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無黒語  作者: 吾桜紫苑&山大&夙多史
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Infi-09 氷海上の決着

 氷の海上はこの世の物とは思えない惨状だった。

 炎が噴き、風が荒れ、氷が舞い、光が乱れ飛ぶ。並の魔術師だったら二秒と持たず塵と化すだろう戦場を、身一つ刀一本で悠然と駆け回る青年がいた。

 葛木修吾だ。

「万象呑み込み虚無と帰せよ――虚ノ太刀(うつろのたち)鴉燬眼(あやめ)

 轟ッ!! と。

 刀身から紅蓮の炎が溢れ出し、渦を巻き、迫り来るスカル・ワイバーンの群れを一撃で骨の破片も残さず焼き尽くした。

「小癪。魔剣。脅威レベル修正」

 グライアイが一人――ディノが立方体の面を切り替える。すると一面九マスの全面から禍々しい光線が射出され、その全てが誘導されるように曲がって修吾を襲う。

「ハハハ、悪いけどそれじゃあ僕には届かないよ」

 修吾はその場で刀を引き、居合の構えから超高速で振り抜いた。今度は炎も出ることなく空振りだったはずのそれだが、修吾に襲いかかっていた光線は衝撃すら生じることなく悉く消え去った。

「防御? 否。対抗術式?」

 戸惑うディノに、修吾は爽やかに微笑んで種を明かす。

「似たようなものだけどちょっと違うね。〈因果斬り〉と言って、君が撃ってくる光線の因果を切断して結果を生み出せなくしただけだよ」

「だけとか言ってますけど、そんな異次元レベルのデタラメは主任にだってできませんからね! たぶんですけど!」

「いやぁ、あの人ならとっくに僕の技を解析して自分の術式に組み込むくらいしてるんじゃないかな?」

「やってそうだから怖い!?」

 漁船に結界を張ってどうにか戦闘の余波を凌いでいる副官の女魔術師だったが……結界の強度よりも彼女の精神が先に壊れてしまわないか少し心配である。

 いや、いつもこういう目に遭っているらしいからきっと大丈夫だろう。なんやかんやで彼女は『副官』だから、その気になればこの程度どうということもないはず。修吾は気にしないことにした。

「……理解。弱点。看破。広範囲術式展開準備」

「おっと、早い。もう対抗策を取られるのか。君は頭がいいんだね」

 立方体の面が高速で切り替わる。だが次はすぐに術式が発動したりはしない。宣言通り、広範囲に影響を及ぼす術式を組んでいるようだ。

 修吾の〈因果斬り〉はあくまで『刀が届く範囲』にしか干渉できない。故に間合い以上の攻撃をされてしまうと全ての結果の無力化は不可能になる。

 けれど、こういう時のために味方がいるのだ。

「修吾が他の幻獣(おんな)を褒めた……修吾に褒められるなんて許さない。氷漬けにして砕いてあげる」

 六華が立方体の上に立つディノを睨みつけ、巨大な雹の嵐を巻き起こす。それは空を飛んでいたスカル・ワイバーンを何体も巻き込んで凍結させ、雹塊で砕いて粉々にしていく。

 それは同じく空を飛んでいたグリフォンにも容赦なく襲いかかった。グリフォンは苛立たしく舌打ちすると、片手で掴んでいたアンデッド・メガロドンを六華に向けて投げつける。だがそれは六華に届くこともなく、落下の途中で芯まで凍りついて粉砕された。

「鬱陶しいぞ、雪女! 勝手にヤンデレとやらになるのは構わんが、王たる俺の邪魔をすることだけは許さん!」

「鷲獅子は黙ってて」

「だからチームワーク!? あーもう!? こんなにお互いの足を引っ張り合ってるのにどうして戦況だけ見たら上手くいってるんですかぁあッ!?」

 女魔術師の悲鳴が轟く。彼女の言う通り、既にスカル・ワイバーンもアンデッド・メガロドンも数えるほどしか残っていない。

 漁船の結界ごと呑み込もうとしたアンデッド・メガロドンを四本の宝剣が切り刻む。

 日下部朝彦は漁船の前に立つと、全てを悟ったような口調で――

「……諦めろ。そういうものだ」

「そう言うあなたが一番単独行動してる自覚を持ってください!? 天明さんの方がまだ影ながら団体行動してくれますよ!?」

「……つるむのは苦手だ」

 修吾が誘ったとはいえ、本来彼はこういう組織に属する性分ではない。ただそれはここにいるほとんどの者がそうであり、そういう者を集めた曲者集団が独立秘匿遊撃隊とも言える。

「術式展開。伽藍洞。全員消滅」

 結局、六華の力だけでは立方体を破壊できなかったようで、面の組み換えが終わってディノの広範囲術式が発動する。

 黒い稲妻が修吾たちの頭上に収斂していく。

 それは次第に巨大な黒い球体となり、周囲のあらゆるものを次々と引き寄せていく。

「ひい!? ななななんですかアレはブラックホール!? す、吸い込まれます!?」

 漁船にしがみつく女魔術師。黒い球体は残っていたスカル・ワイバーンやアンデッド・メガロドンも吸い寄せ、触れると塵も残さず消し去っていく。

 アレは虚無だ。触れたもの全てを無に帰す消滅の術式。確かにこれでは〈因果斬り〉で斬ったところで再び因果が生まれ、永遠に斬り続けるしか防ぎようがなくなる。当然、そんなのは修吾でも不可能だ。

「ハハハ、虚無は僕の専売特許だと思ってたんだけど」

「アレは呑まれたら終わりね」

「くだらんな。この程度で王は呑まれん」

「……フン」

「結界に引き籠ってる私が一番危なそうなのってどういうことなんですかぁあッ!?」

 とてつもない吸引力だが、この場にいる強者たちは微動だにしていない。女魔術師だけが漁船の手すりに掴まって鯉のぼりみたいになっている。

「さて、どうするかな? 朝彦君、アレを撃ち破れる術式はあるかい?」

「既に式を氷上に刻んでいる」

「ハハハ、流石だね。頼めるかい?」

 修吾が言うと、朝彦はこくりと頷いて自分の周囲に四本の宝剣を集めた。彼を中心に円運動していた宝剣がピタリと止まり、狙いを定めるように切っ先を向け――一斉に射出される。

 それらは球体とディノを囲むように氷の大地に深々と突き刺さり、魔力の線で繋がって巨大な魔法陣を描く。

「今回の相手がアンデッドだと聞いた時から準備をしていた。奴らの力ごと断ち切り浄化する疑似神話級術式――」

 朝彦が指を鳴らす。魔法陣の輝きが強烈になる。


「――〈布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)〉」


 魔法陣の中心から巨大な光の剣が天を衝くように出現した。それは虚無の球体を貫通し、ディノの立方体も真っ二つに斬断する。

「――ッ!?」

 咄嗟に立方体から飛び降りたディノは無事のようだが、立方体と球体は光に侵食されるように白く儚く消えていった。

「回避。紙一重。負傷三十。回復不能」

 着地したディノは、光の剣を掠めていたのだろう。左腕が肩口から白い灰となって崩れていた。

「なるほど、朝彦君のあの術式はアンデッドに効果抜群だったみたいだね」

 そのディノとの間合いを、修吾は既に詰めていた。

「術式――」

「遅いよ」

 咄嗟に掌サイズのキューブを出現させたディノだったが、その前に修吾は虚無の炎を纏う袈裟斬で彼女を切り裂いた。

 倒れ、動かなくなるディノに軽く黙祷を捧げると、修吾は踵を返す。

 そこではグリフォンが苛立たしそうに朝彦へと詰め寄っていた。

「おい、剣の魔術師。そのような術を使えるなら貴様が前線に出た方が早かったのではないか?」

「ハハハ、そうだね。今のを知ってたら作戦は変わっていたかもしれないね」

「阿呆。魔術師が己の手札を易々と他人に晒すものか。たとえ信頼できる味方でもだ」

「あのう、たぶんその人、なんか人見知りっぽいのでもしかして自分から言い出せなかっただけなんじゃないですか?」

「……断じて違う」

 女魔術師の指摘に朝彦は全力でそっぽを向いた。図星だったらしい。

 と――


「……冗談。未、敗北」


 燃えて消えゆく傷口を押さえながら、ディノが立ち上がった。

「修吾に斬られたのに、まだ立つみたいね」

「奴はアンデッドだ。殺し切れていないとは甘いぞ、魔術師」

 全員が再び戦闘態勢になった、その時――


 ――ちゅどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!

 ――ズドン!


 島の方で物凄い音が響いてきた。

 見ると大聖堂が爆発し、博物館がガラガラと崩れている。

「ハハハ、あっちも派手にやってるね」

 そろそろ大詰めといったところだろうか? あちらは順調にやっているようでなによりだ。

「ラピウス様ッ!」

 すると、ディノが慌てたように氷上を島に向かって走り始めた。掌サイズの立方体が激しく組換わり、彼女の足下に魔法陣が展開される。

「転移術式です! 逃げますよ!」

 女魔術師が叫ぶ。だがその前には既に修吾たちがディノを攻撃していたが、彼女の転移の方が一瞬だけ早かった。

「逃げられちゃったか。まあ、手傷は負わせたんだ。あとは彼らに任せるとしよう」

 今から島に乗り込んで手助けしようとしても、返って邪魔になるだけだろうから。


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