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囚われ姫の物語  作者: 亜滝紅羽
『unknown』
5/11

ー追想ー

――『二の国』、第一会議室にて。


「そうは言いましても、うちもかなりの痛手を負いましてねぇ」

「だからと言って、関税を上げる、と言うのは…」

「では、うちからの輸入品を増やしていただく。これでどうでしょう?」


にこり、と微笑むのは『西の国』の外交大臣だ。

推されているのは『二の国』の外交大臣。そこに口を挟まずただ眺めているのは、グレイとリールブッカーにとっては様子伺いだけのものだったが、ピュールにとっては余計な事を話さないための予防策だった。

正直、今にも噛みつきそうな形相ではあるが。

まぁそれくらいは仕方ないだろうと言う事で、グレイもリールブッカーも何も言わなかった。もちろん、咎めることもしない。


今回の会談と言う名の冷戦は、『西の国』がやはり有利なようだった。


『西の国』は富裕層と貧困層に分かれてはいるが、兵の数が多く、技術の進歩も目覚ましい。それが人体実験と言う名の非人道的な台の上に成り立っていることも承知の上で、だが、事実国力が強いのは間違いなかった。

ローゼリッテを見つけた後すぐに手を引いたグレイ達には与り知らぬことだが、恐らく、『二の国』は相当な劣勢を強いられたことだろう。

それを経ての和平交渉だ。当然、グレイとリールブッカーの予想通り『西の国』の有利な交渉条件といった印象だった。――その割には、妙に大人しい印象もあったが。


「時に、若年の長よ」


不意に、グレイに向けて『西の国』の男が射抜くような視線を向けた。

「はい」とグレイが頭を垂れる。男は、ふむ、と一拍置いた後、にたりと口の端を釣り上げた。


「そちらへ逃げた家畜はもう使ったかね?」


――瞬間。


ちり、と場の空気が焼け付く匂いがした。

それはピュールか。あるいはリールブッカーか。――それとも、グレイか。

3人は口を開かない。『二の国』の男までもが一様に黙るその空気に、『西の国』の男はくくくと笑いを堪えるような声を零す。


「失礼。諸君らは肉は食べなんだか」

「……いえいえ。肉は好物ですが。時に大臣殿」

「何だね?」

「我が国は貴国から食料需給は受けておりません」


にこ、とグレイが口元に笑みを浮かべる。

その答えに、男はまた愉しそうな笑みを浮かべた。心底馬鹿にしているような、そんな声音で。


「これは失礼。…まぁ、これは独り言と思っていただいて構わないのだが」

「何でしょう?」

「失くした物を見つけた時、それが元の形であると思わないことだ」

「………」

「もし、処分に困ったものがあれば、いつでも頼るといい。…喜んで引き受けよう。どんなゴミでもね」

「あいにくですが」


男の言葉を遮って、グレイが声を上げる。

リールブッカーも、ピュールも、グレイを止めなかった。グレイは真っ直ぐに男を見据え、眉を吊り上げる。


「我が国に不要なものなど、何一つありません」


きっぱりとそう言い切るグレイに、男は「そうかね」とだけ言って、ガタリと席を立った。

その表情は見えない。笑っているのか、それともまた別の何かか。背を向ける男にべーっとピュールが舌を出す。


「また追って連絡させていただこう」

「…ありがとうございました」


男が出て行ったのを見送って、ふぅ、とグレイが深い息をつく。

数分の後、ピュールが耐えかねたように「あんのクソ野郎~!!」とじだんだを踏み始めた。やれやれとグレイとリールブッカーが肩を竦める。


「しかし、当たり前だが気付かれていたか」

「まぁ、そりゃそうだろうねぇ…」

「ロゼッタは天使じゃボケェ!!」


ぎゃーぎゃーわめくピュールだが、ピュールが憤る理由も良く分かる。

家畜だのゴミだのと好きな人を批判されればそりゃあ腹も立つ。ぶん殴ってやりたかった。それをすれば、どうなるかも見えているから行動に移せないのもまた腹が立つ。

怒りの収まりきらないピュールを、リールブッカーは宥めるように額を小突いた。憤る気持ちも分かる。分かるが、それよりもやらなければならないことがあるからだ。


「移民の制限が必要だね。『二の国』でも、気をつけてください」

「あ!?…制限?」

「あの言い方だと、いずれ取り返しにくるよ」

「お前もそう思っていたか」

「当たり前だろ。――完成した『生物兵器』を、誰がみすみす手放すか」


先日、発覚したローゼリッテの能力。

数キロ先の事故を見、車を持ち上げ、へしゃげた助手席のドアを外したと聞いたときは耳を疑った。

だが、証言者は多くいる。しかも見たのはヤマトだ。彼が嘘をつくとは思えないし、都合よく変換しているとも考えにくい。


となれば。


ローゼリッテは、ただの道具や一兵ではなかった可能性の方が高い。


「…『西の国』と戦争した国の証言も聞きたいな」

「そうだな。その辺はピュール、お前に任せよう」

「んぇ!?お、俺!?」

「期待してるぞ。リールも、今までの記録を洗ってくれ」

「了解!」


こくりとふたりが頷いたのを見て、グレイも頷く。

時刻は、正午を回っていた。





一方、その頃。


「いやー、ロゼが来てくれて仕事が捗るわー」

『どういたしまして』


今日のローゼリッテの仕事はシュウとヤマトと一緒に倉庫整理のお手伝いだ。ひょいひょいと荷物を動かすローゼリッテに、感心したようにシュウがパチパチと手を鳴らす。


「ちなみに、そのフリック何種類あんの?」


興味津々と言ったシュウに尋ねられ、ローゼリッテは傍らに置いた画用紙を何枚かペラペラと捲って見せる。

中には、『うん』『いや』の他に、先ほど出した『どういたしまして』や、『ありがとう』。そして何故か『さっさと仕事しろクズ野郎』と書かれたものもあった。

メロウと言う名の誰かに宛てて書いたものか分かる。ついでに言うならば作成者はザラとピュールだった。


「ロゼ…嫌だったら拒絶してもいいんだよ」

「あ、アイツら『ピュール大好き』とか『ザラ大好き』とか書いてやがる!…破いてやろ」

「シュウ…」


誰が安パイだよ…。


喉まで出かかった言葉を、ヤマトはあえて言わなかった。ローゼリッテも特に止めることなく、呆れ顔で作業に向き直る。

倉庫の中は、使われてなさそうな物品だけでなく、過去の膨大な資料も無造作に並べられていた。

それを日付順に並べ直しながら、テキパキと片付けていく。そうして書類の束を整理していると、ふいに、紙束の中から一枚の写真がひらりと落ちてきた。


あ、床に落ちる。


と思った時には、思わず、手に取っていた。


「うわ、なっつかし」

「コレ『二の国』の時のだ」


左右からひょこりと顔を出したシュウとヤマトが、懐かしむように感嘆の声を零す。


そこには。


「………」


見知った顔と、その、見知った顔に囲まれて笑っている。


自分の姿があった。


今より少し髪は短いが、同じ髪の色、同じ瞳の色。


周りの幹部たちは、今より少し若く見える。宴会でもしていたのか、少し頬を赤らめて笑い合っている人たちの中に。


自分がいる。


当たり前のように。まるではなから、そこが自分の場所であるかのように。


(本当に私がいる…)


昨日、町の人たちに「副隊長」と呼ばれていた、過去の自分が。

みんなが、「前のお前」と言う、失くした記憶の中の自分が。


望まれて、必死で、取り戻そうとされていた、……決して自分ではない、自分が。


「―――……」


気付けば、涙が頬を伝っていた。


突然ボロボロと泣き出すローゼリッテに驚いたのはシュウとヤマトだ。慌てて自分たちの持っていたモノを放り投げて、ヤマトが持っていたハンカチでローゼリッテの涙を拭い、シュウは宥めるように頭を撫でる。


「だ、大丈夫か!?」

「指でも切ったか!?」


違う。


ふるふると首を振って、否定の意を示す。


「つ、疲れたか!?あ、リドルのとこ行こうか!?」

「お兄ちゃんが連れてったるわ、な!?」


どうして泣いているのかが自分でも分からずにローゼリッテは立ちすくむ。

気が付けば、シュウとヤマトに連れられて医務室まで来ていた。心配そうに、不安そうに顔を覗かれ、ローゼリッテはもう一度小さく首を振った。


(…ごめんなさい)


そんなに心配される価値なんて、自分にはないのに。

崩れてしまったこの優しい人たちの毎日を、奪ってしまったのは私なのに。


(…私じゃなくて、ごめんなさい……)


声が出れば、謝れたのに。

声が出れば、期待させずに済んだかもしれないのに。


声が出れば。


――それでもここにいたいと請えたのに。





夜がやってくる。


チリチリと、肌が焼ける感じがする。衣服が擦れるだけでもざわざわとした感覚がして、吐く息から熱が零れ落ちていく。


まただ。


また、あの不快感だ。


身体は知っている。継続的に与えられたものが何なのかを。それは薬であって、毒であって、麻薬だった。


――気持ち悪い。


そう、あの男は言った。


浅ましいと。醜いと。生かされているだけの家畜が、請うことはみっともないと。


「―――…」


思い出すのはそんな記憶ばかりだ。


あんな写真のような、温かい世界など知らない。あんなニンゲンのように、笑う自分など知らない。


写真は、結局持って来た。捨てられないような気がした。けれど、もう一度見る気にもなれなかった。

すぐに返せばよかったのに。

ニセモノの自分が持っていたって、仕方ないのに。


もう戻らない。返れない。取り戻したくても、どこに落としたのか分からない。


ただ過ぎ去っていた平和な日々は、自分のものじゃない。――私じゃない。


ここにいていいのは。


「……っ、」


ぐちゃぐちゃになった頭が、瞳から思考を零すように涙を流す。

そういえば、泣いたこともなかったな。泣けばお仕置きと称した、それが、ひどく怖かったから。

止め方も分からない。

どうして、こんなに脆く成り下がってしまったのか、なんて。


「ロゼ」


がちゃり、と。

部屋のドアが開けられた。

入って来たシュウは、静かに泣き続けるローゼリッテを見て、ぎょっとしたように慌てて駆け寄ってくる。


「や、やっぱ傷ついてたのか、お前」

「うわ、シュウサイテー」

「サイテーだよね」

「うるさいっての!てか付いてくんなって言っただろ!」

「抜け駆け禁止ですぅー」

「その条例作ったの誰だよ!」


シュウの後ろから、ザラとヤマトが続いて入って来た。

緩慢に顔を向ければ、ふたりはよいしょ、と部屋のテーブルの上に何冊かのアルバムを並べる。不思議そうな顔をしてローゼリッテが固まっていると、おいで、とザラが手引きをしてくれた。


「先に言っとくけど、俺は今のお前も好」

「言わせねぇよ?ほら、今まで誰もちゃんと話してなかったと思って持って来た」


ちっ、と盛大な舌打ちをするザラは無視だ。ヤマトがくしゃりとローゼリッテの髪を梳くと、シュウが、バツの悪そうな顔をして頭を下げた。


「…まさか泣くとは思わなくって」


楽観的に考えていた、というのはあながち間違いではない。

いずれ戻る。それが当たり前だから。そう、思っていたのも事実だから。


「俺は…一緒に歌うたったり、一緒に考えてくれたり、…そういうお前がまた帰ってくると思って…。…そりゃあそれが嬉しいけど、でも……」


そっと、シュウが手を重ねる。


まだ、幼さの残る手だ。ひどい目に遭って、傷ついて、…それに耐えてきた手だ。


初めて見た瞬間、俺が守らなきゃと思った。


また傷つかないように。悪意から逸らしてあげないと、と。


なのに、今のローゼリッテのことは何も考えてなかった。


どう考えてるか、どう感じているか、なんて知る由もなかった。


浮かれていたなんてとんだ言い訳。俺が守りたかったのは、ローゼリッテのお人形さんじゃあないのに。


「俺がお前を守るって言ったの、嘘じゃないからな」


手を握って、顔を見て。


「“お前”を守るんだからな。大体、よく考えたら昔のロゼなんて守らなくても十分なやつだったし」

「勝てたことないしな」

「実力でも腕力でも?」

「話に水差すなよ!あと腕力は今はちゃんと鍛えてるから!!…じゃなくて!」


シュウが言葉を続けようとした時、きゅ、とローゼリッテがシュウの手を握り返した。

力を加えれば傷を負わせてしまうかもしれないから。そう思って返したその手は、意図せずぐっとシュウの胸を掴む。


「……り、がと」


それだけじゃ足りないような気がして、首を絞められたような喉から、精一杯に息を零した。


馬鹿みたいに脆い自分を、受け入れると言葉にしてくれたお礼を言いたかったから。

望まれるのが私じゃなくても、“私”を守ると言ってくれたお礼を伝えたかったから。


請うのではなく。


人として、感謝の意を示したかった。


「ありがとう」


言い終えた瞬間、ふ、とローゼリッテの身体から力が抜けた。

崩れ落ちるローゼリッテの身体を支え、シュウはぐわぁと体が熱くなったような錯覚を覚える。


いやコレ、錯覚じゃない。


ダメなやつ。めちゃくちゃダメなやつ。


でも、完全に今更のやつ!!


「何だこの可愛い生き物!!」

「はいシュウ死亡ー」

「ようこそこちらの世界へ。死ね」

「うるせぇそれどころじゃないわ!さっさとリドルのとこ行くぞ!!」


そうして、慌ててリドルの元へ駆けつけた3人は。

当然、抜け駆け禁止同盟陣にこっぴどく叱られるのであった。





「おはよう、ローゼリッテ君」

「…ん」

「何故体調が万全でないのを黙っていたのかはさておき、熱があるんだ。ゆっくり寝ていろ」


目が覚めると、ひどく体がだるく喉がジンジンと痛かった。

ゆっくりと体を起こすと、国の総統、グレイがベッドの縁に座っていた。グレイはシュウ達が持って来たアルバムを眺めており、時折懐かしむような表情を見せる。


「…俺とお前は幼馴染でな」


ふいに、グレイが、アルバムを眺めながら口を開いた。


「5歳の時に軍人を志した。天下を取ると意気込む俺にお前は呆れていたがな」

「………」

「そう、その顔だ。懐かしいな、ローゼリッテよ」


懐かしい、と言われても。


憶えていない。だがこの男が嘘をつくとも思えず黙っていると、グレイは続きを語り始める。


「10歳の時、軍に志願した。もちろんお前も一緒だった。大人に囲まれ、学び、お前は立派な参謀になってくれた。俺専用のな」

「…そりゃあ、どうも」

「もちろん、今でもそう思っている」


ぐい、と真正面から顎を持ち上げられ、思わずあの時の事を思いだした。

舌を噛んだ時。キスをされたこと。

ローゼリッテが動けずにいると、グレイは耳元に顔を寄せ、そして、囁くように言った。


「お前はお前だ。誰が何と言おうと、それだけは心に留めておけ」



“おい、辞令を見たか!?ローゼリッテ!”

“はいはい。オメデトウ隊長さん”

“む、どうした副隊長殿。嬉しくないのか?”

“肩書が重いんだよ。これから面倒なことが増えて行くと思うと…”

“何を言ってんるだローゼリッテ。お前はお前だ。誰が何と言おうと、それだけは心に留めておけ。それで十分じゃないか”

“はー?”

“お前は変わらず俺の相棒をやってくれていればいいんだ。肩書なんてフレーバーに過ぎない。だって――”



「……“ただお前がそこにいれば、俺は安心して全力を出せる”――」


ふ、と。


口から零れ出た言葉は、誰のものだったか。


グレイが、驚いたように目を見開く。その瞳とかち合って、ようやく、ひとつ、思い出せたような気がした。


“私”は、――間違いなくここに居たんだと。


「…そうだ。ローゼリッテ」


グレイが、ローゼリッテの頭を撫でながら微笑む。


「少しずつでいい。思い出せなくてもいい。ここに居てくれ。…俺のために」

「いや、俺たちのためな」


急にグレイの後ろから現れたピュールが、グレイを押しのけてローゼリッテの手を取る。


「ただいまー!疲れたー!癒してー!」

「重いぞピュール!疲れたってお前黙ってただけだろう!」

「それがどんだけ神経使うと思ってんだよ!!」


ぎゃいぎゃいと言い争うふたりを見比べて、ローゼリッテは困った顔で肩を竦める。

全く、困った人たちだ。

昔の自分はさぞ苦労したことだろう。…今と同じに。そんなことを思いながら、ローゼリッテはふと小さく笑みを零す。




その向こう。


ドアの隙間からその様子を眺めながら、


「……え、俺完全に出遅れてへん?」


ぽつりと零すメロウの言葉は、誰の耳にも届いていなかった。

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