the opening of the war 3
その人物は厚手の茶色いコートを羽織り、帽子をかぶった男性だった。
ポケットに手を入れ、こちらに背を向けているので顔は見えない。
「あの…すみません。少しお聞きしたいことがあるのですが…。」
「…。」
その男性は黙ったまま何の反応も返してこない。
「あの…大丈夫ですか…?」
「…。」
無視されていることに少しムッとした俺は、その人の肩に手を置いた。
「ちょっと、聞いてますか?」
するとその人は…、いや、人だと思っていたそれはこちらに振り向いて、顔を見せた。
目も、鼻も口もない、ただただ黒い顔を。
「う、うわっ。」
驚いてそれを突き飛ばすと、それは何の抵抗もなく倒れたが、ゆっくりと起き上がって俺に対峙する。
「黒い…マネキン?」
そいつは動く真っ黒なマネキンだった。
こいつはなんだ?どうして動く?
知りたいこと、考えたいことは山ほどあるが、そんな暇もなく黒いマネキンはこちらに向かって飛び掛かってきた。
「っ…!」
至近距離から襲い掛かられて避けることも逃げることもできない。
俺は反射的にそいつを殴りつける。
さっき突き飛ばしたときも感じたが、そいつの重さは重厚な見た目に反して軽く、鍛えているわけでもない俺の拳であっさりと吹き飛んでいった。
アスファルトに叩き付けられた衝撃で、首と腕の一本が割れた黒いマネキンはそのまま動かなくなった。
「なんだったんだ…こいつは…。」
近づいて調べてみれば、色以外は普通のマネキンと変わらない。
動くどころか、関節を曲げることさえできそうにない。
どうやってこいつは動いていたのか。
そんなことを考えながらふと周りを見渡し、俺は息を呑んだ。
いつの間にか霧は無くなり、晴れた視界の先には、数十体の黒いマネキンたち。
知らない間に俺は囲まれていたらしい。
マネキンたちは皆それぞれ違う服を着て、フラフラとこちらに近づいて来る。
俺は不気味なマネキン達から少しでも距離を取りたくて、無意識のうちに後退った。
一歩、また一歩下がっていくうちに、あの家の扉の横の壁に背が付いた。
家に逃げ込もうと扉を開こうとしたが、全く開かない。
この家の鍵なんて、とうの昔に手放している。
俺とマネキンたちの距離が二メートルを切ったとき。
視界の端に、それまでびくともしなかった扉がゆっくりと開かれたのが見えた。
ほぼそれと同時に俺は扉の隙間に滑り込み、扉を閉めて鍵を掛ける。
しばらく俺は緊張で固まっていたが、マネキンたちが侵入してくる様子がないのを姿見から見て、ようやく肩を下した。
誰だか分からないが、とりあえず扉を開けて匿ってくれたことに礼を言わなければと、俺は振り返った。
「すみません。ありがとうございま…し………。」
最後に俺が見たのは、黒く無機質な手のひらだった。
「…ツカマエタ…。」




