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囚われ姫の物語  作者: 亜滝紅羽
『unknown』
7/11

ー『過去の話』ー

――これは記憶の話。





人は、死ぬ。

いずれ死ぬ。それが今でなくても、先の話でも。

それが、今になっただけの話。

そして、誰かを守って死ねたなら、それは十分。花丸をもらえる成果だと自分では思っている。


「お目覚めかな、可哀想なリトルガール」


動かない顔をぐいと持ち上げられ、朧げな視界を動かすと見知らぬ服を着た男がいた。


いや、見知らぬ、訳がない。


『西の国』。『二の国』から遠く離れた、大国の軍服だ。

『二の国』と『南の国』の戦争の最中、突然現れたハイエナのような軍隊。だがハイエナは数が多く、壊滅は一瞬だった。『二の国』も、『南の国』も。

それでも、我が隊長は強かったが。

おしていた。はず、だった。

真後ろで隊が爆撃されるまでは。


一瞬の空隙。そして空爆の嵐。


咄嗟に、グレイとピュールを岩陰に押し込めることで精一杯だった。

足に感じた千切れそうな痛みも、それどころじゃなかった。隊の人間も、戦車も、やられた。


パラシュートを広げて、人影が、降りてくる。


咄嗟に、撃った。グレイとピュールもそれに続いていたのは覚えてる。

だがそんなものは結局、一時しのぎにしかならなくて。降りてきた男たちが、血の跡を見つけて近づいてきた男たちが、血に塗れた私の足を掴んだ。


「――~~!!」


痛みが、びりびりと脳天を貫く。

けれど、掴んだ男はグレイか、ピュールが何とかしてくれたらしく、すぐに手は振りほどかれた。ほっとしたのも束の間、今度は脊髄を無理矢理掴まれているような息苦しさに、がくりと全身の力が抜ける。

次に感じたのは、熱だった。


毒。


咄嗟に浮かんだのはその二文字だった。掴まれた時に何かを仕込まれたのだと。


「大丈夫か、ローゼリッテ」

「……っ」

「お、おい顔真っ赤だぞ!?」


駆け寄ってくるふたりに来るなと言いたくても、声すら出てこない。

当然首を振ることも出来ず、私はただただ呼吸を繰り返す事しか出来なかった。視界が朦朧としてくる。また誰かがやって来る音だけは良く聞こえるのに、血と硝煙の匂いだけは、研ぎ澄まされたように分かるのに。


「まだ生きてるやつがいたか」

「おい、薬は?」


――くすり。


まずは傷を。おいガキじゃねぇか。こんなのすぐ死んじまうだろ。いいじゃん殺そうぜ。


うるさい。頭が痛い。声が響く。頭が痛い。


足は。


もう、痛くない。


「グレイ」

「何だ」

「逃げろ。国のために」


一言。


言うと、私は多分、敵の中に突っ込んでいった。

そのまま倒せてハッピーエンド、なら良かったけれど。結果は見ての通り。私は捕まって、情けなくも生かされて、ついでに見知らぬ男ににやにやと下卑た笑みを浮かべられている。


「いやぁ。仲間のために身を投げうつ。簡単に出来た真似じゃないね」

「…何が言いたい」

「貴重なサンプルをどうも、といったところだ」


――サンプル。


実験台の、と続くのが正解だろうか。


よし、殺そう。


す、と目を細めて相手の動向を伺えば、男は特に警戒する様子もなく私の頬にひたひたと触れてくる。

その手が異様に冷たくて、背筋がぞわりとした。良く分からない、妙な恐怖心が身体を襲う。


止めた方がいいと。この男に逆らうなと、私の本能がそう告げている。


「そう言えば、君の仲間だが…」

「……!」

「目の色が変わったね。若い若い」


にこり、と微笑まれても、私の警戒心は全く拭えない。むしろ、得体のしれない男の口から出たその単語に一種焦りのようなものを覚える。


「……取り引きをしようじゃないか」


取り引きというのは、基本的に、平等に行われるものじゃないのか。


思ってはいても、口には出せなかった。それを反故にされることを恐れた。私は死んでも、アイツらに死なれるのは困る。

それが分かっているのか。男は、やはり楽しそうに口元を歪ませたまま、私の鼻先にぴたりと指先を押し当てた。


「君が死ねば、仲間を殺す」

「は……?」

「君が生を諦めた時が、君の仲間の死に時だ。子どもとは言え、ひとりで死ぬのは嫌だろう?」


……何を、言ってるんだ、コイツは。


気が触れたのか。いや、もともと気が触れているのか。


怪訝そうな顔をする私の腕を引いて、男は歩き出す。引きずられるような私の身体を、後ろから、別の男が支えた。


逃げないと。


――逃げなきゃ。


なのに、動けない。動かない足。軽い筋弛緩剤のようなものを打たれていたのか、なんてようやく頭が回った頃には、男は、一枚のドアの前で足を止めた。

私を支える男も足を止める。良く分からない。取り引きの条件も。とにかく体が動きにくい。それに、何で、――私はまともに縛られてないんだろう?


「取り引きの成立は相対条件が必須だ。――では、君がもし生きられれば」


ゆっくりと、ドアが開いた。


どん、と背中を押される。振り向くより先に、またゆっくりとドアが閉まって――


「死なない体をあげよう」


男の声は聞こえなかった。


代わりに、聞こえてくるのは、


「お、初物か」

「おい、今回は俺に譲れよー!」

「領主様、死なない程度って聞いてますけどどうします?」


「道具として使えるようにしておけ」


「―――っ!!」


思い切りドアを叩こうにも、力の入らない腕では、縋っているようなものと同じで。

いやきっと、縋っていた。


怖い。怖い。死んだほうがましだ。


待って。いやだ。


これは、いやだ。怖い。誰か、グレイ、助けて!


「いやっ…やだ!やだ!!」


「おい、医者の用意は?」

「終わるころには用意できています」


「グレイ!グレイ助けて!!やだ…――!!」


「その後は?」

「豚小屋にぶち込んでおけ」

「分かりました」





どさり、と鈍い音がした。

それが自分の身体から聴こえて来るものだと分からずに、呼吸をすることも忘れて、周囲の音に勝手に耳が澄んでいく。


「だ、大丈夫?お姉ちゃん」


身体を揺すられ、うっすらを目を開くと、そこにはまだ10歳くらいの少女がいた。

首元のドッグタグが揺れている。『35』と打たれた数字。

見上げると、少女がふわりと小首を傾げる。


「あ、…もうみんなのご飯の時間だ。お姉ちゃん、こっち」


突然少女に腕を引かれ、訳も分からないまま少女の後ろを着いていった。

その瞬間、ジリリリ、とけたたましい音が響き渡る。


「食事だー!!」

「俺のだ、どけ!」

「うるせぇ!!」


次いで、人の怒号。

思わず耳を塞ぐと、少女がくすくすと笑っていた。何故笑われたのか分からずに首を傾げると、少女はこちらのドッグタグをちょんと指さす。


「10番下ね」


見下ろすと、確かに、自分にもそれがついていて。


思い、出した。


突然、真っ青になる自分に驚いたのか、少女がそっと自分に手を伸ばす。その小さな手が触れるより、一寸前。少女の腕が兵士によって引き上げられ、自分も、その隣の男に腕を引かれた。

当たり前のように足が竦む。

けれど、どうしてか。

兵士に手を引かれた少女は、どうしてか。


笑っていた。





あのドアの前で別れた少女は、「今から私もご飯の時間なの」と、年相応の笑顔でスキップでもするようにドアの向こうへと消えていった。

兵士は語る。


「壊れた人形は人間には戻らねぇよなぁ」


と。


人形。…果たして、少女は人形か。

触れる手は温かかった。笑顔は作られたようなものではなかった。

ただ、壊れた、という部分にはひどく納得したが。


「で、アンタは?――いつ死ぬ?」


その問いは恐ろしく無機質で、恐ろしく単純な問いだ。


自分が死ねば。


分からない。グレイが捕まるなんてへまはしない。けれどもし。もしそうだったら。私が殺したことになるんじゃないのか。

ひとりで死なせてくれたら。ひとりで死ねたら。一緒になんて望んでいなかった。それが誰でも。


「………」


だから、答えなかった。

もし、取り引きの条件が変えられて。

ひとりで死んでいいなら、今すぐにでも死んで差し上げるのに。


「さて、次は痛覚のテストをしよう」


人体実験の片棒を担いでいる。


分かっている。それがいつか自分たちの国の首を絞めるかもしれないと。だったら死んで、お国のために、子どもの二人くらいいらないのだと。


分かっているのに。

こんなことしたって意味なんか、ないのに。


それでも、私はアイツらを殺したくなかった。







時間が経ち、恐らく日が経ち、少しずつ分かってきたことがある。


ひとつ。――『自分の名前が思い出せないこと』と。


ふたつ。――『少女のゆくえ』だ。


なまえを呼ばれる度に精神は摩耗し、逆らう必よう性が分からなくなった。

少女はどうやら、ぶたごやのエサになったらしい。かわいそうなまつろだね、とあの男は言っていた。


「君は食べたの?」

「………食べない」

「ふぅん。まだ君はまともだね」


まとも。


……まとも?


「……生きる資格…ない、のに」


ある兵士は語った。


『生きる資格のないやつに、生きる意味などない』


と。


だったら、自分にはないんじゃないのか。あの、たくさんの人に喜ばれる少女こそが、生きる資格があるんじゃないのか。


そう零した自分に、男は、あの時みたいにひたひたと頬に触れる。


あの時、が。


良く分からない。思い出そうとすると気持ち悪くて吐きそうだ。


「……生を諦めたね?」


男が、嬉しそうに、笑う。

その問いすらも、もう『No.45』には分からなかった。何を問われているのか。あの少女の微笑みの意味も。


少女を自分が殺したことも。

何のために毎日毎日繰り返し痛みを快楽を絶望を苦しみを悲しみを与えられていることも。


もう、どうでも、良かった。


「じゃあ、約束通り殺そうか」


そうして、カチリと男は道具の首元に所有物の証を嵌める。


「これからは私のために生きるんだよ。私の可愛い“お人形”」


男は笑った。


「可哀想な末路だね」


――少女の記憶は、そこで、途切れている。





必死、だった。


「足を狙え!ピュール!!」

「無理無理!!早い早い早い!!」


『二の国』から借りてきた軍は壊滅。

それもたった数人の手によって。


その中央に立つのは、赤い瞳。まだ幼さを残した身体。首元の太い首輪。


悪趣味だ。その昔、奪われて行った同胞が、悪魔になって帰ってくるなんて。


悪魔が構えているのは二丁のサブマシンガンだ。とにかくそれを奪わなければ勝ち目はない。あと死ぬ。どう足掻いても死ぬ。


「えいっ」


隣からメロウの気の抜けた声が聞こえてきて、ずっこけそうになった。

しかし、こけなくて正解だった。片足を撃たれて、赤い悪魔が一瞬怯む。


「うおおお今じゃああ!!」


その隙を見て、ピュールが思い切りタックルをかました。

遠慮のない一撃だ。悪魔が倒れる。

その隙に手を離れた銃を蹴り飛ばした。3人がかりならいける。メロウと一緒に飛び込んで、まずは目障りな首輪をナイフで叩きつけた。


がちゃり。


首輪が外れる。しめた、と思った矢先、どん、と背中に鈍い衝撃が奔った。


恐らく、悪魔の靴に仕込まれた忍び刀だ。


「グレイ!」

「いいから、足押さえてろ!」


痛い。普通にいってぇ。


けど、見つけた。ぜってぇ逃がすか。万が一、万が一にでも死ぬことがあったらお前も殺すしお前が死ぬなら俺も死んでやる。


だから。


「起きろ、――ローゼリッテ!!」


だから、全力でぶん殴った。


後で、ぶん殴られる覚悟込みで。






「………」


そっとドアを開けると、部屋の明かりはまだついていた。

静かに足を踏み入れる。すると部屋の主が今ようやく気付いたように、「夜這いか?」と聞いてくるから、「違う」とだけ端的に答えてぽすりとベッドに座り込んだ。


「……背中」

「背中?…あぁ、どこかの誰かさんの暴れた跡がどうした?」

「…毒でも仕込めば良かったなぁ」


拗ねたように顔を逸らすローゼリッテは、前のまま、というよりはどこか子どもっぽくて単純だ。

主にザラとかシュウとかのせいだが……うん、まぁ仕方ない。甘やかしている自覚は自分にもあるし、別に、このままでも構わないと言ったのは自分だ。

隣に座ると、少しだけ、警戒したように離れていくローゼリッテ。

可愛い。思わずふっと吹き出すと、分かりやすくむっと眉を顰めた。それも可愛いのは知っているんだろうか。


「…謝ってなかったと思って」

「謝罪ならいらん。戦争中の事故だ」

「でも、私はメロウに謝ってもらったからなぁ」


――なるほど、聞き捨てならん。


ローゼリッテが前だとこちらも子どもっぽくなってしまうのは承知の上だ。細い腕を引いて抱き寄せれば驚いた顔をされたので、噛みつくふりをすればドアの向こうからうさぎ型人形が飛んできた。


「おさわり禁止でーす」

「あ、ザラ」

「ロゼにひとりで行かすわけないだろ。今ロゼが一番頼りにしてんのは俺だ」

「……まぁ、否定はしないけど…」


戦闘訓練ほっぽらかして構いまくって(あと餌付けもしていた)結果がコレである。

本気を出したザラはやばい。誰か途中で止めろよ。止めさせるか。ぎりぎりとふたりが睨み合っていると、ドアの隙間からメロウがちょいちょいと手招きしているのを見つけてローゼリッテはそちらへ駆け寄っていく。


「どうしたの、メロウ。あ、ピュールも」

「ちょっと夜のお散歩行かん?もう熱ないんやろ?」

「星見に行こうぜ!」

「うん。あ、じゃあグレイ、ザラ。星見に行ってくる」

『待てぇ!!』


悪魔はなんてことはない。蓋を開けてみればただの子どもだった。


壊れたらまた治すから。

失くしたものはまた探せばいいから。

消されたものはまた作り直せばいいから。


あの時思ったことに嘘はない。それでいい。側にいてくれればいい。


(…でも、俺以外のものになるのは許さん)


つられて思考も子どもっぽくなってしまっている気もするが、気のせいだ。うん。……気のせいと言う事にしておこう。

まぁ、少なくとも。一緒に星空を見に行こうなんて余裕があるくらいには。


「どうせならシュウちゃんたちも起こすかぁ」

「お、じゃあ俺酒とつまみ持って来るな!行くぜロゼッタ!」

「おー」


“みんなで一緒の時間”を楽しみたい。


少なくとも、ローゼリッテが、そう望んでいる間は。



…………


………………


……………………



「領主様」


懐かしそうに割れた首輪を眺める男の背後から、一人の兵士が声をかける。

男は振り返らずに、ぽつりと、零した。


「薬の後遺症を、もっと強くしておくべきだったね」


どうやら健やかに育ててもらっているようだ、と。続ける男に、兵士はですが、と言葉を濁す。


「被験者の数が……」

「足りないなら増やせばいい。……あぁ、そうだ」


まるでいい悪戯を思いついた悪童のように、男は笑ってくるりと兵士に顔を向けた。


「笑顔の素敵な少女なんてどうだろう?」


例えばリンゴ飴のよく似合う。


――それは、星が綺麗な夜の日だった。


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