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無黒語  作者: 吾桜紫苑&山大&夙多史
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Cent-10 揃わない方がよかった可能性

 いくつものことが同時に起き、永きを生き、戦い続けてきた竜胆をして瞬時に状況を理解することができなかった。


「お、ほとんど全員揃ってるみたいだな」


 聞き覚えのある軽薄な口調が背後から投げかけられた。未だに鼻が馬鹿になっているらしく嗅覚では接近に気付けず、少しだけ驚いたがその声音自体は大層穏やかなもので、竜胆は目の前に現れた青年を気にしながらも小言の一つでも言ってやろうと少し視線を向ける。

 それと同時に、白羽が竜胆の陰に潜んだ。

 何事かと訝しんだ竜胆の視界の隅に、二丁の拳銃を両手に握った疾の姿が映る。

 

 一切の思考を挟む余地もなく、突如、爆風が周囲を吹き飛ばした。


「ぐぅっ!?」

 油断していたとは言え、仮にも神を喰らう巨狼の末裔である。瞬時に地に足を固め、両腕で急所を隠して爆風に耐える。が、どうやら防御が一歩間に合わなかったらしいフージュの赤いシルエットが竜胆に向かって飛んでくるのが見えた。竜胆は仕方がなく空中でキャッチして身を盾にしてフージュを爆風から守る。……その時になってようやく、白羽が自分を盾にしていることに気付いたが、文句を言う余裕はなかった。

「何なんだ!?」

「典型的なキレやすい若者ですわ!」

 答えになってない、と叫ぶ間もなく。

 轟とけたたましい音が響き、先程とは質の異なる突風が周囲を薙いだ。

「…………」

 急に戻ってきた静寂。

 あの爆風の中でも何故か平然と変わらぬ姿勢で佇んでいた疾が、面白くなさそうに二丁拳銃をしまい、また瓦礫に腰掛けるのを見て竜胆もようやっと警戒を解いた。

「な、なんだ――うっ」

 振り返り、絶句した。

 先程までは存在しなかった大規模のクレータの淵が、竜胆のすぐ後ろまで迫ってきていた。その内側に残っていたはずの廃屋や家屋の残骸は綺麗さっぱり消滅し、その代わり、クレーターの中心で二人の黒い男がいた。


「……これはあくまで俺の独り言なんだがよ」


 男二人のうちヤクザ顔の方――羽黒が右腕一本でもう一方の男――ノワールの両腕を後ろ手に拘束して地面に押し付け、空いているもう片方の手で黒い日本刀の刃を無造作につかんでいた。


「予行練習という意味じゃ、寄り道はアリだ。断然、アリだ。だがこんな無駄な寄り道を繰り返してたら、いざ本番って時に迷いを生むぞ」

「迷いなど……!」

「殺す手段が増えすぎて迷うという意味だ」

「…………」

 黒刃を地面に突き刺し、ゆっくりと拘束を解く。

 流石に頭が冷えたのか再び暴れるようなことはなく、ノワールは近年稀に見る仏頂面で起き上がる。そのままパンパンと土埃を払い落としてから刀を引き抜き、虚空へとしまった。

「さて改めて、ほぼ全員揃ってるみたいだな」

 あくまで軽薄に。

羽黒は笑いながら近寄ってきた。

「ご無事のようで何よりですわ、()()お兄様」

 と、未だ返り血を拭いきれていない白羽がやや強めに羽黒の偽名を口にする。するとノワールが一瞬だけ怪訝そうに眉を顰めたが、すぐに何かを思い出したのかものっすごい嫌そうな表情を浮かべた。

「……まだその名前を使っているのか」

「お? 何のことだノワール。俺は生まれてからずっと妙高だぜ?」

「どの口が。そもそも、あんたがその名前を使う時は碌な――いや、いい。あんたがこの島に来た時点で、既に禄でもない」

「失礼な弟子だな。嫌いじゃないぞ」

 その昔、瀧宮羽黒が妙高という偽名を使って普段に輪をかけて暴れ回った結果、『誰がどう見ても瀧宮羽黒なのだが、彼が「妙高」と名乗って現れた時は死刑宣告と同義である』と一部魔術組織間の常識となっていた。その魔術組織が軒並み壊滅した現在、その名も完全に廃れていたのだが、極一部の者の記憶に呆れ半分畏怖半分で残されていた。

 なお、その偽名を授けたのはどこぞの大魔術師との噂だが、それはともかく。

「とりあえず、臭いが不快だ」

「うおっ」

 ばしゃぁんっ!

 ノワールが羽黒の頭上に発生させた水球が、小さな滝を作り出す。それを避ける暇なく全身濡れ鼠された羽黒は「そんなに臭うかね」とぶつぶつと文句を言いながらシャツを脱ぎ、吸った水を絞り出す。

「……どういう関係なんだ?」

「白……露はよく覚えてないのですが、その昔、剣の使い方を教えたとかなんとか」

「ノワがマスター以外に負けちゃったの、初めて見たかもー」

 と、その時になってまだフージュを人形のように抱きかかえていたのを思い出した竜胆はそっと彼女を地面に下した。

「気は済んだか?」

「あー、悪い悪い。……ふんっ!」

 疾の不機嫌そうな声に羽黒は苦笑を浮かべながら、ばさっとシャツを一度振り切る。どういう原理なのかそれだけでシャツの水分が全部吹き飛び、着直す。

ばっしゃぁんっ!

羽黒とノワールの頭上に再度水球が発生し、滝となる。辛うじてノワールは反射的に障壁を張って防げたものの、羽黒は再びずぶ濡れになった。

「…………」

「…………」

 仏頂面の黒い2人が顔を見合わせて黙り込み、同時に溜息をつく。それを見た竜胆は、なんだかノワールに親近感を覚えた。

「……おい」

「胡散くせぇ臭いがしたからな」

 羽黒が振り返った先、大変にこやかな疾が宣う。諦め顔のノワールが首を横に振る傍ら、羽黒は若干顔を引き攣らせた。

「何お前、地味に根にもってたんか。やだねえ若いくせに──」

「どこぞの馬鹿を扱いきれず持て余した事による被害損耗手間賃全部上乗せして依頼費用、あんたのポケットから出してもらうよう依頼主に交渉してやろうか?」

「残念ながらあちらさんも面倒ごとは嫌いだろうから、大人しく身銭切る方選ぶと思うぜ?」

 笑顔に凄みを乗せて滑らかに脅迫する疾の言葉に、羽黒もまた軽薄に笑ってそれをスルーする。そのやり取りで、そういえば変なジャミングがあったな、と竜胆はようやく思い出した。

「……あれもあんたの仕業か」

「んー? まあそんな感じか。別にノワールは大して被害ねえだろ」

 表情は余り変わらないが、呆れ声でノワールが問いかけると、羽黒はガリガリと頭をかきながら頷いた。……下手人は明らかだが、瑠依に自力で島単位の呪術を仕掛けられる訳がない。羽黒すら予想外の形であんな大迷惑ジャミングが生じ、結果、味方である筈の疾が1番苦労したと、そういうわけらしい。

「…………」

 ノワールがちらりとフージュを見て、小さく溜息をついた。羽黒の言葉に返答がない辺り、こちらにも何かしらの被害はあったらしい。竜胆は心の中でそっと詫びた。

しかし、竜胆の殊勝な心境など当然の如く知ったことではないらしい相棒は、今度はノワールへと標的を変えた。

「ま、スブラン・ノワールはどうも仕事にちっとも熱が入っていねえようだし、ジャミング如きで魔術の構成に手間取っても仕方ねえんじゃねえの?」

「……そこまで気は抜けていない」

 ノワールが僅かに眉を寄せて反論するも、疾は鼻で笑って一蹴する。

「へーえ? それにしては、研究に気を取られてチビガキ野放しにしたり、吸血鬼の残滓に気を取られてヘマをしたりと、やけに注意散漫じゃねえか。これしきの依頼じゃあやる気の欠片も出ないとは、任務に忠実という評判が泣くなあ」

「ヘマ?」

「おいおい、それにも気付いてないのかよ。魔法士幹部も質が落ちたもんだなあ、リッチ如きに操られる間抜けも出るわけだ」

くつくつと笑う疾に、ノワールと羽黒が揃って顔を引き攣らせる。

「……絶好調だなあ」

「なんだかあの男、ノワールさんが来てから更に口の悪さが悪化しておりません?」

「え? いっつもあれくらいだよ?」

 巻き込まれないようにじりじり距離をおいていた竜胆は、背中に庇ったままである白羽とフージュのやり取りに遠くを見やった。日常的に襲撃があるほど疾が嫌われている理由がよく分かる。

「……んで、何の話をしてるのか、説明する気はあるのかクソガキ」

 羽黒が興味なさげにカチカチと火のつかないジッポを弄りながら尋ねると、疾はやれやれといった顔をした。

「あんたもかよ。到着早々どこぞの暴走に意識をとられたんだろうが……おいノワール。ボロ雑巾どこにやったか、把握してんのか?」

「……ああ」

「あー……そういや、何かいた気がすんな」

 ノワールと羽黒が今気付いた、と言う顔で声を漏らす。竜胆も思い出した。そういえば、ノワールは何かボロボロになった何かを片手に持っていた。

「見た限り、アスク・ラピウスの幹部だろ。状況も何もかもすっ飛ばした暴走の隙に逃げ出してたぜ?」

「いや見てたんなら止めろよ」

「魔法士幹部殿の殺意溢れる攻撃の余波の中、まともな拘束魔術が構築できっかよ。一介の異能者には荷が重すぎるってもんだ」

 羽黒の真っ当なツッコミに、疾は涼しい顔で宣う。その場にいる全員が、物凄く胡散臭いものを見る眼差しになった。

「どの口が言うんだお前は……」

「何がだ? 魔術師登録もしていない、魔法士でもない、どの組織にも所属していない、一介の異能者ってのは事実でしかないんだが」

「嘘くささもここまで来ればいっそ見事だな」

「そりゃ光栄だ」

にこやかに開き直っている疾に、羽黒が大きく溜息をついた。

「溜息つくとおっさんくせえぞ」

「誰のせいだ、ったく」

「ま、あれはおそらく分体だ。本体は別にあるから、殆どダメージはねえな。尋問しようとした相手にドカンと自爆して、ダメージ与えられたら儲けもんってとこだろ」

「何?」

ノワールが声を上げる。くっと喉の奥で笑って、疾は傲然と顎を持ち上げた。

「その程度も見分けられずに戦ってたのか? 本当に腑抜けてやがるな。逃げる途中で爆風に巻き込まれて蒸発してたが、おそらく自ら蒸発して本体に情報を伝えたってところだろうよ」

「…………」

「あー、そこまでな。ひとまず情報提供、感謝する」

 険悪な空気を仕切り直すように羽黒が一度手を鳴らす。

「どうせなら、このまま状況整理すっか」

「はいお兄様! こいつ、お兄様の言い付け破って博物館崩壊させましたわよ!」

 開口一番、白羽がチクる。

「ふーん」

 しかし羽黒、興味薄に頭を掻く。

「ま、いいんじゃねえの? 見たところ施設そのものが大規模魔術の基点になってたみてぇだし。破壊そのものは褒められこそすれ、責めることでもねぇよ」

と、足元に散らばる博物館の壁の残骸を拾いながら見聞する。兄の予想外の評価に白羽は多少焦りながら他の指摘箇所を口にする。

「で、ですが魔道書の類いは瓦礫の下ですわよ!?」

「対策済みだろ、どうせ。やることやって結果出せんなら過程は別にいいわ。まあ、やるなっつったことをわざわざやるのもどうかとは思うがな」

「一から十までてめえの描いた絵図通りに事を進める単純作業がお望みなら、多人数でのチーム依頼なんざ最初から引き受けねえだろ。行動が派手でも片付けられてねえヤツが文句付けんじゃねえ」

 羽黒がちらりと視線を疾に向けると、当の本人は毒舌を吐きがてら瓦礫の破片で手遊びしている。

 問いへの無回答が答えであった。

「うぬぬぬぬぬぬ……」

「お前も今すぐあそこまでやれとは言わんが、もうちっともの考えるようになれや」

 むくれる白羽の頭をわしゃわしゃと撫でながら、今度は竜胆に向き直る。

「で、クソ蛇は?」

「幹部級のドラウグルと戦闘中だ。一応、戦闘自体は真面目にやってるみたいだからそろそろ終わると思うが……」

「じゃああいつは放置だ。全部終わるまで遊ばせとけ」

 ひらひらと手を振って、羽黒は今度は疾へと顔を向けた。

「さっきリッチに操られた魔法士がどうのっつってたな。エンカウントしたのか?」

「ワイトだったぜ。ジャミングが発生した時点でその辺に放置したが」

「いや何してんだ」

「どっかに湧いたら改めて片付けりゃいいだろ。部下の不手際は上司の責任、とも言うしなあ?」

 くつくつと笑う疾が視線をノワールに向ける。青年が顔を顰めて溜息をついた。無言は肯定、なのだろうか。竜胆には読み取れなかった。

 さて、と羽黒が手を叩く。

「研究施設になっていた博物館は掃除が終わり、敵さんの本拠地も今はあのザマ「いやあああああああああこっちくんなああああああああああっ!?」「さすがゴシュジン! ナイッシューッ! アハハハハ☆」……あのザマだ。住宅街のアンデットもおおよそ片が付いたし、トラップの類も綺麗さっぱり吹き飛んだ。残る未攻略ダンジョンは王宮だけだが、こちらは住宅街以上のアンデットの巣窟。質も量も桁違いと見ていい」

「んー、ですが、それがどうしたって感じですわね」

 白羽がぐるりと周囲を――渋々、疾も含めて見渡す。

「これだけの面子、いくら数が多かろうが質が高かろうが、所詮アンデット軍団ですわ。烏合の衆以外の何でもありませんわ」

「おいチビガキ、もしかしてノワールとそっちのチビガキも数に入れてんじゃねえだろうな」

「チビでもガキでもないもん!」

「チビでもガキでもありませんわ!」

 仲良くハモる紅白お子様コンビ。

 今にも刀片手に疾に突っ込んでいきそうな白羽を止めながら、竜胆がため息交じりに確認する。

「あのな、何でか知らんが共闘状態になってるけど、一応フージュは敵側だろ? そっちの……ノワールだったか。あいつはフージュの仲間なんだろ。とりあえず今は見逃してもらってるけど、普通に二人と徒党組んで敵陣に突っ込むのはまずい……まずいっていうか、普通におかしいだろ」

「あ」

 フージュが敵サイドであるということをすっかり失念していた白羽の勢いが止まる。それを見て疾が見下すような視線を投げてくるものだから、再び白羽の怒りが再燃して突撃の構えを取った。これをまた竜胆が必死に抑えるというループに保護者(はくろ)が口角を上げる。

「いやー、止めなくていいって楽でいいわ。これからもそのじゃじゃ馬の世話頼むぜ」

「あんたの妹だろ!? 自分で世話しろ!!」

「どうせならお前さん婿入りしね? うち、半妖でも偏見ないぜ?」

「断固として断る!」

「そこまで拒否されると白露、ちょっとショックですわ……」

「え、あ、すまん」

「まあ白露、心に決めた方がいますのでこちらからお断りですがね!」

「おいコラ!?」

「……はっ、白露じゃなくてお姉様のところに嫁いでもらえたら完璧なのでは!? お母さんみたいなお義兄様……アリですわ!」

「そういうことじゃねえんだよ! あと今、嫁ぐって言ったか!?」

 やいのやいのと騒ぎ続ける白羽と竜胆を眺めながら、羽黒は肩を竦める。そして興味なさげにやり取りを黙って聞いていたノワールと疾に向き直り、改めて今後について軽く言葉を交わす。

「で、ノワールはどうするね」

「こちらもアスク・ラピウスからの襲撃を受けている。原因は……まあ、おおよそ察しはついているが」

 ちらりとフージュに視線を送る。当の本人は年端もいかない少女のようにパタパタと落ち着きなく手を動かしながら、こんな最悪な環境でもたくましく生きる小さな羽虫を目で追いかけている。平和そのものだった。

「……今更、奴の元に戻る義理もない。しばらくはどこかに身を隠しながら傍観させてもらう」

「あ、そ。じゃあ報告書の下書きでもしながら見てな」

「他人事のように……!」

「他人事だからな。んじゃ、俺たちは――」

 羽黒は、遠くに聳える王宮に目をやる。

「王宮の大掃除しながら、大将首が大聖堂から炙り出されるのを待つとしようか」

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