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きっと、貴女の為の英雄譚  作者: 音無蓮
Episode-Ⅲ【Brave】
8/9

3‐2『誰かの為に、英雄になる理由』

【八】

 名前がなかった僕に、イヴが名付けてくれた唯一無二の、僕の名前、『アダム』。

 何もない、空虚な僕に中身を与えてくれたかけがえのない家族。僕の、永遠にして最高なる、世界最強の英雄様。それが、彼女だった。誰も取って代わることができないただ一人。世界に忌み嫌われている? ただの被害妄想だろうが。僕と一緒に家族でいたかった? だったら、ずっと一緒にいればいい。自分で死のうなんて思うな。英雄は自分の願いを叶えられない、それこそ貴女の自分勝手だ。

『貴女が叶えられないなら、僕が英雄になればいい』

 貴女が、叶えられなかった夢物語を、僕が叶えてやる。

 ※ ※ ※ ※ ※

 それは、きっと星々からの恩恵だったのだと思う。僕には、魔法なるものが使えなかった。試行錯誤を繰り返したところで、無の空間に奇跡は生じなかったはずだった。魔法は、つまり太陽の恵みだった。――今、目の前で起きている奇跡は、誰が想像したことだろうか。

 空が半分に分かたれた。太陽の支配空間だった白昼が、地平線という名の舞台袖に追い出される。蒼穹の隙間から垣間見えたのは、圧倒的な漆黒の帳。星々と、それらを統べる月の独壇場。僕は、太陽に遠ざけられた。その代わりに、月に見初められた。

 お爺様の魔法とは似て非なるもう一つの奇跡『星の恩恵』僕には、それと同じような力が宿ったのかもしれない。腕に纏わりつく、漆黒と青白い稲妻が尾を引き、僕の腕に宿っていた。勝てる、気がした。妄言じゃあ、済ませられない。

 ――お前らを倒して、僕らはあるべきところに帰ってやる。

 刹那。腕に纏った雷電が、周囲の敵対者を丸呑みしてとどろいた。魔物の巣窟、その中心部から一条の光の柱が、何もかもを飲み込む夜の空に高く、高く、伸びていった。

 世界なんて、敵に回してしまえばいい。最初から敵だった世界なんて見捨ててしまえ。怒りや恨みを赦せるようになる、それもまた英雄への道かもしれない。だがよ、貴女は、自分を犠牲にし過ぎだ。だから、少しは世界に向けて怒りを向ければいい。英雄としてじゃない。一人の人間として。誰からも迫害された孤独な一人の少女として。大丈夫だ、たとえこの腐りきった世界が認めなくても、唯一の家族として、俺が認めてやる。


 ――だから、死のうとするな。一緒に帰ろうって言ってくれよ。

 自分のわがままを押し込めようとするなよ。

 残される側の気持ちを、もっと、考えてくれよ。


「あ、はは。結局、守られちゃったよ。私のわがまま、聞いてくれなかったね?」

 ――まだ、わがまま言うには早いよ。だって、まだ僕は君と一緒に過ごしていたい。君の隣に寄り添って、家族でありたい。できるなら、ずっと。争いなんて起こさずに、ひっそりと森の奥の小屋で、生きていたい。

「もう、アダムったら……わがままさんだね」

 ――なんとでも、言ってよ。君だって、本当は、嬉しいでしょ? 結局、最後は英雄っていう縛りに囚われなかった。自分の本当のお願いを僕に、聞かせてくれた。

「本当に……、どっちもどっちだね」――ああ、全く、その通りだ。

 稲妻が消え去った両腕で僕は、イヴの身体を引き寄せた。そして、ゆっくりと、優しく、喜びと幸せを噛み締めるように。僕らだけの世界には、緩慢とした甘美な時間が流れていた。

 さあ、帰ろうか。報われない僕達二人で、また、仲良く生きていこう。

 そして、歩き出そうとして。僕は、イヴの背後に確かな、敵の気配を感じた。僅かに息をしている弓の射手が弦を張って。――危ない。僕は、彼女を庇い、射手の前に立ちはだかる。

 目を見開いたイヴの顔を一瞥し、安心して、となだめる代わりに僅かな笑顔を向けた。だが、次の瞬間、僕の左胸を確かに射抜かれる感触があった。遅れて届いた痛みは、僕の意識を瞬く間に消失させた。

 ご、め、ん、ね。

【九】

 痛みが消えていた。胸からしとどに溢れ出ていたはずの血糊は、もう既に枯れ果てていた。僕の視界には、床の天井の区別がつかないくらいの闇が広がっていた。ここは、一体どこなのだろう。そして、僕の魂は、結局どうなってしまったのだろう。

『本当に、貴方はわがままさんだね』どこかで、彼女の声が聞こえた。しかし、その実像はどこにも見えない。僕は、走った。声の聞こえる方向へ。アテなんて無いけれど。――君は、どこにいるの、イヴ。教えてくれよ。

『駄目だよ。だってもう、君とはここで、お別れ』――なんでお別れなの!? これからも一緒に居ようって約束したじゃないか。呼吸が整わない。走って、走って、駆け抜けて、無限に続く悪夢の中を僕はひたすらに進む。

 頬を下る熱い滴りがあった。その一粒、一粒に、僕らの思い出が映し出されていた。

 星の降る夜に出会ったこと。家族になったあの日。小屋で二人だけで過ごした半年間。魔王討伐の紙をもらって意気揚々としていたイヴの姿。王国の街でのいつもとは違う日常。未開領域への旅路。散々泣いて、ようやく過去と向き合うことができた夜。山賊に襲われたイヴの故郷での一幕。そして、未開領域で世界が僕らを欺いていたことを知り。たがいに、たがいの英雄でありたいと誓った。僕らは、永遠を誓った。

 運命は、残酷に、無慈悲に僕らの間に結ばれた絆という、無数に絡み合い、織り合い形となった一本の糸を、ことごとく切りやがった。

『だけど、最後に私のお願い――叶ったよ』泣き笑いの声が遥か彼方に遠ざかっていく。やめてくれ、行かないでくれ。僕を一人にしないでくれ。嗚咽はとどまることを知らなかった。『私は、最後に、貴方の命を救ってあげられた。だから、もう悔いはないの』――僕には悔いが残っているのに! 孤独な森の中で僕は、何を待っていればいい? 誰の為に生きればいい!? イヴという希望が無いと、僕は、僕は……。

『大丈夫だよ』いつしか、彼方にあったはずの声が、目の前で実像と化していた。『私は、ずっと君の傍にいるよ、アダム』

 ああ、涙で視界がぼやけてしまう。酷い泣き顔を晒している弱い自分が、情けない。

『悔いは、していないよ。だけどね、一つだけ君にやってもらいたいことがあるの。君じゃなきゃできない仕事だよ?』実像のイヴに、徐々に亀裂が入っていく。だから、その前に。『私達の冒険を、世界に届けてくれないかな。――もう、私と同じような目に遭う子供達は見たくない。そしてね、一緒に冒険したことを思い出して、君が笑ってくれればいいなとも、思っている』だから、泣かないで。彼女はそっと、僕の目尻から溢れ出ている、熱く迸る激情の雨を拭った。『笑って、アダム。私の大事な、大事な従者様』

 やっぱり、君にはかなわない。いつまで経っても、僕は貴方の従者であり、英雄にはなれなさそうだ。でも、それでいい。イヴという、北の森の英雄に唯一従える者として、僕は、君の願いを聞き入れる。

 ――笑って、語ってやるよ。僕の永遠の英雄が歩んだ辛くも、楽しい一睡の夢を。

『ありがとう――、大好き、アダム』

 彼女の瞳が近づいた。僕は、ためらうことなく、受け止める。

 そして、僕とイヴは、別れを告げる、キスをした。

 さようなら、僕の英雄。また、いつか、別の世界にて巡り合おう。

 今度は、僕が貴女の英雄になって、迎えに行きますから。

 ちゃんと、覚えておいてくださいね?

 

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