何もないつまようじ
「……当たった」
「またかよ!」
小学生の頃、まだかろうじてあった駄菓子屋。よくフミカといた。
フミカは女の子だけれど、女子のグループに入ることはせず、男子とつるむことの多かった人物だ。綺麗な黒髪に白い肌、目鼻立ちの整った恵まれた容姿をしているはずなのに、三白眼が全てを台無しにしている。
そんなフミカの密やかなる趣味が駄菓子屋巡りである。
本当に密やかだったので、家が駄菓子屋でなければ俺も知ることはなかっただろう。初めて祖母の営む店で会ったときはお互いに驚いたものだ。
「コノハくんちだったんだ……」
月に一度きりの休みの店にフミカはいた。かなり懇意にしてくれていたらしく、祖母が特別に休みでも入れていたのだという。
だからといって、俺とフミカは幼なじみと呼べるほど仲が良かったわけでもない。ほとんど他人に近い関係だった。そもそも小学校も中学校もクラスが一緒になったりはしなかった。俺とフミカの交流は本当に駄菓子屋だけだったのだ。
ただ、何故そんなやつが印象に残っているのかといえば。
いつもフミカは当たりつきのきなこもちを一本買うのだ。
ころん、と十円玉をレジに置き、きなこもちの刺さったつまようじをぱくりと無造作に頬張る。そしてぴっと抜いたつまようじの先は、いつも赤。
「……当たった」
「まじか」
当たりが出たらもう一本。フミカはその一本も無造作に手にとり。
ぱくり。す、と出てきた先は……やはり赤。
「まじか」
ワンモア。
……赤。
「まじですか」
一人一日三本まで、というルールなのでいつもそこで打ち止めなのだが。外れを引いたところを見たことがない。
実は全部当たりなんじゃないかと一箱祖母に分けてもらい、検証したが、そんなことはない。きなこもちの箱は三本に一本、もしくは二本に一本は当たりが出るように作られているらしい。確率としてはそれなりに高いが、中学を卒業するまで一切外れを引かないなんてやはりただごとじゃない。いや、高校生になった今も記録は更新中であるから、もっとか。
俺たちは今、高校三年生だ。相変わらずフミカと同じクラスになることはないが、駄菓子屋で会う。といっても、祖母は他界し、店を引き継いだ父が週に二、三回も開けばいい方、といった感じの状況だ。どれだけ客が来なくても、フミカだけは来るから、店を保ち続けている。他にもちらほらと客はあるので、本当にかろうじて存在している状態だ。
フミカは今日も当たりのつまようじを引いた。二本、三本。またしても記録が更新される。
「駄菓子屋泣かせだよなぁ」
俺は先程フミカから渡された十円玉を玩びながら呟いた。フミカはいくつになっても治らない三白眼で俺を見つめる。ぎろりと効果音がつきそうだ。
「仕舞ったら? 店員さん」
至極まっとうな指摘に俺はだいぶ古びてきたレジの機械を開け、ちゃりんと硬貨を放る。
中身はあまり潤沢と言えない箱を押し込むと、フミカに向き直った。
「他に何かお買い上げになりませんか?」
「笑顔気持ち悪いからやめて」
精一杯の営業スマイルを一刀両断された。持ち前の三白眼と相まって、威力は抜群だ。
しかし、あんまりな態度を取りながらも、ぽんとレジのテーブルにチョコレート菓子の袋を乗せるあたり、義理がたいというか、親切というか。顔はアレだが、根は悪くないやつなのだ。
「百二十円です」
「高くなったね。前は百円だったのに」
「物価というのは無情なものだよ」
本当のことを言うなら、くじつきのきなこもちも本当は一本三十円だ。フミカに払ってもらっている十円という金額は常連様価格である。
ゲーム機の普及で子どもは外で遊ぶことがなくなった。外で友達と会う必要がなくなった。そんな社会で駄菓子屋の需要はなくなっていった。
本当は祖母が亡くなったのを期にこの店も閉めようなんて話が出たのだが、フミカのことを知っていた父と俺が続けようと主張したのだ。
ある意味、こんな日々が続くのはフミカのおかげなんだな、と三白眼を眺める。
フミカは皮肉めいた俺の語調を非難することもなく、財布から取り出した小銭をちゃりんと俺に手渡す。
その場で袋をばりばりと破り、ザクッとチョコレートがコーティングされたウエハースを噛み砕く。器用に力加減をし、こぼさない。伊達に十年以上通っていない。
「……ごめん」
妙に感心して眺めていると、不意にフミカは謝罪を口にした。俺は心当たりがなくて首を傾げる。
会計はいつも釣り銭なくぴったりもらっている。少し困るといえばきなこもちの外れを引かないことくらいで、それを気にするなんて今更だ。
何を謝ることがあるんだ?
疑問をそのまま視線に乗せて送っていると、声がすぼむのを誤魔化すためか、フミカはチョコレート菓子を食んだ状態で続けた。
「……夏からもう、来ない」
短いが、衝撃のカミングアウトだった。
けれど、不思議なことではなかった。むしろ今までずっと通いつめてくれたことの方がおかしいのだ。ようやくこのときが来たか、と俺は落ち着いて受け止めていた。
とはいえ。
「そっか。残念だな」
フミカが来なくなるのなら、この店を閉めなければならない。それが寂しい。
「でも、またいつか戻ってくる」
「……へ?」
意外にも続けられた言葉にフミカをまじまじと見つめる。目は相変わらず三白眼だったが、微かに真剣な色を帯びていた。
「駄菓子屋、卒業するわけじゃないから」
高三で堂々と言う台詞かね。
「じゃあ、何だって言うんだよ?」
「願掛け」
常日頃から単語単位でしか喋らないからか、フミカは説明が下手だった。
まあ、下手なりにした説明がこれだ。
「コノハくん、いつも言うじゃん。当たるたび、またかって。運使いすぎって。運が浪費されたって、別によかった。だから、全然気にしなかった。けど、気にしないわけにもいかなくなった。……今年、受験だから」
最後の一言でようやく意味がわかった。
そう、俺たちは高三。受験生だ。俺もフミカも例に漏れない。
突然湧いた実感に。
「ああ、そういや、そうだった」
なんだか笑えた。
フミカに指摘されるまで、気づきもしなかった。自分が受験生であること、進学しなくとも、身の振り方を考えねばならない、いいや、もはや今からでは遅すぎるくらいの時期なのだということをすっかり忘れていた。
いや、それより──
当然のように俺はここにいて、駄菓子屋を続けて、そこにはいつも、フミカがいて。
この光景が当たり前に続くのだと。
「……続けてよ」
俺の心理を読み取ったように憮然と声を放つフミカに。
「当たり前だろ」
俺は百二十円をレジのケースに入れた。
気まぐれに、俺はポケットから十円を出してレジに投入する。きなこもちの箱から、一つつまようじをつまんだ。
ぱくり。たっぷりついたきなこにむせそうになるのをこらえ、つまようじを口から抜く。
先には何の色もない。
「外れた」
普段なら少し悔しい結果だけれど。
少し幸先がいいような気がした。