもりなのかイヤホンで耳栓してスマホを弄り始めた。
「もうあいつ輸送機ごと落としてくれましょうか?」
「いえ、それではアリ――メイジーさんたちも墜落してしまいますわ。島に着いてから隙を見て刺せばいいんですのウフフフフ」
「そうですね。死んでアンデットになったら遠慮なく笑ってやりましょうにゅふふふふ」
そんな堂々とした殺気もどこ吹く風な疾に変わって、メイジーがハッチの先端に立ったままの二人に告げる。
「ご苦労様なのです。ハッチを閉めますので早く上がってほしいのです」
もういい加減に開いたまま飛行するのは危険なのだろう。少し焦っている様子のメイジーに、ウロボロスはあっけらかんと――
「いえいえ、どうせ外に出たんですからこのまま先行しますよ」
打ち合わせた作戦(?)を頭から爆破する発言をした。
「え? でもそれは危険なのです」
「そこの態度だけでかい野郎や龍殺しの野郎の力を借りないと危険だと? まったくこのウロボロスさんも舐められたもんですね」
「力があろうと阿呆はどこへ行っても危険だろ」
「ああ? 誰が阿呆ですって?」
スマホを弄りながら呟かれた暴言を聞き流すほどウロボロスの心は広くなかった。疾は「お前以外に誰がいる?」とでも言わんばかりの目でウロボロスを振り向く。
「だが、別行動するなら賛成だ。俺も一人の方がやりやすい。阿呆に期待なんてしねえが、先に行くならせめて掃除だけでも終わらせといてくれよ?」
今、雑魚を放置することがウロボロスの中で確定した。
せいぜい到着時に面倒を被るといい。なんなら雑魚を到着予定地に集めてもいいまで考えるウロボロスである。
恐らくお互いで腹黒いことを考えているだろうウロボロスと疾だがしかし、他の二人は賛成しなかった。
「さっき別行動しないって話になったのですけど!?」
「そうですわ! 島は迷宮化しているのですわよね? 勝手に行って迷子になんてなりたくないですわ!」
メイジーはもちろん、ウロボロスとドッキングしている白羽も反対の意を示した。
疾が鼻で笑う。
「迷宮で迷子? あり得ねえだろ」
「悪かったですわね!? 複雑な迷路を迷わない自信なんて白羽にはありませんわ!? それともなんですの? 壁壊して進むんですの?」
もはや疾に口撃されることに関してはヤケクソ気味の白羽だった。
「クソチビは『迷宮』と『迷路』の違いもわかってねえのか? 術者としてどうなんだそれ? 本当に教育がなってねえな」
「はぁ? どういうことですの?」
「ググレカス」
「ぐぬぬ……」
涙目で歯噛みする白羽に、ウロボロスが仕方ないといった様子で説明する。
「どんなに複雑に見えても『迷宮構造』なら一本道なんですよ。迷路みたいに通路が分岐したり行き止まりがあったりすることもありません。迷宮には必ず『中心』があって、その『中心』の付近を何度も、そして空間内を全て通らなければ目的地に辿り着けない構造なんです」
その『中心』には目的地が据えられることが多い。そして必ず一本道ということは、罠や中ボスを配置しておけば回避できない構造でもある。
「つまり『迷宮』と『迷路』は同じように思えても、その実全くの逆なんですよ。クレタ型迷宮が代表的でわかりやすいですかね? まあ、階層型だったらどこかの階層内に迷路構造が組み込まれていたりもしますが、今回は地表だけのようですからね。選択肢があるとしても入口だけでしょう」
とはいえ、ゴールのない迷宮を結界として使われていた場合はどうにかして打ち破る必要があるだろう。
「……また白羽だけ無知が露見しましたわ」
涙も枯れてガクリと項垂れる幼女がそこにいた。こんな幼女にまで自分の知識をさも常識のように押しつけるあの男の鬼畜度はウロボロスを持ってしても引くレベルである。
「足手纏いになるなら置いていきますが?」
「嫌ですわ!? あんな男と二人きりだなんて白羽嫌ですわ!? 白羽も連れていっておくんなまし!?」
「おくんなまし……」
泣きつく白羽はそろそろ言語能力も危うかった。
「あの、私もいるのです……」
忘れ去られているメイジーが寂しそうに自分を指差していたが、そこは無視してウロボロスは再び竜翼を展開。空中に白羽ごと身を投げ出し、一つ羽ばたいて浮遊する。
「そんじゃ、ちゃちゃっと行ってくるんで、龍殺しが戻ってきたらよろしく『死ね』と言っといてください」
止める間もなくポカンとするメイジーにそう伝え、ウロボロスは白羽をドッキングしたまま輸送機よりも圧倒的に速いスピードで島の方角へと飛んでいった。