4話 幼馴染を買い物に誘ったら
論功行賞はエドガーが食堂に一人ずつ呼ぶ形で進められていった。俺も名前が呼ばれると、食堂の中に入り、一枚の紙と何か硬い物が入っている麻の袋を受け取る。感触から推測するに、袋の中身は硬貨だろう。紙には報酬に関しての明細が書かれていた。
ゴブリン討伐報酬 銅貨五十枚
出陣に関しての手当 銀貨一枚(陪臣の手当も含む)
陪臣とは鎧の騎士のことだろうか。ちなみに、銀貨一枚は銅貨百枚と同じ価値らしい。つまり、一人あたりの出陣の手当は銅貨五十枚。出陣しただけで、手当が貰えるなら、新たな戦力を召喚しておけばよかったと、悔やんだが、後の祭りだ。
更に、エドガーの隣にいるエルフの商人に、銀の粒とゴブリンから奪った剣を手渡した。銀の粒は銅貨八十枚で引き取ってくれるらしいが、ゴブリンの剣は錆びや刃こぼれがひどいという理由で銅貨五枚にしかならなかった。持ち帰っても仕方がないので、その値段で売却することにする。銅貨の数が多くなってしまったので、俺は商人に両替を頼んだ。これで、銀貨二枚に銅貨が三十五枚だ。真理を買い物に誘うことが出来る。
俺は食堂を出ると、自分の部屋に皮の鎧と剣を置いた。そして、意気揚々と真理の部屋の前に立つと、ノックをした。
「真理。帰ってきたぞ」
真理が勢いよく扉を開ける。
「お帰り。無事で良かった。怪我はしてないよね?」
「ああ。大丈夫だ。今から商店街に行けるか?」
「うん。行く」
よっぽど、買い物に行くことが待ち遠しかったのか、真理が俺の腕を掴んで引っ張りながら、歩き始める。まあ、服が制服一着という状況だし、洗濯することもままならないようでは、乙女としては許せることではないのだろう。
商店街に着くと、エルフやドワーフでごった返していた。特に、干し肉を売っている店の前には、ドワーフがひしめき合っている。まるで、学校の購買所のようだ。俺はその光景を横目で見ながら、真理と共に服を売っている店に向かう。
服屋は木造だった。中に入ると、折りたたまれた服やズボンが置いてある。ハンガーにかかったものも全身を映すことの出来る鏡も置いていないが、買い物すること自体に支障はないだろう。似合っているかどうかは、真理に聞けばいいわけだし。
「欲しいのがあったんだよね」
真理はそう言いながら、一着の服を手に取る。花柄のワンピースだった。店員に値段を聞くと、銅貨三十五枚だと答えが返ってくる。
俺も布製の服を一着。それと、リリムの分も含めて麻で出来た寝間着を三着。買うことにする。代金は占めて銅貨九十枚だ。俺は銀貨を一枚を渡す。店員がお釣りの銅貨を数えている間に、真理が何か呟いていることに気が付いた。
「どうした?」
真理が黙る。
「だから、どうしたんだよ。欲しいものがあるなら、言えよ」
真理は何かを言いたげだが、体をくねらせながら、顔を赤らめている。覚悟を決めたのか、それとも諦めがついたのか、真理は虫の羽音のような小さな声で言った。
「下着も欲しいな。出来れば上下それぞれ二枚ずつ」
俺は口を大きく開ける。きっと、俺の今の顔はムンクの叫びに描かれている人物のような顔をしていることだろう。何故、俺は察することが出来たなかったのだろうか。
「そ、そうだな。それも買わないとな」
俺は慌てて、お釣りを渡しに戻ってきた店員に、下着を売っているか聞いた。
「勿論、ありますよ。アンダードレスもありますが、見ますか?」
「えっと、真理。見といて。俺は他の店を見ながら待ってるから」
俺はそう言うと、逃げるように店から離れた。
適当に店に入り、適当に武具や防具を眺める。服屋に戻ったのは真理とのやり取りを終えてから二十分程。経ってからのことだった。
「代金は銀貨一枚と銅貨十枚になります」
下着って、思っていた以上に高いんですね。俺はそう思いながら、袋の中から硬貨を取り出す。これで、残ったお金は銅貨35枚だ。
まさか、衣服類だけで稼いだ金額の殆どを使ってしまうとは思いもしなかった。俺は女性と買い物をするということを甘くみていたようだ。勉強代としては少々高いような気もするが、二人の溝を埋めるための必要経費だと自分に言い聞かせる。
「ありがとう。春弥」
表情に笑みが戻った真理の顔を見ながら、俺は安堵のため息をついた。
◇
俺の部屋でワンピースに着替えた真理が体を回転させている。俺も笑みを作りながら、その光景を眺めている。
「そうだ。真理。大人しく待っていてくれていたか?」
「うん。勿論だよ。砦の外に出るなんて怖くて出来ないもん」
そうか。そうか。真理が私も戦うと言ったときは、どうなることかと思っていたが、考え直してくれたようで何よりだ。
そして、もう一つ気になることがあったので聞いてみた。中々、タイミングが掴めずに聞けなかったことだ。
「何で、卒業式の後、あんなところにいたんだ?」
真理が立ち止り、真剣な顔つきになる。
「こんなお願い出来る権利なんて私にはないだろうけど、もう少し待ってくれるかな? いつか、理由を言うから」
「うん。まあ、無理に聞こうとは思ってないからいいよ。言いたくなったときに言ってくれ」
真理は頷き、「私。部屋に戻るね。デートしたみたいで楽しかったよ」と、言いながら部屋を出て行った。
デートか。そういえば、真理と二人っきりで買い物に行くなんて、何年振りだろうか。
真理と継続的にデートをするような関係を築くことが出来たらいいな。なんて、考えていると、「いい感じじゃないですか?」と、リリムが言いながら、部屋に入ってくる。こいつはいつも、にやけ顔だな。
「おかげさまでな。これからも真理のこと。頼むぞ」
「勿論ですよ」
「それとだな。戦力を増やしたいと思っているんだが、どんなものを召喚出来るのか、教えてくれないか? あと、召喚出来る数もだ」
「それでしたら、この間、言った骸骨剣士なんてどうでしょうか。イメージしやすいと思いますし、春弥様が持っている魔力なら三十体ほど召喚出来ると思いますよ」
早速、俺は目を瞑り、頭の中で骸骨を思い浮かべる。確かに、イメージしやすい。
「春弥様。目を開けてください。召喚成功です」
目を開けると、けたけたと不気味に笑う骸骨が立っていた。服はぼろぼろだし、右手には尋常じゃないほどの刃こぼれのついた剣を持っている。鞘すらないようだが、戦っている途中に剣が折れて、戦えなくなるような状況になってしまうのではないだろうか。
俺は骸骨に近付き、服の破れて穴が開いた部分から、覗き込む。鎧の騎士と同じように青い炎が見えた。こいつにも魂があるようだ。
「春弥様。この骸骨剣士も十分、お役に立てると思いますよ。ただ、持っている剣なのですが、見た目通りの脆さでありまして、折れるたびに……治すために微量ではありますが魔力を供給する必要がありまして……」
「まじか」
俺は項垂れる。いや、まあ、微量だと言ってるわけだから大して心配する必要はないのだろうが。少し、めんどくさいなと思ってしまう。
「召喚や治療で、どれぐらい魔力が消費されるのか、ゲームのようにステータスが表示されるとか出来ないのか? リリムだって、俺の魔力の数値が分かっているようだし」
「ステータス表示ですか……、それはさすがに私めにも出来かねます。私めにも数値そのものが見えてるわけではありませんので」
「そうか……」
俺はため息をついた。異世界に飛ばされたぐらいなのだから、そういったことも出来るかと思ったのだが。
「でも、春弥様。魔力は時間や日数をかけることで自然に回復し、蓄積されていきますし、それに魔女から分けてもらうという方法もありますから」
「魔女?」
「ええ、春弥様と契約を結んだ女性のことです。契約を結ぶ方法につきましては、まあ、すぐにその機会が訪れると思いますので、そのときに説明いたしましょう」
何をそんなに勿体ぶっているのだろうか。俺は眉をひそめながらリリムの顔を見る。
「ですから、すぐに来ますって」
リリムはそう言うと、再び顔をにやつかせたのだった。
次回「ゴブリンに強襲されたら」を投稿いたします。
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