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囚われ姫の物語  作者: 亜滝紅羽
『unknown』
10/11

-”兵器の少女”-

「むー…」

「まぁまぁ、そんな落ち込むなよ、ロゼ!」

「嬉しそうだなぁ、シュウ」


身体年齢16歳。時を自覚してから4年。

体の時計が止まっているのは分かっているけれど、それでも“同じ年”として面白くない事実。それを分かっているからこそシュウは嬉しそうだったし、ローゼリッテはむくれて面白くなさそうだった。


「いいじゃん、小さかったら身軽に動けるし」

「抱っこもしやすいな」

「友達(6歳児)よりは大きいんやしええやん」


ヤマト、ザラ、メロウに口々にそう言われても、慰められている気がしない。と言うか、絶対慰めていない。


「だって、写真と違う…」

「あぁ……」


ローゼリッテがむくれる原因を察して、リドルは肩を竦めて苦笑した。

突然医務室にやって来たかと思えば、身長を計ってくれなんて言うから何事かと思った。ローゼリッテが手に持っているのは一枚の写真だ。それはまだグレイが隊長を務めていた時に撮ったもので、幹部全員が横並びに映っている。


「そう言えば、シュウより大きくなってないなんておかしいなぁ」

「どういう意味で捉えたらいいのか分からないけど、リドルさんケンカ売ってる?」

「いや、純粋な疑問だよ。医者として」


はははと軽く笑われても、シュウは疑惑に満ちた目を向けるしかなかった。後ろでヤマトとメロウが笑っているのは後で鉄拳制裁確実だ。


「ちょっと縮んだ?」

「縮んでない」

「まぁ、成長期なんて人それぞれだろ。俺も17くらいで一気に伸びたしなぁ」

「ザラはでかいよなー」

「まぁな。ロゼ、気にするなよ。いっぱい食べていっぱい大きくおなり」

「………んんー…」


ザラに頭を撫でられ、思わずくすぐったくて目を細める。そのまま頬をふにふにとつままれるから、なに、と問いかければ、別に、と嬉しそうな顔で返された。


「いや、お前が昔のこと聞いてくんの珍しいなぁと思って」

「……別に、いいでしょ」


ふいと顔を背けるローゼリッテは、やっぱりどこか拗ねていて可愛らしい。

グレイがローゼリッテを『二の国』へ連れて行くと言った時、居残り組は正直気が気でなかった。もし、万が一ローゼリッテが傷つくようなことがあれば制裁も辞さない考えだった。他の奴らは知らないが、少なくとも自分は。

けれど、帰って来たローゼリッテはどこかすっきりした顔で。

前のようにとはいかないけれど、グレイと話すときのたどたどしさが消えていた。少し遠慮のなくなった言い合いは、隊に入った当初のふたりを思い出して懐かしく感じたのも事実だ。


けれど。


(…やっぱ、一筋縄ではいかないかぁ)


本当は。


今すぐ浚ってしまいたい。俺だけを見て欲しい。俺を好きになって欲しい。


友情ではなく、愛情で。欲張りなのは分かっている。ローゼリッテが“みんなと一緒”を望むから、グレイだって調和を重んじているのは分かっている。

それを壊せばきっとローゼリッテは俺を侮蔑する。嫌いになってしまう。せっかく会えた仲間を、居場所を、奪ってしまうのがどれだけ酷いことかも分かっていながら。


「ロゼ」

「なに、ザラ」


――ほら。


その見上げる赤い瞳が。まっすぐな瞳孔が。

大好きだ。ずっと、ずっと昔から。


出会った時から。


「グレイからお土産奪いに行こうか。『二の国』の戦利品、まだ俺もらってない」

「何、戦利品やと!?」

「よし、強襲だ!強襲をかけろ!」


手を掲げてあれやこれやと作戦を立てるメロウ達につられて会議に混ざるローゼリッテを眺めながら、ザラはふとくしゃりと顔を歪めた。


あー、泣きそう。


こんなことならあの時奪っていればよかった。俺のものなんだって刻み付けていればよかった。


――あの、腐った街の中で、お前を見つけた時に。







『二の国』は、なぜ『二の国』と言うのかと問われれば。

優秀なローゼリッテは、素直にこう答えた。


「もともとはふたつの国が戦争していたからです」


と。


戦火に焼かれた郷愁の地。命を落とした自分の両親。

グレイが手を引いてくれなければ、きっと失意のどん底に落ちていたことだろう。


「ローゼリッテ、これはチャンスだ」

「……なんで」


たかが10歳の子ども二人に、何が出来るのか。

ローゼリッテは賢かった。隣に住む幼馴染が賢く馬鹿だから、軌道修正してやらないとと思って様々な事を頭に叩き込んでいたから。

だからこそ、予想外の事態への対処が追いつかなかったともいう。ぐるぐると混乱する頭の中、グレイの声だけは確かだった。だって、真っ直ぐだったから。


「だって、俺とお前が生きてるんだ。どうとでもなる」

「……はぁ?」

「仲間を集めよう。俺たちの理想を叶えるために。俺たちふたりなら、絶対に夢は叶う」


――夢、とか。


なんて似合わないんだと思った。似合わなさすぎて、楽しくなってきて、咄嗟に頷いてしまったことをローゼリッテは後悔していない。


何が必要か。何が不必要か。


グレイと自分が隊長と副隊長になった時、初めてローゼリッテはその選択の重さを知った。

まだ『二の国』が分かれていた時。壊れた瓦礫の中で、フードを被った痩せっぽちの少年に銃を向けた自分の、考えの甘さと重圧と。


「…撃たないの」

「……だって、私がそうなってたかも知れないから」


冷静に考えれば、勝者はローゼリッテで、敗者は彼だった。

だけど、苦い土と錆びの味は同じなような気がした。そのせいで判断が遅れて、そのせいで彼にマウントを取られたことに、気付いた時にはもう遅かった。

彼が言う。


「だったら、今すぐそこを代われ」


と。


ローゼリッテはけほ、と小さくむせた後、


「悪いけど、それは無理だ」


と応えた。


「……知ってる」

「そうだろ」

「知ってるよ!」

「当たり前だ。…誰が誰の代わりになるなんて、そんなの無理だから」


グレイと自分が、そうであるように。


何が必要か。何が不必要か。


その二択しかないなら、少なくとも私にとってグレイは必要で。

グレイにとっても私が必要で。

仲間がいて、誰かがいて、初めて夢なんてものが叶うなら。


「代わって欲しいなら、お前がここにくればいいだろ」


その選択肢を放棄することは、少なくともしなくたっていいんじゃないだろうか。

綺麗な赤で、真っ直ぐにローゼリッテが少年を見上げる。


きっと、同じくらいの少年だ。フードで顔は見えないけれど。

きっと、殺した方が良かった少年だ。もとは敵なんだから。


でも、殺さない。殺されない。


だって、この子どもの姿は、――あの時。


失意のどん底に落ちていたかもしれない、あの日の自分だから。


「……何、言ってんだよ」

「私もそう思う」

「………だよ、なぁ…」


何だか泣きそうな顔をする少年に、ふへ、と笑って、ローゼリッテは少年の髪を撫でた。


「終わったら、一緒にご飯でも食べよう」


とん、と肩口に額を当てられたと同時に、ばさりとフードが落ちる。


ザラが、グレイの隊に入って来たのは、その翌日だった。





慌ただしく出て行った幹部たちとローゼリッテを見送って、やれやれとリドルは苦笑を零す。


「相変わらずだなぁ…」


きっと後で取りに戻ってくるだろうが、ローゼリッテは写真を忘れて行ってしまったようだ。今よりもきりりとして緊張した面持のローゼリッテは、凛としてグレイの隣に立っている。


(…やっぱ、アイツはアイツだな)


真面目で優等生なくせに、自分と向き合うのが下手な優しい元上司。


いや、…友達、だ。あの頃は上下関係なんてあってないようなものだった。血と泥にまみれた戦場の中、それでも笑って生きていけたのは俺たち全員が揃っていたからだ。


だからこそ、ローゼリッテがいなくなったあの時の苦しさは測りきれない。


だからこそ、もう二度とこの時を失いたくない。


(……でも、さすがにおかしくないか?)


ローゼリッテがここへ来てもう半年近く経った。それなのに『西の国』が何もしてこない事がどうも気味が悪い。


みすみす完成した兵器を見逃すか?


あちらだってとっくにローゼリッテの居場所は掴んでいるはずだ。それなのに、ここ半年、何の動きもないなんてことが……あるか?


「……『西の国』…」


この写真が映し出す日常を壊した国。

今まさに勢力を伸ばしている国。


――あの子を、“兵器”にした国。


リドルが写真を眺めていると、突然、ガチャリと医務室のドアが開けられた。

顔をそちらへ向けると、『二の国』時代からの軍人仲間が腕を押さえて入ってくるところだった。どうやらケガをしたらしい。全くこの国の人間は本当に血の気が多い。

一体誰に似たんだか。


「大丈夫か?」

「あー、先生…」


男が苦笑いをしてゆっくりを腕を伸ばす。


そう言えば。


見たことのある男だった。リドルは思い出す。――そうだ、あの時の。


ローゼリッテが少女を助けたという、あの事故の。


「お前――」

「先生」


見上げた先で、バチン、と。


「すみません」


火花が散った。





ざわ、と背筋が粟立つ感覚がする。

突然ぴたりと足を止めたローゼリッテを、手を引いていたザラは首を傾げて振り返った。瞬間、ものすごいスピードでローゼリッテが元来た方向へと駆け出していく。


「ロゼ!?」


声を上げてザラも走り出す。するとメロウたちも気付いたのか、慌てて後を追いかけてきた。


「どうしたん、おい!」

「知らねぇ!――ロゼが急に走り出した!」


全速力で走りながら喋っていると、舌を噛みそうだ。

だが、そんなことはどうでも良かった。何故か。一度どん底を経験した自分だからか。ザラは、気味の悪い悪寒を止められない。


止める術を知らない。


「お、い……」


医務室のドアを開けると、“それ”は、立っていた。


赤い瞳。


首元には悪趣味な太い首輪。


「……は…?」

「やぁやぁ、名前のない国の諸君」


医務室の中で、見たことのない男が薄ら笑いを浮かべて立っている。

足元には床に伏せたリドル。その横に立っているのは、元グレイ隊の部下だった男だ。

確か、車同士の衝突事故を起こしたと言う。

報告に来たから知っていた。見たことがあった。


『二の国』時代からの、仲間だ。


仲間、だった、はず。


「――っ!!」


ザラが懐から小刀を取り出すと、男は銃身でそれを受け止めた。

続いてヤマトが短銃を構える。どん、どん、と銃声が響く中、ゴォン、と建物全体に響くほどの轟音が轟いた。


「帰ろうか、№.45」

「ロゼ!」


ぱらぱらと崩れる瓦礫をものともせず、ひょい、と男を抱えてローゼリッテが医務室から飛び降りようとする。


ふざけんな。ここ3階だぞ!――そう叫ぼうとしたシュウの真横を、メロウが走り抜けていった。


「…ローゼリッテ!」


名前を呼ぶと、“それ”は、微かに動きが鈍った。


――ような気がした。男が、耳元で、何かを囁くまでは。


「………」


くるりと振り返ったローゼリッテが、一瞬で、メロウの間合いに入ったかと思えば、鳩尾に拳を叩き込んだ。

メロウの体が宙に浮かぶ。そのままメロウを踏みつけると、ローゼリッテはひょいひょいと屋根の上まで登っていく。


また、建物全体が大きく揺れた。


「くそ、ロゼの言った通りじゃないか!」




『今更入国規制するのも遅い。もう既にスパイはいる。そう思って間違いない』




「おい、何の音だ!」

「グレイ!ロゼが――」

「っ、俺が追う!」


元部下の男を押しのけてザラが屋根上に登ると、そこには、もう既に誰の姿も見えなかった。

何の音も聴こえない。五感全てを使っても誰も、何も、――分からない。


「………――な…」


嘘だ。


ずきりと膝に痛みが奔る。それが、自分が膝をついてしまったからだと気付いた時にはもう、ピュールとグレイが登って来た後で。


(……兵器……って、)


ようやく、気付いた時には遅かった。


ようやく、思い出した頃には遅かった。


代われない。痛みも。疎遠

代われない。立場も。


代えれない。


「………ロゼ…」


何で、なんて。


そんな問いは、もう、誰も返してくれないなんてとっくに分かっている。


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