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囚われ姫の物語  作者: 亜滝紅羽
『unknown』
6/11

ーゆるやかな一歩ー

知るためには、学ばなければならない。

学ぶためには、知らなければならない。


(……ふむ)


建国して4年の『unknown』は歴史も何もなく、まず知るところは元々属していたという『二の国』だろう。

『二の国』の資料を読みたいとグレイに頼めば、蔵書を管理しているというリールブッカーという男を紹介してもらった。図書室、と看板が打たれた部屋のドアを開けると、紙とインクの匂いがふわりと漂ってくる。

今日はリドルが一緒だ。元気になったと言ってもひとりでの行動はさせてくれないらしい。途中、メロウにめちゃくちゃじとりと見られていた気がするがリドルが気にするなと言っていたので、ローゼリッテは特に突っ込むことなく図書室の中へ入って行く。


「おじゃまします…」


声をかけながら足を進めていくと、カウンターに座っていた男が顔を上げた。

どちらかと言えば筋肉質な幹部の人たちとは違い、華奢な印象を受ける男だ。――初めて見る顔だ。いや、きっと初めてではないんだろうけど。

ぺこりと頭を下げると、男はローゼリッテとリドルを見比べた後、うっすらと微笑んだ。曖昧な笑みにどう答えていいか分からず戸惑っていると、男が席を立ちローゼリッテの元へ歩いてくる。


「久しぶり。…やっと来てくれたね。おかえり、ロゼッタ」

「た、ただいま…ええと」

「リールブッカー。資料・蔵書管理をしてるけど、まだそこまで思い出せてない?」


首をこてりと傾けるリールブッカーに、ローゼリッテはこくりと頷く。思い出したのは自分が『二の国』の副隊長だったということだけだ。


「すれ違ってばっかりだったし、グレイが部屋には行くなって言うから…」

「デリケートだったんだって。今はもうすっかりうちの子だから」


ぽんとリドルに肩を叩かれ、ローゼリッテはむっと眉を顰めた。

その反応に、リールブッカーが首を傾げる。


「ロゼッタ?」

「…同い年って聞いたんだけど。子ども扱いやめて」

「だって見た目が子どもだもん。可愛くてついな」


リドルににこ、と微笑まれ、ローゼリッテはぐっと言葉に詰まる。

何だか突っぱねているこちらの方が悪いような。そんな気になって来てローゼリッテがうーと唸っていると、リールブッカーが苦笑しながら用意してくれていたらしい蔵書をいくつか渡してくれた。


「今日はお祭りだから、それくらいにしときなね」

「…建国記念日、の?」

「そう。あと副隊長おかえりパーティーだな。もちろん俺も参加するし、ローゼリッテも行くよ」

「私とグレイは行かないけどね」


ひらひらとリールブッカーが手を振る。

え、とローゼリッテが零すと、リールブッカーは書庫を指さした。


「お祭りが終わったら誰かさんに授業しなきゃいけないから、その準備があって」

「……もしかしなくても私?」

「やっぱり賢いな。グレイがどうしてもって言うし、私もしてあげたいし」


くしゃりと髪を掬われ、ローゼリッテはくすぐったさに目を細める。

頷くと、リールブッカーもうんと頷いた。知識を得るには、学ぶこと。それを買って出てくれたのだったら、甘んじて受け入れたいし、ありがたかった。


「…本、ありがとう」

「ちなみに、言語で分からん事があったらメロウに聞けばいいよ。アイツあれでインテリだからなー」


リドルがちらりとドアを見やりながら、やれやれと助け舟を出す。

日頃の行いか、タイミングが死ぬほど悪いメロウはほとんどローゼリッテと絡めていない。というより、他のメンツの押しが強かった。シュウまで自覚したし、さすがに可哀想に思えてきたリドルの言葉に、ドアの向こうでメロウが喜びの舞を踊った。


「…メロウ?」

「あー、妙な訛りしてる、髪がこう…半分に割れた…」

「な、なるほど」


そっからか…。


やれやれと肩を竦めるリドルをメロウが拝んでいたことは、リールブッカーしか知らない。





祭りは、3日間行われるという。

祭りの間はさすがに幹部勢も忙しいらしく、珍しくひとりで街を歩くことを許可された。

ここに来てから初めての一人行動に不安を覚えながらも、じっとしているのも勿体ないような気がして甘んじて祭りの参加を受け入れる。

17時には戻って来いと言われたが、それまでは自由だ。昼食の後街に繰り出すローゼリッテは、まず、先日事故のあった現場へ向かうことにする。


「副隊長!」


街を歩いていると、先日助けた女の子がぱたぱたと駆け寄ってきた。

まだ6歳くらいの小さな女の子だ。血で汚れたのか髪はバッサリと切り落しているが、面影があるのですぐに分かった。ぺこりと頭を下げると、後ろから、母親が嬉しそうな顔で手を振ってくれる。


「この前はありがとうございました!」

「怪我は大丈夫?」

「…!ママ!副隊長、しゃべった!」


そう言えば、4日前に声を取り戻してから街には来ていない。

はたと気付いた時にはもう遅く、気付けば人だかりができていた。何故か拝む人までいる始末だ。この国の人たちは一体自分の事を何と思っているんだろうと時々不安になるが、面倒くさいので特に突っ込まずそのままにしておく。


「副隊長、良かったです…」

「えっと、心配してくれてありがとうございます」

「そりゃあそうですよ。だって、私の弟が隊にいたんですから。弟が副隊長を探すというので、一緒についてきたんです」

「…私の元部下ですか?」

「はい。今は、もう…」


言い淀む女性に、ローゼリッテはバツの悪そうに視線を逸らした。

すみません。その言葉は嘘みたいだ。でも、もし、自分が殺していたら。

殺しているかもしれない。この国の人たちを。


この子どもを。


それが、正当な世界だった。血に塗れている。薄汚れた自分の、世界だった。


「副隊長、お祭りわたしのお店に来てね!」


くい、と袖を引かれ、はっと我を取り戻す。

見ると、少女がにこりと満面の笑みを浮かべていた。明るく、無邪気な表情に思わずこちらも眉尻が下がっていく感覚を覚える。


「…何のお店かな」

「りんごあめ!」


『少しずつでいい。思い出せなくてもいい。ここに居てくれ。…俺のために』


そう、言われたから。言ってくれた人がいるから。

自分に出来ることをしたい。笑っている人たちのために。ただ壊すのではなく、ここが優しい場所であるために。

それが、前の私への贖罪だ。

違う。


……自分が、したいことだ。


いつか記憶が戻った時、感謝しやがれ。


そんなことを思うようになった自分に苦笑しながら少女の頭を撫でていると、少し離れた場所から、げほごほとむせ込む声が聴こえた。

視線を向けると、そこには、慌てて路地裏に逃げ込む見たことのある姿があった。

少女に断って追いかける。路地裏に入ると、タバコのにおいが満ちていて。


「…誰?」

「……にゃぁ~ん」

「………」


無言でゴミ箱の裏を覗くと、びくり、とその人物の肩が跳ねた。

据え目で見下ろしながら、ローゼリッテは何やってんだコイツと喉まで出かかった声を飲み込む。


「…メロウ」

「あ、ハイ」

「監視下手すぎ」


それでもついでた台詞は、メロウの肩をピクリと動かす。

言い過ぎたか、と口元を手で覆うローゼリッテを見上げ、メロウはゆっくりと立ち上がる。

立てば見下ろされるかたちになる。じっと見上げると、メロウはがしがしと頭を掻いた後言いにくそうに口を開いた。


「…監視じゃないで」

「ふぅん?」

「ちょっと…心配で」


俺一人置いてかれてんのがやけど…。


放ってきた仕事は見て見ぬふりだ。外に出ようとするローゼリッテがいたから、ついてきただけの話。

ローゼリッテはまたか…とため息をついた後、過保護に甘やかされる自分に慣れてきていることにも気が付いて頭を抱えたくなった。


でも、もう慣れてきたんだから仕方ない。

この街の事も分からないし、仕方ない。


だから、甘えてしまうのも。――仕方ない。


「メロウ」


声をかけると、ちょっと嬉しそうな反応をされてうっと言葉に詰まる。

そんな反応をされたら、何だか急に恥ずかしくなってくる。同じ年なのに、昔の仲間なのに、子どもみたいなこと言うなんて。


「……私分かんないから、お祭り一緒にまわろ」


心臓がバクバクと高鳴るのは、慣れないことをしているせいか。

でも悪いことじゃないし。仕方ないんだし。そっと顔を覗くと、メロウは何故か自分を崇めている最中だった。


「………」


誘ったことを後悔したのは、言うまでもない。





祭りには“屋台”というものが出て、“浴衣”を着るものらしい。

だが自分とメロウは普段着、それもメロウに至っては軍服だ。何だか祭りにそぐわない気もしたが、屋台の人たちは何も言わないのできっと幹部の人たちは特別なんだろうと認識する。

きょろきょろと辺りを見回していると、メロウから何か欲しい?と聞かれた。

少し悩んだ後、先ほどの少女の事を思い出す。


「りんごあめ…」


呟くと、メロウは妙に嬉しそうな声で「うん!」と大げさに頷いた。変な人だ。でも、気を使ってくれているようなので黙っておく。


ローゼリッテの記憶の中で“祭り”といったものは存在しない。あったのかもしれないが、『西の国』ではそういったものに呼ばれたことはなかった。

あぁ、でも。

そう言えば、年に二度ほど、大勢の人の前で何かをさせられたような記憶はある。

曖昧だが、思い出せないと言う事は何か盛られていたんだろう。…そのあと、密室に入れられた後のことは、嫌でも覚えているのだが。


ぼんやりしていたら、はい、とメロウから何かを手渡された。

箸に、飴のかかったリンゴが刺さっている奇妙な物体だ。きょとりとしていたら、メロウと屋台の向こうの少女が、ほとんど同時に「りんごあめ」と教えてくれる。


「おいしいよ!」

「美味しい…」


半ば少女に促されるようにして、ぱくり、とりんごあめに噛り付く。


甘い。


もぐもぐと咀嚼するローゼリッテを、メロウと少女がほんわかとした表情で見守っている。可愛かった。正直可愛い。黙っておくのが大人の流儀だ。顔に出てるけど。


「っと、そろそろ時間やな…」


ずっと見ていたかったが、そうもいかない大人の事情。メロウが腕時計を覗くと現在時刻は16時30分。そろそろ、お迎えが来る時間だ。

そうこうしていたら、ポケットに差し込んでいた携帯端末が鳴りだした。着信元はグレイ…に他一同。これは、バレているやつだ。完全にバレている。


だが、ここで慌てないのが俺。


どう逃げようか必死でメロウが頭を働かせていると、くい、とローゼリッテが服の袖を引いてきた。

泣きそうになりながらローゼリッテを見下ろすと、ローゼリッテは初めて、ぎこちなく微笑むと


「ありがとう」


を口にした。


メロウは死にそうになった。





何とか死なずに済んだメロウは別室へ連れて行かれ、ローゼリッテはりんごあめを食べながらシュウの仕事部屋らしいモニタールームに座っていた。

帰ってくる際に次々手渡されたものは幹部の人たちへの手土産に。すごく喜ばれたので、貰って良かったと街の人たちに感謝する。


「焼きそばうまっ」

「ロゼ、たこ焼き食べるか?」


食べる食べないの返事の前に、ザラにたこ焼きを口の中へ放り込まれた。

ほどよく冷めたたこ焼きは熱くもなく、食べやすかった。大人しく食べていると、いつものようにザラに頭を撫でられる。

うん、もう慣れたものだ。

むしろ少し心地いい。少しだけ頭をすり寄せると、ザラが変な声を出して手を引っ込めてしまった。かと思えば、またなでくりなでくりと撫でまわされてローゼリッテは首を傾げる。


「お祭り、楽しかった?」

「屋台、と浴衣、っていう文化が面白かった」

「社会勉強かよ」


リドルとシュウがやれやれと肩を竦める。どうも本質は真面目だそうで、もうちょっと遊べばいいのにと思ったがまぁ嬉しそうなのでいいだろう。


「でも、せっかくの一人行動だったのになぁ」

「メロウめ、邪魔しやがって…」


ふたりの台詞を聞いて、やっぱりか、とローゼリッテは先の一人行動の意味を理解する。


信用してくれているという証明と、少し過保護になり過ぎていると反省したのだろう。


確かに、どこに行くにも誰かが一緒だった。声が出たあの日まではひとりで寝かせてくれていたのに、今は必ず誰かが眠るまで部屋にいる。正確には誰かと誰か、だが、自由はなかったのは確かだ。


だから、本当に久しぶりのひとりだった。けれど結局人のいる街に出て行ったし、メロウと一緒に祭りを見て回った。


理由は簡単だ。


ひとりでいると余計な事を考えるから。

ひとりでいると碌な事を思い出さないから。


そんなくどくどとした言い回しを抜きにして。シンプルに言うなら。


「…私は、ひとりじゃないほうが…いい」


『寂しかったから』


結局は、理由なんてそれだけだ。


「…もう一生ひとりにしないからな!」

「明日は俺と一緒に祭り回ろうな!」

「おーいザラ、シュウ。ロゼ潰れるからやめえ」


でも、この甘やかされ方は嫌なんですが。

ふたりをぐいっとおしのけて、リドルのもとへと逃げる。じとりとふたりを見ていると、嫌だったのが分かったのか悲しそうな顔をされたが今は戻らない。


「そういうの、私は良くないと思う」

「だって」


ちょっとずつ、自分の意見を言うようになってきたローゼリッテは自覚していないだろうが表情がよく動くようになってきた。

気にしてないように思えて、実は気にかけていた自分にリドルは内心苦笑する。


「あ、そうだ。お祭りの最後にロゼに挨拶してもらうからな」

「は!?」

「当たり前だろ副隊長。今から考えとけー」


急な提案にローゼリッテが全力で嫌そうな顔をしているが、リドルは反論を許さないようにこりと微笑んだ。


「………」

「よし、手伝ってやるからおいで」

「お兄さんに任せなさい」

「だから、同い年なんだって!」


うん。そうそう。


そうやってもっと色んな表情を見せてくれたらいい。まだ笑えなくても、ぎこちなくても、それがお前だったんだって思い出してくれたらいい。


(…なぁんて、俺も“いいお兄さん”だなぁ)


それでも、こうした時間を取り戻せたんだから。


出来るだけずっと、この時間が続けばいいと願うのは、きっと贅沢なんかじゃないに違いなかった。


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