中間管理職のメリークリスマス
冬の童話祭2017の公式テーマに則って記された作品になります。
企画概要やテーマについては公式ページをご確認ください。
童話です。
誰がなんと言おうと童話です。
児童向けに書かれた作品である以上、これは童話以外の何物でもありません。
――それは、童話の国で長く語り継がれてきた、ある終わらない冬の物語。
童話の王国には、四人の女王様がおりました。
それぞれが春、夏、秋、冬の四季を司っており、交替で童話の国の塔に住むことになっています。王国にめくるめく四季が訪れるのは、王女様たちの力によるものでした。
しかし、ある年のことです。
塔に入った冬の王女様が、そのままいつまで経っても出てこなくなってしまったのです。
王国はその全てが、厳しい冬の寒さに包まれたままです。夜には吹雪が荒び、朝になっては積み重なった豪雪がその嵩を増していくばかり。融ける兆しはありません。
王国の民は困り果てました。
これでは、いずれ食べるものさえ尽きてしまいかねません。
冬はどんどんとその厳しさを増していく一方です。
このままでは大変なことになってしまいます。
そのときでした。王様が、あるお触れを王国中に報せます。
曰く、『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう』。
多くの者が塔を訪れ、なんとか冬の女王様を外に出そうとします。
ですが冬の女王様は全て突っぱねるばかり。春が訪れることは一向にありません。誰も彼もが門前払いで、塔に入ることすらできません。
中には武力でもって、女王様を塔から強引に引きずり出そうと言う者までありました。
ですが冬の王女様を傷つけることは許されません。
彼女がいなくなってしまっては、今度は二度と冬が訪れなくなってしまうからです。
今は牙を剥き、凍える寒さと厳しさを見舞う冬ですが、その大事さもまた皆がわかっていることでした。四人の女王様は、その誰ひとりとして王国に欠けてはならない存在なのです。
そもそも強大な魔力を持つ冬の王女様を相手に、戦いを仕掛けようというのも無体な話ではありました。
事態の解決には、ただ言葉だけをもって当たるしかありません。
あの手この手を使って、様々なひとたちが冬の女王様に塔から出てもらおうとしました。
それでも女王様は頑なに塔から出ようとしません。
どうしてこうなってしまったのか。理由がわからなければ、解決の方法もまた誰にもわかりませんでした。
そんなときです。
――あるひとりの男が、塔から冬の王女様を連れ出すことに成功したのです。
武器を持たず。ただ単身で塔に入ったその男は、言葉によって凍りついた女王の心を、少しずつ融かしていったのです。
交替で春の王女様が塔に入ると、王国にはお日様の陽射しが満ち溢れ、瞬く間に雪融けが始まりました。
春がやって来たのです。
以降、今に至るまで四人の女王様たちは、今も仲よく交替で童話の王国に四季を運んできてくれています。
それこそが、ひとりの名もなき英雄が国を救った証でした。
武力ではなく言葉によって。
今、王国に豊かな四季があるのは、決して女王様だけのお陰ではありません。
名前すら伝わっていない英雄が、王国を、女王様を――全ての民を救ってくれたからなのです。
そのことを、忘れずに暮らしていかなければなりません――。
※
――というのが表向き、童話の王国に流布する《終わらない冬事件》の顛末です。
そう。これはあくまで表向きのお話。
実際には、その裏側でとても多くの事件が起こっていたのです。
なぜ冬の女王は塔に引き籠もってしまったのか。
どうしてほかの女王たちは冬の女王に何もしなかったのか。
王様が出したお触れの意味とは。
そして名もなき英雄は、いったいどのようにして冬の女王を塔の外へと出したのか。
その答えを知る者は、今となってはほとんどいません。
その真実を、これから語ることにしましょう。
言葉によって解決された事件。
ですが言葉とは、時には一本の剣では比較にもならないほど容易に心を傷つけます。
それがひとつの武器であるという事実を、忘れてはならないのですから。
言葉は時に武器になる。
ですが同時に、心を融かすこともできるのだと。
――これは、そういう物語でした。
※
「もう。ねえ、もうどーすんだこれ本当に。ねえ。もう。もうねえ。はあ。何もう。ああ」
心底から疲れているとわかる声が、まるで冬の大気のように辺りを震わせていました。
もちろん、それを聞いている者なんてほとんどいません。
その言葉を吐いた男――童話の王国で秘書官を務める彼は、不用意な発言が認められる立場にないという自覚をきちんと持っていましたし、それを聞く唯一の人間――彼の補佐を務める少女もまた、聞いた事実を辺りに漏らさない聡明さを持っていたのですから。
とはいえその発言が、たとえほかに聞くものがなかったとしても、そうそう口にしていいものでないことは事実です。
たとえ中身のないぼやきだったとしても、今の王国の状況を鑑みれば、何を指しているのかは誰にだって自明のコト。疲労困憊の秘書官に同情を示しつつも、補佐官の少女は立場から、彼に向かって釘を刺します。
「ダメですよ、先輩。仮にも王国秘書官ともあろう貴方が、そんなことを言っては。誰が聞いているかわからないんですからね?」
「いや、んなことわかってるけどさあ……ぼやきでもしなきゃやってらんねーんだよ」
秘書官の言葉はほぼ泣き言でした。
それもそのはず。今、童話の王国の政務は、その全てが秘書官の肩にのしかかっているも同然だったのですから。
その上で、塔に引き籠もってしまった冬の女王の対策からも目を離せません。あらゆる方面から「どうなってんだ?」「春はまだ来ないのか」「進捗は?」「国は何やってんだ」「進捗状況の報告を」「そんなことよりおうどん食べたい」「進捗どうですか」と責められっ放しの秘書官さん。もはやノイローゼ寸前でした。
「進捗進捗うるせーバーカ! 童話の国の秘書官がノイローゼとか全体未聞だぞ!?」
虚しい叫びが王城の廊下に木霊します。
童話の王国ですからね。
ノイローゼとか、あと生活習慣病とか鬱病とか、そういう現代病はあってはならないことになっているのです。童話の世界観が台無しですからね? そこはね。
釘を刺した側の補佐官ちゃんとて、秘書官さんの気持ちは痛いほどわかります。
仮にも王城の中。誰が聞いているかわからないからこその指摘でしたが、内心では秘書官さんとまったくの同意見。思わず頷いて言ってしまいます。
「や、まあ、わかりますけど……」
「農作の状況から道路整備まで俺のところに話が来やがる……! 国王どもも大概にしろって話だが、大臣連中も軒並み使えねえんだよクソが! 何やってんだあいつらはさあ!」
これだから童話は! と叫ぶ秘書官さん。
言っちゃダメなヤツなので、そこは編集でカットです。
「大変なことになってしまったぞ。作物は育たず、雪に覆われて移動もままならぬ。国王様や大臣たちもがんばっているが、解決の兆しが見えてこないな」
という表現に変えておきましょう。
これを童話補正と言います。
「お、抑えて抑えて。そんなこと聞かれたら、大変なことになりますよ」
どうどう、と落ち着ける後輩補佐官ちゃんですが、先輩秘書官さんは聞きません。
「もうなってんだよなあ! これ以上に大変なことなんて思いつかないんだよなあ……!!」
「かもしれませんけど、先輩……荒みすぎですって」
そんな折です。
廊下の、ちょうど後ろ側から。ふたりに声がかけられました。
「あはは……秘書官ともなると大変みたいだね。お疲れ様だよ本当」
弾かれたように振り返るふたり。どうやら、今の会話を聞いていた人がある模様。
秘書官さんと補佐官ちゃん(わかりにくいですね、これ)は揃ってびっくり仰天です。なにせ聞かれていた相手が相手だったのですから。
補佐官ちゃんが声をあげます。
「あ、秋の女王様……!? どうしてここに!?」
しゃなりとした、瀟洒ながらも華美ならぬ落ち着いたドレスに身を包む美しい女性。
それはこの国の四女王のひとり、秋の女王様そのお方だったのです。
四女王の中では唯一《話のわかる女王》ということで有名(※著者調べ)な秋の女王様。
苦笑を漏らしながらも、フレンドリーな様子でふたりに声をかけます。
「ちょっと休憩。長くなっちゃったからね、会議も。ふたりはこれから向かうトコ?」
「あ、はい。そうなんですが……も、もしかしてお聞きになられて?」
「大丈夫。秘密にしといてあげるからさ。秘書官さんも、お仕事お疲れ様だね」
「ええ……まあ。向こうが片ついたところで、今度はそちらの会議に出席ですけど」
「そ、それはごめん……」
もはや余裕など残されていない秘書官さんは、相手がたとえ女王だろうと皮肉を欠かしませんでした。失うもののない者こそが最強であることを表すかのような強気っぷりです。
実際、彼を失っては王国の運営が立ち行かなくなることも事実でしょう。
負い目もあって、秋の女王様ですら強気には出られません。本人的にはいっそ処刑でもされたほうが楽になれると考えていることは、さすがに秘密にしておきましょう。
これ童話ですからね。
「え、えーと。会議室に行くなら、いっしょに行こう?」
話を誤魔化す、もとい戻すように秋の女王。
日々の政務を終えた秘書官さんと補佐官ちゃんも行く先は同じです。秘書官ちゃんは頷いて答え、今度は三人で廊下を歩き出します。
もう完全に《死の淵における逆説的無敵状態》と化している秘書官さんはともかくとして、秘書官ちゃん的には秋の女王様といえばお仕えするお相手のひとり。道中が退屈にならないよう、いろいろと話しかけています。
「そうですか……やはり王様たちは何もご存知ではないんですか」
「誰ひとりねえ。自分たちの奥さんのことだってのに、本当に使えないったら」
「あ、あはは……」
ここらで道すがら童話の王国の説明をしておきましょう。
この王国は四人王制が敷かれています。
ひとりの王様が四人の王女様を娶っているのではないということです。
四人いる春、夏、秋、冬の王様それぞれに、それぞれ春、夏、秋、冬の王女様が奥さんだということになります。
いや、だってハーレムとかそんなん許しませんよ、ええ。
ここは童話の国ですからね。
そんなの……ほら、教育に悪いとか、そういうアレですから。
子どもには刺激が強すぎますから。ダメです。ギルティなのですわ。
お隣のラノベの王国とは違うんですよ?
説明しているうちに、三人は王城内の会議室へと辿り着きます。
入口には、でかでかと《冬の女王様引き籠もっちゃった事件対策本部》と毛筆に墨汁で記された藁半紙が張られています。
いや。いや、違いますね。違います。ダメ。これはダメ。
童話補正童話補正。
えっと……そうですね。
魔法。そう魔法。魔法で描かれた煌びやかな文字で《冬の女王様引き籠もっちゃった事件対策本部》と、ダメだコレそういう問題じゃねえや。
なんかもういいや。
一連の流れもカットでお願いします。
世界観?
すみません、ちょっと何言ってるかわかんないです。
三人は部屋に入ります(この直前の部分を編集点でお願いします)。
部屋の中には六人の人間。
各季節の四人の王様と、そして春・夏のふたりの王女様です。
「おお、よく来たな我が秘書官よ!」
王様の内のひとりがそう言いました。
まあ夏の王様だったんですけど、別にどれがどれとかいちいち触れなくていいですよね?
王様は、もうひとりみたいなもんでいいんじゃないんですか。扱い上。
「――それで、王よ」
秘書官さん的にも、もう王に対して払う敬意とかあんまりない感じの体です。
こいつら職務をサボって「どうしようどうしよう」「困った困った」「そうだ、お触れを出そう」「ダメだ解決しなかった」とひたすら言ってるだけですからね。
役に立たねーんだ本当。
実質、秘書官さんが王みたいなもんですよ。今やね。
「なぜ冬の女王様が、塔に籠もられてしまったのか――原因は判明しましたか?」
結論から言えばしていませんでした。
王たちの言い訳のくだりは、もうここもカットでいきましょう。
「そうですか……」
「いったいどうしたらいいんだ……このままでは国が滅んでしまう」
戦慄する冬の王様。まあこの人は実質、お嫁さんに逃げられたも同然ですからね。
目下、最有力の容疑者として肩身が狭い思いだそうです。
補佐官ちゃん辺りは特に、「どうせ冬の王様が冬の女王様を怒らせたんじゃないですか」と初めから言ってましたし。三行半を突きつけられたかの如しです。
「やっぱり冬の王、何かやったんじゃ……」
「だ、だが心当たりがまったくないんだ! そもそも冬の間は会えないんだぞ!?」
「だから会いたくないってことなんじゃ……」
「そんな! 別れる前は抱き締め合ってキスまでしたのに!?」
「そういう話は今ちょっと聞いてないんだけど」
「人を責めておいて言う!?」
侃々諤々。というか険々悪々でした。そんな言葉ないです。
これがこの国を負って立つ四人の王の姿だというのですから悲しいものですね。
お互いに責任を押しつけ合うばかりで、建設的な会議などまるでできてはいません。
会議は踊らず、進まず。
まあ王も政治家と考えれば、そんなものなのかもしれません。
政治家ってのはいつの時代のどの国でだって、常にお互いの足を引っ張り合(※童話補正によるカット)。
童話の国で政治と宗教と野球の話はタブーなのです。
話を戻します。
「春夏秋の女王陛下たちにも、心当たりはないということでいいんですよね」
秘書官さんは言います。
春の女王は明後日の方向を向き、夏の女王陛下は口笛を吹きました。
挙動が不審でした。
「……おやあ?」
補佐官ちゃんが言い、
「これは……」
秘書官さんも言い、
「あ。お茶がおいしー」
秋の女王様はお紅茶を嗜みますね?
美味しいですからね。仕方ないですよね。
「……失礼ですが、女王様方。もしかして、冬の女王様が引き籠もった件に関して、何かご存じなのではないですか?」
「え? え? ちょちょちょちょ、え? え、なんのこと? わかんない。あーわかんない。あーなんか。あー。あー耳。耳が、これ耳遠いわー。わたしももう齢三百歳付近だからなー。これ、あー。あれ、あれが、あの、あれで。あー」
「嘘下手かこのアラスー王女」
夏の女王に突っ込む秘書官さんでした。
容赦の文字は辞書にない感じです。こいつ半端ねえな。
「……何か知ってることがあるなら聞かせてください。正直、このままだと本当に洒落になりませんよ。本当に。マジで。マジで!」
必死の秘書官さんでした。
ただ、これは無理もないことなのです。事情も知らずに彼を不敬と叱りつけるのは、あまりに無体というものなのです。
なにせ、ここは童話の王国。
だから国中に童話補正がかかっています。
全国民が童話ナイズドされた童話みの深い童話リティ溢れる童話イズムな王国なのです。
要するに、みんな頭がお花畑なので危機感というものがまったくないのです。
たとえ国中が一面、吹雪の雪景色でも、頭の中は桜吹雪なのです。
上手いことを言っている場合ではないのです。
そもそも上手くないのです。
だってそうです。そうなのですなのです。
終わらない冬に国中が包まれて、国民がやったことはなんだと思いますか。
そうです。
ウィンタースポーツです。
冬ですからね。
そりゃ楽しまなくっちゃ損ってものですよね。
わかります。
スキーとかスノーボードとか、めっちゃ楽しいですからね。童話の国の童話山の童話高原スキー場の童話一日リフト券とかもう矢のように売れてますからね。ドワゴンドラとかありますからね。
童話スピードスケートも楽しいですし、童話フィギュアスケートなんか今めっちゃ流行ってもんです。あとはハーフパイプの童話選手とか聞いたことないですか?
じゃないですよ。
童話ってつけとけばなんでも許されるわけじゃないんですよ。
大概にしてくださいよ。
――と突っ込める人間が、悲しいかな、この童話の国には秘書官さんただひとりしかいない、と。
そういう次第なのでございました。
秘書官さんが、必死でなんとか事態を解決しようと息巻くのも、むべなるかなとご理解いただけることでしょう。
そして、それは王国全土に共有された認識でもありました。
特にお世話になっているのは、国民もそうですが、国王や王女たちであることは言うまでもないというものでしょう。
「……むぅ。ほかでもない秘書官のアナタに言われては、隠し通すことはできないわね」
「ええ。仕方ないわ、アナタに免じて、今回の事件の顛末をお教えすることにします」
春の女王と夏の女王が、口々に観念の台詞を吐きます。
日頃からお世話になっている秘書官さんに、さすがの女王ふたりといえども頭の上がらない様子でした。
「秋の女王」
と、春夏の女王。
秋の女王様も頷いて言います。
「まずはこれを見てほしいの」
「なんです、これ?」
「何って――ビデオテープだけど」
「待って」
と、そこで口を開いたのは補佐官ちゃん。
彼女は言います。
「待ってください。あの。あの、すみません。あのですね、仮にも――失礼。畏れ多くもこの童話の王国の女王たるお三方がですね、その、ビデオテープとか、そういうこと言うの、ちょっと、あの……アレなんで。すみません。ご遠慮していただいていいですか。童話補正」
「ほら、夏の。早くこれデッキに入れて」
「秋の女王。ちょっと。デッキて。ねえって。やめてくださいって」
「はーい。でも恥ずかしいなー。あたしたちの女子会撮ったヤツじゃん、これ」
「あの。夏の女王。女子会とか言わないで。あの。世界観。ねえ。話聞いてますか。ねえ?」
「現世で流行りの自撮りってヤツ、一回やってみたいって言ったの夏のでしょう」
「春の女王。あの、もう、……自撮りの意味が違うぅ!」
突っ込む補佐官ちゃんでしたが、その突っ込みはどちらかというと、もう突っ込みを諦めたという意味合いでの突っ込みでした。
何言ってんのか自分でもよくわからなくなってきていますね。
ともあれ再生されました。
女王女子会の顛末を録画したムービーです。
世界観的にアレなので、なんかこう映像魔法的な何かだという感じで、各自セルフ童話補正お願いします。
※
冬「あーっ。イヤー。もうやだよー。うわーん」
春「あーあー。まーた冬のの泣き上戸が始まっちゃった。夏のがのませすぎるからだからね、これー」
夏「えー。春のだってノリノリだったくせにー」
秋「まあまあ、ふたりとも」
冬「うわーん!」
秋「ほら、冬のも。はい、ほら、鼻チーンして。チーン」
※豪快に鼻をかむ音※
春「あらー。童話の国にあるまじき音したなー」
夏「ていうかもう女王にあるまじきだよね」
冬「どうせわたしなんて女王失格なんだもんぴぎゃあー」
秋「あーあーあー。ほら春のも夏のもやめてってば、もぉー。冬のは情緒不安定なんだから。更年期なんだから」
夏「三百歳越えて更年期も何も」
春「やめよう。年齢の話はやめよう。これ女子会。ウィーアー女子」
冬「うぅ……どうせわたしはおばさん。取り柄のない、いちばん人気ない最下層の女子……《冬の女王》といえばもう肩書きだけで悪者扱い……ひどいよう。わたしが何したっていうんだよう……」
秋「ちょっと女子ぃー」
冬「だいたい冬の女王なのに冬が楽しめないってどういうコトなのさー! なんで冬の間はいつもいつも塔に閉じこもってなきゃならないのさー! ヤダー! わたしもウィンタースポーツとか楽しみたいよー! ゲレンデが溶けるほどの恋がしたいよー! クリスマスにデートしたいよー! うわーん!!」
夏「あー」
春「わかるわー」
秋「わかるけど言ったらおしまいだあ……」
夏「わたしもビーチでナンパされたい」
春「お花見……」
秋「紅葉狩り……」
冬「サンタさん来ない……」
春「わか……――ん?」
秋「え?」
夏「あれ? ん? あれ、それ……なんか、違わね?」
冬「えぇ……どうしてぇ?」
秋「どうしてって……」
冬「だってクリスマスにはサンタさんが来るんだよー? よい子にしていると、トナカイさんとそりに乗って、プレゼントを持ってきてくれるんだよぉ?」
秋「嘘……だろ……?」
春「いや。いやいやいやいやいや。そんな。ちょ、まさか。そんな、ね? いくら、いくら童話の王国の住人だからって、アナタ。まさか、その歳になって――マジでかオイ」
冬「ふえぇ?」
夏「歳ィ……考えろォ」
春「ちょ、ちょちょちょちょちょ、ちょっとごめん。ごめん。一回。ごめん一回待って。冬の。タイム。一回タイム。はい。はい集合。夏秋ここ、集合。はい。はい会議。はいちょっと作戦会議入ります、はーい」
冬「うにゅー?」
※春夏秋が顔を近づける※
秋「冬のが完全に幼児退行している……」
春「うん。うん、それも、うん。それもそれで問題ではあるけど。今はいい。今は措こう一回措こう。問題はそこじゃない」
夏「やべーよ。やべーって。あれ冬の、マジでサンタさん信じてるよ……あの歳でまだサンタさん信じてるよ……ピュアってレベルじゃねえぞ」
秋「たぶん、冬の間ずっと塔にいるから、クリスマス経験したことないんだよ。だから信じてるんだよ……そもそも知らないから……」
夏「あー」
春「いくら童話の国だからってお前……嘘でしょい。どういうことん」
秋「喋り方。……そもそも童話の国だからこそ、逆に割とサンタは鬼門だったりするんだけどね」
春「まあ、まあまあまあまあ、ねえ? ほら、児童書ジャンルと童話ってまた違うからね? 意外とねー、宗教関係はちょっとねー」
夏「はい春の危ないスットプー。それ以上ダメー。童話補正オーケー?」
春「オーケー童話補正」
夏「イェア」
春「サンタさんは北欧にいます!」
秋「はい問題なし。――で、どうするよ?」
夏「いや……」
春「どうするって……どうするって訊かれても、ねえ……?」
※突如ノイズ走る※
冬「あたし決めたー!(※大声。音が割れている※)」
夏「うぎゃあビックリした!?」
春「うぎゃあ言わない。童話補正オーケー?」
夏「オーケー童話補正」
秋「ねえそれ流行ってるの? わたしが知らないところで流行ってる?」
夏「『きゃあ。びっくりしましたわ』」
春「いい! その言い直しいい! ナイスゥ!」
秋「……で? 冬のはいったいどうしたの」
冬「あたしサンタさん来るまでこっからもー出ないー!」
※
そこで補佐官ちゃんが映像を消しました。
正確にはテレビの画面に魔法をぶっ放して破壊しました。
魔法を使っているので童話的ですね? いいですね?
「……嘘でしょ」
戦慄した様子の補佐官ちゃんです。
三人の王女たちは、全員揃って顔を背けました。
「え? え、じゃあ――何? まさか、まさか冬の女王は……クリスマスにサンタさんが来ないという理由で、拗ねて塔に引きこもったとでも?」
答える者は誰もいません。
四人の王様たちすら、「あー。夏秋冬の。明日はゴルフでもどうかね」「いや無理でしょ。雪でしょ」「それなんだよなー。もうスキーもボードも飽きたんだよなあ」「まあ待てお前ら。ここは冬の王たる俺にいい案がある――かまくらを作ろう」「「「それだ!」」」」などという始末。
こいつら本当に使えねえんだけどいい加減にしろよマジで。
ともあれ。
冬の女王が引きこもってしまった理由。
もはや明々白々の事態でした。
「……事情はわかりました」
重苦しく、そこで秘書官さんが呟きます。
全員の心臓がドキンと跳ねた。そんな気持ちで統一されました。
だって怖えもの。
秘書官さんキレるとマジぱねえもの。
「なるほど。――そういう、ことだったのですね……」
決して大きな声ではありません。
強い口調でも、ドスが利いているわけでもないのです。
それでも、秘書官さんに口を挟める者など、この部屋にはいません。
それくらいの圧力があったのです。
それくらい――秘書官さんはいつも苦労しているのです。
童話の世界に胃薬とかないですしね。本当にかわいそうなんですけど。
――ですが。
「それなら話は単純ですね。いや、簡単なことでよかった」
意外にも、秘書官さんはあっさりそう口にしました。
これには一同驚きです。
具体的には春の王と春の女王と夏の王と夏の女王と秋の王と秋の女王と冬の王と補佐官ちゃんが驚きです。
具体的に言う必要なかったんで今のカットでお願いします。
「ど、どうするつもりだね、君……?」
一応の責任は感じているということなのでしょう。
一同を代表するように、そう口火を切ったのは冬の王様でした。
その問いに、秘書官さんは笑顔で答えます。
この人は普段は大人しい方なので、どちらかというと笑顔のほうがむしろ怖い勢いありますが、それはともかく秘書官さんは笑顔で答えます。
「――ならば、サンタが塔に行けばいい、ということですよ」
と。そう、秘書官さんは言いました。
普通のこと言ってました。
ほかにないくらい当たり前のこと普通に言ってました。
誰も突っ込みませんでした。
いや。この空気でそれ指摘できる人がいるなら、是非この場に来てくださいってお話ですよ。
その人にサンタ役やらせますからね。マジで。
「さて」
と秘書官さん。
方針さえ決まってしまえば彼は有能おじさんです。
「さっそくサンタを手配しましょう。心当たりはありませんか?」
「んー。いえ、先輩。それは難しいです」
と。答えたのは補佐官ちゃんでした。
これには驚いたように、秘書官さんも目を細めます。
「いや、どうしてだ? 今は冬だろう。サンタ全盛の時期だ。いや、確かに童話の国とてサンタの召喚はなかなか難しいのはわかる。しかし、それでも童話の国はまだサンタを呼びやすい土壌だろう? 近隣のSFの国やミステリの国なんかじゃ確かに不可能だろうが……」
「いえ。そういうことではなく」
と、補佐官ちゃん。
言います。
「――今、季節的には夏なんですよ」
は? という顔の秘書官さん。
「いや。冬だよね?」
「冬ですけど」
「じゃあ冬じゃないの」
「いえ。あの、冬なのはこの国だけなんです。暦で言うなら、今はもう夏なんです。冬どころか春も通りすぎて夏真っ盛りなんです。サマーシーズンなんです」
「あー……」
「言い換えるならシーズン・イン・ザ――」
「その言い換えはしなくていい」
「あっはい」
「童話補正オーケー?」
「オーケー童話補正」
「はい」
「……まあ、そんなわけなので。この時期にサンタを手配するのはかなり骨ですよ? 童話の国はその辺結構シビアなんで、さすがに……」
「――いや」
と、そこで閃いたのでしょう。
秘書官さん。
起死回生の策を、皆に伝授するのでした。
※
翌日、サンタの扮装をした秘書官さんが塔を訪れ冬の女神にプレゼントを渡しました。冬の女神は当然ですが世話になっている秘書官さんの顔を見間違えるはずもなく、最初は馬鹿にしてんのかぶっ殺すぞとキレにキレましたがプレゼントを見ると納得の表情。「南半球では夏にクリスマスが来るんですよ」という言葉にすっかり騙されたようで、冬の女王は休暇を取って、秘書官さんに貰ったプレゼントで南の島に行きバカンスを満喫しました。もちろん読者諸賢は北半球が冬のとき南半球が夏というだけで、北半球が夏になったから南半球に行けばサンタがいる、などという言葉はまったく理屈が通っていないことにお気づきと思われますが、その辺りは些末な問題なので流しておくがいいと思われます。そもそも童話の王国に北半球も南半球もないのです。童話補正。納得しておいてください。
なお事態の集結と同時に秘書官さんは補佐官ちゃんを嫁に取って職を辞しましたが誰も文句は言えなかったことを追記しておきます。
歴史の闇に埋もれた、これが事件の真相です。
願わくは同じ過ちが繰り返されぬよう。
名もなき英雄の――中間管理職の男の闘争が、誰の記憶から失われど、決して意味を喪失しないことを願うのみでございます。
メリークリスマス!
文責:秋の女王様
童話です。