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囚われ姫の物語  作者: 亜滝紅羽
『unknown』
2/11

ー帰還ー

“Captivity”




遠くで、誰かの声がする。


それが誰のものだったのか、もう、思い出せない。霞がかった記憶。懐かしいような、楽しかったような、悲しかったような。

曖昧な追想。

けれど、ふと、目が開いた時にはそれが幸せなものだったと言う事だけは分かった。


「ん……」


光が瞳に飛び込んでくる前に、固く冷たい感触が身体全体に伝わる。

コンクリート、のようだった。ひんやりとした、どこか無機質な手触りは寝心地がいいとはとても言えない。

次に、感じた感覚は痛みだった。

足に、焼けるような痛みを感じる。その鋭い痛みのせいで朧気だった脳がようやく晴れていき、今、自分がどこでどうなっているのかを理解する。


――今まで、自分がいた場所は戦場だった。


赤だった。視界いっぱいの赤。飛び散る赤。自分の手が、仲間の手が、敵の手が、――身体が、赤に染まっていく世界。

しかし、どうだ。今の世界は灰色と、鉄柵の銀で満たされている。


捕まった。


脳が、ひとつ、結論を出した。


なるほど。負けたのか。そりゃあ仕方ないな。捕虜になってしまったか。

それなりに頑張っていたつもりだったが、負けて捕まってしまっては仕方がない。

このまま拷問されるか、自白させられるか、…ダメだな。この2沢しか出てこない。そもそも、私だったらきっとそうする。


――よし、死ぬか。


舌を噛み切って本当に死ぬのかなぁとか考えながらさっそく行動に移そうとしていたら、ドアの外の方から、何やら騒がしい声がいくつか聴こえてきた。


「――だぁから、何でアイツひとりにすんの!」

「いやだって、起きそうやったし呼びに行くやろ!?」

「だったら大声で呼べよ!俺たちが行く前に死んでたらどうすんだよ!」

「どゆこと?」

「アイツだったら自決しかねない――って、うわぁぁ起きてる!!」


ガチャリ、とドアが開くと、3人ほどの男が中に入って来た。

知らない、顔だ。そりゃあ敵国なんだから当然か。

それでも関係ない。思い切り舌に歯をたてる。口の中いっぱいに広がる血の味。でも、まだ切れてない。

もう一度、と冷静に脳が行動を導き出すより先に、雪崩れ込むようにして入って来た男の1人が舌に噛みつこうとしていた少女の口に勢いよく手を突っ込んだ。


がぶり。


あ。


と、


思うより前に、手を突っ込んできた金髪の男が「いってええぇぇ!!」と絶叫を上げた。


「だ、大丈夫かピュール!」

「おおおおおぅ!その前に、おい、ロゼッタお前!バカ!早まるな!」

「大惨事じゃねぇか」


……え、何この状況。


何で敵国の人に心配されてんの。私。

少女がぼんやりと3人を見上げていたら、噛んだ男と同じ金髪の男が少女の前に片膝を立ててしゃがみ込んだ。


「俺の命令なしに勝手に死ぬんじゃない」


……いや、だから何言ってんのこの人。


私は敵。だってお前の仲間殺したし、撃ったよ。大打撃だっただろ?


そう言ってやりたいのに、今更噛んだ舌が痛み出してきて口を開けない。もう一度、とは思うが、口を閉じたまま舌を噛み切ることも出来ず、どうしたものかと固まっていたら金髪に顎を持ち上げられていきなりキスをされた。


「……っ!」


ぐり、と傷口を舌で押し潰されて、思わず肩が撥ねる。

口の中いっぱいに広がっていた血の味が、重なった唾液のせいで少しずつ薄れていくのを感じる。足も痛くて、状況も分からなくて、動けなくて固まっていたら、キスをかましていた金髪がもうひとりの金髪と黒髪にべりっと引き剥がされた。


「おい、それはアカンぞ」

「総統さまぁ~ん?見つけた時に言ったよな、みんなで可愛がろうって」

「チッ」


相変わらず読めない会話だが、何となく、少女はこの3人の言っていることが理解できてしまった。

いわゆる、慰安婦というやつか。なぜ敵国の私にとか、この国にはそう言う役割はいないのかとか、色々と思うところはあったがそういうことならすぐに殺されなかったのも納得できる。


だって、自分がそうだったんだから。


あぁ、でもそうだったら舌を噛んだのは失敗だったな。喋れなくなった。喘ぎ声っていうのは結構使えるからな。その間に寝首を刈っても、バレないし。

いっそ今3人を殺すことも考えたが、どうやら足が折れているらしく使い物にならない。話を聞く限りおえらいさんだろうし、もうちょっと泳がせた後で殺してもいいかもな。

向こうに殺す気がないのなら。

これは使える。内心ほくそ笑みながら少女が俯いていると、急に、目の前にうるさい方の金髪が現れて目を見開いた。


「大丈夫かー?まだぼんやりしてる?」


くしゃり、と前髪をかき上げられて、思わず目を細めると金髪はにこりと太陽みたいに微笑んだ。

その笑顔に、どこか、誰かの面影があるような気がして。

口を噤んでしまったのは、痛みのせいだけだと思いたかった。





その夜、「お前らに任せられるか!!」とえらい剣幕で怒り散らしたシュウと言う男が少女の体の汚れを落とし、肩を貸してもらってあてがわれた部屋へとやってきた。

その後間髪入れずにザラと言う男とヤマトと言う男が入って来たが、武器も何も持っていなかったようなので少女はひとまず肩を落とす。


「いやー、久しぶりに見たなぁ。髪伸びたくらいか?変わってないなー」

「足、痛そうだな。明日先生に見てもらおうな」

「ベタベタさわんな!」


ザラに頭を撫でられ、ヤマトに足を撫でられ、どう反応すべきか迷っているとシュウがふたりを威嚇しながら文字通り蹴散らした。


「大体、お前らここに来ること総統に言ったのかよ」

「言ったら止められるだろ。何言ってんだ」

「右に同じく」

「お前ら、自分が安パイだと勘違いするのやめろよ」


むしろ常時警戒態勢だよ、と自分を庇うシュウに、少女はただただ不思議そうに首を傾げる。

ここの人間は本当に意味が分からない。わざわざ名を名乗る意味も、壊れ物を扱うかのように優しく撫でるのも。

固まっていると、またザラによしよしと頭を撫でられて何だか胸の奥がこそばゆいような感じがして視線を濁した。


「なぁ、ちょっと抱きしめてもいいか?」

「殺すぞ」

「俺も殺す。諦めろ。ザラ」

「こんな大人しいロゼ珍しいのに!」


――まただ。


おかしい。ここの人間は時々、何故か自分を知っているような言い方をする。

その意味が、意図が分からず、自分は首を傾げるばかりだ。そして、その言葉を嫌ではないと。…むしろ、少し嬉しいような気がしている自分にも意味が分からなくて。


「………」


いや、ちがう。


自分はただの道具として生かされてるだけだ。いつもと同じ。変わらない。ただの消耗品。

人をまるで虫けらのように殺してきたことも、男を悦ばせるような夜伽の手技も、それが正しいのだと叩き込まれてきたんだから。


やることは変わらない。


だって、自分の帰る国はあそこしかない。


そう、思い込んでいる自分にも気付いて、喉の奥がきゅっと絞められたようだった。





くるしい、と声を上げた。


でも、喉元に添えられた手は外されることはなかった。


怒鳴りつけられて、脳髄から快楽を引きずり出される度、死んでいくような気がした。逃れられないと。それは呪いだと。――それは薬だと。


勝って帰れば、ご褒美がある。


でも、それは、本当に。


“ご褒美?”




「――っ!」


がばりと体を起こすと、どくどくと、心臓が早鐘を打っているのがやけに鼓膜に響いた。

目の奥が、チカチカと光を放っている。そして、熱い。焼けるように、体が熱くてたまらない。


「……あ、」


負けた。

負けたら、ご褒美は貰えない。当たり前のことだ。今まで、自分だって見てきた。負けた人間の末路を。そうならないために、どうすればいいのかを叩き込まれてきた。


ずるずると、這うようにしてベッドから降りる。


足が、痛い。でも片足は動く。帰りたい。でも帰ったら棄てられるだけ。

褒美をもらわないと。そのためには戦果をあげないと。殺さないと。殺さなきゃ。誰を。――なぁ、誰をだよ。


バラバラな思考が、身体までバラバラに引き裂こうとしている。


怖い。初めて思った。違う、ずっと怖かった。負けて帰ったら、人でなくなるんだ。棄てられて、きっと、……誰も帰って来なかったのはそういうことだろう?

どうなるのかなんて、考えないようにしてきた。無様でも、媚びてでも、そう生きるのが当たり前だと思っていたから。


なのに、ここの人間たちは。


楽しそうなんだ。笑ってるんだ。仲が良くて、軽口を叩きあえて、――頭を撫でてくれて。


生きていてもいいよって。


そう、言い合っているように思えたんだ。そんなこと、ひとことも言い合ってないのに。


「――ロゼ?」


……そういえば、名前、私、あったんだなぁ。


なぁ、何で名前知ってるの。何で名前呼んでくれるの。

私、自国では『No.45』だったよ。


ずっとずっと、ただの“お人形”だったんだよ。


「お、おい!ヤマト!ロゼが倒れてる!」

「やっぱ巡回してて正解だったなぁ。もー。貸してみろ、運んでやっから」

「は?俺が運ぶけど」

「じゃあ何で俺呼んだんだよ」

「総統に報告して来いよ」


頭上で交わされる会話を、朦朧とした意識で聴きながら少女はゆっくりと手を伸ばす。

その先。名前を呼んでくれる誰かの肌にひたりと触れると、何だか、ひどく安心した。そのまま意識を失う少女を抱えて、ザラは慌てて立ち上がる。


「とりあえず医務室だな」

「オッケー、すぐ向かうわ」


時刻は、深夜2時。

いつもなら、固いベッドに幾人かの仲間と共に眠って。



くすりがからだをまわるじかん。





離脱症状、と軍医が下した病状は、あながち間違いでもないようだった。

要するに麻薬だ。快楽漬けにして、戦いで放出するアドレナリンを利用して、身体を塗り替えていく。


「39.9℃…」


軍医リドルが体温計の数字を読み上げると、ぐ、とシュウが唇を噛みしめた。


「全然気付かなかった…。やっぱ一緒に寝るべきだったかな…」

「それは俺が許さないけど…」

「オイ、ザラ。この期に及んで何言ってんだよ」


ついでに言うなら、シュウは自分が一番の安パイだと自負している。仲間には全く信じてもらえてないが。


「やっぱベッドの下に潜っとくべきだったかー」

「オイザラヤメロ」

「お前ら、病人の前で静かにするって選択肢はないんだな」


呆れ顔でリドルが言うと、2人は口を揃えて「だって心配なんだもーん」と合唱した。

その中でも、やけに静かなのが総統サマとピュールだ。ふたりともじっとベッドの横に座って、少女の寝顔を眺めている。


そりゃまぁ、無理ないか。


――4年前、ローゼリッテが捕らえられた戦線にいたのが、このふたりだし。


その後すぐ、現総統様――グレイが国に黙ってこの場所を作った。今や独立国家だが、最初はただただ『ローゼリッテを取り戻すため』だけに作られた少数部隊だった。


必死で探している間に薬漬けにされて、あまつさえ自分たちの事も忘れ去られて。


そりゃまぁ自分だって好きだが。想い人が壊されてしんどいんだろなぁと気持ちを推し量ることは出来ても適当な慰めも言えず、そもそも、自分だって腹が立っているのだ。出来ることなら、その国もろとも消し炭にしてしまいたいくらいには。


「………」

「っ!ロゼッタ!」

「起きたか…!」


ふいに、ピュールとグレイが同時に声を上げた。

リドルたちもベッドに近づく。しかし、ようやく目を覚ました少女はどこを見ているのか。全く焦点が合っておらず、ぼんやりと、ただただ天井を眺めていた。


「ろ、ロゼッタ…?」


ピュールが戸惑ったように問いかける。

すると、少女は呼びかける声に気付いたのか、むくりと体を起こすとゆっくりとピュールに手を伸ばした。

自身が噛んだ跡の残る手に触れると、少女は、その手を自分の首筋へと持って行く。

慌てて、ピュールが手を引いた。血の気が引いていくのを感じる。言いたいことが分かるから、分かったからこそ、ピュールはもう一度強く彼女の名前を呼んだ。


「ロゼッタ!」

「……い」

「な、何だ!何だよ、なぁ!」

「ピュール、落ち着け」

「だって…!」

「……しに、たい」


その声は、掠れていて。


「にんげん、の、うちに、…ころして」


それでも、ハッキリと、何を言っているのかが分かって。

思わず、グレイは、ローゼリッテの体を抱き締めた。


「…すまん」

「………や、」

「すまん。…殺してやれない。楽にしてやれない。苦しんでくれ。……お願いだから」


生きて。


ここが地獄でも。それが結果、傷を残すことになっても。


「俺たちと、生きてくれよ…」


――ひどい、言葉だと、思った。


それでも、それが本心だった。何だっていいんだと。


壊れたらまた治すから。

失くしたものはまた探せばいいから。

消されたものはまた作り直せばいいから。


でも、生きていなきゃなにも出来ない。治すことも、探すことも、作り直すこともできない。


生きて欲しい。


側にいて欲しい。


「後悔はさせないから…」


両手で頬を包んで、こつん、と額を合わせる。

子どものころ、よくやったおまじないだ。思えばその頃からずっと好きだった。どうしようもなく。きっと、それは他の奴も同じだ。


「――そうだよ!猛獣どもが怖かったら俺がいるし!」

「俺、めっちゃ仕事できるようになってんで!安心してここおれや!」

「平和ボケがいやだったら俺が相手になるし!」

「怪我の治療もちゃんとするから!」

「何かあったら俺が守ってやるから!」

「当たり前だろ!死なせるか!」


グレイを押しのけて、シュウが、メロウが、ザラが、リドルが、ヤマトが、ピュールが、どどっとベッドに詰め寄ってくる。

潰されたグレイが地の底のような呻き声をあげているが、他の奴らは聞こえているのだろうか。…いや、たぶん、聞こえてないな。


「………」


あまりのことに思考がぶっ飛んだローゼリッテが、決して欲でもなく、ゴミを見るような目でもないその瞳の数に、少しだけ後退して。


「……?」


それでも良く分からず首を傾げていると、なぁ、と全員がほぼ同時に口を揃えて言った。


『お前のことが好きなんだよ!』


――なんて。


そんな御伽噺みたいなことを言うから。


微かにともった胸の灯りが、一気に涙となって溢れてきたのは。


あぁ、ようやく帰る場所を見つけられたからだと信じたかった。


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