Noir-01 敵地考察
〈エーシュリオン〉が建国された島は、エーゲ海に浮かぶ島らしく、急な斜面の上を所狭しと建物が密集するように存在し、細い道が幾つも通るような構造をしている。
主な観光地は大聖堂。かつての王宮や島の過去を辿る博物館などもあるが、目玉はその壮麗な装飾と聖人の一部を安置する大聖堂である為、その周囲に観光客目的の店が建ち並んでいる。
海に面する崖付近までびっしりと続く住宅街の一階には大抵商店が入っており、中には海を一望出来るオープンテラスを売りにしたレストランも存在するが、どちらかと言えば住民向きのものばかり。高級店が建ち並ぶのは中央——島の頂上に位置する大聖堂付近だ。
「そして占拠された現在、博物館はその広く複雑な構造を利用して研究所の一角に、王宮はアンデッドの巣窟に。建物で視界が奪われやすい住宅街はトラップの温床となって侵入者の足を止め、そこに蔓延るアンデッドによって命を奪われる。何とか退けても頂上の大聖堂から狙い撃ちしてくる魔術が厄介極まりない砲弾で、既に住宅街の一部は完全に崩壊、と。探索部隊、視野の確保くらいしか役に立ってねえのな」
「そう言ってやるなって、死者相手に」
「住宅街にいる雑魚がゾンビ、スケルトン。その他フライングダッチマンの目撃情報まで上がっている。……あと、リッチには幹部がいるらしいな。妙なことに『ペプレド』、『エニュオ』、『ディノ』という名前だけが明らかになっているようだが」
「名乗りでもしたんでしょ。というかですね」
「大聖堂、博物館、王宮には複数の儀式魔術の痕跡があり、それらが空間的に歪曲させている可能性があると。……魔術で建物の構造ごと歪められているとしたら、地図なんざ役にたたねえな」
「それでも、ないよりマシではありませんの? ……そうではありませんわ」
「後は魔術の質によるが、色々問題点は浮上するな。おい瀧宮羽黒、その辺りクライアントから対策は聞いてねえの?」
「ああ、それなんだが――」
「その前に、ですわ! いい加減、こっちの話を聞いてくれません?」
「あ?」
スマホに視線を落としていた疾が顔を上げると、何故か女性陣がイラッとした顔で疾を睨んでいた。羽黒はだけは変わらず何が楽しいんだか軽薄な笑みを浮かべながらハンドルを握っている。
「何だ、相槌は聞いていたが?」
「聞いてたんなら反応しろって話ですよ! 舐めてんですかアンタ!?」
「蛇と会話する趣味はなくてな」
「ド ラ ゴ ン ! っていうか協力関係にあるんだから会話くらいシュパパパシュゴッ! と済ませなさいって話ですよ!」
「あっそ。で? これほど分かりやすく説明してやったってのに蛇にはどの部分が理解出来なかったんだ?」
「ちょっと無限回殴りますよ!? 蛇じゃありませんからね!」
「蛇に腕? そりゃもはや別の動物だが、そんなもんどこにあるんだ?」
「アンタの目の前にシュバジュゴバッ! と出てるでしょうが目でも腐ってやがんですか!? まあ見えないなら都合がいいんで恨むならそこの龍殺しを恨んでください」
「なんでだよ。つか車内で暴れんな」
ウロボロスだというこの少女、非常にやかましい。車に乗り込んできた時も特番がどうのとギャーギャー喚いていたのだが、ようやく起きた白羽と「ああ、あの作家先生でしたら以前お仕事でお会いしましたわよ?」「マジで!?」「今度サインいただいてきましょうか?」というやりとりを済ませてからコロッと機嫌が良くなり静かになったのだが。それを機会と説明してやればこの騒がしさである。全く煩い。
「いやいや、今回の場合はてめーの説明不足だかんな? まずはこいつらの話聞いたれや」
「はあ?」
割と簡潔に纏めたつもりだったが、何が分からなかったのか。顔を顰める疾に、ふんすと息巻いて白羽が詰め寄る。
「今回のターゲットを知ったのはさっきなんですわよね? 羽黒お兄様のメールの添付ファイルを読んでたわけじゃなく」
「ああ」
「それで、説明が終わったのはついさっき、蒼谷市につく直前。更に言うなら貴方の携帯は1度壊れたのでしょう?」
「そうだな」
それに関しては個種結界のお陰で楽に復元出来て儲けものだったと疾も思っている。
「で、そこのクソ蛇が特番見ようとするのを引き摺ってくるまで30分もなかったわけだが。……いつの間にそんな情報手に入れたって聞きたいんだろ?」
「……」
「ぶっちゃけてしまえば、白羽は即席で貴方がでっち上げていないか疑っているのですわ」
「……はあ」
だから他人との共同戦線は面倒なのだ。全く、馬鹿は馬鹿でも1年掛けて調教した馬鹿は調教した成果があったのだとしみじみ実感する。
「やれやれ、これだから時代に置いて行かれた陰陽師ってのは」
「「おい」」
家ごと喧嘩を売られたと思ったらしいヤクザ兄妹が額に青筋を浮かべて睨み付けてきた。無駄に柄が悪い。
「IT社会である現代、それだけの時間があれば幾らでも調べられるだろうが。人に会わなきゃ分からん情報があるのはRPGくらいだろ」
手に持ったスマホを掲げてみせれば、白羽とウロボロスがますます胡乱げな目を向けてきた。ついでに運転席の羽黒まで覗き込んできたが、脇見運転すんな。
「……彼らもネット回線に情報を残さない程度の情報管理は徹底しているはずでは? 検索すれば出てくるのは観光案内くらいですわよね?」
「取り敢えず、このチビが死ぬ程ネット音痴なのはよく分かった」
「誰がチビですの!?」
「6年以上浮世と離れてたからな。この歳で感性が微妙に古いんだよ」
「羽黒お兄様、それどういう意味ですの!?」
白羽がイラッとした顔をしたが、普通にどこかの馬鹿と同レベルの発言だったのだから仕方あるまい。
「今時連絡手段を魔術一択にしてる魔術師なんざいねえよ、テメーの兄貴だってメールでデータ送ってきただろうが。その辺探れば幾らでも芋づる式に手に入る。それだけだろ」
最新端末にしている理由が、手元で市販デスクトップ並みの機能と処理速度を誇っているという利点にある。この程度30分もあれば余裕だ。
「説明は分かりました。要するにハッキングですね? ガッチガチにセキュリティ固めてあるその機種で出来るとは思えませんけども」
未だ疑わしげな視線を向けてくるウロボロスは、どうやら若干知識があるようだ。一般的なこの端末の認識はセキュリティレベルの高さによる安全性なのだ、及第点である。
「幻獣の方が機械に詳しいとは世も末だが、甘い。この最新機種の最大の強みは、ガード外した瞬間にあらゆるハッキングに最適の機種になる事だろ」
「いやいや、そのガードが外せないのが強みなんでしょうが」
その手の趣味を持つ連中には垂涎の機種であるのだが、そのガードが——セキュリティープログラムが強固すぎて、下手に弄るとデータごと吹っ飛ぶのでなかなか手出しは出来ない、というのが一般的な認識だ。その理由も強度もよく知っているので、肩をすくめて誤魔化しておく。
「ま、信じる信じないは好きにしろ。……それはそうと瀧宮羽黒。人の情報源を無暗に探らせるなんぞ、無粋なことさせてんじゃねえよ。どういう教育してんだ」
「それについては俺が悪かった。まだまだ修行中の身なんでな、大目に見てやってくれ」
「それが甘いと……はあ、まあいい。取り敢えず俺はこの情報を元にして、幾つか質問がある。とっとと答えろ」
「とんでもない傲岸不遜ですわね……」
「何かほんとーにぶん殴ってやりたいんですけどいいですかね? 龍殺しのクソ野郎と意見が合うのは腹立たしいですけど」
「いちいち突っかかるなお前ら」
三者三様の感想を聞き流し——いつもの事だ——、疾はさくさくと話を進めた。
「まず火力。島の人間全員纏めてアンデッドってことは最低でも万単位いるわけだが、それが間断なく攻撃しかけてくるのをどうするのか」
「その辺りは臆する必要はありませんわね。寧ろテンションが上がりますわ。あはは♪」
「八百刀流舐めんなよ、手数の多さが売りだ。白羽がやる」
「雑魚相手になんの心配をしてんですか? これだから人間は。そんなもんこのウロボロスさんが呑み込んで終わりです」
「そーか」
つまり雑魚の相手はまるっとお任せで良いらしい。これは楽で良い。
「次、トラップ対策。魔術師の部隊が山のように死体積み上げたって事はかなりえげつねえのもあるだろうがどうする気だ?」
「グシャア! っと壊せばいいんじゃないですか?」
「壊せるのか? 全部自分から引っかかっていきそうな面してるが」
「何のためにこのツルハ――クソ蛇を連れてきたと思ってる。全部片っ端から壊せば問題ないだろ」
「今聞き捨てならない台詞が聞こえましたよ!? そっちがその気ならあたしだけ飛んで行ってもいいんですよ!?」
「あと羽黒お兄様、全部白羽とウロボロスさんに押し付ける気じゃありませんわよね!?」
「働け若いの」
「あんたも十分若いだろうが」
「言っておきますが年長者はあたしですからね!」
取り敢えず、全部こいつら囮にしていこうと決めた。
「次、侵攻手順。流石にこの少数だと手分けすると逆に効率悪いが、どこから潰していく?」
「まずは魔術書のありそうな研究所、つまり博物館からだな。何よりブツの隠滅を最優先した方がいい」
「その後は」
「王宮。とっとと雑魚を消してから、大聖堂だな。十中八九大聖堂が本殿だろうし」
「王を名乗っているなら王宮、とは考えねえのか」
「そこはあれだ、お前さんと同じ勘って奴だ」
「勝手に同じにすんな」
情報源を探らせる気はないものの、確信はある。が、脳筋の仲間扱いされるのも何となく腹立たしい。
「最後、下手すりゃ1番の問題点。死人だらけ瘴気だらけ、おまけに多分いるだけでアンデッド化させるような魔術も蔓延ってる島なわけだ。そこの蛇はともかく、非力な人間には単身突っ込んでいくのは無茶無謀自殺行為でしかないが、その辺対策は?」
「非力な人間なんかどこにいるよ」
「アンタの隣に座ってる」
途端胡乱げな眼差しをこれでもかと向けられたが、脇見運転も大概なので脇を小突く。神力を込めたので龍麟越しでも痛かったらしく、小さく呻いた。
「プププ、何ですかなんですか? えっらそーにしておきながら、リッチ如きの瘴気と魔術にも耐えられないくらい貧弱なんですか? だっさいですね!」
「白羽でも耐えられますわよ?」
「無限の大蛇とホムンクルスが人間の基準にされて堪るかよ。つうか瘴気ってぶっちゃけ毒みたいなもんだぞ? 龍麟あろうと無関係に吸い込めば毒だし、特に循環の特性持ちであるウロボロスなんざ致命的じゃねえの?」
基本的な疑問を投げ掛けると、「うっ」とぐうの音が返ってきた。ウロボロスはやれやれと挑発するように肩を竦める。
「ドラゴンにも効くような毒でしたらね。それこそヒュドラレベル。アンデットごときの瘴気にそこまでの強さはありません」
ちらりと羽黒を見れば、苦笑気味に首を横に振る。
「ま、毒吸って動けなくなるような足手纏いなら、そもそも巻き込んで現地に連れて行こうなんてしねえよ」
「で、対策は?」
「悪い、忘れてた」
「阿呆」
前回も思ったがこの男、本当に行き当たりばったりすぎて目眩がする。
「で、おめーはどうなの?」
「対策はして来たに決まってんだろ、あんたらみたいな特攻趣味はねえ」
「耳が痛いねえ、けどなら問題ないだろうが」
「俺1人分しかねえが」
「お前ちょっとは仲間に気遣えや」
「あたしが瘴気を効かなくする薬を錬成してやってもいいですよ? にょほほ、高くつきますがね」
「ちょっと、お兄様に手出ししないで欲しいのですわ。運転が危ないでしょう」
ニタア、と嫌な笑みを浮かべたウロボロスが羽黒を斜め後ろからつっつき、白羽がそれを窘める。羽黒は軽薄な笑みを浮かべ、横目で疾に一瞥をくれてきた。
「先を越されたな」
「はん」
鼻で笑ってあしらう。別に、この男に魔道具を売りつける儲け程度を惜しむ気はない。
「ま、高値で売りつけられろよ。ちなみに魔石持ってるなら50万で考えてやる」
「よし買った」
「毎度」
割とチョロかった。何故かポケットから無造作に取り出された魔石を受けとり——疾はその覚えのある代物に口元を歪めた。
「そーいやもう1つ質問があったな。——もしもいたら、どうする」
「あーその時は、……正々堂々正面から、手段選ばず卑怯技裏技ハメ技何でもありで——戦わずして勝つさ」
「くくっ、最悪だな」
「そりゃどーも」
二人してくつくつと笑うのを、後部座席の女性陣が気味の悪いものを見るような目で見ていた。