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7話 援軍が来たら

 真理との口づけの余韻を残しながらも、俺は持ち場に指定されていた城壁に戻ることにした。後ろ髪を引かれる思いだったが、ゴブリンに砦が囲まれている状況だということを忘れるわけにもいかなかった。


 篝火かがりびの用意をしているエルフの兵士を横目に、俺は空を眺めた。昼間の空とは違い、すっかり明るさを失っている。日が沈むまでに大して時間はかからないだろう。この世界の戦い方の定石はまだ、分からないので断言は出来ないが、夜襲が来る可能性があることを考えれば、警戒しておく必要はありそうだ。


 梯子を上ると、城壁の上で森を眺めながら佇むリリムの存在に気が付いた。特に防具を着けているわけでもない。弓矢にでも狙われたら、一大事だ。


「リリム。こんなところで、何をしてる? 危ないぞ。部屋に戻れ」と、俺は注意をする。


 リリムは徐に振り向き、笑みを見せてきた。いつものいやらしい笑みとは違う。どこか爽やかな、俺に真理という存在がいなければ、惚れさせていたかも知れないような人を惹きつける笑みだった。


「春弥様とお話がしたくて、お待ちしていました」


「そ、そうか。で、話って?」


 リリムは頭を下げる。


「真理様に傷を負わせてしまったこと。本当に申し訳ありませんでした。守ることが出来なかったのは、完全に私めの失態でございます」


「いや、リリム。頭を上げてくれ。リリムのせいではないよ。それに、真理も回復したわけだし」


「ですが、真理様を守るのは私めの役目でございます。お咎めなしというわけにはいきません」


 リリムが頭を下げたまま言う。そんなことをされても、俺が困惑するだけだということを、この少女は分かっていないのだろうか。俺は頭を掻きながら、森に視線を移す。


「そこで、春弥様に償いをしようと思いました」


 俺はリリムの顔に視線を戻しながら首を傾げた。嫌な予感がする。いや、正確には嫌ではないが、倫理上、決して許される行為ではなさそうな予感がする。


「どうぞ。私めの身体を春弥様の好きにしてください」


 予感が的中した瞬間だった。


「はっ?」

 

「ですから、性欲の捌け口に私めの身体をご自由にどうぞと」


「いらん」


 俺は即答した。


「それは、私めには魅力がないということでしょうか? 抱く価値はないということでしょうか?」


 リリムが今にも泣きそうな顔をしながら、聞いてくる。


「そういうわけじゃないんだ。真理と恋人の関係になった以上、他の女性と関係を結ぶということは出来ないと思って……」


「それは駄目です」


 リリムが力強く否定する。


「これから、春弥様には魔女を増やしてもらわないと」


「えっ? いや、俺は好色男になる気はないぞ」


 確かに、世の中の男性は誰だって、一度はハーレムを作る夢を見たことがあるだろう。覚えてはいないが、俺にもそんなことがあったかも知れない。だが、俺にはハーレムを持つことが出来ない理由がある。改めて言わなくても大半の人間には分かってもらえるだろうが、真理を悲しませるようなことはしたくない。


「ですが、前にも申し上げましたように、勇者と戦って勝利しなければ、元の世界には戻れないのですよ。魔女を増やしていくことは、戦力を拡大するのに必要不可欠なのです。真理様だって、理解してくださるはずです」と、リリムが力説する。俺は首を横に振った。


 元の世界の話を持ち出せば、俺が全てのことを承諾すると、リリムは考えているのかも知れない。まあ、明確に否定することも出来ないが。


「真理だって納得するはずはないし、そもそも、俺も裏切るようなことをしたくはないんだ」


「分かりました。今はそれでいいでしょう。ですが、いつかは春弥様も女性を侍らすことになると思いますよ。男なんて皆、単純な生き物なのですから」


「それはどうかな」


「……真理様のところに行きます」


 リリムが俺の顔を見つめながら、ため息をつき、城壁から下りるための梯子に向かう。ため息をつきたいのはこちらの方なのだが。そう考えていると、「ああ、それと」と、リリムは言いながら、自らの身体を俺に押し付ける、そして、強引に俺の顔を掴み、口づけをしてきた。


 真理と魔女の契約を結ぶ前と同じように、リリムの舌が俺の口の中を蹂躙している。俺はリリムの身体を掴み、力づくで引き離した。俺の口とリリムの口を繋ぐように伸びていた唾液で出来た糸が切れる。気付けば、先ほどの爽やかな笑みは消え、リリムの顔から艶やかさが浮き出ていた。


「何をする?」


 俺は息を荒げながら聞く。骸骨剣士も何事かと、こちらに視線を送っている。中には、動揺したのか、下顎骨を地面に落としている者もいる。気持ちも分からないではないが、驚きたいのは俺の方だ。


「お貸ししていた魔力を少し返していただいただけですよ」と、リリムは言い放ち、梯子を下りていく。真理。すまない。でも、今のは不可抗力であって、浮気には入らないよな。俺はそう思いながら、二騎の骸骨剣士にリリムに付いていくように指示をする。


 そう言えば、リリムに聞くのを忘れていたことが一つだけあった。リリムは魔女の契約について、直ぐに機会が訪れると言っていた。真理が負傷することを、リリムは予見していたのではないのだろうか。俺は首を横に振る。考えすぎだろう。それに、聞いたところで、否定されるだけだ。聞かなくて、正解だったかも知れない。俺は夜の戦いに備え、魔族の兵士たちに指示を与えるため、魔族の兵士たちに召集をかけることにした。


   ◇


 魔族の兵士たちは、人間とは比べることが出来ないぐらい夜目が利くらしい。夜の警護にはこれ以上ない適任者だと言えるだろう。


 ゴブリンによる散発的な襲撃は何度か起きたものの、各エリア、各物見櫓に分散配置された魔族の兵士たちにより、動きは察知され、昼間のように砦の中への侵入を許すことはなかった。


 そして、夜が明けるのと同時に援軍が来たとのしらせが届く。更に、それに気付いたゴブリンが撤退していったとアランから聞かされる。俺は地面に座り込んだ。もう、当分。武器は持ちたくない。


 俺は立ち上がると、アランに誘われ、砦に入城してきた援軍の行列を眺める群衆に加わることにした。指揮官だろうか。先頭には紋章が刻まれた白銀色の全身鎧を着て、更に鳥の刺繍がされたマントを羽織る騎乗したエルフの騎士。それに続き、騎乗した者が五十人ほど、更に数百を数える兵士が続く。皆、エルフだ。ゴブリンの軍勢が撤退するのも分かる。まともに戦えば、多くの戦力を損耗させてしまっただろうゴブリンたちに勝ち目はない。


「まあ、これで一安心だな」と、俺が言うと、アランも頷く。軍勢の入城が終えると、夜通し戦っていた砦の兵士たちに休息が与えられることが言い渡された。


 そして、俺はエドガーから呼び出しを受けることとなった。


 向かった先は、前回の報酬を受け取った場所である食堂ではなく、応接室と呼ばれる部屋だった。そこに入ると、エドガーの他に、一人のエルフの騎士がいた。着ている鎧から察するに、先頭にいた騎士だろう。俺は頭を下げるが、二人のエルフは顔を合わせるだけだ。やはり、エルフには通じない挨拶の仕方だろうか。礼儀作法をアランに聞いておくべきだったと後悔する。


「初めまして、春弥といいます」


「初めまして。ぼくはイーニアスといいます。以後、お見知りおきを」


 イーニアスと名乗ったエルフが右手を胸に当てながら、微笑んでくる。爽やかな笑顔に、白く輝く歯。大半の男性を敵に回してもおかしくはないほどのイケメンだ。身分も低くはないだろうし、さぞやモテるに違いない。


 俺も慌てて笑みを作る。多分、ぎこちがないのだろう。エドガーが苦笑いをしている。


「魔族の兵士とやらの活躍ぶりはエドガーさんから聞きました。エルフを代表して謝意を申します」


「お役に立てて光栄です。ところで……」と、言いながら俺はエドガーの顔を見る。俺の言いたいことは分かってくれるだろう。


「ああ、報酬のことだな。今、持ってこさせる」


 分かってくれたようだ。報酬の前借りもしていることだし、何よりも今は金だ。我ながら、がめつい考えだと思うが、これも生きていくためだ。仕方がない。


 エドガーが部屋の外にいた兵士を呼び、例のものをと言う。例のものとは何だろうか。正直、自分のことは置いておくとして、魔族の兵士たちの働きは、評価されてもいいと思う。討ち取ったゴブリンの数は百体を優に超えているはずだ。まあ、正確な数が分かりようがないので、報酬の計算をどうやってやるのかは分からないが。


 俺は期待を胸に膨らませながら、報酬を運ぶ兵士を待つ。金塊だろうか。それとも、宝石だろうか。土地の権利書でもいいな。悪いが、いくら高価でも武具はいらないし、階級や勲章もいらない。求めるのは金目の物だけ。


 応接質の扉が開き、俺は眉をひそめた。


 エルフの兵士が運んできたものは、金になる物でもなく、名誉を現す物でもなかった。


「今回の君の部隊の働きをたたえ、一人の奴隷を報酬にすることにした」


 エルフの兵士が一人の女性を部屋に入れる。目から輝きを失い、表情からは生気が感じられない。そして、着ている制服は所々、泥で汚れ、ストッキングも破れていた。


「どういうことですか?」


 俺はイーニアスを睨みながら、叫ぶように聞いた。部屋に連れて来られた女性は俺の知っている人物だった。


「我々は危害を加えていませんよ。むしろ、保護したぐらいです」と、イーニアスが答える。


 俺が振り返ろうとすると、女性は俺に力強く抱き付いてきた。女性の顔を覗き込むと、涙を流してる。そして、「春弥君に会えるなんて、嘘みたい」と、言葉を捻りだすように漏らす。


 その女性とは、俺が高校三年生のころにいたクラスの委員長を務めていた清水楓しみずかえでという名の少女だった。

次回「報酬として渡された奴隷が委員長だったら」を投稿します。


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