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無黒語  作者: 吾桜紫苑&山大&夙多史
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Infi-00 無限の大蛇

 蒼谷市は人口十五万人ほどの地方都市である。

 県下でも比較的大きな城下町であり、中央の小山の頂上に鎮座する蒼谷城は観光名所の一つだ。その荘厳な城を囲むように住宅地や工業区などがドーナツ状に広がっていて、南北に走る穂手川が市を一刀両断しているため東西の境目がはっきりしている。

 深夜だろうと中心街はそこそこの明るさと活気があるのだが、住宅街にもなれば流石に住民のほとんどが眠りにつき明日へと備えている頃合いだった。


「お こ と わ り し ま す !!」


 そんな草木も眠る深夜の住宅街の静寂を打ち破るように、殺気すら感じさせる不機嫌そうな少女の声が響き渡った。

「待て待てこのクソ蛇! 俺はまだなにも言ってない――ってか、インターホンすら鳴らしてねえぞ!」

「『龍殺し』は土足でこの街に踏み込んだ瞬間から不法侵入で死刑ですがなにか? あとあたしはドラゴンです」

「おいおい、いつぞや一緒に戦った仲だろう? もっと穏便に行こうや」

「ツルハシにされた恨みは忘れていませんよ!」

 とある豪邸とはいかないまでも周囲と比べれば大きな邸の門前で、二人の人物が衝突していた。一人は左頬に横一文字の刀傷が目立つ黒ずくめの男――瀧宮羽黒。もう一人は透明な黄金色の刃を持つ両刃大剣をその瀧宮羽黒に振り下ろしている少女だった。緩いウェーブのかかったペールブロンドの長髪は金細工のように艶やかで、サファイアより深く美しい青い瞳が白磁の肌の中で浮き立っている。万国共通で『美少女』と認識されるだろうその容姿は、夜闇の中にいて光輝いているように見えた。

「いやいやいや」

 大剣を真剣白刃取りの要領で受け止めている羽黒はこうなることを予め確信しており、表情に焦りはなく寧ろ笑みすら浮かべていた。

「お前馬鹿だから忘れてるのかもしれんが、アレはじゃんけんで決まった正当な結果だろう? 逆恨みはよくねえぜ?」

「頭湧いてる馬鹿はてめーでしょうが! 誰『が』穴を掘るかのじゃんけんであって誰『で』穴を掘るかのじゃんけんじゃあねえんですよ!?」

「そんなことより話がある」

「こっちにゃねえんでドシャシャラアッ! って帰るか死ぬか地獄に落ちるか選びやがれってんです! あたしはこれから呉井在麻先生の新作ライトノベル『異世界邸外伝!マジカルナース☆ユーキちゃん』の一巻発売日発表と同時に最速アニメ化製作決定の特番を見るので忙しいんですよ!」

「暇じゃねえか!?」

 これだけ叫び倒しても近所の家々に明かりがつくようなことはない。羽黒たちが訪ねて来る直前に少女が特殊な結界を張っていたからだ。

 この結界は敵にとって例えるなら出口の存在しない無限迷路。たとえ言われた通り帰る選択をしたところで、結界から出ることは不可能なのだ。少女を倒せば結界は解けるだろうが、それを実行するくらいならまだ存在しない出口を探すか破る方法を考えた方が現実的だ。つまり彼女は総じて『死ね』と言っているのである。

 と――

「「――ッ!?」」

 それに気づいた羽黒と少女は咄嗟に後ろに飛んだ。一瞬前まで攻防していた地面に銃弾が炸裂し――直後、二本の雷光が迸る。受けたところで死にはしないが、いかな二人とて数秒は動けなくなるだろう威力は秘めていた。

 銃声はなかった。

 けれど、撃たれた方角はわかる。

 路地の暗闇から一人の茶髪の青年が面倒臭そうな気配を漂わせて歩み進んでくる。

「おいこら瀧宮羽黒、ちょっと交渉してくるっつって出て行ってから戻って来ねえと思ったら随分とお楽しみじゃねえか。無駄な魔力使わせんじゃねえよ」

 少し離れた駐車場に停めた車の中で待っているはずの疾だった。今見て知った風に言っているが、駐車場も結界の圏内だ。たとえ圏外だったとしてもこの騒ぎには余裕で気づいていただろう。

「交渉は失敗か? 商売人が面目丸潰れだな。ハハ、こいつは笑える」

「お前、今、俺も狙っただろ?」

「ヤクザが少女を襲ってるように見えたんでな」

 事実は全くの真逆だが、本気でそう思っていないことは羽黒どころか初対面の少女にもよくわかった。羽黒に対する苛立ちをこれ幸いとばかりにぶつけたに相違ない。少女の方にも撃ったのは一目で人外だと悟ったからだろう。

「で、そいつがてめえの言っていたアテってやつか?」

 だが、流石に気配だけで正体まで看破することは無理だったようだ。

「ああ、ウロボロス――とだけ言えばわかるな?」

 幻獣ウロボロス。

 自らの尾を食んだ巨大な蛇として描かれる一種のドラゴンだ。蛇が脱皮を繰り返して新たな体に生まれ変わることから、〝無限〟〝永遠〟〝循環〟〝再生〟〝連続〟などの象徴とされている。逆に自分の身を食い続けるとなにも残らなくなるため、〝貪欲〟〝無〟〝消滅〟などを意味することもある。対象を存在ごと抹消する手段としては、確かに打ってつけの怪物だろう。

 これには疾も目を瞠った。

「……冗談だろ? なんでそんな大物がこんな辺鄙でクソつまんねえ地方都市なんかにいやがる?」

「あぁ? ちょいちょいそこのあんた、喧嘩売ってんなら龍殺し共々二度と売り捌けないよう徹底的に買い叩いてやりますけど?」

 住んでいる街を馬鹿にされたことでカチンと来たのか、金髪の少女――ウロボロスが片眉をピクつかせながら疾に詰め寄った。喧嘩っ早い相手に、疾が愉快げな表情を浮かべる。

「ほお、蛇の分際で人間様に噛みつこうたあ、随分と躾がなってねえな。ご主人様はどこのボンクラだ?」

「よーし、細胞の一欠片も残さず食らい尽すことが決定! あたしを蛇扱いした罪、紘也くんをボンクラ呼ばわりした罪ごと文字通り()()()()()()にしてやりますから感謝しながら消えろ!」

「はっ、短気なのは脳みそが小さいからか? 身の程をしらねえ喧嘩は高く付くぜ」

 睨み付けるウロボロスと楽しげな笑みを浮かべる疾。

 その視殺戦だけでも周囲一帯が更地と化しそうな一触即発の空気を破ったのは、当然というべきか羽黒しかいなかった。

「待て待て待て、俺たちは戦いに来たわけじゃないんだぞ。テメーはまず銃を引け。ウロボロスも、良識ある蛇なら話だけは聞けや、な? その上で断るなら俺たちは大人しくこの街を去る」

 面倒そうに溜息をつきつつ二人を宥める羽黒。最初は自分も少し挑発していたことは棚の上に放り投げていた。

「だから蛇じゃなくてドラゴン……チッ、まあ、聞くだけ聞いてやりますよ」

 沸騰した頭でも『瀧宮羽黒がくだらない用事で天敵認定されている自分に近づくことはない』と判断できたらしいウロボロスは舌打ちして身を引いた。

「短慮なドラゴンもいたもんだな」

 疾も抜いていた銃をどこかへ消し去り、ここからは口を挟まないとばかりに少し離れた電柱に凭れかかった。

 それから数分かけて一通りの説明をウロボロスは羽黒から受けた。

「――つうわけだ。どうだ? 協力してくれると助かるんだが」

「確かにきな臭い感じはするけど、あたしには関係ないですね。協力してやる義理が一ミクロンもありません」

 腕を組んで黙って聞いていたウロボロスだったが、最後は鼻で笑って一蹴した。

「この話は秋幡の小僧にも伝えときたいんだが、呼んでくれるか?」

「紘也くんを口説いて協力を促そうったって無駄ですよ。本当に、本ッッッ当に残念ながら紘也くんは所要で今ここにはいないんです。腹立たしいことに訳あってあたしだけ留守番なんですよ」

「あー、どうりでこれだけ騒いでも出て来ねえわけだ」

 ウロボロスが嘘をついていないことは、人の気配が微塵も感じられない秋幡邸を見ればわかる。

「そういやこの家を建て直してやったのってウチの組の系列だったよな? しかもけっこう割安で」

「それを恩に着せるつもりでしたら相手が違いますね」

「そりゃそうか」

 依頼して金を払ったのはあまり顔を思い出したくない胡散臭い大魔術師様なわけで、彼女ではない。

「どうしてもダメか?」

「リッチごとき雑魚アンデットなんて人間だけでどうにでもなるでしょうよ。あたしの力は必要ありませんね。まあ、処分したいものだけ後で持って来れば片づけるくらいはしてやってもいいですが」

 できれば現地で即抹消すべきなのだが、これ以上は交渉の材料がない。ウロボロスの契約者である秋幡紘也を丸め込めば簡単に落ちると踏んでいただけに誤算だった。

 いや、調査を怠ったわけではない。今日は『秋幡紘也が自宅にいる』という確かな情報を得てやってきたはずだった。今日も昨日もその前も、普段通り学校にだって通っていたと報告されている。

 秋幡紘也が魔術師連盟の関係で留守にしているのだとすれば、彼の日常を守る意味で当然の工作だ。『瀧宮』は脳筋の一族故にそういう諜報関係はちょっと……いや割とあまり贔屓目に見ても強い方ではない。分家にはその筋に特化した家もあるし、その当主とは友好な関係でもある。だが、今も車で爆睡してるであろう賢妹の嫌な計らいによって本家最下組織として復帰させられてしまった羽黒が動かすと、また不要な騒動を巻き起こしかねない。仕方なく、今の羽黒でも即座にパシらせられる下位術者を派遣したのだが、流石にこの短時間では正確な情報は集められなかったといったところか。

「というわけですので、あたしが穏便でいる間にさっさと帰って――」


 ~♪♪♪ ~♪♪♪ ~♪♪♪

 Trrrrn! Trrrrn! Trrrrn!

 ブブブブブブ! ブブブブブブ! ブブブバキィッ!


 ウロボロスの言葉を遮るように携帯電話の着信音が一斉に鳴り始めた。画面を見ると知らない番号だったが、ウロボロスの「お、お義父様!?」というあからさまに狼狽した様子を見ればこちらも恐らく『同じ』だと確信できた。

 つまり、羽黒の今回の依頼主である。

『やあやあ、羽黒青年。数日振りだぁね。ウロちゃんは久し振り。もう一人の彼は初めましてなんだけど電話に出るように言ってくれないかな?』

 携帯電話から軽薄で胡散臭い中年の声が聞こえてきた。

「……その要求は無理だな。着信と同時に携帯を踏み砕いていたから」

『酷くない!? おっさん悲しい!?』

「つーか、俺も依頼を受けた直後に携帯変えて番号も変えたはずなんだが……なぜ知っている?」

『連絡取り合う気絶無だね!?』

 しょぼんとした中年の姿がイメージできて吐きそうになった羽黒だった。このタイミングでコンタクトを取ってきたということはこちらの状況は手に取るようにわかっていることだろう。

「あの、お義父様、どのような御用件でしょうか?」

 あのウロボロスが珍しく緊張している。面白いから写真か動画に撮っておきたいが、そうすると戦争になるだろうからやめておく。

『そこの強面のお兄ちゃんの依頼主って実はおっさんなのよ。で、もう説明は聞いてると思うけど、そのヤクザ面のお兄さんがウロちゃんの力が必要だって考えたのなら協力してほしいんだわ』

「いや、でも、あたしには紘也くんの家を守る使命が……」

 あれだけ羽黒が頼んでも頑なに首を縦に振らなかったウロボロスが揺らいでいる。依頼主――秋幡辰久に説得を頼むという手段が羽黒になかったわけではない。だがそんな借りを作るくらいなら世界にちょっとくらい呪詛がばら撒かれてもいいか、と考えてしまうくらいには最後の手段だった。あと普段は気にしないがこのおっさんに強面だのヤクザ面だの言われると殴りたくなる。

『家のことは心配いらないよ。紘也少年も帰りはまだまだ先だろうし』

「でも、あたしが龍殺しと組むなんて」

『そういえばここに高級温泉リゾート地のペアチケットがあるんだけど、紘也が帰ってきたらウロちゃん二人で――』

「やりましょう! いえ、やらせてくださいお義父様!」

 手のひらくるっくるだった。その手があった、とは思わない。これは秋幡紘也の父親である秋幡辰久だから効果があったのであって、羽黒が同じチケットとチラつかせても白けた目で見られるだけだっただろう。

 羽黒も人のことを言えないが、上手くダシに使われている紘也少年が気の毒である。

『あ、そうだ。羽黒青年とは別口で非公式に依頼したやつがいるから、もし合流したときはよろしくしちゃってねん』

「あ? なんだよそれ」

 羽黒が信用されていない……わけではないだろうが、もしかすると想定以上に厄介な案件の可能性が浮上してきた。

「そんで、あたしはなにをすりゃいいんですか?」

 通話が切れたら切れたでテンションを一瞬で降下させた目を羽黒に向けるウロボロス。嫌々でもやってくれるならありがたい。寧ろ『さっさと終わらせたい』と思っていてくれた方が仕事が速いというものである。

「支度が済んだらそこの駐車場に来てくれ。まだ寝てるだろうが、もう一人紹介しておきたい奴もいる」

「はいはい、じゃあ特番見終わったら行きます」

「すぐに来い! いいな!」

 無駄だと思うが釘を刺してから踵を返す。疾は既にいなかったが、彼が持たれていた電信柱の下に破壊されたはずの携帯電話が元通りに復元された状態で落ちていた。

「……〝再生〟か」

 結界に付与されたウロボロスの特性のせいだと判断し、羽黒は携帯電話を拾って夜の闇へと消えていった。


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