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囚われ姫の物語  作者: 亜滝紅羽
『unknown』
4/11

ー生物兵器ー

怪我がすっかり治った。

もう足は痛くない。夜、ふいに訪れる不快感以外は、概ね身体は健康優良児そのものだ。

声は相変わらず出ないが、二週間も過ごせばさすがに慣れてくる。別に出なくても困らないし、向こうだって困っていないようだったし、何より無駄に過保護にされていることを除けば、この国は居心地が良かった。

温暖な気候に、清潔な衣服に、温かい食事。

手持無沙汰だが、最近は幹部の人間たちの手伝いも許可されている。


至極平和な、穏やかな日々。


そんな日々に少しずつ慣れてきた頃。ヤマトの農場を手伝っていると、急にピュールがやってきてある提案をもちかけてきた。


「ロゼッタ!ちょっと街へ行かないか!?」


明るく元気な声は、ローゼリッテの好奇心をしっかり刺激したようで。

すぐにこくりと頷くローゼリッテに、「よっしゃー!」とピュールが満面の笑顔で喜んだ。





「何でヤマトも来んだよ、聞いてないぞ」

「勝手に許可されてない密輸品が売り出されてたら困るじゃん。あとそれと、お前と二人きりとかマジでない」

「それが本音か…」


昼下がり、ピュールとヤマトに手を繋がれ、ローゼリッテは城下町を歩いていた。

実のところローゼリッテはふたりに手を繋がれるのを最後まで渋っていたのだが、結局、どちらも離してくれなさそうなので諦めた。連れられた宇宙人かよ、と言うのが本音だ。言えないけど。

出てくる途中、リドルに「美味しいお菓子買って来てー」と言われ、シュウに「何かいいのあったら買って来て」と言われ、多めのお小遣いも持たされたのも不服だ。他の人たちに会わなくて良かったと本当に思う。きっと、お小遣いがえらいことになっていただろう。

正直、甘やかされるのは苦手なのだ。

手を引かれるのも。施しを受けるのも。その見返りを求めるような人たちではないと分かっているが、やはり、長年身についた叱責の跡は胸の中に燻っている。

イエスと答えても、身体に毒を塗りたくられるような環境だった。それを不幸とは思わないけれど、今なら、人がいた環境ではなかったと理解できる。


「お、ピュールさん、ヤマトさんと…」


ふいに、誰かから自分たちに向けて声がかけられたのが分かって顔を上げた。

声をかけてきたのは若い男だ。ローゼリッテがきょとりとしていると、男は、あんぐりと大口を開けてその場に固まってしまう。


「ふ、――副隊長!!」


いきなり大声をあげられ、びくりとローゼリッテは肩を震わせた。

その声を引き金にするように、あちらこちらから大勢の人が集まってくる。その多くは男で、時折、涙ぐむような声も聴こえて来てローゼリッテはオロオロとピュールとヤマトを見上げる。


「あー、しまったな。ヤマト」

「そうだね…」


『ローゼリッテの人気っぷりを忘れてた』


はー、とふたりがため息をつく間もなく、ローゼリッテが人だかりの中に飲まれていく。

ローゼリッテは目を回していた。記憶がない、分からない、と言いたくても声は出ない。矢継ぎ早に色々な質問をされ、ややあって、ピュールとヤマトがひょいっとローゼリッテを救出した。


「おいおい、お前らシュウが言ってただろ」

「聞きましたけど…!声も出ない、記憶も奪われるなんて…」

「しかもこんなに小さくなって…」


小さくはなっていない。確かにまともな食事を摂っていなかったので痩せたが、断じて言うが小さくはなっていない。


「確かに、こんな小さかったっけって感じはあるけど…」

「やっぱり…!副隊長、これ食べてください!」

「うちのクレープも!」

「これうちの野菜です!」

「最近入って来たお菓子も!」


今度は質問の代わりに、ぐいぐいと物を押し付けられてしまった。

こんなに食べれないし、頂けない。そう言って返したくても、声の出ないローゼリッテには首を横に振るのが精いっぱいで。


「幹部の人たちは遠慮なんてしないのに遠慮するなんて…」

「天使!」

「大天使ローゼリッテ様!!」


そして悪化した。


その上、謎の宗教団体ファンクラブが結成したのは、ローゼリッテのあずかり知らないところである。





元部下から激烈な歓迎を受けたローゼリッテは、クレープをもさもさと食べながら据え目でベンチに腰かけていた。


疲れた。


本気で疲れた。人に揉まれるのはある意味戦場よりも辛いかもしれない。身体的にも精神的にも疲弊したローゼリッテに、ヤマトが買って来てくれたらしい水を差しだしてくれる。


「お疲れ、ロゼ」

「……」


こくりと頷くと、ヤマトはよしよしと頭を撫でてきた。

苦手な子ども扱いだが、今は甘んじて受け入れる。目を細めているローゼリッテに無言でヤマトが悶えているが、よくある光景なのでピュールは突っ込まなかった。


「いやー、買い物どころじゃなかったな!」

「視察どころでもなかったね」

「まぁ、俺らの国民に悪い奴はいないけどな!」


にかっと笑うピュールに、ローゼリッテは少し逡巡したあと、再び頷いた。

そして、「い・い・ひ・と・ば・か・り」と唇を動かす。それが伝わったのかは分からないが、ピュールが照れたように頬を赤らめるので、言って良かったとローゼリッテは胸を撫で下ろす。


「まぁほとんどみんな元々は軍人だしね」

「よく商売始めようと思ったよなぁ、アイツら」

「国民の中には先輩もいるしね」


そのみんなが、ほとんどが、ローゼリッテのために『二の国』を抜けたことを、ピュールもヤマトもあえて言わなかった。

記憶のないローゼリッテに、どこまで話しても大丈夫なのか未だ掴めずにいる。話せば戻ってきれくれるだろうか。――その保証もないのに。もし戻らなければ、今のローゼリッテの重荷になってしまう気がして。


ザラは、もう記憶が戻らなくてもいいと言い切った。


またやり直せばいいと。一から作り上げればいいと。


そんなの、言われなくたって分かっている。


でも、嫌だと思ってしまうのも事実だ。またあの時みたいになりたいと。好きな気持ちは変わらないのに、別人に恋をしているような違和感は拭えない。


「…ロゼッタ」


それでも。


俺、あの時すげぇ怖かったよ。


でも、矛盾している。お前が殺される相手を指名したのが俺で良かったとも思ってる。いや殺させないけど。好きだから、好きな分、守りたいけど。

けど、あの時手を掴めなかった俺だから。

守れなかった俺だから。


今度は、もう、離してやるもんかと心に誓った。


「俺な――」

「………!」

「え」


ピュールが想いを伝えようと口を開いた瞬間、ローゼリッテが、突然地面を蹴って走り出した。

その余りの速さに、ピュールだけでなくヤマトも置いて行かれる。先に反応したのはヤマトだった。慌ててピュールが立ち上がると、もう、既にローゼリッテの姿は見えなくなっていた。


「…お前昔は足遅かったじゃねぇかよ!!」


声を上げても周りには誰もいない。

抜け駆け禁止令のことを思い出しながら、少しだけ言わなくて良かったとも思いながら、やっぱり言えなかったむしゃくしゃをかき消すようにピュールも走り出した。





「ローゼリッテ!」


ヤマトが声を張り上げると、ようやくローゼリッテはぴたりと足を止めた。

荒くなる息を整えながら前を見ると、どうやら事故があったらしく、車の脇腹にもう一台の車が突き刺さっている。

周りには、既に人だかりができていた。

元居た場所からはかなり離れている。それなのに、コレを“見た”のか“聞いた”のか。

ヤマトが問いかけようとローゼリッテに手を伸ばすと、ローゼリッテは真っ直ぐに車に向かって歩き出した。


「ロゼ…?」


ヤマトが再び問いかけると、ローゼリッテはちらりとヤマトを見た後、どういうわけか手をひらひらと動かした。


“大丈夫”。


そう言っている気がして、ヤマトは思わず足を止める。


「副隊長、助手席の娘が…!」


車を当てられた方から、ひとりの中年の女性が他の人に支えられながらよたよたと歩いてきた。

当てた方の男は、気絶しているのか担架に乗せられているところだ。目を凝らすと、確かに助手席に少女が乗っていた。衝撃のせいか、同じく気絶しているようだ。――そして、頭から血を流している。

ローゼリッテは女性に頷くと、無動作で、ひょいと車の片方を持ち上げた。


え。


と。


思わず、全員の時間が止まる。


「………」


よいしょ、と、まるで邪魔なダンボールでもどかすように車をよけたローゼリッテは、次にへしゃげた助手席のドアをばこりと無残な音を立てて引き抜く。

そして少女を抱きかかえると、救急隊の元へ運んで行った。


その間おおよそ数十秒。


一分もたたないうちの出来事である。


「……は」


ヤマトは、口を開けたまま固まっていた。

何が起きたのか分からない。意味も分からない。しかし、目の前の光景は痛いほどに現実で。


「ふ、副隊長様ー!!」

「天使だ!天使が降臨したぞー!!」

「大天使様ー!!」


「……はは、」


わっと沸く観衆の中、歓声に驚いたローゼリッテがこちらへ駆けてくる。

その身体を受け止めると、どう見繕っても子どもで。でも、紛れもなく、当たり前にそう言うことができる女性だと言う事も、ヤマトはよく知っていた。

ベッドが一つだけだと、決まってローゼリッテは誰かに譲っていた。

食事が足りなければ、余っているからと差し出すような奴だった。


――だから、好きになったんだと、今更ながら思い出した。


「おかえり、ロゼ」


くしゃりと髪を梳くと、戸惑ったように眉尻を下げる姿が懐かしくて。

髪にキスを落とそうとしていたら、後ろから、ピュールの絶叫にも似た叫び声が聴こえて来て心の中で舌打ちした。





「へぇー、そんなことがあったんや」


城に戻り、夕食時にピュールとヤマトが報告すると、ローゼリッテは視線から逃げるように無言でかちゃかちゃとナイフとフォークを動かす。

ちなみに、告白未遂とキス未遂はピュールとヤマトの胸の中だ。前のザラの時みたいに、一週間の監視かつ、3日間の接触禁止令を出されるのは地獄に等しかったからだ。


「ドーピングすげぇな、オイ」

「メロウの骨くらいポッキリだな」

「何でそこで俺が出てくるん?」


何も語ろうとしないローゼリッテを置いてけぼりに、シュウとザラが楽しそうに話を続ける。


「最終兵器ローゼリッテだな」

「てか、よくロゼに勝ったなグレイ」

「足を狙えば勝てる」

「さすが総統」


確かに、片足を崩されては何もできなかった。そして痛かった。黙々と食事を摂っていると、隣からぷにっとリドルに頬をつつかれる。


「こんなに柔らかいのになー」

「あ、俺もつつきたい」

「おい、食事の邪魔してやるなよ」


とか言いながらリドルとヤマトにつられてピュールも頬をつつき始める。食べづらくて仕方なかった。段々と眉根を寄せてくるローゼリッテを見て、ようやくグレイが助け舟を出してくれる。


「やめてやれ。…しかし、ローゼリッテの能力は何かに使えるかもな」

「大掃除とか?」

「買い出しとか?」

「そうだな。それでいこう」


それでいいのか、この国。


ツッコミたかったが、声が出ないのでそれも出来ずぐぅぅと歯噛みする。生物兵器として使ってくれればいいのに。だがそれを自分で言うのも何なので、とりあえず今のところは言われるまま手伝いを続けることにしよう。


「あ、それよりもこの前市場でメイド服見つけてんけど」

「マジかよ、メロウ神だな」

「ロゼちゃーん、後でお兄さんたちと遊ぼうねー」

「………」


ダメだこいつら早く何とかしないと。


頭が痛くなってくるような錯覚を覚えながら、ローゼリッテは、深いため息をついて。


(声が出ればいいのに……)


今になって、そんなことを想うのだった。


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