光の贈り物
粉雪の舞うクリスマスの朝、僕はこの地上に生まれてきました。僕はホタルです。
僕の命は今日一日しか続きません。何のため、こんな冬の真っただ中に生まれてきたのでしょうか、疑問が頭をよぎります。でも、もう後戻りできません。生まれてきた意味を見つけるしかない、僕は心に決めました。
街に入ると、どこも派手に飾りつけがしてあります。昼間のうちにやるべきことを見つけなくてはいけません。
今日は朝からとても賑やかです。みんな浮かれた顔をして歩いています。でも、本当に心から喜んでいるのでしょうか。
「ママ、あのおもちゃ買って」
幼い子が、おもちゃ屋さんのショーウィンドウを指さしています。
「昨日いっぱい買ってあげたんだから、もう少し我慢なさい」
「ママのいじわる」
「そういうことを言わないの」
なぜでしょうか、この人たちの言っていることが、僕にもちゃんと分かるのです。
あっちこっち、飛び回ってみました。明るい部屋もあれば、まだ昼間なのにカーテンの閉まった暗い部屋もあります。そこからは、膝を抱えた人の影がうっすらと見えます。
大きな病院もありました。
「先生、クリスマスなのになんで家に帰れないんですか?」
「まだ病気が帰ってもいいぐらい、よくなっていないからだよ。代わりにお父さんとお母さんを呼ぼうか?」
「はい」
中からは涙をこらえた子供の声と、お医者さんの声が聞こえてきます。
また駅には、正面の公園に目をやりながら、大きな荷物を抱えて途方に暮れている人もいました。
―これだ。これが僕のやるべきこと。生まれてきた意味だ。孤独な人々の心に希望の火を灯そう。
そのような思いが突然ひらめいたのです。
すでにあたりは暗くなっていました。星は雲に隠れて見えません。
まずは引きこもってしまっている高校生のもとへ向かいました。
後ろからは光の球がついてきます。
「どうせ僕のことなんか誰も分かってくれない」
「そんなことない」
「誰だよ、勝手に人の部屋に入ってきたのは」
「そんな言い方ないだろう。君の話を聞いてあげようと思って来たのに。僕はホタル。君は?」
「人間だよ。見て分かんない?」
面倒くさそうで、そっけない答えです。
「そうじゃなくて君の名前」
「どうしてそんなことを教えなきゃならないんだよ」
少年の声は怒りを含んでいました。
「君と仲良くなりたいからだけど、いやなら答えなくていいよ」
僕が言うと、彼の表情はみるみるうちに変わっていきました。もしかしたら、と思って見ていると果たして、
「本当に友達になってくれるの?」と先程までのひねくれた様子は消えて、すがりつくような声で言ったのです。
「もちろん。そのために僕は君の所へ来たのだから。君の言いたいこと、僕が聞くよ」
彼は話し始めました。自分の名前は輝だということ。周りがいつも彼に対して、冷たい態度をとっているような気がするということ。成績が下がったとき、ひどく叱られたこと。人間なんて嫌いだと言います。だんだんと涙声になってきました。
「輝、なんて名前、うそだよね。人からも嫌われる役立たずだから」
輝は寂しそうに笑いました。
「そんなことまだ分からないよ。僕も初めは、一日しか生きられないのに、何で生まれてきたのだろうと思っていたんだけど、昼間いろんな人を見て気づいたんだ。悩んでいるのは僕だけじゃない、みんな苦しんでいるんだということに」
「でも、やっぱり僕は期待はずれの人間だ。生まれてきてはいけなかったんだ」
「絶対違う」
「証拠を見せてよ」
「一緒に外へ出よう。いろんな人がいるよ」
輝は渋りましたが、僕は強引に外へ連れ出しました。
僕たちは光の球の中に入りました。
「今からどこに行くの?」
輝はとても不安そうです。
「難病で苦しんでいる子がいるから、そこへ行くんだ」
しばらく飛んでいくと、大きな病院に着きました。
窓から見た限りではベッドで寝ている子は小学校の低学年くらいに見えます。
「僕はやっぱり外から見ていることにする」
ここまで来て、輝はしり込みをしたようでした。少し残念だけど、今は仕方がない。いつか分かってくれることを信じよう。僕はそうやって自分に言い聞かせ、ひとりだけ病室へ向かいました。
「しんどいよ〜」
寝ている子の声が何かにおびえていました。
「今はしんどいけど、絶対大丈夫」
「だれ?」
「僕はホタル。君のために来たんだ。今はつらいけど、耐えられないものはないよ。苦しいことは強くなるためにあるから。全部意味があるんだ、必ずね」
「本当?」
「もちろん。だからこのつらさを乗り越えられれば、きっと今より強い人になれるよ」
僕は少年の枕元でお祈りをしました。この病気が少しでも早く治りますように、と。
「必ず治るよ。だから大丈夫。安心して」
「ありがとう。ぼく、このつらさに負けないようにがんばる」
その言葉がうれしくて、僕は「がんばれ」の気持ちをこめて三回ほど光を点滅させながら部屋を出ていきました。そして輝の待つ光の球へ戻りました。
「安心してくれたみたい。良かった」
そう言って僕は、何か言いたそうな顔の輝をうながし、次の場所へ向かいました。
夜も次第に深まり、昼間の活気がうそのように街は静かになっていました。
駅に向かって僕たちは飛びました。そこには昼間のおじさんが仕事をなくして、まだ途方に暮れていました。
輝も今度は光の球から出ることは出たのですが、相変わらず少し離れて公園から見ています。
「自分だけは大丈夫だと思っていたのに、どうしてこんなことになったんだ」
「過去ではなく、未来へ目を向けませんか?」
「誰だ?私に話しかけるのは」
「僕はホタルです。それも今日限りのね。おじさんのためにここへ来ました。ご家族がおじさんの帰りを待っていますよ。ほらね」
僕は幻を見せようと思い、ひときわ明るく輝きました。眩しい光が僕たち三人を包み込みます。
そこには彼の家族がいました。奥さん、息子さん、娘さんの三人が、おじさんを笑顔で迎えました。
「お帰りなさい。これからは、みんなで協力して生活していこう。だから、そんなにふさぎこまなくてもいいわよ」
奥さんの温かい言葉でした。子供たちもうなずいています。おじさんの目には涙が浮かんでいました。
「そうだな。みんなで協力すればなんとかなるか。ありがとう」
おじさんの顔からは、だんだんと暗さが消えていき、少しばかり明るい表情になりました。
僕は、この幻でほとんど力を使い果たしてしまい、大きな疲れを感じました。
誰かが駆け寄ってくるのが見えます。輝でした。
「僕も君のように生きることにするよ。悩んでいる人の気持ちは、同じように悩んでいる人にしか分からないものね。君のおかげで、今よりももっと明るく生きていけそうな気がする。ありがとう」
輝ははじめて明るく笑いました。僕にはその笑顔がうれしかったのです。でも、僕にはもう時間が残されていませんでした。
「残念だけど、もうお別れなんだ。僕の命はこれ以上続かないから。僕も君に出会えて本当にうれしかったよ。こっちこそ、ありがとう」
「そんなこと言わないでよ。まだ朝にはならないよ。もう少し待ってよ」
輝の目からは涙が一粒、二粒とこぼれてきました。
「もう待てないんだ。僕には今やらなくてはならないことがあるから。最後に輝の心に希望が灯されて良かった。さようなら」
残された力を振り絞って、僕は空高く飛び上がりました。
街がみるみるうちに小さくなっていきます。これで終わりだと思うと、少し寂しい気もしますが、全く悔いはありません。僕はこのために生まれてきたのですから。
どんどん上昇する中で祈りました。
「神様、僕の、この最後の光を全ての人々の希望としてください」
ホタルの光は、薄く雲のかかったクリスマスの夜空を貫き大きく光りました。そして光の粉となり、街中に降り注ぎました。
そのうちの一粒は、難病に苦しんでいた子供のいる病院へ舞い降りてきました。
「お父さん、お母さん、しんどくなくなったよ。熱が下がったみたい」
「じゃあ、先生を呼んでくるか」
少年の病気は快方に向かっていました。
また、ほかの一粒は仕事をなくしてしまった男性のもとに降ってきました。
「お帰りなさい」
「ただいま。仕事がなくなってしまってなあ。みんなで協力してくれるかな?」
「いいわよ。どこまでも協力する。あんたたちもいいわよね」
母親の言葉に、子供たちはもちろんと言って、にっこりうなずきました。
男性は家族の温かさに触れていました。
別の一粒は輝の上へ注いできました。
「お帰り、輝。どうしたの、こんなに遅くまで」
家のドアを開けると、両親が泣きはらした目をして声をかけてきました。
「ただいま。僕、明日から学校に行くよ。今まで心配をかけて、ごめんなさい」
星のなかった夜空に、一つ、二つと星が輝き始めていました。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。この作品は、作者が始めて応募した作品に手を加えたものです。改めて読み返してみると、この作品が原点だったんだな、と思います。