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8話 報酬として渡された奴隷が委員長だったら

 俺と委員長が最初に出会ったのは確か、高校二年生の冬。前日の夜に降った雪のせいで交通網に狂いが生じていた日のことだったと思う。


 普段の通学にはバスを使用するのだが、混雑を避けようと考えたのか、それとも風情を楽しもうと考えたのか、その日に限っては何故か徒歩で、それもバスのルートとは違う道を使って俺は学校に向かっていた。


 おかげで、気分転換は出来たと思うのだが、ある出来事に遭遇することになる。それは、後、五分も歩けば学校に辿り着くというところでのことだった。


 男性の怒鳴り声が聞こえてくることに気が付いた俺は、何事かと、声のする方に目をやった。眼鏡をかけ、体も細く、いかにも華奢ですと言わんばかりの一人の少女が、体格の良い複数の男性に囲まれている。制服から、少女が俺と同じ高校に通っている娘だということが分かった。


 少女はしきりに頭を下げて謝っているのだが、男性たちは聞く耳を持たないのか、声を荒げて威嚇している。どうやら、雪道で滑り、男性たちの中の一人を突き飛ばしてしまったらしい。明らかに少女の行為は不慮の事故で、取り囲まれて糾弾されることでもないと俺は思いはしたが、仲裁出来るほどの勇気は持ち合わせてはいなかった。誰だって、厄介ごとには首を突っ込みたくはないだろう。


 俺は見て見ぬふりをするが如く、男性たちの脇を素通りしようとする。だが、運が悪かったのか、男性たちの一人が少女の頬を叩く瞬間を見てしまったことで、知らぬ存ぜぬが出来なくなってしまった。仕方なく、女の子に何をするんですかと、俺は少し強めの口調で少女を庇った。言わずもがな、攻撃の対象が俺に変わる決定的な瞬間だった。


 人気のないところに連れ込まれなければいい。まさか、衆人監視のもと、白昼堂々と暴力を振るうほど、頭の悪い人たちではないだろうと、俺は甘い考えでいた。だが、そうは問屋が卸さない。抵抗する間もなく俺は襟首を掴まれ、人の目の届かないところに連れていかれると、男性たちの振るう暴力を一身に受けることとなった。解放されたときには口の中が切れ、結核を患ったのごとく、血を滴り落とし、雪道を赤く染めていた。


 そのときは少女を庇ったことを後悔もしたが、今思えば、正しい行動だったと思う。その日を境に真理以外の女性の友人が出来たわけなのだから。少々、前ふりが長かったが、そのとき助けた少女が委員長だった。


 それまで一度も会話を交わしたことがなかった二人は、委員長の頼みもあって、登下校を共にすることになる。最初は会話をすることが出来るのか不安もあったが、プレイしているテレビゲームが同じだったり、好きなテレビ番組やタレントが共通していたため、会話のネタには困らずに済んだ。そして、三年生に進級すると、同じクラスになったこともあり、二人の距離は更に近いものになった。真理が委員長と俺が付き合っていると誤解したのも、二人きりで会話をする機会が増えたことが原因かも知れない。


 そして、学部は違うが同じ大学に進学することになっていた俺と委員長。異世界に来たことで離ればなれになるはずだったのだが、奇跡的にも再会することとなった。神の思し召しというよりは冥界の主とやらの導きだろうが。


「ところで委員長は何故、この世界に来たんだ?」


 自分の部屋に戻った俺は委員長に抱きつかれたまま、ベッドに座り聞く。


「春弥君や真理さんがトラックに跳ねられて即死したと聞いてね。ショックのせいか、注意力が散漫になって、私も車に跳ねられて。気付いたら、森の中で」


 俺たちと同じような境遇ということか。と言うか、やはり、俺たちは即死だったんだ。知りたくない情報だった。


「エルフにひどいことはされなかった?」


 委員長が首を横に振る。


「でも、一人でいるのは怖かったわ。特に、夜の森なんて真っ暗で何も見えないし。人に会ったと思ったら、拘束されちゃうし」


 確かに、怖そうだ。ゴブリンにも遭遇してたかも知れないし。実際、委員長は危ない目にあった可能性は高い。エルフに拘束されたことも、あながち悪いことではなかったかも知れない。


 何はともあれ、委員長との再会を喜びたいわけだが、素直に出来ない理由があった。多分、委員長もそのことには気付いているだろう。俺は扉の方に目をやった。閉まりきっていない扉と壁の隙間から、真理が覗いてこちらを見ている。


 どうしようかと悩んでいると、「あのジト目の女の子は真理さんよね」と、委員長が聞いてくる。俺は無言で頷いた。


「何をしているのかな? お二人さんは」


 真理がそう言いながら、部屋に入って来た。そして、机を叩いて威嚇する。真理が怒るのも当然だろう。彼氏が少女に抱き付かれているというのに、振り解こうとはせず、体を密着させることを許しているわけなのだから。だが、委員長だって一人で異世界に飛ばされ、寂しい思いもしているのだ。突き放すことなど、俺に出来るはずがない。


「春弥君に抱き付くのに、あなたの許可がいるわけ?」と、委員長が聞く。いや、あるんですよ。それが。真理と付き合い始めたことを俺は、委員長にはまだ、教えていなかった。


 真理が勝ち誇ったように顔に笑みを作り、高らかに宣言する。


「私は春弥の彼女になりました。つまり、春弥は私のものです」


「それは、本当なの?」


 委員長が俺の顔を覗き込む。俺は窓の外を眺めながら、頷いた。いや、別に隠そうとしたわけではない。ただ、タイミングを逃して言えなかっただけだ。


「それに、エッチもしました」


 真理がエッチという部分を強調しながら言う。いや、そこまで言わなくてもいいのにと思いながらも、俺は頷くしかなかった。


「不潔」と、委員長は呟いた。委員長が真面目な性格で、そういった行為を健全ではないと思っているだろうとは、容易に想像は出来た。嫌われてしまったかもと不安に思いながらも、恐る恐る委員長の顔を覗き込む。委員長は真理の方に視線を送っていたため、表情が見えない。


「いや、そこは春弥から離れて部屋から出て行くところでしょ」


 真理の言葉を無視するかのように、委員長の俺に抱き付く力が強くなる。俺のことを嫌ったのならば、身体を離すと思うので、真理には悪いが、俺は安堵した。


「私は二人の交際を認めたわけじゃないし、こんな良くも分からない場所で一人になれるわけないでしょ」


 まあ、確かに一人になれるような環境ではない。委員長は話を続ける。


「それに、私は春弥君の奴隷。つまり、私は春弥君の所有物。だから、離れることは出来ないわ」


 それを聞いて、真理の顔が赤くなる。勿論、照れているわけではない。怒っているのだ。


「だったら、春弥。委員長に離れるように命令しなさいよ」


 当然、真理はそう言う。だが、俺はそれを聞くわけにもいかない。


「一緒にいることが出来た俺たちとは違って、委員長はこの世界で一人でいたんだ。今まで、どれほど心細い思いをしたか」


 俺の言葉を聞いて、真理が歯ぎしりする。まあ、それが抱き付いていい理由になるわけでもないのだが。いつまでも、このままでいるわけにはいかないと考え、俺は策を打つ。


 麻の袋から四枚の銀貨を取り出すと、委員長に手渡した。奴隷として渡された委員長の他に、エドガーから報酬として幾ばくかの金銭は受け取っていたのだ。


「これで、真理と二人で買い物をしてきて。服だとか、その、替えの下着とか。お釣りは返さなくてもいいから」


「ほら、委員長。春弥もそう言っているわけだから、離れて。離れて」


 委員長は悲しそうな顔をしながら、俺の身体を開放する。異世界で生活していくことになるのだ。いつまでも、二人の関係が悪いままでは困る。買い物でもしてもらって、改善をしてもらおう。


「すぐに戻るから」


 委員長はそう言うと、真理と共に部屋を出て行った。戻るのは、俺の部屋なのか、それとも俺の傍にということか、分からない。俺が背伸びをするためにベッドから立ち上がると、委員長が部屋に戻ってきた。すぐに戻るとは言っていたが、いくらなんでも早すぎるだろう。委員長には忘れていたことが一つあったらしい。


「春弥君。もう高校は卒業したわけだから、委員長って呼ばないで。楓って呼んで」


「いや、それはいいけど、呼び捨ては……」


「か、え、で」


「分かりました。えっと、楓。かわいい服を選んできなよ」


「うん」


 委員長。いや、楓は満面の笑みで返すと、再び部屋を出て行った。これからのことは後で考えるとして、今は委員長がどんな服を選ぶのか、楽しみに待つことにしよう。

次回「委員長の服のセンスが残念なものだったら」を投稿します。


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