Noir-14 晴れ時々メテオストライク
「ああもう! うっざいですわ!」
白羽は叫びながら、ペルシスの瘴気の籠手を切り払う。敵の本体は斬っても斬ってもすぐさま再生するが、その身が纏う瘴気のみであれば一時的に切り払えるのは幸いだった。
もっとも、それもすぐさま再生するのだが。
「お兄様のお友達のお友達の方! まだまだ弾幕が薄いようですわ! もっと早く行きますわよ!」
「ここまで来ると早さの問題じゃねえなぁ。オレもいろいろやってみてんだけど、な!」
白羽の発奮に冷静に返しながら、朔夜は知覚外からペルシスを切りつけた。そのまま離脱した朔夜と入れ違うように弾丸が突き刺さる。
弾丸が爆ぜ、ペルシスの肩が吹き飛び──再生した。
「ちっ」
小さく舌打ちした疾が、返礼のように浮かび上がったアスク・ラピウスの魔法陣を撃ち抜く。対応しきれなかった分は、味方に当たらない分だけが打ち消された。
「透明男、スイッチ」
「その呼び方は的を射てるが好きじゃねえな。了解だ!」
朔夜が跳ねる。敢えて気配を消さずに飛び回る囮役へと意識を逸らしたペルシスの体に、白羽が斬りかかった。
「今ですわ腹黒!」
「いちいち言わんでも分かる」
「だからなんで白羽にばかり辛辣ですの!?」
先程から朔夜には程々に応じているのに白羽には必ずと言って良い程悪態を吐く疾の弾丸が、再びペルシスの肩を吹き飛ばす。すかさず飛び込んだ朔夜が、吹き飛んだ部分に妖刀を振り下ろした。体幹を真っ二つにする攻撃に、白羽もすぐさま続くが──
「引けド阿呆!」
怒声と共に白羽と朔夜の体が磁石に吸い寄せられるように後方へと吹き飛ぶ。間一髪、再生した腕が2人の背後から無事な方の腕と挟撃するのを避けた。
「あいたた……本当に、なんなんですのあの再生速度!」
「ドラゴンゾンビが言ってた核ってのがどんだけ優秀かっつう話だよな」
「優秀かどうかはともかく、素材としては都合の良い材料ってこったな」
やけくそ気味に喚く白羽と冷静に分析する朔夜に、疾が冷たく鼻で笑う。ワイトとされた魔法士と交戦したのは疾だけだが、その報告から、何らかの自動回復に必要な手段をアスク・ラピウスに植え付けられていたのは確実。それが今度はペルシスの核とされるとならば、敵ながら哀れすら感じる扱いだと、白羽はふと思った。
「ククク、無駄なことを」
アスク・ラピウスが嗜虐的な声で嘲笑う。魔法陣を大量に浮かび上がらせ、杖をコツンと瓦礫に打ち付けた。一度下がった疾達すら覆う巨大魔法陣が浮かび上がる。
「貴様らの死はもはや決定的。避けるだけで精一杯で、もはや逃げる足場すら残らぬ」
弾かれたように立ち上がる白羽と朔夜。疾は動かない。これまでの様子からも、一定以上の数や威力の魔法陣は銃弾で破壊するだけの術は無いのだろうと判断し、白羽は足に魔力を浸透させる。
「あはっ♪ 足場如きでどうにかなると思われているなら心外ですわ」
「普段ならそうだろうが、我がペルシス相手にその虚勢がどれだけ有効かな」
虚ろな目で笑い、もう1度アスク・ラピウスが瓦礫を杖で叩く──刹那。
「あーもう、面倒くせえ」
ぽとりと、呟きが落ちる。
バキン! という音と共に、魔法陣が砕かれた。
「ぐっ!?」
アスク・ラピウスが僅かに怯む。すかさずその隙を庇うようにペルシスがキューブで怪光線を放とうとして──バキン。
「……は?」
キューブが砕け散る。
敵味方関係無く、全ての動きが止まった。
「敵の隙は迷わず攻めろって習わなかったのか、クソチビ」
タン! タン!
乾いた銃声が連続して響き、アスク・ラピウスとペルシスの脳天が撃ち抜かれる。魔法陣やキューブの破壊に気を取られていたせいか、両者の体が瓦礫へと倒れ、ぴくりとも動かなくなった。
「……はっ。大したもんだなアンタ」
呆気に取られていた朔夜が乾いた笑いを浮かべる。それでようやく我に返った白羽が疾に詰め寄る。
「ちょっと腹黒! なんですの今の!」
「ああ?」
そこで心底面倒臭そうな顔をされるのは大変遺憾である。白羽が更に詰め寄った。
「銃を使わないと魔法陣を破壊できないんじゃありませんの!?」
「んなこと一言も言ってねえ」
「じゃあ何故今まで使いませんでしたの!?」
「疲れるから」
「ああ!?」
この状況で抜かしやがるとヤクザ顔になった白羽は、虚空からいきなり肩を叩かれてびくっとなった。
「お兄様のお友達のお友達の方! 気配消さないでくださいまし!」
「ああ、意識してねえとついな。ソロが基本だったんだ。許せ」
「普通気配は意識して消すもんじゃありませんの!?」
「ところでハ――おっと、名前は呼ばねえ方がいいんだったな。アンタの『疲れる』ってのは体力的な意味か?」
「ノーリスクでこんなこと出来るわきゃねえだろ」
「なるほど、そりゃ切り札ってやつだ」
朔夜と疾の会話で少し冷静さを取り戻した白羽は、ジト目で疾を睨む。が、どこ吹く風で無視された。
「ぐぬぬ……」
「で、クソアンデッド共はなんで動かねえんだ?」
「さっきの銃弾で一時的に体内の魔力回路が引っ掻き回されてるから。普通の妖なら仕留められる強度だが、ま、時間稼ぎだな」
「なら今がチャンスではありませんの!」
すぐさまみじん切りにしてくれると白羽が飛び出そうとした瞬間、朔夜と疾が同時に首根っこをひっつかんだ。
「ぐえっ」
「猪が。何度も試して無駄だった戦法で時間を無駄にすんな。てめえ長期戦向きじゃねえだろうが」
「寧ろ一旦作戦会議の時間が欲しいよな、助かるぜ」
朔夜が疾に笑顔を向けると、疾は肩をすくめた。すぐさま笑みを浮かべて白羽を見下ろし、続ける。
「さて、猪武者と空気男という壁にもならない前衛共」
「ちょっとその言い方どうにかなりませんの!?」
「回避タンクって役職もあるんだぜ? あとオレは名前で呼んでくれよ」
「ペルシスの再生速度を上回るのは、取り敢えず諦める」
「はあっ!?」
じゃあどうやって倒すのだと白羽が睨むと、疾はやれやれと言わんばかりに溜息をついた。めっちゃくちゃムカツク顔である。
「時間を弄って最大級速度を上げたてめえの斬撃でもタイムラグ無く再生するのに、どーにかなるかよ。戦い中に急成長して速度が上がるとか、ここ一番の土壇場逆転ってのは作戦に練り込むもんじゃねえ」
「うぐっ」
まさにそれを言おうとした矢先に釘をぶっ刺され、白羽が怯む。朔夜が会話に入った。
「ならどうする? キューブは破壊できたが、もう使えねえと楽観視はできねえ」
「ああ、あれもただの時間稼ぎ。いくらでも「再生」できんだろ」
ちらりとペルシスを見やって、疾がまたも肩をすくめる。余裕すら感じられる態度だが、言葉の内容に白羽が噛み付く。
「はっ! 口だけ男はやっぱり口だけですのね!」
「そうだな、現状そっくりそのままてめえにブーメランだが」
「くっ!」
この男、やっぱりいちいち言い方が腹立たしい。ぎりぎりと歯ぎしりする白羽を無視して、疾が視線を大聖堂跡地へと向けた。
「ま、最も無難なのは、クソ蛇が回復するまで時間稼ぎしつつ、弱点を探るってとこか。真っ先に潰して徐々に距離を置かせてるっつうことは、通用する可能性はそこそこ高い」
「だな。体力的な問題は根性でどーにかするか」
朔夜の発言に溜息をついて、疾は魔石を白羽と朔夜に一つずつ投げ渡した。
「根性論を作戦に組み込むんじゃねえ。仕方ねえから回復の魔道具を貸してやる、効果は3回までだから各自判断で使え。賃料は兄貴と雇い主に上乗せしとく」
どうでもよさそうに頷く疾に、朔夜はたった今渡されたばかりの魔石を投げ返す。
「あと悪いがこいつは返すぜ。魔術師じゃねえオレには壊し方しかわからん」
「……スイッチ式の魔道具は今回持ってねえな。しゃーねえ」
「その妖刀は使えるんじゃないんですの? 斬ったゾンビを操ってたと聞いてますわ」
「ああ、その機能はオートだ。オレに魔力がありゃあ、斬り殺した相手をゾンビ化できるらしいんだが」
「持ち腐れですわ」
「兄貴にも言われたよ」
げんなりする白羽だったが、それよりも気になったことをつっこむことにした。
「というか、腹黒はさっきから敵の攻撃妨害しかしていませんけど、何かこう、大魔術とかありませんの? 白羽達が時間稼いで……」
「いやいや嬢ちゃん。やべー時の回避とか、大量の魔法陣潰しってだけでかなり助かってるぜ? オレも術式潰しは叩き込まれてるが、ナイフの投擲だけじゃ遠くのは届かない時もある」
「へえ、チビガキと似たようなこと出来るのか。なら近い時は任せるぞ」
「後衛の仕事さらに減りましたわよ!?」
しれっと朔夜に仕事を押しつけた疾に白羽がつっこむも、疾はスルーした。
「つーか、リッチ相手に魔術戦仕掛けるって。あの魔力馬鹿じゃあるまいし」
「あ、そういえばあの方に手伝ってはもらえませんの? 流石にこの状況ですし」
白羽の問いかけに、疾はちらりと遠くに視線を向けて、ふっと笑う。
「あの野郎は屋外戦になってさっさと距離あけてるし、俺らと手を組むリスクの方に天秤が傾いてるんだろ、まだな」
「ここまでやべえ状況でも静観かよ」
朔夜が若干胡乱な目をしているが、白羽も同意見だ。ここで知らん顔をするほど暢気な性格には見えなかったが。
「主にお前の兄貴があいつの所属に接触禁止生物指定されてんのが元凶だろ」
「うっ」
そもそも協会に真っ向から喧嘩を売っている張本人が何を言う、というツッコミをできるものは、幸か不幸かこの場にはいなかった。
「とにかくだ。ペルシスだけならともかく、リッチを相手取って魔術戦なんざ、それこそノワールにしか無理だぜ」
「ん? どういうことだよ?」
「リッチは、大気中の魔力から魔術を組み立てる。対して魔術師は自身の魔力を編み上げ放出する。つまり、魔術師の放った魔術もリッチにとっちゃご馳走なんだよ。こっちは魔力消耗するだけしてあっちは無限に強化されてくんだぞ、馬鹿馬鹿しい」
「じゃあノワールって奴が例外なのは何でだ?」
「魔力回収する云々以前に力づくで一撃消し飛ばせるから。何せ人間やめてるレベルの馬鹿魔力、しかも対アンデッドのカードはアホほど持ってやがるしな」
そう言って肩を竦めた疾に、白羽はにまにまと笑って見せた。
「ふふん! つまり腹黒は白羽達に頼りきりという事ですのね! ざまあですわ!」
「頼るもなにもてめえら有効打ねえだろ。一応案が無いわけでもないし、目の悪いクソチビには分からない水面下で仕掛けてはいる。が、伊達に死霊術極めてリッチになっちゃいねえ、仕掛けた側から狙い撃ちされてやがる」
「誰が目が悪いんですの!!」
「八方塞がりってやつか、厄介だな」
「全く進んでないわけじゃねえが時間がかかる。後は──」
「──藪蚊共が」
「!」
「いつの間にっ」
「チッ、時間切れか」
声と共に黒炎が疾達の周囲を渦巻く。舌打ちした疾が腕を乱暴に一閃すると、破壊音と共に魔術が砕け散った。
「面妖な小技を使う少年め。この我の動きを止めるとはなかなかだが、──かかったな」
「!」
嗤いを孕んだ声を聞くか聞かないか、弾かれたように疾が顔を上げ、瞬時に展開した魔法陣が3人を取り囲む。
「腹黒!?」
「動くな声出すな何もするな!」
息継ぎも惜しんで指示出しするなり、疾は乱暴に地面を踵で蹴り付けた。
眩いほど魔法陣が輝く外側で、先程砕けた魔法陣から瘴気が溢れ返る。どろりと粘度の高い瘴気がべっとりと魔法陣にへばりつき、広がっていく。
「おい、これならオレでも」
「何もするなっつってんだろうが!」
腰を浮かせた朔夜を再度怒鳴りつけ、疾がもう一度地面を蹴りつける。魔法陣が多重展開され、白い光を輝かせる。
「……っ、腐れリッチが……っ」
奥歯を食いしばって吐き捨てると、疾は大きく息を吸い込んで再び地面を蹴り付けた。
白い光が一斉に放出され、瘴気を浄化した。光が触れた途端に黒煙が溢れ出したが、それすらも光に触れて浄化されていく。
「ほう……気分が悪いほど上出来な光魔術じゃないか。ただ瘴気のみを切り払っておれば、我が込めておいた呪詛をたっぷり吸い込ませたんだがな」
「……はっ。生憎と、魔術の小細工はてめえみたいな時代遅れ如きのレベルじゃあ、今じゃ失笑ものだっつうの。これも、な」
バキン!
密かに疾の魔法陣にへばりついて編み上げられていた紋様魔術が破壊される。全てが巧妙に組み立てられ、専門外である朔夜や白羽では見抜けない仕掛けを一人で破壊し尽くした疾は、笑みこそ浮かべているが、肩で息をしていた。
「ククク。どうやって生き延びてきたかすら分からんが、流石に底が見えたな」
「はっ。生き延びることを放棄したリッチに言われるたぁ、光栄だ」
楽しげに嘯き、疾が改めて銃を構えた。白羽と朔夜も刀を構える。
「……おい。ぶっちゃけ魔力はあとどのくらいだ」
朔夜がアスク・ラピウスに届かない程度の声で囁く。白羽もさりげなく耳を澄ませると、低い舌打ちの後吐き捨てるように言った。
「上級魔術の多重展開だからな、消費魔力はバカにならねえ。が、てめえらに心配されるほど余裕がないわけでもねえよ」
おそらく虚勢だろう、と白羽は判断した。先程まで乱していた息も整い顔色も変わりないが、こいつの魔力量でここまで魔力切れを起こしていない方が不思議だ。
「んなことより痛いのは、今ので仕掛けを全部使い切らされた事だ。元は魔術師っつうだけあって、魔術戦の肝を心得てやがる」
「オーケー。んじゃ、とにもかくにも当初の打ち合わせ通りだ。そっちは出来ることで援護してくれ」
「白羽も魔術の破壊だけって認識でいますわ」
「……ま、こっちもこれ以上魔力を浪費したところで、敵の燃料を増やすだけ──」
体勢を整え、アスク・ラピウスとペルシスの様子を伺いつつ最終確認をしていた最中、疾がふつりと言葉を止ませた。白羽が怪訝に思って振り返る。
「なんですの腹黒、今更魔力切れで気絶とかやめてくださいま、し……?」
言いながら、何故か空を仰いでいた疾に釣られて視線を上げた白羽も、気付いた。
「結界……ですの?」
島全域を覆うように張られた結界。急ごしらえと一目で分かるそれが、膨大な魔力で塗り替えられていく。
「これは……あの方の? 相変わらず馬鹿げた魔力ですのね」
どうやら瘴気が溢れないようにと結界を強化したようだ。外部勢力がいるらしいとは聞いていたが、それと手を組んだという事か──
「……くくっ」
疾が、笑う。
「くくく……っ、はははっ!」
「フン、劣勢についに狂ったか」
「……ついに気が狂いましたの?」
まさかのアスク・ラピウスと意見が一致してしまった白羽は、だが、見た。
「ははっ……ご都合野郎が」
どこか悪戯を思い付いた子供のような、己の兄に似た悪だくみの笑み。白羽の知る限り、羽黒のその笑みは、尋常でなく勝率が高い。
「おい、前衛共。作戦変更だ、1分稼げ」
「は?」
「お、どうした急に」
「ひとまず、アスク・ラピウスを黙らせる」
言うなり、疾が両の銃をぶっ放した。
「ちょっ!?」
「潰せ、ペルシス」
「御意」
ぎょっとした白羽が文句を言うより先に、アスク・ラピウスが命を下した。ペルシスが動き出し、キューブが虚空に3つ浮かび上がる。
「おいおいいきなりトップギアじゃねえか、燃えるぜ!」
「……ああもう! 腹黒、30秒で支度しな! ですわ!!」
「てめえら次第だな」
スッと気配が掻き消えた朔夜まで見て、白羽はやけくそ気味に怪光線が飛び交う中をすり抜けてペルシスへと肉薄する。瘴気の籠手を切り捨て、怪光線も切り刻む。
「ほう」
アスク・ラピウスが杖で床をコツンと叩く。浮かび上がった魔法陣が白羽に照準を合わせ──斬!
「気配消しちゃいるが、本当に消えちゃいないぜ?」
「……本当に煩わしい」
アスク・ラピウスの空の眼窩がぎょろりと動き、朔夜目掛けて炎が走る。掠っただけでも腐り落とす呪いの炎を軽々と避け、朔夜の姿がまた消えた。
「白羽も忘れてもらっては困りますわよ! あはっ♪」
狂気の笑みを浮かべてペルシスを切り刻む。再生するといえど刃が走っている瞬間だけは動きが鈍るのを存分に利用して、『寒戸』を遺憾なく振る舞い攻撃を彷徨わせる。
「ちょろまかと鬱陶しいが……企みを潰してしまえばこっちのものだろう?」
アスク・ラピウスが疾に杖を向ける。が、即座に朔夜が杖を空へと蹴り上げ照準を逸らせた。
「させねえよ?」
「鬱陶しい……!」
苛立つアスク・ラピウスが、再び瘴気を無差別に振り撒こうとした時、朔夜と白羽がまたも強引に引き戻された。
「だからもうちょっと優しく出来ませんのレディに!?」
「レディ(笑)」
「てめえ喧嘩売ってんのかあぁん!?」
嘲笑を込めた声に白羽が苛立ちの声を上げたが、疾の心底楽しげな笑みに飲み込んだ。
「さあて、腐れリッチ。──楽しい楽しい研究成果のお披露目会と行こうぜ?」
魔法陣が、白羽と朔夜も覆い隠すように頭上に展開され。
『──asterlla』
ゴッ!!
燃え上がる隕石が、アスク・ラピウスの頭上目掛けて降り注いだ。
「…………は?」
白羽は目を点にした。
「本日の天気、晴れのち隕石、ってな」
おどけたようなふざけ文句と共に、更に隕石が文字通り雨のように降り注ぐ。
「きゃー!? なんですのどういうことですの馬鹿ですの!?」
物凄い勢いで地形の変わっていく光景に白羽が悲鳴を上げる。朔夜も流石に予想外だったか、疾を振り返る。
「切り札って奴か?」
「敵のな。──なあ、リッチさんよ?」
「この……貴様……!」
憤怒の表情を浮かべるアスク・ラピウスに、疾は実に悪魔的な笑みで応えた。
***
「……派手好きな」
呆れ気味に呟いて、ノワールは溜息をついた。
「わー、綺麗だねー!」
何やら喜んではしゃいでいるフウは放置し、ノワールは魔術に意識を向ける。盛大に暴れ倒している流星群の発生源を眺めながら、ノワールは再び溜息をついた。
ペルシスが発生したことで溢れかえった瘴気が島中に広まり、ゾンビが活性化した最中、ひとまず目の前のゾンビの駆逐を優先していたノワールだったが、島の外から瘴気を封じ込める結界が張り巡らされたのに気付き、利用することにした。
島の中の大気中の魔力を、閉じ込めるために。
「魔物どもが人化を保つために使う魔力循環を戦略用術式として編み上げた……といったところだろうな。リッチになった故に思い付いたか、あるいはそのためにリッチになったとしたら皮肉だが」
博物館で読み漁った魔術書や、あちこちに施された儀式魔術を研究した──途中でペプレドが仕掛けてきたが──結果を思い返しながら、ノワールは肩を竦めた。
「魔法士協会に喧嘩を売るには準備不足が過ぎたな」
「え? ノワノワ、疾以外にけんかうってる人がいるのー?」
「……今この状況そのものが、喧嘩を売られているという自覚はないのか」
「??」
キョトンと首を傾げるフウにまたもため息をつきながら、ノワールはひとまずそれは後回しとして、今現在の状況を教育に利用することにする。
「フウ。俺が結界に仕掛けた魔術は分かるな」
「えっと、魔力を閉じ込めたんだよね?」
「そうだ。なぜか分かるか」
「え? えーと、えーと……」
うんうん言いながら考え込み、フウはこてんと首を傾げた。
「うーん。分かんない!」
「……はあ。大気中の魔力を魔術に編み込む技術は教えたな」
潔いギブアップにもめげず、ノワールは一つずつ順を追って説明していく。この程度で頭痛を覚えていてはこの問題児を教育できない。
「うん。魔力の消費量を最小限で、大きな魔術を使うためだよね?」
「そうだ。そしてリッチは、自身の魔力を持たないことも説明したな」
「ぜーんぶ、大気中の魔力で魔法が編めるから!」
「ならば、その大気中の魔力を、結界で閉じ込めたらどうなる」
フウはパチパチと瞬きをしてから、あっと声をあげた。
「魔法を使うほど、魔力が減って魔法が使えなくなっちゃう!」
「そういう事だ」
リッチの攻撃手段を摘み取る、遠回しな戦略。彼らに手を貸したとみなされかねないが、そこは結界の源である魔術師連盟に手柄は譲る。それにもし彼らが敗北してノワールがアスク・ラピウスと戦うことになった場合の準備という言い訳もできる。逃げ道の準備万端でできる介入はこれで限度だろう。
……まあ、結果的には彼らにかなりの追い風となったようだが、それは災厄のせいであってノワールのせいではないのである。
「ついでに、あれが何をしでかしてるかも分かるか」
「え? あのいっぱい石がふってくるやつ? ……あれ? 魔法使ったら、その分魔力使われちゃうんだよね?」
事前に叩き込んでおいたリッチの知識については忘れていないらしいと知り密かに安堵しながら、ノワールはうなずいた。
「そうだな。だったら、使われないように魔術を使えば良い」
「……んん??」
首を大きく横に傾けたフウをあながち責められず、ノワールは大きく息を吐き出して答えた。
「つまり。アイツも大気中の魔力のみで魔術行使する術を会得したというわけだ」
盗まれたり読み漁ったと思しき研究成果内容からもしやと予想していたが、確信はなかった。そこに白黒つけたかったというのも結界に手を加えた理由だ。
大気中に存在する魔力を操り、それだけで魔術を構築し発動する。本来リッチにしか出来ないはずの技術を盗み出すその才覚には、改めて舌を巻く。
……だからといって、周囲の被害ガン無視で大魔術をバカスカ連発している非常識ぶりは全然、まったく、これっぽっちも褒められたものではないが。
ノワールの内心を読み取ったわけではなかろうし、仮に読み取ったとしても配慮するわけもないが、雨のように降り注ぐ隕石が敵の反撃を受けて消し飛んだ。だがそれで引き下がるわけもなく、代わりに操作性の高い高火力魔術を乱発することにしたらしい。あれを掻い潜りながら前衛をさせられている連中は気の毒に。
「ねえねえ、ノワ」
「何だ」
「なんで、魔力なしで魔術が使えるの? へんだよね?」
「……そうだな。魔石から魔力を吸い出して魔術を行使する技術は普及しているし、儀式魔術も地脈の魔力を利用する。その延長線上から出てくる発想だが……普通は出来ん」
「だよねー?」
「これに関しては、俺にも難しいな。魔力量の少ないあいつの為のような魔術だ」
視線を大聖堂のほうに向けながら、ノワールはまた肩を竦めた。
「まさか敵も、魔力持ちが魔力を使わず魔術を使うだなどという発想の持ち主がいるとは思わなかったのだろうな。あと10年早く表舞台に出ていれば、もっと被害は甚大化していたはずだ」
──禁書など、100年に一度生み出されるかどうかという代物だからな。
そう結んだノワールの脳裏に浮かぶのは、唯一総帥の目を掻い潜り姿を晦ました魔法士の登録名。かの魔法士が編み出した魔術書は須く禁書扱いされている。ノワールは直接の面識はないが、幹部たちの雑談に出てくるエピソードを聞くに、魔術書というより本人が禁書レベルの危険人物ではないだろうか。
大気中の魔力を島の中に止まらせ増幅させる儀式魔術を展開していたアスク・ラピウスも、まさか敵味方両者の魔力を強制的に吸い上げて大気中に放出し、その魔力で魔術戦を仕掛けるなどという発想はなかろう。一歩間違えれば自分も魔力枯渇で死亡しかねない。
今回ノワールが書き換えた内容もその魔法陣から応用したものだが……現在かの魔法陣が拘束及び拷問用扱いされている事からも、かの魔法士の狂人ぶりが垣間見えるというものである。
だが、そんな魔法士がいたおかげで、大気中の魔力を活用する魔術や術式が一気に増加し、魔法士協会の知識を刷新したのも事実。アスク・ラピウスには気の毒だが、魔法士たちはこの手の戦闘スタイルには一定の対策マニュアルが存在するのは厳然とした事実だ。実に復活のタイミングが悪いと言える。
なお、それでも疾がこの技術を手に入れても大丈夫とはならないのが、災厄の災厄たる所以だろう。今後のことを考えると頭が痛い。
「……まあ、ひとまず俺たちの介入はこれで十分だろう。あとは適当に監視を……?」
言いながら改めて島全域に意識を向けたノワールは、気づいた。すいと目を眇める。
「……何のつもりだ、龍宮羽黒」
ペルシスに吹き飛ばされた羽黒は、なぜか大聖堂から離れるように移動を開始していた。




