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囚われ姫の物語  作者: 亜滝紅羽
『unknown』
9/11

ー『二の国』ー

ゴォォォ…


空中を泳ぐ鉄の塊。華やかなパレードと、鳴り響く銃声の嵐。


「すごいなぁ…」

「だろう?『二の国』の軍事パレードはいつ見ても圧巻だ」


グレイに連れられてやって来た『二の国』では、『西の国』以上の軍人が肩を並べて一糸乱れぬ隊列を作っている。

目を輝かせるローゼリッテの頭をくしゃりと撫でると、グレイはとても嬉しそうに『二の国』の軍紀がいかに素晴らしいかを語った。いつもは偉そうなのに、何だか子どもみたいだと思ったことは言わないでおく。

いや、実は案外子どもなのだ。この総統サマは。

それが自分にだけ向けられていることはローゼリッテは知らない。けれど、まぁ、お互い痛み分けをした相手なのだからフランクに接せられるのは少し楽しいような気もした。


「デートに行かないか」


と言われた時には面食らったが、こういうデートなら何度だって大賛成だ。

ただ誘い方がわけわかんないとは思うが。デートならもっと他にいい相手がいるだろう。グレイをはじめ、幹部の人間たちが女性に人気があるのをローゼリッテはリセハから聞いている。

それに、別にふたりきりと言うわけではない。主治医のリドルと、パレードが見たいと騒いでいたピュールも一緒だ。今は二人揃って仕事に出掛けているが、また戻ってくる。

それでも、グレイにとってはデートになるのだろうか。

変なやつ。

昔からこうだったのかな。そりゃあさぞかし前の私は手を焼いたことだろう。

じっとグレイを見ていると、それに気付いたグレイが視線を寄越してきた。思わずぱっと視線を逸らした先の海で、丸い潜水ポッドのようなものを見つけて、思わずぐっとテンションが上がる。


「いい趣味してんな、『二の国』…」

「まぁ、俺とお前の故郷だからな」


そう零すグレイの横顔が、ふと、いつかの誰かに重なったような気がして。


「……そっか」


それ以上言葉を紡ぐことができなくて、かしゃりと柵にもたれかかった。


――見下ろす光景は、やっぱり見覚えがないけれど。






リドルが『二の国』の外交官を連れて帰ってくると、『二の国』の外交官は嬉しそうに頬を上気させて手を差し出してきた。

思わずその手をとって頭を下げると、今度はハグをされる。驚いた。固まってしまうローゼリッテに苦笑いして、グレイとリドルが顔を見合わせる。


「良かった、無事で…!」

「おいおっさん。児ポにひっかかるぞ」

「おっさん言うな!」


……そう言えば、他の人にハグされてるのにグレイもリドルも何も言わないな。


ちらりとふたりを見ると、視線の意味に気付いたふたりが小さく肩を竦めた。曰く、入隊したときの最初の上司だったらしい。


「にーさんにーさんって、ローゼリッテすごく懐いてたよな」

「それから上官のあだ名が兄さんになったんだよな」


うんうんと頷きながらリドルとグレイが昔語りをする。


「にーさん…?」

「なっつかしいなー。いや、もっと小さかったけどな」

「そりゃそうだろ。入隊したのなんか10歳だぞ」


そう言えば、グレイがそんなことを言っていた。5歳で軍人を志し、10歳で入隊したと。

それに付き合った自分も大概だと思うが、一番大概なのは発案者のグレイだ。

知れば知るほどわけ分かんないやつだなぁと思うと同時に、確かに彼について行くのは面白そうだとも思った。――当時の自分が、何を思ってついて行ったのかは知らないけれど。


「なぁ、ちょっと話さないか?ローゼリッテ」

「え……と」

「構わん。兄さん、俺たちはピュールを拾ったあと会議があるから任せたぞ」

「分かった」


グレイがひらりと手を振り、リドルがにこりと微笑む。

任せた、なんて守られるように言われるのは心外だ。けれど、ここはかつての敵国だしそう言われるのも当然かもしれない。

そう思ってローゼリッテが頷くと、ふたりはピュールを探すために歩き始めた。遠くなっていく背中を眺めながら、何となく、寂しく思うのは甘やかされ過ぎたせいかもしれない。


「とりあえず、俺の部屋行くか」

「……ん」


それは絶対に口には出せないけれど。

子ども扱いして欲しくないのに、結局自分は子どもだ。それが悔しくて情けなくて、ぎゅっと手のひらを握りしめる。

それに気付いたジョージが、ふ、とローゼリッテには気付かれないように薄く微笑んだ。


「お前は本当にグレイが好きだなぁ」


そして頭を撫でられ、思わずローゼリッテは「はぁ!?」と肩を強張らせた。


「違う!私はただアイツに子ども扱いされたくないだけで!」

「はいはい。おにーさんは知ってるぞー」

「だから、違う!…っそもそも、私はアイツのことなんか知らないし…っ」


――そう。


知らないのだ。何も。憶えていない。


断片的に思い出すことはあっても、それが線として繋がることはない。途切れ途切れの記憶の欠片は、いくら探したって見つかりっこない。


思い出したい。

知りたい。


その願望は、ここへ来てからずっと持ち続けているのに。

見つからない。分からない。どう探せばいいのかも、どう聞けばいいのかも。


だって、聞きたくないんだ。


知らない私のことなんて。アイツらの口からなんて聞きたくない。


否定されているみたいで、怖い。今の私じゃないんだって言い聞かせられてるみたいで。


そんなことないって、分かってるのに。

怖いのは、私のせいなのに。私が作り上げているのに。


「……ローゼリッテ」

「………っ」

「そうだなぁ。お前、まだ4年しか生きてないもんな」


ぎゅっと抱きしめられ、その体温にささくれだった心が落ち着いていくのが分かる。

髪を梳かれ、背中を叩かれ、まるで子供をあやすような行為だ。それでもずっとずっと安心して、縋るようにローゼリッテもジョージの背中に腕を回した。


「…なぁ、そういえば。俺、潜水艦のキー持ってるんだけど」

「………」

「ちょっと遊びに行くか?」


ちゃらりと耳元で鍵が擦れる音がして、ローゼリッテは顔を上げる。

そしてゆっくりと頷くと、ジョージはローゼリッテの手を引いて歩き出した。





潜水艦の中は思ったよりも広くて、ふたりがけの席が置いてあった。

円形の形が面白い。きょろきょろと視線を彷徨わせていると、ひょいっと操縦席に座らされジョージがどうぞ、と鍵を差し出してくる。


「…いいの?」

「ローゼリッテのが上手いだろ」


上官というくらいだから、少しくらい何かあっても対処できる立場にあるらしい。

ならば遠慮なく鍵を受け取ると、ポッドを起動させた。伝わってくる振動が、エンジン音が、ふつふつと好奇心を湧き上がらせる。


「…お前は機械修理屋のひとり娘でなぁ」


嬉しそうなローゼリッテを眺めながら、ジョージが何気なく口を開く。


「グレイは隣の政治家のひとり息子だった。赤ん坊のころからよく遊んでたんだって親父さんから聞いてたぞ」

「……え」

「…お前の親父さんも、グレイの親父さんも10歳の時戦火に巻き込まれて亡くなったけどな」

「――…」


海の底で、誰にも聞こえない場所で、ジョージがまるで物語でも読むように訥々と続ける。


「相棒で親友で戦友で好敵手。そんなこと言ってたなぁ。ふたりとも反抗期で、でも一緒に寝るのは譲らなくて可愛かったなぁ」

「……幼馴染、って…」

「まぁ、どっちかって言うとグレイの方が離れなかった気もするけど」


――それは、違う。


違うと思った。私の方が必死だった。追いつけなくて、追いつかなきゃと必死で。


「リドルは途中から俺の隊に入って来た。寝るのが3人になったかと思えば、ヤマトが入って来て。そんで子どもだけで小隊を作ってみるかって話になって、グレイが隊長に任命されたんだよ」

「…私は副隊長」

「そうそう。そこで新しく入ったメロウとピュールの悪ガキと、シュウがよーく喧嘩してたなぁ。ザラはお前に懐いてて俺達の言う事なんかまるっと無視だった」

「…なんか、御伽噺みたいだな」

「そんないいもんかな」


確かに、とローゼリッテが笑みを零す。

確かに、そうかもしれない。当たり前に生きて、当たり前に大事な人がいて、当たり前に仲間がいた。

それだけの話。


「なぁローゼリッテ」

「何?」

「昔のお前みたいにならなくていいんだぞ」


ぽんと頭に手を置かれ、次いで頬を撫でられてくすぐったさに目を細める。


「確かにお前はここにいた。そして生きてた。…でも、今生きてんのはお前だろ」

「………」

「御伽噺と言うなら、最後はハッピーエンドにしないと勿体ないぞ」


苦しんできた分、それ相応に。


それは言わずに置いて、ジョージはローゼリッテから視線を逸らす。窓の外は海。海の底に沈んだ可愛い元部下の心は、きっと本人にしか引き上げられない。

でも、引き上げなくたって。

生に正しいことはない。正しさなんてあったら個性なんていらない。

ローゼリッテはローゼリッテのままでいい。抜け落ちた記憶と、4年分の生でいい。


そこから進めていくのは、結局は自分自身。


「兄さん」


声をかけられて、ふと視線を向けるとローゼリッテが眉をハの字に曲げて困ったように笑っていた。


「…ありがと」


どういたしまして、の代わりに。

微笑み返すと、ローゼリッテもぎこちなく微笑んだ。





「ロゼッタ!あれが最新の軍艦、『ピュール三世』だぞ!」

「へー」

「脆弱だな」

「沈んだな」

「お前らには言ってねぇわ!」


潜水艦から上がるとグレイ達が迎えに来ており、ジョージとは一旦分かれることになった。

もう少し話をしたかったが、仕方ない。ピュールに手を引かれながら軍事基地を歩いていると、海軍の管轄区域まで来てしまったようだ。艦隊の名前を教えられながら歩くのは社会見学のようだが、ローゼリッテもそれなりに楽しそうなのでグレイもリドルも特に止めようとはしなかった。


「お、独立国家の奴らじゃん」

「おい、ロゼー生きてたって聞いたぞ!」


テントの前を通ると、海軍の人間たちがローゼリッテに向かってひらひらと手を振ってきた。

どうやら昔の顔見知りのようだ。手を振り返すと、男たちはからりと笑うと口々に声をかける。


「そっちの国に飽きたらまた戻って来いよ」

「お前なら俺たちも大歓迎だぜ」

「はぁ!?それなら俺も行く!」

「お前はいいよ」


何でだよ!と叫ぶピュールがおかしくて、思わずふっと笑みが零れる。


「笑うなよ、ロゼッタ!」

「ピュールが面白いもん」

「あのなぁ、今は俺のが年上なんだぞ!」


ふにっと頬をつままれながらそんなことを言われても、全然怖くない。

まるで傍から見ればいちゃついているような光景に、グレイとリドルがさすがにべりっとふたりを引き剥がした。これは面白くない。リドルに手を引かれることになったローゼリッテは、海岸沿いを歩きながらその背中を見上げる。


「リドルも、幼馴染だったんだな」

「お、そうそう。一緒に寝てたんだよ、俺ら」

「ふーん…」


――うん。


怖くない。


もう、怖くなかった。私じゃない私の話を聞いても。

むしろ、何だかくすぐったくてむずがゆい。


「雑魚寝懐かしいなぁ」

「ピュールすぐ寝るから面白かったなぁー」

「起きないしな、お前」


懐かしい、と。

遠い目をする彼らと一緒には、思い出話は出来ない。

4年しか生きていないと、ジョージは言った。……そうかも知れないとも思った。産まれてから20年。身体は16歳。けれど、“私”はまだそんな年月には辿り着いてない。


『お前は本当にグレイが好きだなぁ』


「…私、グレイのこと、好きだよ」


けど。


間違いないと思う。たった数か月だけれど。彼らと生きた16年には程遠いけど、それだけは間違いないから。


動きを止めたグレイ達を見上げて、…少しだけ慣れてきた笑顔をつくりながら。


「リドルも、ピュールも、好きだよ」


もう、過去の私と比べるのはやめよう。


いつか思い返してしまったら、自分が自分でなくなると思っていた。それが怖くて。捨てられるのが怖くて。――寂しくて。


でも、私は受け入れられたんだから。


この人たちに。この、ちょっと過保護で面倒な人たちに。


じゃあ、ちゃんと私も受け入れないと。


私が私を受け入れないと、そんなの――悲しいじゃないか。


「シュウも、ヤマトも、ザラも、メロウも、リールも私は好き。…好きだから」


ローゼリッテは、ふにゃりと微笑んだ。


「私、ここにいられて嬉しい」


言い終える前に、カシャカシャとリドルに連写された。

目をパチクリさせていると、がばりとピュールに抱き付かれ更にグレイにも抱きしめられる。


「うおおおお可愛いぃぃ!!」

「俺コレ待ち受けにしよー」

「リドル先生!俺にも送ってくれ!いや下さい!」


……過保護なのは相変わらずだなぁ。


はー、とため息をつきながら、よしよしとグレイとピュールの頭を撫でた。

綺麗な金色が、やっぱり懐かしいような気がして。

自分まで嬉しくなってしまったのは、きっと、優しい思い出のせいに違いない。





――帰宅後。


「俺もうコレ毎日拝むわ」


優しいリドルの手により全員に極秘送信されたローゼリッテの笑顔は、それぞれの携帯端末に厳重に保護され。

拝むもの、崩れ落ちるもの、涙を流すもの、と反応は様々だったが全員一様に思ったことは一つ。


(絶対俺のものにするからな)


当のローゼリッテはいつもの公園で小隊たちとお母さま方が作ったクッキーを食べながら、


「私もジョージ隊長みたいにお前らをしっかり育てるからな!」

「隊長かっこいー」


幹部たちの思惑にはこれっぽっちも気付いていなかった。


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