5話 ゴブリンに強襲されたら
俺は窓の外を眺めながら、頬杖をつく。ゴブリン討伐の報酬を貰ってからまだ、二日しか経っていないというのに、財布代わりに使っている麻の袋の中には硬貨が一枚も入っていない。それに、俺はエドガーから報酬の前借りまでしていた。
俺は忘れていたのだ。俺が召喚したとはいえ、リリムも立派な少女であるということを。同じ下着を履き続けろなんて言えるほど、俺は非道ではなかった。
やはり、生きていくためにはお金を稼がないといけない。そして、その方法がゴブリンの討伐しかない現状では、かわいそうではあるが、ゴブリンには犠牲になってもらうしかない。
鐘の鳴る音が聞こえてくる。どうやら、仕事の時間のようだ。俺は皮の鎧を着込み、剣を持つ。
「何、この間のようにすぐに戦闘は終わるさ。そしたら、報酬でリリムに服でも買ってやろう」
俺はそう呟きながら、颯爽と部屋を後にする。
広場に着くと、アランが俺の傍に駆け寄ってきた。
「大変だよ。春弥。この砦、ゴブリンの軍勢に囲まれるかも」
「まじか」
俺は頭を抱えながら、しゃがみ込んだ。籠城戦ともなれば、戦闘が長期化することは間違いない。それに、ゴブリンが城壁を破り、砦の中に入り込む可能性だってある。そんな状況、想像もしたくない。頭の中で真理の顔が浮かぶ。
「ちょっと、真理のところに行ってくる」
俺はそう言いながら立ち上がると、広場から出た。
真理たちの部屋に向かう最中に、多くのエルフやドワーフを目にするが、皆同様に狼狽しているように見えた。その中には中学生ぐらいのエルフの少女もいる。弓を持ってはいるが、顔に覇気は見えない。こんな小さな子も戦うことになるのだろうか。切迫した状況がうかがえる。
もしものときは約束通り、リリムに頼るしかない。いざというときは、真理を掴んで飛んで行ってもらおう。
俺はそう考えながら、真理の部屋の前に立つ。
「真理。いるか?」
返事を待つが返ってこない。お願いだから、部屋の中にいてくれと、扉に額を当てながら、俺は願う。
「真理。入るぞ」
真理の部屋の中に入るが、人の姿は見えなかった。俺は慌てて真理の部屋を出て、リリムの部屋も確認する。俺は項垂れた。リリムの部屋も同じく、無人だった。
部屋のある建物を出て、真理たちの名を呼ぶが、それでも反応はない。
こんなときに一体、どこに行ったんだ?
俺は建物の壁を叩く。真理に危害が及ばなくてすむ方法は一つだけしかない。ゴブリンをこの砦の中に入り込ませないようにすること。それだけだ。もう、戦う覚悟は出来ている。後は、命を奪うことへの躊躇いを捨て去るだけだ。
俺は頭の中で骸骨剣士を思い浮かべ、戦力が欲しいと願う。一騎や二騎という数ではない。今ある魔力全てを使っての召喚だ。骸骨剣士を三十騎ほど召喚したところで、俺は意識を失いそうになり、地面に倒れ込んだ。最後に召喚した鎧の騎士が、俺に手を差し伸べる。
「ありがとう」
俺は鎧の騎士に引っ張られながら体を起こし、服に付いた土を手で払う。戦力は用意したのだ。こんなところで休憩している場合ではない。早く、広場に戻らないと。
広場に着いた俺は、自分の部隊の持ち場を聞く。すると、城壁の上の部分を指差された。
「了解しました」
梯子を上れば、城壁の上に立つことが出来る。魔族の兵士たちを引き連れて城壁の上に上がると、既にアランがクロスボウを持ちながら、森を睨んでいた。もう、ゴブリンの軍勢が来ているのだろうか。
俺も目を凝らして森を眺める。この砦が鬱蒼とした森に囲まれているせいで、ゴブリンの姿は隠され、見ることが出来ない。
「アラン。木が邪魔で、ゴブリンが見えないな」
「でも、この森のおかげでゴブリンは攻城櫓も大がかりな投石器も使えないんだ。文句を言ったら駄目だよ」と、アランが森を見据えたまま、言う。そういうものなのだろうか。
周辺を見渡すと、城壁の上には斧や槍を装備したドワーフが、城壁の内側を見ると、弓を持つエルフが集まっていた。間違いなく、ここは戦場だ。俺は苦笑いをする。そして、森の方に視線を戻した。
木々から無数の鳥たちが飛び立った。確かに、何かがこの砦に向かって進んで来ている。きっと、ゴブリンの軍勢だろう。
「野蛮なゴブリンどもを、我々はこの砦で食い止める必要がある。でなければ、力のない者。戦うことの出来ない者は、只、理不尽に蹂躙されてしまう。エルフやドワーフ、そして、他の少数民族たちの安全と平和は諸君たちの働きにかかっているのだ。我々は必ず勝利しなければならないのだ!」
エドガーの掛け声によって、ドワーフたちが各々、叫び声を上げたり、盾を叩いたりする。それとは対照的にエルフは黙ったまま、弓を構える。皆が共通して真剣な顔つきをしている。俺も唾を飲み込み、剣の柄を握る。
ゴブリンの雄叫びが聞こえてくるのと同時に、森から砦に向かって矢や小さな石が放たれた。そして、何本もの梯子が木々の合間を縫って出現し、城壁に掛けられる。
「放て。放て。放て」
エルフの一人がそう叫ぶと、砦の中から無数の矢が放たれ、俺の頭上を通過して森の中へ雨のように降り注いでいく。更に、ドワーフたちが梯子に向かって投石をした。ゴブリンの断末魔が数多く聞こえてくるが、それでも、生き残ったゴブリンたちが次々と、梯子を上ってくる。
「この砦の中にゴブリンを一体も入れるな。皆殺しにしろ」と、俺は魔族の兵士たちに命令する。魔族の兵士たちは次々と、梯子を上りきったゴブリンに剣を刺し、死体を森の中に放り投げる。
俺は鍔迫り合いをしていたゴブリンの背中に剣を刺した。背後から攻撃するなんて、我ながら卑怯だと思うが、仕方がない。手段なんて選んでられない。これも生き残るため。真理を守るためなのだ。
力を入れて、剣をゴブリンの体に押し込もうとすると、鈍い感触を伴いながら、緑色の液体が飛び散った。何とも悍ましいが、これでも生き物の血だ。剣を刺されながらも、ゴブリンが甲高い鳴き声を発しながら振り返り、黒く濁った瞳で俺のことを睨んでくる。どこか、恐ろしくも悲壮を感じさせる顔だ。
「そんな顔で見ないでくれよ」
俺はそう呟きがら、更に深く刺した。骸骨剣士たちも、そのゴブリンに剣を刺していく。ゴブリンは最後に一度、大きな鳴き声を発し、こと切れた。
俺は息を荒くしながら、ゴブリンの体から剣を抜く。そして、眉をひそめながら、剣を見た。ゴブリンの血で汚れてしまっている。剣を振るが、大して血は落ちない。
あとで、拭く物を借りるか。俺はそう思いながら、新たな標的を探し始めた。
◇
俺の思っていた以上に魔族の兵士たちの戦いぶりは、目を見張るものがあった。正に獅子奮迅の活躍。更に、ドワーフの投石や斧による攻撃で、城壁にかかる梯子の数がみるみる破壊されていく。順調。順調。だが、匂いはいただけないな。城壁の外側でゴブリンの死体の山が築かれるのを見て、俺は鼻を摘まむ。ゴブリンの死体から発せられる匂いは、生ごみを放置したときに発生する匂いに近いものがあった。
少しでも匂いから逃れるため、城壁から降りようかと考えていると、顔を青ざめさせたエルフの兵士が一人。エドガーの元に駆け込んでくることに気が付いた。嫌な予感がする。
「春弥。降りて来い。隣の区画にゴブリンが入り込んだ。ここは、我々が守るから、君の部隊で救援に行ってくれ」と、エドガーが叫ぶ。
「了解しました」
まじかよ。隣の区画の部隊は何やってるんだよ。俺は心の中でそう吐き捨てると、魔族の兵士たちに付いてくるように指示をする。
梯子を使い、城壁から降り、俺は走る。
隣の区画に着くと、エルフやドワーフたちがゴブリンを相手に白兵戦を展開していた。このままでは、砦の中にゴブリンたちが雪崩れ込んで来てしまうではないか。
「城壁まで、押し戻せ」
俺がそう命令すると、「助けて」と、女性の叫ぶ声が聞こえてきた。俺は声のした方に目をやる。叫び声の主は真理たちの部屋に行く際に見かけたエルフの少女だった。
俺は自分の目を疑った。
ゴブリンがエルフの少女に馬乗りになり、服を破いているではないか。戦闘中だというのに、本能の赴くまま生殖活動をしようとしている。このままでは少女の身体だけでなく、心にも傷を作ってしまう。早く助けてやらないと。
俺はエルフの少女の傍に駆け寄り、ゴブリンの顔面に蹴りを入れる。小さく悲鳴を上げるゴブリン。鼻を押さえながら、俺を一瞥すると、剣を持たないまま俺に向かってくる。俺はそれをよけながら、ゴブリンの腹を剣で薙ぎ払った。
「大丈夫か?」と、俺はエルフの少女に声を掛ける。怯えた表情の少女は破られた服で自分の身体を隠しながら無言のまま、頷いた。
真理も襲われていないといいが……。
俺は不安を募らせながらも、再び剣を振るい始める。そのときだった。涙目のリリムが肩で息をしながら、俺の傍に駆け寄ってきたのは。
そして、「真理様が重傷を負いました」と、リリムは言う。
「今、真理はどこにいる?」
「救護所です。案内しますので、付いて来て下さい」
後は頼んだと、俺は心の中で魔族の兵士たちに指示をする。鎧の騎士や骸骨剣士たちが頷いた。ちゃんと、伝わったようだ。俺は踵を返し、駆けるリリムの後を追った。
次回「幼馴染と魔女契約を結んだら」を投稿します。
少しだけ、エッチな内容になりますので、そういうものが苦手な方は次回は読むのを飛ばしてください。
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