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囚われ姫の物語  作者: 亜滝紅羽
『unknown』
8/11

ー少女と『ひよこ隊』ー

「んー…」


どうも、メロウです。

誰もいない食堂で紙面を前に睨めっこをすること、数分。

とんとんとペンで顎を叩いていたら、いつの間にか隣に来ていたロゼに紙面をひょいと奪われた。

あ、と言う間もなく、内容を隠す間もなく、その書類の題名を読み上げられる。


「『西の国対策』――…」


あ。ヤバァイ。


これは失態だ。確実に失態だ。グレイにバレたら怒られるどころじゃない。過激派のザラに知られたら粛清されるどころじゃない。


「あ、いや、えぇーと!?」

「………」


弁解を用意する暇もなく、ロゼがパラパラとページを捲っていく。

いやどうしよう。マジで。これで変なスイッチ刺激して帰りたいとか言われたらどうしよう。

ハラハラしながら見守っていたら、ぱさ、とロゼが書類を机に戻した。どういう反応が返ってくるのか恐る恐る待っていると、ロゼはくるりと俺の方を向くと、真っ直ぐな瞳をして、一言。


「やり直し」


「……あ、ハイ…」


その冷たい瞳にちょっとだけキュンとしたのは内緒の話だ。






「大体、正攻法で向かって行こって言うのがおかしい。裏の裏の裏をかいていかなきゃ死ぬぞ」


急遽開かれた『対・『西の国』対策会議』を取り仕切るのは、齢16歳(実年齢は20歳)のローゼリッテだ。

前に立つ少女をほのぼのとした微笑ましい目で見つめるものは今やひとりもいない。グレイすら真顔だ。いや言い方を間違ったか。間違ってないな。たまにちょっとにやけとるの俺は見逃さんぞ。


「今更入国規制するのも遅い。もう既にスパイはいる。そう思って間違いない」

「え、でもうちの国歴史浅いで?」

「『二の国』から独立した時、何人いた?」


口を挟む俺に、すぱりと切れ口の良いロゼの突っ込みが入る。


もちろん、覚えていない。恐らく20にも満たなかったと思うが、その家族、その友人を含むと気付けば増えて行っていたのは確かだ。


「まぁ、向こうの強さは薬物と人間兵器の2点に尽きるけど。そこが一番……」


ふと、ロゼが口を噤んだ。

何かを思い出したのか、だんだん蒼くなっていく顔色にがたがたと全員が立ち上がる。


「副隊長!?」

「副隊長、大丈夫ですか!?」

「邪魔!!」

「くそ、前出られへん!」


てかロゼ愛され過ぎやろ!!


俺たち幹部勢が前に出られずまごまごしていたら、その背中や頭を踏んづけて颯爽と前へ出ていく男が一人。


「ザラ!」

「おぅ、任せろ」


やだー、頼りになるー!


少女ポーズで喜んでいたら、突然、ザラが真横に吹っ飛んで帰ってきた。

くるりと一回転して壁に着地したザラは、む、と眉を潜ませてすたんと地面に降り立つ。そんなザラに視線を奪われているうちに、ロゼの周りの男たちが、全員一気に地に伏せた。


「――『西の国』で私より強いやつはいなかったけど、怪我はさせられたことはある」


パンパンと手を叩いて、ロゼが俺たちを見上げる。


「空想引っ提げる前に、現実的な打開策を。総統サン」


『無理な作戦立てる前に、出来ることから始めよう』


「…全員、異論は?」

「「ないでーす」」


あぁ、変わってないなぁ…。


可愛らしい一変、鬼軍曹へと変貌を遂げたロゼに、俺だけでなく幹部全員が嬉しそうにはいはいと手を挙げる。


「ほんとに分かってんの…?」


そうは言ってもなぁ、ロゼ。

お前用に仕立てた軍服が可愛くてにやけちゃうのは、お兄さんたち隠せないから許してね。





「副隊長も大変だね」


リールブッカーの授業の合間、休憩がてら街に出て公園へ向かうと、ショートカットの6歳くらいの少女がぶんぶんとこちらに手を振っていた。

とある交通事故でローゼリッテが救出した少女、名をリセハと言う可愛らしい子だ。縁あって祭りの時に世話になり、その後もこうして時間を見つけては会いに来ている。

20歳の幹部勢より、6歳の子といる方が落ち着くなんてとても言えない。言えないが、あの人たちはたまにこう…暴走するので、息抜きくらいしたいのだ。ずっと末っ子はさすがに疲れる。

それに、20歳と言われても自分に実感はない。

年齢の概念なんてよく分からない。…目が覚めた時には自分はこの体で、時計なんてあの場所にはなかった。それでも時計の読み方は知っていたから、体に染みついた年齢は20年分はあるのかもしれないが。


「私の言う事なんて聞いてないぞ、アイツら」

「副隊長威厳ないから」

「難しい言葉知ってるなぁ…」


そんなこんなで、時折こうしてリセハと公園で他愛もない話をしている。

時々近所の子どもが集まってきたりするが、別に構わない。賑やかなのは嫌いじゃないし、何より、子どもを見ていると何故か穏やかな気持ちになれるからだ。


「太ってみれば?おっきくて強そうに見えるよ」

「ザラがそうして欲しいみたいだけど、この身体代謝良すぎてそこまでは無理みたい」

「たいしゃ…?」

「例えば……」


がりがりと木の棒で線を引いて、リセハに分かりやすく説明する。

ふんふんと頷くリセハに話しながら、アイツらもこれくらい熱心に聞いてくれたらなぁと思う。いや無理だろうけど。二言目には「可愛い」だ。何か可愛いだアホか。


「つまり、副隊長は“オンナノテキ”だね」

「何で?」

「ママが言ってた」

「??」


今度ママさんに会ったら直接聞くか。


「そう言えば、副隊長ってもう副隊長じゃないんだよね…」

「ん?…そうだなぁ?」

「じゃあ今は何?」


何、と聞かれてもそれは私が教えて欲しい。


とはまさか子どもに言えず、うーん、と考えているとリセハが「あ!」と大きな声を出して手を打った。


「じゃあ、今度はわたしと隊を作って、副隊長は隊長に昇格!」


にこりと微笑むリセハがまるで世紀の発明でもしたように喜ぶから、ローゼリッテは何も言えずこくりと頷く事しか出来なかった。


隊長。


(……いや、アイツ今は総統サマだし。違う違う。義理立てする必要なんて…)


ぱっと浮かんだ顔をかき消すようにぶんぶん首を振っていたら、いつの間にか集まっていた子どもたちがわらわらと自分を取り囲んでいた。


「ローゼリッテ隊長!」

「リセハ副隊長!」


ぴよぴよと口々にそう言われれば、今更「やっぱり…」とは言えず、腹を括って立ち上がる。


「よし、総員!まずは公園を10周だ!」

『サーイエッサー!』


「ンン”ン……!!」


そんなローゼリッテとリセハたちの光景を、草葉の陰に隠れて萌え泣きしながら見守るメロウとシュウのふたり。

手にはしっかりハンドムービーが握られていた。





「小隊を作ったそうじゃないか、ロゼ」

「うん。結構楽しいよ」


顔を見れば楽しいことくらいすぐ分かるのだが、本人からその言葉が聞けて思わぬ収穫にヤマトもにへらと様相を崩す。


「どんなことしてんの?」


メロウやシュウから聞いた話だと、子どもたちと公園で可愛く遊んでるって話なんだけど…。


とは言わずにおいて、ヤマトがローゼリッテに尋ねる。ローゼリッテはんーと小さく零すと、指を折りながら、


「筋トレ、基礎体力、体術、チーム分けでの模擬戦、小銃の扱い方……」

「ちょっと待って」

「?」


その指を上から包むようにして止めると、ローゼリッテに不思議そうな顔できょとんとされた。


「途中からおかしい」

「そうか?模擬戦しとかないと実戦では使えないよ」

「いや、そうだけどそうじゃない。そうだけど、そうじゃない!」


大事なことなので2回言いました。


「あれー、何楽しそうなお話してんのー?」

「リドル」

「俺たちが話聞かなかったから!?ロゼ辛いことあるなら言ってくんない!?」

「落ち着けヤマト」


がくがくとヤマトに肩を揺すられ、目を回すローゼリッテをひょいっとリドルが救出する。


ん?


と。


リドルが首を傾げる。ぎゅうっと腰に腕を回すと、やっぱり、…元に戻っている。


「ローゼリッテ!」

「わ、何」

「運動しただろ!せっかく、せっかくちょーっとぷにっとし始めてたのに…!!」

「何だって!?」


中庭で話していたせいか、それともリドルが叫んだからか、次はピュールがひょっこりと現れた。


あ、嫌な予感。


――そしてそれは的中する。


「うわ、ほんとだ!ザラ発案の『ロゼぷにぷに計画』が!!」

「何だその計画!でも隠れて運動するなんて俺聞いてないぞロゼッタ!」

「子どもと運動してるんだって…」

「子どもと同じ運動量なんてやったらダメでしょ!お菓子食べなさい!」


「…………」


「まんまるにして部屋から出さないつもりだったのに…」

「てか、最近城の中いないなぁと思ったら街にいたのか!」


「…………」


反省しよう。


この前、確かに言った。自分が言った。



「…私は、ひとりじゃないほうが…いい」



と。


でも、そうじゃない。一層過保護になれとは言ってない。街にだってリールブッカーの許可を得て行っている。

訓練も『西の国』のスパイを想定してのことだ。この人たちは知らない。あの国が子どもなぞ子どもと思っていないことを。


「……私は、“お人形”じゃない」


誰に言われたか。


“お人形”だと。“殺人人形”だと。“操り人形”だと。


ここではそうじゃない。私は人間でいたい。保護されるべき捨て猫でも、赤子でも、――ましてや。


過去の遺残でも、ない。


「ちゃんと“私”を見て、言って」


そう、叫ぶはずだった言葉は、思ったよりも小さく零れ出た。 ついでに、ぼろぼろと涙まで。


何やってんだ。ちがう。ちがう。そうじゃ、なくて。


「―――…っ!」


ただ、認めて欲しかっただけだ。


子ども扱いじゃなくて。人間として。一人の軍人として。


役に立ちたかった。今だって、そう思ってるけど。


無我夢中で走って、どうすればいいのかなんて分かんなくて、ドアを壊す勢いで開いたのはザラの部屋だった。


「え?――ぐふぅ!」


何かを話す前に、思い切り体当たりをする。悔しい。ままならない体も。ままならない思考も。全部、全部、結局は自分のせいなのに。


「ろ、ロゼ…?」

「……っうるさい!何が『ロゼぷにぷに計画』だ!死ね!!」

「あ、ハイごめん」


あちゃー…バレたか。


とは思いつつ、どうやら泣いたらしいローゼリッテが真っ直ぐ自分のところへ来たことに思わずにやにやが止まらない。


「…撫でてもいいか?」

「………」

「ん。撫でる。ぽんぽんは?」

「死ね」

「分かった分かった」


過去の自分と現在の自分で、どうしようもない齟齬が産まれるのは初めから分かっていたことだ。


それでも、少しでも過去の自分のように振る舞いたかった。そうじゃないと分かっていても、それを望まれていないと分かっていても、…嫌だった。


寂しかった。


悔しかった。


「…初めて怒ったな、お前」

「はぁ!?」

「まぁ笑顔じゃないけど、上出来だ」


ちゅ。


赤くなったおでこに唇を落として、にぃ、とザラが口角を釣り上げる。

ローゼリッテがぽかんとしていたら、なくなったドアの向こうからばたばたと何人かの足音が聞こえてきた。あ。もう来たか。ちぇーと内心舌打ちしつつ、ひょいとローゼリッテを担ぎ上げてザラが入り口に向かって歩き出す。


「ちゃんと自分の口で怒っておいで。な」

「う、うん…?」

「がんばれよー」


首を傾げながらも音のする方へ走って行くローゼリッテを見送って、ザラは手を振った後、――数秒して、ずるずるとその場にしゃがみ込む。


それはもうローゼリッテにはとてもとても見せられないくらい、真っ赤な顔で。

たかがでこちゅーにこんな赤面するとか、もうほんと俺ローゼリッテのこと好きすぎて心臓破裂するわ。


「……16歳相手って、犯罪じゃなかったよな…?」


戦果は上々。一歩リードもいいところ。


とりあえず小さくガッツポーズを決めながら、ローゼリッテが、上手に怒れるようにと願いをかけておいた。





草の陰から小石が投げ込まれる。

瞬間、少女は動いた。作戦開始の合図だ。


「全体、突撃!」

「イエッサー!」


隊列を整えて、敵の元へ。

相対すれば交戦開始。体格が不利でも、懐には入りやすい。そして急所の位置は把握済みだ。


「えっと…ここは戦場だっけ?」

「公園だよ」


俺の知ってる公園ってこんなだったかな…。


遊具は改造され、至る所に罠が張り巡らされ、遊ぶ子どもはイキイキと戦争をしている。


ヤマトが首を傾げていると、戦争に参加していたメロウはいつの間にか殺されていたらしい。すごすご帰ってくる大人に、ピュールがはーと深いため息をついた。


「おいロゼッタ。こんな面白いことしてるなら言ってくれよ!」

「……だって止められると思ったから」

「何で?」


きょとんと目を見張るピュールに代わって、ぽんぽんとリドルがローゼリッテの頭を撫でる。


「言って欲しいのは、またいなくなるのが俺らも怖いから。過保護になるのは、お前のことが好きだから。でも俺らも反省したから、ちゃんとひとりの時間も確保していいんだよ」

「…ごめん」

「まぁ、ひとりの時間とれたらの話だけどな~」


にんまりと笑うリドルに苦笑して、ローゼリッテも「そうだなぁ」と返す。


「これから忙しいぞ~」

「あ。シュウがリセハちゃんに撃たれた」

「シュウちゃぁ~ん…大人の威厳が…」

「ねぇよ、そんなもん」


(……『西の国』)


ぎゅっと拳を握りしめる。

それが、震えているからだと。……ローゼリッテは、まだ、気付かない。





そして。



「あの…『unknown』の少女ですが」

「ん?」

「強すぎてスパイでは倒せません」

「………『南の国』滅ぼしに行こうかね」


少女の危機を知らぬ間に遠ざけていたローゼリッテだった。


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