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囚われ姫の物語  作者: 亜滝紅羽
『unknown』
3/11

-『敵国』の少女-

熱は、3日で下がった。

足はまだ治りきっていない。それでも、可笑しなくらい回復速度の速いからだはもうほとんど戦争を始める前と変わりなくて、普通に歩こうとしたら軍医にものすごい勢いで止められた。

前にいた国では、こんな何日もベッドにいるなんてことあり得なかったのに。


動きたい。暇だ。何もしないから、大人しくしてるから、少しだけ身体を動かしたい。


そう視線で訴えてみれば、はぁ、と軍医はため息をついて誰かに電話をかけ始めた。


――その後。


またあの時のように大勢に詰め寄られ、ローゼリッテが目を白黒させたのはつい先ほどの話。





この国は、『unknown』――名前のない国だと言う。

「我々の国」とみんなが言うので、『名のない国』と覚えることにした。変な名前だが、自分のいる国くらい認知していてもいいだろう。


人質、性処理道具、スパイ、――それともただのきまぐれか。


まるで客人のように手厚く扱われ、食事も摂らせてくれ、衣服も新しいものを揃えてくれた。

国に帰っても末路は碌な物じゃない。

だったら、もう少し、放り出されるまで。……許されている間は、ここにいよう、と決めたのだ。


「俺の担当は食糧管理だよ」


ヤマト、と言う黒髪の男は、部下らしき人たちに指示を与えながらローゼリッテを案内してくれた。

今までの代償か、口のきけない身体は不便で仕方ないが、ヤマトは気にせず、ローゼリッテの反応を見ながらゆっくりと説明をしてくれる。手伝えることはないかと小首を傾げれば、一緒に収穫の手伝いをさせてくれた。




1時間ほどでザラと言う男が迎えに来たが、どういうわけかザラの手から一瞬でピュールに受け渡されたローゼリッテは、現在は中庭のベンチに座っている。


「俺は外交と国内管理だ!とは言ってもほとんど挨拶回りだけどな!」


元気いっぱいにここの区域はこうでー、商業地区はああでー、と身振り手振りで教えてくれるピュールの手には、すっかり噛み後はなくなっている。

ふんふんと聞いていれば、気を良くしたのか楽しそうにピュールがにんまりと笑った。次はこの国の何たるかの話をしようとしていた時に、今度はシュウと言う男がピュールの後ろからひょっこりと現れた。


「時間切れだよ。ピュール」

「早くない!?」

「バァーカ。きっちり1時間だよ。ロゼ、今度はこっち」


……どうやら、時間を区切って説明してくれているらしい。


忙しない。が、よほど自慢の国なんだろう。自慢したいんだなぁとぼんやり考えながらシュウについて行くと、シュウはここへ来た時はじめて案内してくれた部屋に入って行った。


「俺は国民への情報提供。まぁ国の顔ってやつだね」


そう言いながら、シュウは今まで国民に提供してきた内実の数々を元敵国のローゼリッテにあっさりと見せる。

まるで癖のように頭に叩き込んでいく脳を止めるように、ローゼリッテはぶんぶんと頭を振った。別に、覚えたって持って帰る場所もないんだから必要ない。必要ないのに、“使えるんじゃないか”と、導きだす思考が片隅にある。




「ロゼ、疲れた?」


次にやって来たメロウ、と言う人の執務室でも、同じように働く頭が嫌で見せてくれた書類から目を逸らした。

メロウは特に、先ほどまで一緒にいた幹部の人たちしか知らないような内容を管理しているようで……それを見るのが、どうしても自分で許せないような気がした。

俯いて黙っていると、メロウは少し考え込んだ後、「あ」とぽんと両手を打った。


「大丈夫やで。前みたいにお前に苦労かけへんからな!」

「―――…」


まえ、って何。


知らない。分からない。……覚えて、ない。


そう言えば、みんな、そうだ。

最初から、そうだった。


「………」


でも、私は、知らない。

どれだけ記憶を振り返ったって、思い出せない。




――ここは、私の居場所じゃ、ない。





「えええ、私がいない間にそんなことやってたの!?」


昼食後、治療の経過を見るためにローゼリッテとリドルが出て行った後、遅れて入って来た書庫管理人のリールブッカーが悲痛な声を上げた。


「私まだ会えてないのに!」

「俺も俺の仕事見て欲しかった」

「リールはしゃあないけど、ザラはアカン。お前武器庫管理やろ」


さらりとメロウに拒絶され、むすっとザラが眉を顰める。


「トラウマ引きずり出すわけにいかんやろ」

「まだぼんやりしてるしなぁ…」

「またあんな風になるの、俺は嫌だからな」


シュウ、ピュールも揃ってメロウに同意した。武器・暗器に関するモノは見せないようにしよう。それは、満場一致で可決したローゼリッテへの自殺対策だ。


「それにしても、喋られへんの可哀想やな…。可愛いけど」

「うん。動作で示してくれるの可愛いけど」

「後ろついてくるのとかほんと可愛い」


病人に連呼するものじゃないし、本人に言ったら嫌がられそうなので言わないが、メロウとシュウとヤマトは同時に頷き合った。


「早く記憶戻らないかなぁ」

「一通り見せたけど、ダメっぽかったなー。顔逸らされたで」

「それはメロウがキモかったからじゃなくて?」

「ザラひどい!」


やいのやいのとメンバーが言い争っていると、ずっと黙っていたグレイが「お前ら」と声をかけた。

その一言で、ぴたりと口論が止まる。


「――『西の国』、どうする?」

「潰す」

「いや、まだ無理やろ。情報が足りん」

「『二の国』に援助頼むのは?」

「俺たち独立したばっかだし、軍貸してくれっかー?」

「そこは交渉する。勝利した暁には『西の国』の土地譲りますとかな」

「でも、『西の国』は手出し嫌がる大臣も多いよね」

「国全体がスラム街みたいなもんだしなぁ…」


この幹部たちがここまで意見の一致をしていることは非常に珍しいことなのだが、あいにく、本人たちは気付いていない。

今回ばかりは、主目的がハッキリしていた。


かたき討ち。


愛する同胞を踏みにじった罰を、粛清を、隣人に。

しかし、準備が足りない。――と言うより、今動けばローゼリッテに気付かれかねない。


そうなれば、彼女はどちらにつくのか。


分からない。蓋を開けて見なければ、結局は分からないのだが。


手放しに、必ずこちらにつくとは言えない。


そうなれば、…傷つくのは一体誰か。


「とにかく、もう少し情報を集めてからだな」

『了解』


グレイの言葉を最後に、ガタガタと全員が席を立ち始める。

そんな様子を、ぼんやりと、ザラは眺めていた。





寂しかった。

会いたかった。


ローゼリッテがいなくなってからの数日は、実を言うと、あまり覚えていない。

覚えているのは、自分だってどうしようもなかったのに、一緒にいたグレイとピュールを責めたことと。

いくら足掻いても、もう帰って来ないという事実を受け入れるだけの器量が自分にはないって言う、未熟な幼さだけだった。


「――お、ロゼ」


どれだけ正当な理由を並べられても、自分だけのけ者にされたような感覚は否めなくてこっそりと訪れたローゼリッテの部屋。

なるべく物音を立てないように入ったつもりだったが、やっぱりローゼリッテは起きていた。ベッドの縁に座って虚空を見つめるその瞳が悲しいとも思うが、そりゃあ、仕方のないことだともザラは思う。


「寝れないか?」


ローゼリッテにあてがわれた部屋の隣にはリドルがいる。そのためなるべく小さな声で問いかけると、ローゼリッテは、ちらりとザラを見るとこくりと頷いた。

4年前と少しも変わらない外見は、幼い動作と相まって何だかどこか子どもにも見える。

と言うか、実際子どもだ。ローゼリッテの時間は4年前から止まっている。そこから先の時間なんかなかったことにしてしまえと思うくらいには、自分だって憤っているんだから。


――でも、違うな。


4年。その間、ローゼリッテはちゃんと生きていた。


地獄の中でも、ちゃんと生きていた。みんなは白紙にしようと頑張っているけれど、見えないように優しく目隠しをしようとしているけれど、…でも、ローゼリッテは生きてる。


そりゃあさ、思い出して欲しいけど。


元に、戻って欲しいけど。


でも、だからって今のロゼだってロゼだし。ここにいるし。


喋らないけど、何考えてるか分かんないけど。


俺の隣に、今、座ってる。


見た目は16歳でも、――4歳児になった、俺の好きな人が。


「…なぁ、『西の国』って、どんな訓練すんの?」


その時間を無駄にしちゃダメなんじゃないかな。


それが傷つけるようなことでも、例えば俺は嫌われても。


ローゼリッテが、驚いたような顔をして、ザラを見上げる。

その後すぐに俯くローゼリッテをじっとザラが眺めていると、しばらくして、ローゼリッテは両手をゆっくりと広げ始めた。


「紙、いる?」


どうやら伝えあぐねている様子だったので、問いかけるとローゼリッテはこくりと大きく頷く。

紙とペンを渡すと、文字は覚えているのか、さらさらとペンを走らせ始めた。その字がやっぱり変わってなくて、胸を打たれたような気持になったのはローゼリッテには内緒だ。


(ほら、変わってない)


そう言えば、昔も同じことをしたなぁ。

個人行動が目立つ俺に、ならばと俺が動きやすいように采配してくれたのはローゼリッテだった。

今やってる武器の管理だって、隊で俺に任せようって言ってくれたのもローゼリッテだった。


「………」


分かる?とでも言いたげに、ローゼリッテが首を傾げる。


「うん。…ありがとう」


一から、でも。

俺の知らないお前でも。


生きていてくれたら上々だ。


あとついでに、今度は笑顔も見れたらな、なんて。





「――おぉ!素晴らしいじゃないか、ザラ!どこからの情報だ?」


翌日。ローゼリッテが書いた紙をグレイに見せに行くと、グレイは目を輝かせて『西の国』の訓練法に釘付けになっていた。


「ローゼリッテだけど」

「……は?」

「だって今は俺らの国の人だし。一緒に頑張ろう、なー」


ザラが笑いかけると、ローゼリッテは困ったように小首を傾げて眉尻を下げた。

それでも拒絶はしなかった事が嬉しかったのか、グレイがにやける表情を隠すようにして手で顔を隠す。


「…お前の働きも期待してるぞ、ローゼリッテ」


その言葉に。

一気にローゼリッテの顔が赤くなっていく。それに少しだけ、いやかなりむっとしたが、まぁほら、ローゼリッテ真面目だし?上司に褒められて嬉しい的な反応だと思うし?


(これから、これから)


焦ることはない。だってここにいるんだから。


しかし、当然抜け駆けしたことが全員にもれなくバレ、…一週間ほどザラに監視の目がつくようになるのは、まぁ至極当然の話。


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