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無黒語  作者: 吾桜紫苑&山大&夙多史
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Noir-04 規格外の赤

「はー……はー……」

 穏やかな風が吹き流れる砂浜。

 しかし、今やかつての美しい景観など微塵も残っていなかった。あちこちが大きく抉れ、岩がひっくり返り、さながら荒野の様相を呈している。

「はー……はあっ……」

 まるでハリケーンが通り過ぎた跡地のような場の中心で、白羽が肩で大きく息をしていた。両手に持つ美しい白刃の刀が、細かに揺れている。

「はあ、はあ……くっ」

 がくりと、白羽の膝が折れる。項垂れた幼い顔に、名前と同じ真白い髪が覆い隠す。

「わーい、わたしのかちー!」

「む……無念ですわ……!」

 万歳してはしゃぐ赤い少女を前に、白羽は絞り出すように己の敗北を認めた。

 怪我1つない白羽だが、もはや立ち上がることは敵わないほど体が重怠い。呼吸する度に喉がひゅうひゅうと鳴り、心臓がどくどくと煩く走っている。

 ようするに、体力切れで動けなくなってしまった白羽であった。

「まさかこんな子どもに体力負けするなんて……!」

「わたし子どもじゃないもん! あなたより年上だもん!」

 なんか戯言を言いだした赤い少女を無視する。確かに背は白羽よりやや大きいが、それでも小学生、どんな幼顔でも中学生の域は超えないだろう。ホムンクルスの体力を超えるような年齢には見えない。

 というかそもそも、「寒戸」を行使した高速戦闘に身体強化1つで渡り合うという時点で化け物じみている。しかも白羽はガス欠だのに、赤い少女はまだまだ元気そうだ。何これ怖い。

「そもそも……何なのですの、この子……」

 白羽は、未だにはしゃいでいる少女を見やる。両手に双刀を握っていることを除けば、本当にただはしゃいでいる子どもだ。楽しげにぴょんぴょんと跳ね、輝かんばかりの笑顔を晒している。

 今の今まで、殺意剥き出しの白羽と斬り合っていたにもかかわらず。

 そもそも、切り結んでいた間も、少女に殺意は欠片もなかった。ただただ白羽の攻撃を受け、躱して斬り返し、喚んだ刀剣は全て切り刻んだ。……その間、一切の敵意殺意を向けないまま。

「おかしいですわよ」

 瀧宮の様に命をかけた闘いを楽しむわけでもなく。穂波の様に武器の使用を愉しむわけでもなく。ひたすらに「普通」にはしゃぎ、刀を振るうという異質さは、白羽には俄に信じがたいものだ。

 何より。

「こんな気の抜けた子どもに……白羽が負けるなど! 屈辱ですわ!」

「だからー! 子どもじゃないもん!」

 心からの叫びに、少女がぷっくりと頬を膨らませた。どう見ても子どもじゃないか、ふざけるな。

 内心で悪態をつく白羽に気付くことなく、少女がこてんと首を傾げて白羽に声をかけてきた。

「ねーねー」

「何ですの?」

「この後、どうすれば良いのかな?」

「……は?」

 今、何言った。

「だってー、私ノワに人は殺すなって言われてるんだよ? 「黙らせろ」って言われて来たけど、そういえばどうやったら、だまらせたことになるんだろう?」

「……敵を目の前に情報をダダ流して相談する馬鹿、白羽初めて見ましたわ」

 つるっと本音を漏らした白羽にぷくっとむくれて、少女は手を振る。刀を握ったままなのが恐ろしい。

「だってー! 殺しちゃだめなのに、だまらせるってどーやるのー?」

「気絶させればいいのではありませんの?」

「え? それだと、ちょっとしたら目がさめちゃうよね?」

「……それもそうですわね」

 二人して首を傾げる。

「んー、それとも斬っちゃっていいのかなー? 人間っぽいけど、人間じゃないなら、いいのかなー?」

「は?」

「ほむんくるす? って、魔物あつかいで、いいのかな?」

 当たり前のように正体を看破する少女に、白羽の目が剣呑になった。気付かず、少女が続ける。

「でも、人間の魂がはいってるから、人間だよねー。マスターが、だいじなのは心だぞーって言ってたもん。じゃあ、斬っちゃったらノワに怒られるなー」

 うーん、と悩み始めた少女に、白羽が声をかけた。

「……貴方、何ものですの?」

「んー、じゃあ、とりあえず、つかまえればいいのかな?」

 問いかけを無視して出た結論に、白羽が咄嗟に身構えようとするより早く。

「はいはい、そこまでですよ」

 頭上から声と共に、凝集された魔力の塊が雨と降り注いだ。

「うわっ!?」

「なんですの!?」


「やっぱり忘れ去られてましたねえ」


 ふわりと高度を下ろしたのは、未だに背中に翼が生えたままのウロボロス。ペールブロンドの髪をたなびかせて浮遊するウロボロスの顔は、呆れ返っていた。白羽があっという顔をする。

「い、いやですわね、ウロボロスさん。白羽、忘れていたりなんかしませんでしてよ?」

「そーですか。ちなみにいつくらいまで覚えてました?」

「……」

「……」

「……あは♪」

「えーえー、どーせあたしなんかエアですよ孝一君ですよ。くすんくすん」


「てい」


「にょわああああ!?」

 白羽とのやり取り真っ最中に問答無用で斬りかかられたウロボロスは、悲鳴を上げながら間一髪で刀を避けた。

「何するんですか!? というか今このタイミングでシュバジュボゴオ! って現れたあたしに斬りかかるとか空気読めなさすぎますよ!」

「ウロボロスさんが先に攻撃してきたんですし、当然の流れでは?」

「あっ、そういや白羽さんを助けに来たんでした」

 ぽむと手を打つウロボロスに、白羽が真っ白な視線を向ける。ウロボロスはバッ! とあらぬ方向を向いた。

「さーていきましょうかね第2ラウンド!」

「あ、誤魔化しましたわ。……というより、上ですわ」

「上?」


「とうっ!」


「ほわっつ!?」

 空を飛ぶウロボロスよりも更に上空から、飛び降りるようにして斬りかかってきた少女に、ウロボロスは目を剥いた。慌てて叩き付けた魔力弾を少女が切り払う隙に距離を取る。

「何となくあからさまに白羽さんと扱いが違う気がするんですが!?」

「えー? だって、まものはころしていいんだよ?」

「ノット魔物! あたしは幻獣ですよ げ ん じゅ う ! リピートアフターミー!」

「げんじゅうでも、まものでも、人間じゃないならいいもん」

「またこの扱い……いーですよーだ」

 さらっとスルーされて涙を滝のように流しつつ、ウロボロスは更に高度を上げた。にまっと笑って、周囲に大量の魔力弾を浮かび上がらせる。

「どんなハイジャンプ決めようと、この幻獣界のイカロスと呼ばれたウロボロスさんに敵うなんておもわないよーに! 一方的にボッコボコにしてやりますよ!」

「なんだか太陽に焼け落ちそうな肩書きですわね……」

「ずるーい! わたしは空とべないのにー!」

 手を振り回して文句を言う少女に、ウロボロスは構わず攻撃を仕掛ける。

「ふはははは何とでも言いなさい! さあさあ龍殺しが来るまでに決着付けて「大遅刻でやんのぷーくすくすww」って言ってやろうじゃあーりませんか!」

「お兄様に喧嘩を売るのは白羽反対ですわ!? あとその戦い方だと白羽も巻き込まれるんじゃありませんの!?」

「あ、その場動かないでくださいねー白羽さん。うっかり焼け死んでも知りませんよ」

「白羽命の危機ですわ!?」

 白羽が青醒めるのも構わず、ウロボロスが魔力弾を一斉に落とした。赤い少女目掛けたそれは、雑魚幻獣なら掠っただけでも消し飛ぶほどの威力を持つが。


「もうっ、じゃまー!」


 銀線が奔り、全ての魔力弾が少女の舞い踊るような刀捌きに切りおとされた。

「こーなったら、こうだー!」

 きっと眉を上げて、少女が手を翳す。少女の身から、ゆらゆらと魔力が零れ出す。

「魔術ですの!?」

「それにしちゃなんか変な気がしますがね!」

 白羽に応えつつ、ウロボロスが身構えた。少女が放出している魔力量は尋常じゃない量だ。その辺の魔術師では相手にもならないだろう程の魔力を、無造作に練り上げている。

 今にもとんでもない威力の魔術が、巨大な火球へと変わり、ウロボロスへと——

「えいっ!」

 ——は飛ばず、10メートル以上も離れた所を通り過ぎて、島のどこかへ着弾した。

「…………」

「…………」

 何とも言えない顔になる白羽とウロボロス。

「なんですか今の? ノーコンでしたけど腐れ火竜並の火力じゃあないですか。性質は違いますが」

 その辺の魔術師が、しかもこんな幼い少女が、ドラゴン族にも匹敵する魔術をぶっ放すなんて常識的にあり得ない。天才と言われたウロボロスの契約者とて順当に成長していたとしてもここまで規格外にはならなかっただろう。

「うー、はずしたー。もう1回!」

 悔しげに言いながら、少女がまたも魔術の火球を放つ。

 魔術は、やはり明後日の方向へ飛んでいって、また島の向こう側へと着弾する。なんだか物凄い悲鳴が聞こえた気がするが、気のせいだろう。流石にここまで声が届くとは思えない。

「あれー、おかしいなー」

 首を傾げる少女を見て、白羽とウロボロスは顔を見合わせて頷く。

「ウロボロスさん、このまま自滅させましょう!」

「同感ですね! もう細かいことはどうでもいいです! この調子で島とついでにあの口だけ男を消し飛ばしてくれれば言うことナッシングです!」

「あは♪ それ素敵ですわ!」

 満面の笑みを浮かべて頷き合った2人は、ぐるんと振り返って少女ににたにたと笑って見せた。

「ふふん、そーんなへっぽこ魔術があたしに当たると思いましたか? ぷぷぷお笑いぐさですね! さあさあよく狙って当ててみせなさい!」

「むー、ばかにするなー!」

 物凄くチョロく釣れた少女を上手く煽りながら、ウロボロスは延々と少女の周りを飛び交い、主に島の反対側目掛けて魔法を使わせていった。

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