Infi-04 ウロボロスの八つ当たり
それはそれとしてウロボロスはムシャクシャしていた。
いくら紘也のお義父様から頼まれたからと言って、これ以上は契約者でもないヤクザ面シスコン龍殺しwwwや口だけ腹黒エセ魔術師(笑)にアレやコレやといいように使われるのは腸が煮えくり返る。
もういっそ計画を早めてあいつらごとこの島を第二のムー大陸にしてくれようかと考えたが、白羽を巻き込んでしまうのは流石に悪いと思うウロボロスである。別に龍殺しの血縁だからと言って同じように嫌うほどウロボロスの心は狭量ではない。現に瀧宮梓とは今も時々SNSで遣り取りしているくらいだ。
「寧ろ物理的じゃないイヤガラセの方がダメージ大きいかもしれませんね」
ニヤァ、とウロボロスはヒロインがやっちゃいけない悪い笑顔を浮かべる。まあ、今回は紘也がいないから自分がヒロインだなんてミジンコほども思ってないのでセーフ。ヒロインの座は白羽に譲ることにする。
奴らに精神的ダメージを与えるなら、丁度いい物がある。
「にゅふふ、最近改良版が完成したので試してみたいと思ってたんですよねぇ♪」
問題は、味方を味方だと考えているような奴らにどうやってアレをぶち込めばいいのかという点だが――
「そこはターゲットを見つけてから考えましょうかね」
そう言うとウロボロスは飛行を中断した。黄金の翼を広げて空中で静止し、なにもないように見える周囲に向かって告げる。
「舐めてんじゃねえですよ? そんな見え見えの罠にかかるのは雑魚か馬鹿くらいです」
掌に圧縮された魔力の光弾を生み出し、前方へ射出する。すると空間がぐにゃりと蜘蛛の巣状に歪み、ウロボロスの光弾はその中心に絡め取られて諸共爆散した。
周囲の温度が下がる。
そして――フッ、と。
空間から滲み出るように、何体ものローブ姿のアンデッドが現れてウロボロスの周囲を取り囲んだ。
「レイスですね」
幻獣レイス。
魔術師が幽体離脱に失敗した結果、肉体と魂が分離したまま変貌してしまった存在だ。同じ魔術師からアンデッド化したリッチとは異なり、レイスは人間としての肉体を失っているため物理的な攻撃が通らない。その全てが元は魔術師であるため、普通のゾンビやゴーストでは使えない魔術や呪術などを使用してくるから厄介だ。
「ひーふーみー……六体ですか。幽体離脱に失敗するような雑魚魔術師が寄せ集まったところでこのウロボロスさんをどうにかできると思ってんですかね?」
正確には他人に幽体離脱させられた魔術師もレイスに含まれるが、それはそれでマヌケであることには変わらない。
物言わぬユウレイどもは血色の悪い手を翳し、六体態勢で強固な結界を作り出す。それは自分たちを守るものではなく、ウロボロスを閉じ込めるためのものだった。
「さっきの蜘蛛の巣もそうでしたが、あたしを捕まえるつもりですか? ハッ、あんたらのご主人様はドラゴン・ゾンビならぬウロボロス・ゾンビでも作りたいんですかね!」
ドラゴン族をゾンビ化できればそれはもう超強力な戦力なるだろう。
だが、しかし。
「だとしたら頭悪いんですよ!!」
ウロボロスは虚空から半透明の剣身をした黄金色の大剣――〈竜鱗の剣〉を引き抜き、気合いと共に一閃。それだけで周囲に張り巡らされた結界がガラスを砕いたかのように割れて散った。
六体がかりで形成した結界をあっさり破られて動揺するレイスたち。ウロボロスは獰猛な笑みを貼りつけて彼らを見回すと、手首を浅く噛んだ。
雑魚相手に〝貪欲〟と〝循環〟のチートドーピングをやるなんて癪だが、〝霊体〟が相手だとこうするのが手っ取り早い。
「あたしは今ムシャクシャしてるんです。喰らってやりますよ!」
レイスたちは危険を感じたのだろう、撤退を開始した。
だが、彼らが消えるよりも早く。
歪んだ空間が六つの竜の顎と化し、逃げようとするレイスたちに喰らいついて霊力の欠片も残さず呑み込んだ。脱出不能な無限空間に囚われたレイスたちは、やがて食べ物が胃酸で消化されるがごとく消滅するだろう。
「フン。生憎と、ゾンビ化なら既に一回経験したことあるんですよ」
ゾンビ化するということは死ぬということ。不死のウロボロスがそうなることはあり得ない。以前妖刀に斬られた時は吸われた血を媒介に仮死状態の肉体を操られて半ゾンビ化したような感じにはなったが、結局はすぐに〝再生〟して元通りになったのだ。
敵の気配を感じなくなった上空で、ウロボロスは虚しく息を吐く。
「……ダメですね。こんなんじゃ全然あたしの腹の虫は収まりません。やっぱり例のアレを試す方向で――んっ?」
なんか下から悲鳴らしき声が聞こえた。
見ると、高校生くらいの知らない少年がゾンビの群れから全力で逃げていた。しかもところどころに仕掛けられていた魔術的地雷をこれでもかと踏みつけ、ドッカンバッカンと爆発させ、その爆風でゾンビを吹き飛ばし、それでいて無傷のまま走り続けている。
「いや、あの人間なんで死なねえんですか? え? 人間?」
この瘴気漂う暗黒魔界に一般人が生きているわけもないので、彼は自分たちとは別口で招集された魔術師だろう。不死属性の特性を持った幻獣ということもない。人間だということは感じる魔力からわかる。
「それにあっちは――」
少し離れた場所にも二つ気配があった。一人はやはり見覚えのない男子高校生――こちらは立派に人外のようだ――と、エルフ族のように美形だがどこか腹の立つ顔をした人間。
「能無し口叩きのクソッタレ煽動術師じゃあないですか!」
名前はなんだったか。聞いたかもしれないし聞いてないかもしれない。どうでもいいから覚えてないウロボロスである。
とにかく奴と一緒にいるということは、あのゾンビから逃げている少年もなんとなく犬臭い男子高校生も仲間と考えるのが自然だろう。いや、奴の性格から考えて仲間じゃなくいいように使える奴隷くらいの認識にしておいた方が後々安全かもしれない。
なんにしても言えることは……巻き込んだところでなんの問題もないということである。
***
どうでもいいけど伊巻瑠依が大ピンチだった。
「ふざけんなよなんでまたこんなことやらされてんの俺もう帰りたいマジでッッッ!?」
やっとのことで周辺のゾンビの群れが片づいたと思ったら、どこからともなくおっかない巨大な炎が飛んできて危うく焼け死ぬところだった上に、その冗談みたいな魔力に引き寄せられてまたもゾンビの団体様のご到着。当たり前のように囮として使われ、当たり前のようにそこら辺に地雷が埋まっていて、当たり前のように帰りたくて死にそう。タスケテ。
「もう疾とかゾンビなんて眼中にない感じで竜胆と今後の作戦会議やってるけど一ミリくらい俺を気遣ってくれてもいいと思うんだ!?」
文句を叫びながらも瑠依は走る足を止めない。止めたら最後、なんでか瑠依ばっかりを狙ってくるゾンビたちによって筆舌に尽くしがたい死に方を遂げる気がする。
と、疾がなにかに気づいたように瑠依の方を見た。
「おい、喚く地雷探査機」
「言い方酷くね!?」
「悪い。泣き叫ぶゾンビ吸引機」
「酷さのレベルこれっぽっちも変わってない!?」
「敵地で名を呼ばないよう配慮してやってんのになにが不満だ?」
「全部だ馬鹿野郎帰りたい!?」
疾には慈悲とか慈愛とかそういう人間性が欠けているのではないかと思う。
「一応忠告してやるんだから有り難く聞け」
「忠告するくらいなら助けて!?」
こんなにヘルプを要求しているのに、疾はどこ吹く風で流して話を続ける。
「お前を今追いかけているゾンビだが、全部を普通のゾンビだと思うな」
疾は視線を瑠依からゾンビの群れへと移動させ――
「ワイトが混ざっているぞ」
幻獣ワイト。
貴族や英雄といった高位の人間を素体としたゾンビのことだ。物によってはリッチやヴァンパイアなどとも並び得る上級アンデッドになる。どんなに低レベルでも百戦錬磨の英傑であることには変わらないため、その能力を肉体のリミッターを解除して使用できる不死者と考えると尋常さは伝わるだろう。
「ワイト? なにそれ?」
頭に疑問符を浮かべた瑠依の脇を、水平に落ちる雷が掠めた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああッ!?」
「強いゾンビがいるから気をつけろってことだ」
「もっと早くそう言って!?」
言われてみると地雷の爆発を物ともしないゾンビが二、三体ほどいる。身につけている装備品とか他のゾンビよりも魔術的に豪奢でどう考えてもヤバイ。魔王を何体も葬って来た勇者のようなオーラを放つゾンビもいる。過去に亡くなった英雄や大魔術師の死体をアスク・ラピウスがワイトとして蘇生させたのだろうが、瑠依にはそこまで冷静に考えられるほどの余裕はなかった。
「……瑠依、帰ったらマジで勉強な」
「そんなこと言ってられる状況ですか竜胆さんッッッ!? もうそれでもいいから帰りたいッッッ!?」
力いっぱい叫んでから気づく。
足下に紫紺に輝く巨大な魔法陣が広がっていた。どれだけ全力疾走しても効果範囲から逃げ出せそうにない広さ。
大魔術。
流石の瑠依でもこれは死ぬんじゃないかと思ったその時――
無数の魔力弾がゾンビの群れを爆撃した。
「ほえ?」
涙目で振り向く。蜂の巣状に穴だらけになった大地に、動かなくなったゾンビの破片だけが散らばっていた。元英雄だろうが元大魔術師だろうがお構いなく爆裂させたとんでもない魔力の雨は、最も近くにいた瑠依にそよ風ほどの影響も与えていない――なんてことはなく、地球がブラックホールに吸い込まれたんじゃないかってくらいの爆風を諸にくらって何十メートルもぶっ飛んだ。
「ほぎゃぁああああああ帰りたいぁあああああああああああああッッッ!?」
なんやかんやで、瑠依はしっかり生き残った。
「あたしには偉そうに言っておきながら、まだこんな雑魚を相手にしてたんですか? やっぱり口だけみたいですね。くぷぷ」
空から、黄金の翼を生やした金髪の少女が舞い降りてきた。
「誰!?」
「自分じゃなにもできないからその二人を呼んだんでしょう? だったら最初からゾンビに震えて『ごめんなさい助けてくださいお願いします』と土下座してればよかったんですよ! あ、あたしはウロボロスです」
どこかで聞いた名前だが、そんなことよりもあからさまに疾を嘲笑っていることに瑠依は戦慄した。命知らずなのか。当の疾はほとんど無表情で「ほう」とか呟いているから帰りたい。
敵ではなさそうだけど、疾と凄まじく険悪なムード。それでもこのまま一人でいてまたゾンビに襲われるのは勘弁なので、一旦疾たちの下に戻ることにする。今度襲われたら巻き込んでくれる。
「掃除もできねえクソ蛇の尻拭いしてやってんだから寧ろ感謝するべきはお前だろ」
「あーそうですかそうですか。あの龍殺しといい、やっぱりそのクソみたいな態度は変わらねえんですね。だったらこっちにも考えがあります」
「ほう、聞かせてみろよ。その軍隊蟻みてえな脳みそでなにを考えたのか」
「あぁ? 馬鹿なんですか? 軍隊蟻に脳はありませんよ?」
「なんだ知ってたのか。つまり脳無しで能無しってことだわかれ」
疾が言い終わる前に、ブチ切れた顔をしたウロボロスがなにかを投擲した。
鈍色のパイナップルのような形をした凶悪な物体――手榴弾だった。
「ちょ!? あの人味方なんじゃねえの!?」
「まったく、喧嘩なら全部終わってからにしてくれ」
瑠依が叫ぶと同時に竜胆が地面を蹴り、空中で手榴弾をキャッチしてウロボロスに投げ返した。
が――
「にゅははっ! あたしは二の鉄を踏まないんですよ!」
ウロボロスは持っていた黄金の大剣をバッティングの要領で構え、手榴弾を撃ち返した。衝撃で爆発するものじゃないらしい。
手榴弾は空中にいる竜胆の脇を抜け、再び疾に。
「チッ」
疾は舌打ちすると、鬱陶しいハエを払うように手の甲で手榴弾を弾いた。
丁度疾の傍に寄っていた瑠依の顔面に。
「ぎゃう!?」
「はぁあっ!? ふざけんなどうしてそこにいやがる瑠依!?」
手榴弾から眩い閃光が放たれる。この距離だと瑠依はもちろん疾だってかわすことはできない。
「瑠依!? 疾!?」
竜胆が叫ぶ。
光が、瑠依と疾を完全に包んだ。