Cent-04 悪い大人の口八丁
「……なんだこれ」
羽黒は目の前の光景を理解しきれず、思わず首を捻る。
船着場から疾たちがいるであろう中心街方面へ移動を開始していたのだが、突如地面が大規模に抉れている地点に到達した。
抉れは島の西側から直線状に伸びており、何か巨大な物体が高温を発しながら通過したように断面が溶解し、ところどころ煙が上がって燻っている。しかも一本や二本どころの話ではなく、周辺が焦土と化すレベルで何本も奔っていた。
「トラップが発動した跡か? ……いや、それにしちゃぁ……」
かがんで周囲の地脈を探るも、結果はすぐに出た。
島全体にかけられていた迷宮化の魔術が、この焦土一体だけ綺麗に吹き飛ばされている。
いくら侵入者を仕留めるためのトラップと言えど、そもそもベースとなっている迷宮化魔術を破壊する規模のものを仕掛けるか?
訳が分からずしばし周囲を見渡す羽黒だったが、幸いと言うべきか、すぐに答えは出た。
――ごぉっ!!
「おわぁっ!?」
なんか巨大な火の玉が物凄い速度で飛来してきた。
避けられない。
瞬時にそう判断した羽黒は腰を低く構え、前腕内側を突き出して火球を受け止めた。――いわゆるレシーブである。
「ふんぬっ!」
地を脚でしっかりと踏みしめ、持てるパワーをありったけ腕に込めて振り上げる。
一瞬服が焦げる匂いが鼻を刺したが、完全に燃え移る前に巨大な火球は音を立てて上空へと軌道が逸れた。
火球はしばらく上空を浮遊していたが、最高高度に達したところで再び落下を始める。落下地点は遥か後方だったため、総じて羽黒には大したダメージにはならなかった。――なんか落下地点の方角から情けない悲鳴が聞こえてきた気がしたが、きっと気のせいだろう。
「ったく、誰だよ!? ……はぁっ!?」
悪態をつくも、すぐに気を引き締めなければならなくなった。
なんせ火球の第二弾のお出ましだった。
「あぶねえな!?」
幸運にも第二弾は羽黒の立っているところから遠く離れた辺りに着弾した。それを見守っている間にも次々と火球は飛来し、辺りをどっかんどっかん音を立てながら爆撃していく。
――最初に羽黒の脳裏を過ったのはウロボロスだった。
ようやく島に上陸した羽黒に嫌がらせを仕掛けているのだろうと思った。しかし直に触れてすぐに分かったが、火球は人間の魔術によって構築されていた。
魔術はあくまで魔力に乏しい人間が、少ないエネルギーで効率よく結果を生み出すために編み出したもの。魔力の枯渇という概念が存在しないウロボロスが使う意味がない。そもそも奴は純粋な魔力の塊を砲弾の如く撃ち出す戦法を好んでいた。
次に浮かんだのは当然、疾。だがしかし、火球に込められていた魔力量は疾がその身に宿す魔力総量にも匹敵していた。いくら魔力の効率化に秀でた疾と言えど、こんなポンポン撃てるものではない。
で、あれば敵の攻撃による可能性しか残らないのだが――
「いや、いくら何でもノーコンすぎんだろ」
最初こそ飛来する火球を警戒し、大げさに回避しながら様子見をしていたが、今や棒立ちである。それでも至近弾すらない。
とは言え、危険であることに変わりはない。下手な砲弾数撃ちゃ当たる――発生源を沈黙させるため、羽黒は火球が飛んでくる方へと駆け出した。
道中幾十もの火球とすれ違った。こんな威力の攻撃魔術をポンポン打ち出すとか一体何人がかりで誰を攻撃しているんだ――そう考えを巡らせながら焦土を駆け抜けた羽黒は、砂浜にたどり着いて再び呆然とした。
「ふははははは! ほーら当ててごらんなさーい!」
「鬼さんこちら、手の成る方へー、ですわー♪」
「むぅっ……ばかにしてぇ!」
賢妹と駄蛇がめっちゃ腹立つダンスを踊りながら砂浜を駆け回り、それ目がけて赤髪の少女が息を吐くように凶悪火力の魔術を撃ち出していた。
「……なんだあれ」
たまたま羽黒目がけて飛んできた比較的小規模な火球を片手で払い落とす。直に触れた感じ、先程の火球と同等の質の魔力が込められていた。
つまり、この焦土はあの赤毛の少女一人で作り上げたということか。
その現実に軽く眩暈がしそうになったが、それでも思考は止められない。本音は止めたい。何してんだあのバカ二人は。
とりあえず。
「何しとんじゃあ!」
いい加減危険なので、赤毛の少女を黙らせる。
「――っ!?」
大地を蹴り飛ばし、一瞬で赤毛の少女に肉薄する羽黒。そして親指というストッパーを解き放つことで放出する中指という名の弾丸――デコピンが少女の額を打ち抜く。
「ふぎゃぁっ!?」
踏まれた猫のような悲鳴を上げ、4回転半捻りのバウンドをしながら砂浜を吹っ飛ぶ少女の小さな体。幾度かの跳躍の後、顔面から波打ち際に着地した少女は起き上がってこないが、死ぬほどの威力は込めていないので大丈夫だろう。記憶は飛んだかもしれんが。
「あーあーあー、何してくれてんですかねえこのクソ龍殺しは」
と、背後から人の神経を逆撫でするような鬱陶しい口調が聞こえてきた。
「せっかく白羽っちと遊んでたのに白けるわー。ないわー、マジないわー」
「あぁ?」
サングラス越しに凄んで睨みをきかせるもウロボロスには全く効果なし。仕方なく白羽に視線を向けて説明を促すも、悪びれもせずこう宣った。
「さっきの女の子が突然襲って来たんですの。で、なんかすごい威力の魔術を連発してきたんですが全部明後日の方に飛んでいくのが面白――利用して、自滅させてしまおうと思いまして」
「それをアンタが途中で邪魔してくれたんですよ。マジ空気読めないクソ龍殺しはクソですねえ」
「……後ろを見てみろ」
「「???」」
額を抑えながら白羽たちの後ろ――自分が今来た道を指さす羽黒。
火球の発生源のすぐ近くだったこともあり、そこには街の原型はすでにない。瓦礫すら蒸発した完全な荒野が辺り一面に広がっていた。
「おー」
「綺麗さっぱり消え去ってますわねー」
「やりすぎだボケ!」
ごちんごちん!!
二人を背後から殴り飛ばす。
白羽には多少の手加減を、ウロボロスは頭蓋を打ち砕く心づもりで全力で鉄拳を下す。だが自前の龍鱗で大幅ダメージカットしたウロボロスは頭をさすりながら文句を垂れ流す。
「最終的に島ごと消すんですから問題ないでしょう!?」
「限度があんだよ! ここに来るまで見てきたが、あの魔術の射程はどんなに長く見積もっても島の三分の一にも届かねえよ! その範囲をこれ以上焦土にして何の意味がある!?」
「あたしたちがスカッとします!」
「ド阿呆!」
自分にもダメージが戻ってくる勢いで羽黒はウロボロスに頭突きをかます。さすがのウロボロスも捨て身レベルの頭突きは堪えたらしく、「ぬおおおおお……!」と地の底から響くような唸り声をあげながらうずくまって痛みに耐えていた。
「……んで?」
自分頭も抑えながら羽黒は白羽に向き直る。
「あの赤毛の嬢ちゃんなんなんだ?」
「白羽も分かりませんわ。本当に唐突に襲ってきましたの。接近戦は白羽と互角、魔術もあの通りですわ」
「じゃあ何か言ってなかったか?」
「えっと……誰かに白羽たちを『黙らせろ』と指示されて来たようですわ。でもその割にはおつむが少々……白羽より年上を自称してましたが、正直、言動は完全に幼子のそれですわ。あ、でも――」
白羽は記憶を手繰るように目を伏せ頬に指をあてる。
「――『ノワ』という方に人を殺めることは禁じられていて、それは厳守しようとしていましたわ」
「……ほう」
白羽の言葉を聞き、未だ波打ち際で気を失っている赤毛の少女に目を向ける羽黒。
無言で近付き、見聞する。
服装は一見するとごく普通のシャツとスカートだが、それぞれに高位の防護魔術が施されおり、堅牢な鎧と化している。さらに腰からぶら下げた二振りの太刀は鞘に納められた状態でも相当な業者であることが見て取れる。
そして何より少女が腕に嵌めたブレスレット――これには周囲の瘴気を打ち払うほど強力な魔除けの力が宿っている。羽黒には、この魔除けを形作る魔力に見覚えがあった。
「……ほほう」
無意識に口角が上がるのを努めて抑え、懐からケータイを取り出し、番号を押す。
『なんでこんな圏外もいいところで電話かけてきやがる』
相手はワンコールとおかずに、挨拶代わりの憎まれ口を叩き込む。
「そう言うてめぇも普通に対応してんじゃねえか」
『色々と弄ってるからな。にしても、随分遅い到着だったな、瀧宮羽黒』
「いろいろと寄り道してきたもんでな。それより少年、連想ゲームしようぜ」
『はぁ?』
「一つ、赤毛」
『意図がいまいち読めねえんだが?』
「二つ、双剣」
『…………』
二つ目のキーワードが羽黒の口から持たされた瞬間、疾は黙りこくる。
「三つ、中級から上級魔術をポンポン撃てる魔力量」
『…………』
「四つ、8歳以上15歳以下」
『確認だ。その年齢は自己申告か?』
「下限は一応な。だが、見た目は一桁だと言われても信じる」
『そうか。……続けてくれ』
「いや、次で最後――殺人を『ノワ』なる人物に止められている」
『……くく』
電話口から笑い声が漏れる。
羽黒も聞いたことのない、うすら寒い、それでいて実に愉し気な笑い声。
『それもう答えほぼ出てるもんじゃねえか。聞いたことくらいあるだろ? 奴がガキ飼い始めた話』
「小耳には挟んでたがな、一応確認。なるほどなるほど、コレがソレか」
『間違いねえだろ。それで?』
「大筋の作戦は変更しない。だがこの嬢ちゃんは保険として組み込む」
『保護者のほうはどうする気だ』
「奴に関しちゃ、俺とお前が雁首揃えてやってきてるからな、面倒臭がって今頃無関係決め込んでどっかに引きこもってんだろ。しばらくは表立って行動はしないだろうから当分は無視だ。もし出てきたら随時対応だ」
『ふーん……あっそ』
「それはそうと……てめぇ、指揮権任せたのに何即行で別行動してんだ」
『指揮を任されたからと言って団体行動しなきゃいかん理由があるのか? あとそっちのクソ蛇とクソチビがぎゃあぎゃあ煩くて邪魔。こっちも今いいところだから切るぞ』
「あ、おい」
ブツッ。
一方的に切られたケータイを無言で見つめながら、やれやれと首を振ってポケットに戻す。
大方の予想通り、指揮官には向かない性格のようだ。羽黒であれば口八丁手八丁で言いくるめて仲を取り持ち全軍を掌握するところだが、自身も含めて完全にワンマンプレーに徹しさせている。それが悪いとは絶対に言わないが、やはりあの挑発癖は指揮官タイプではない。
とは言え、完全に素質がないわけでもなさそうだ。憎まれ口の後ろからゾンビのものではない情けない悲鳴が絶えずこぼれていたのは聞こえていた。どうやら自身の駒を強制召喚したらしい。……そういえば、なんかあの悲鳴には聞き覚えがある気がする。
で、あればその辺の捻じれた素質を伸ばすためには――
「ちょいちょいちょーい! いつまでぼけっと突っ立ってんですかこのクソ龍殺し!」
「あ?」
人の思考を根元から断ち切るような耳障りな喚きが聞こえてきた。
ウロボロスである。
「人に頭突きかまして謝罪もなしですか! 人が妹様の面倒を見てたのに感謝の言葉もなしですか!」
「ん。ああ、そうなのか。それはありがとな。お前もう行っていいぞ」
「誠意ゼロの謝礼に何の意味があるってんですか! 誠意に満ちたお礼言われても気持ち悪くて吐きますがね!」
「どっちだテメェ」
人への絡み方が非常に鬱陶しい。さすが絡みつくことには一家言ある蛇の怪物だ。
と、ウロボロスは何か思いついたのかニタァ……と悪い笑みを浮かべた。何だか姉がしょうもないことを企んでいる時の顔に似ている、と白羽はどうでもいいことを思い出した。
「ああ、でも世界で一番分かりやすい誠意でしたら受け取ってもいいですが?」
「なんだよ」
「 DO ☆ GE ☆ ZA 」
「白羽」
「はいですわ」
号令を出すと同時に、白羽は白い弾丸のごとく駆け出してウロボロスに斬りかかる。たとえウロボロスに万物を退ける堅牢な鱗があっても、「斬るべきものを斬る」ことに特化した白羽相手はさすがに分が悪かったらしい。「ちょお!? いきなり何なんですか!?」と悲鳴を上げ、とっさに取り出した金色の大剣を刺身にされながら遠ざかっていく。
「さて……」
それを確認した羽黒は表情を改める。
努めて冷や汗を垂らし、焦燥にかられた声音をもって気を失っている赤毛の少女の肩を揺さぶった。
「おい! おい大丈夫か!」
「……ふぇ?」
「ああ、よかった! 気付いたんだな!」
多少オーバー気味に安堵のため息をこぼし、少女の顔を覗き込む。
「んにゅ……? おじさんだぁれ?」
「おじ――いや、まあいい。とにかく、ここは危険だ。いったん離れるぞ」
「え? わわっ」
言うと羽黒は少女を抱き上げ。白羽とウロボロスの先頭地点から離れた岩陰へ身を隠す。
つーか軽っ、なんだこの嬢ちゃん肉詰まってんの? などと考えながら、脳内で組み立てていたシナリオを口にする。
「嬢ちゃん覚えてないのか? あんた、あの金髪の蛇の化け物に襲われてたんだ」
「え? えーっと、そうだったかなあ……?」
「ショックで記憶が飛んでんのか……まあ、あんな凶悪な魔物に襲われたら仕方ない……」
心底同情するような口ぶりで少女の心配をする羽黒。
今この場に突っ込みを入れる存在はいないのだ。
「大丈夫だ、今俺の妹――あの白いほうが蛇を追っ払うから」
パチン。
少女に感づかれないよう、羽黒は小さく指を弾く。
するとウロボロスの頭部の魔法陣――どついた時と頭突きをかました時に仕込んでいた――が発動し、「んにょわあああああっ!?」とサイレンのような悲鳴を上げながら空の彼方へと飛んで行った。ごく簡易的な浮遊魔術の応用である。少し前に知り合った本屋さんから買った本に書いていた。
「わー! すごい! あの白い子つよいね!」
「そうだろう、ああ見えて強いんだ」
無邪気にキャッキャとテンションを上げる赤毛の少女。その様子に満足していると、なんか釈然としない表情を浮かべた白羽がこちらに近づいてきた。
「えっと……あれで良かったんですの?」
「ああ、パーフェクトだ。後で思う存分遊んでやる」
「……あは♪」
ちょっと納得できなかったが、大好きな兄の「遊んでやる」の一言に機嫌を良くした白羽はにぱっと愛らしく笑った。
「わたし、フージュっていうの! 魔法士だよ!」
と、赤毛の少女が聞かれてもいないのに自己紹介を始めた。
一応は魔術に精通する者として、しょっぱな名前を明かすとか有り得ない――羽黒クラスの有名人であれば偽名も無意味だが。一瞬そう思ったが、そういえば以前、この少女の保護者から、魔法士には協会に登録する名がありそれを名乗ると聞いた気がする。何にせよ、あっさりと身分を明かす辺り、保護者の胃が心配になる優秀な生徒のようだ。
「そうかそうか、フージュ」
「なぁに?」
「お前、アレだろ。ノワールが面倒見てるって噂の子だろ」
「えっ、おじさん、ノワを知ってるの!?」
「……お兄さんだ。こう見えて俺は奴に刀の使い方を教えていた、言わば先生だったんだ。弟子のことは自分から離れた後も気に掛けるもんさ」
「せんせい……? えっと、マスターとおんなじ意味だっけ?」
「フージュが言う『マスター』があの道化のことなら、まあだいたい同じ意味だな」
「んー、でも私、ノワから他にもマスターがいるって聞いたことないよ?」
「はっはっは、奴は案外恥ずかしがり屋だからな。誰かに教えを乞うて陰ながら努力することを自分から言い振らんさ」
「そう言えばそうかも!」
あっはっはと笑う羽黒とフージュ。それを傍から見ていた白羽は「よくまあこんな幼児相手にそんなに事実を自分の都合のいいように言い換えられますわね……」と自分の実兄ながら呆れていた。口にも表情にも出しはしなかったが。
「それでおじさん!」
「おじさんじゃねえ」
「だってお名前知らないもん!」
「妙高だ。で、こっちが妹の白露」
「……あー、白露ですわ。よろしくお願いします、フージュさん」
しれっと自分は偽名を名乗った兄に何とか対応し、白羽は恭しくワンピースの裾をつまんで挨拶した。
「ミョーコーさんとシラツユちゃんだね! よろしく!」
「おう、よろしくな」
「それでミョーコーさんはこの島に何しに来たの?」
「ああ、実はノワールの助っ人として呼ばれたんだ」
「んん? 助っ人……? 私、それも聞いてないよ……?」
「何せ超が付くほどの極秘任務だ。慎重なノワールのことだ、自分以外には知らせてないだろうぜ」
「そ、そうなんだ……ねえ、それって私も知っちゃって大丈夫かな……?」
神妙な面持ちで尋ねてくるフージュ。自分の保護者が計画や作戦を邪魔されると不機嫌になることは知っているのだろう。子供ながらに親の雰囲気には敏感らしい。
羽黒はフージュの不安を払拭するように、やや大げさにリアクションをとりながら話を進める。
「なぁに、心配するな! 確かに俺とフージュが出会うことは奴にとっては計算外だっただろうが、奴の計算以上の成果を出してやればいいだけの話だ!」
「えっと、どういうこと?」
「これからの作戦の概要なんだがな、1『俺が島の中央で暴れまくる』、2『その間に白露が敵の幹部を倒す』、3『その間にノワールが色々調べる』、4『最後に親玉を倒す』って感じだったんだがな」
「ふんふん!」
羽黒の作戦にフージュは真剣に相槌を打つ。その作戦にはもう色々と突っ込むべきところがあある、というか突っ込みどころしかないという点を白羽は無表情でスルーする。なんかもうこのお子様が納得してるならそれでいいや。
「非常に惜しいことに、俺たちはその幹部の顔を知らんのだよ。だからそれっぽい強そうな敵を手当たり次第に倒していかなきゃいけないんだが……」
「!!! それなら私会ったことあるよ!」
「なに! そうなのかフージュ!」
「うん! 私、せんにゅーちょうさ中だったからね! なんかえらそーな女の人? 人じゃないけど、人っぽい人だったよ!」
「おお、そうかそうか! これなら作戦完了も目前だな! フージュ君!」
「はい!」
「君に特別極秘ミッションを与える!」
「なんですかミョーコーさん!」
「白露と一緒に敵の幹部を倒してきてくれないか!」
「ふふっ、おまかせください!」
びしっとフージュは敬礼し、「特別」「極秘」という単語に胸を躍らせながら目をキラッキラさせていた。対して白羽は「もうどうにでもなーれ」と能面のような表情を浮かべている。
「詳しいことは白露に教えておくから、あとは彼女の指示に従ってくれ」
「うん、わかった!」
「はあ……いえ、別に白……露は構いませんが。……ちなみに羽黒お兄様? 作戦とは?」
フージュには聞こえない小さな声で羽黒に耳打ちすると、羽黒は至極真面目な顔でこう答えた。
「お前、この嬢ちゃんと一緒に暴れまわってこい」
「結局白羽たちも陽動要因ですの!? 呪いの魔導書はさっき飛んでったウロボロスさんに任せるとしても、トドメをあの腹黒男に持っていかれるのはなんか癪ですわ!?」
「まあ、そんなにすんなり事が運べば最速なんだがな」
それじゃあ面白くない、と羽黒は笑みを浮かべる。
おもちゃ箱を前にした子供のような笑みだが、それが悪意100%で形成されていることは白羽は十分に承知している。またぞろろくでもないことを考えているらしいが、姉がこのような表情を浮かべる時と違い、この兄がこの顔をするときの作戦成功率は――尋常でなく高い。
はあ、と白羽は溜息を吐く。
「まあいいですわ。白羽としては、強そうな幹部連中と戦えそうなので今からワクワクが止まらないですわ!」
白羽もまた愛らしく、狂気を秘めた笑みを静かに浮かべたところで羽黒はパンと手を叩く。
「よし、作戦開始だ! 白露隊員、フージュ隊員! あとは任せたぞ!」
「「おー!」ですわ」
ダッ
紅白のお子様コンビが瞬間移動級の速度で駆け出す。羽黒の視力をしてその背中は既に捉えられないほど遠くまで離れていったのを確認し、羽黒は「さて」と笑みを引っ込める。
否、口角は抑えきれずに上を向いている。
ついさっき思いついた作戦が楽しみで楽しみで仕方がない。
「相手はネクロマンサーの最上位のリッチだ……万が一、億が一、何かあった時のために持ってきていたが……くくっ、くふふ……」
我慢できず笑い声をこぼしながら、羽黒は懐から一つの瓶を取り出した。
瓶の口を開け、努めて腕を覆う龍鱗の一部を薄くする。そして無言で顕現させた柄も鍔もない鋭利な太刀を掠めさせ、掠り傷を作る。
たらりと、一滴の血液が零れ落ちる。
その血に宿る力によってすぐに傷が塞がり始めた。完全に治癒する前に羽黒は指先で血を掬い取り、瓶の中に入れて封する。
瞬間、一滴の血液はまるでそのものが生きているかのようにゴポゴポと音を立てて泡立ち、脈打ちながらその嵩を増し、瞬く間に小瓶を満たす。
羽黒はそれを虚空に向かって放り投げ、虚空がその便を受け取る。
「刀に仕込んどけ。隙は俺たちが作る。掠り傷で構わん、一太刀浴びせろ。できるだろ?」
「適任だな。コレが何なのかは聞かないでおくわ」
虚空が答え、瓶を懐にしまった。
瓶の中――鼓動する血液の中に、一本の長い銀髪が浮かんでいた。