3話 ゴブリン討伐に行ったら
商人のいるエリアに行くと、そこは小さな商店街のようだった。ここでなら、服を買うことも出来そうだ。早速、女性陣が商人と話始め、お金がないというのに品定めまで開始してしまう。男性陣のことは、お構いなしだ。
異世界に飛ばされても、女性の買い物好きは変わらないのだと、俺は半ば呆れていると、鐘の音が鳴り始める。火事でもあったのか、穏やかな鳴らしかたではなかった。
アランの顔からは笑顔が消えている。そして、走ってきたエルフの兵士が俺とアランを呼んだことで、早くもゴブリンと戦うときが来たのだと、俺は悟った。
ちなみに、アランは傭兵だそうだ。この砦の中にいるエルフ以外の種族は、ドワーフを含めて皆、傭兵らしい。アランなんて、まだ、十六歳だというのに、色々と苦労してるのだなと、俺は勝手に同情する。まあ、俺もまだ、十八歳なわけだが。
真理がこちらを見ているが、「大丈夫だから、買い物を続けてて」と、俺は言い放ち、アランに付いていこうとした。
「ぼくは自分の部屋に戻るから、春弥も武器庫に行きなよ。まだ、武器を受け取ってないんでしょ?」
「ああ、分かっけど、武器庫はどこにあるんだ?」
「そっか、まだ、ここの砦に来たばかりだもんね。じゃあ、付いてきて」
アランだって、自分の武器を取りに行かなきゃいけないのに、悪いことをしてしまった。
「すまんな。この埋め合わせは近いうちにする」
「そう? 期待しておくね」
俺がアランの後ろを追いかけて行くと、ある建物に辿り着いた。扉の前では番人らしき兵士が立っている。アランは、「また後で」と言い、去っていく。ここが武器庫なのだろうか。番人が鍵を開け、武器庫の中に誘導する。
剣や槍といった武器の他に、木の盾や皮で作られた鎧のような防具まで揃っていた。心なしか、サイズが小さいように思える。傭兵にドワーフが多いからだろうか。
武器も防具も支給されるのは一個ずつのみだと言うので、皮の鎧を着るのを手伝ってもらいながら、自分には何が一番合っているのかを考える。
経験のない人間では斧とか剣を使っても、ろくに戦えないだろうし、弓矢にいたっては論外だ。俺は槍を選ぶことにした。リーチの分だけ有利になるような気がしたからだ。扱えるかどうかは、実際に戦ってみないとわからないが。
槍を手に持つと、番人が広場に行けと言う。皆、そこで集合することになっているらしい。俺は広場の場所を聞き、向かうことにする。
◇
広場に着くと、既に多くの兵士が待機していた。二百人ほどいるだろうか。それぞれ武器を持っているが、やはり、エルフは弓を、ドワーフは斧や剣を持っている割合が高い。アランを見かけると、俺は傍に駆け寄った。アランはダガーを腰にかけ、クロスボウを背中に背負っている。どちらかは自前の武器なのだろうか。
エドガーがゴブリンの侵入してきた場所を説明している。それを聞きながら俺は武者震いをしていた。
「これから行く森の中じゃ、槍なんて使えないよ。武器庫に行って交換してきてもらったら?」
アランが俺の持っている槍を見ながら言う。
「えっ、そうなのか?」
何から何まで世話になってしまう。俺は急いで武器庫に行き、小さなめの剣を掴むと、広場に戻った。既に、兵士たちが進軍を始めている。
俺は鎧の騎士を召喚するのと同時にあることに気が付いてしまった。真理のところに護衛の魔族を置いてくるのを忘れてしまっていたのだ。何かあれば、リリムが対応してくれると思うし、砦の中にいれば大丈夫だろうと思うが、俺は不安が払拭出来ていなかった。
アランが俺に気付き、駆け寄ってくる。エドガーの説明をろくに聞かなかった俺に任務の内容を教えてくれた。
どうやら、この砦の他にも、ゴブリンの侵入を食い止めるための監視所はいくつかあるらしい。そして、そこから狼煙が上がった。つまり、援軍要請があったのだそうだ。
「いよいよか」と、俺は呟く。
「春弥。緊張してるでしょ」
「ああ。でも、そんなの当然だろ。初陣だぜ」
アランがくすりと、笑う。小心者で悪かったな。
戦力を増やすことも考えてみたが、リリムがいない状況で勝手に召喚を行うのは、正直なところ恐ろしい。増やすのは次の機会にすることにした。
砦から出て少し進むと、森の中が険しくなる。なるほど。これでは、枝などに邪魔をされて槍が振り回せない。これからも、アランのアドバイスは積極的に聞いていくことにしよう。
◇
進軍を続けていると、前方で声が上がる。接敵したのだろうか。俺も鞘から剣を抜く。アランもクロスボウを持つと、後部に付いているハンドルを回し、弦を巻き上げる。周囲を見渡し、ゴブリンが来るのを待っていると、訪れたのは静寂だった。鳥の鳴き声一つしない。
「どうなったんだ。アラン?」
「ゴブリンの数が少なかったのかも。でも、油断しちゃ駄目だよ。まだ、隠れているかも知れないから」
アランの言葉が正しいことを示しているように、散開するように命令が伝達された。山狩りならぬ、森狩りの始まりだ。俺とアランは、鎧の騎士を先頭にし、慎重に足を進めて行く。
前方の茂みが揺れたことに気付き、俺は鎧の騎士に見てくるように指示をした。俺とアランも武器を構えて、ゴブリンが出てくるのを待つ。予想通り、ゴブリンが隠れていたが、飛び出してきたところは揺れた茂みのある場所とは違っていた。
アランが矢を射るが、慌ててしまったのか外してしまう。クロスボウは威力自体は大きいが、矢を装填するのに時間がかかる武器だ。アランはクロスボウを地面に置くと、ダガーを鞘から抜いた。ゴブリンが持っている剣を相手にするには、分が悪いだろう。
俺も助けに向かおうとするが、そのとき、背後から物音がしたことに気が付いた。隠れていたゴブリンは一匹ではなっかた。後ろに振り向くと、ゴブリンが飛び上がり斧が振り下ろしてくる。俺は剣でそれを防いだが、地面に倒れこんでしまった。
俺が思っていた以上にゴブリンの力は強い。鍔迫り合いをしながら、鎧の騎士にこちらに戻るように指示する。
ゴブリンは黒く汚れた歯を見せながら、甲高い泣き声で威嚇してくる。そして、俺の首を噛もうと、顔を近付けてくる。俺が目を閉じようとしたとき、ゴブリンの横腹に一本の矢が刺さった。刺さった矢を抜こうとしながら悲鳴を上げるゴブリン。俺は持っていた剣を何度も振り下ろす。鎧の騎士もそれに加わり、ゴブリンの首をはねる。
肩で息をしながら、アランの方に目をやると、アランも丁度、ゴブリンの首をダガーで斬って、とどめをさしているところだった。そのゴブリンにも腰のあたりに矢が刺さっている。
俺は辺りを見渡し、二人の弓を持った兵士の存在に気が付いた。二人ともイスラム圏の女性が着るブルカのような服で、全身を覆ている。顔の部分も網状になっているので、種族すら分からない。
「助かった」と、右手を挙げながら俺は謝意を伝えると、二人の弓を持った兵士も右手を挙げ、そして、去っていった。
「あの人たちは誰だ? それに、こういった場合、報酬はどうなるんだ?」
「うーん。顔も隠していたし、ぼくも誰だか分からないや。それと報酬のことなんだけど、普通は折半なんだよね。こういう場合。だけど、何も言わずに行っちゃったね」
アランが首を傾げる。それもそうだろう。折角、金銭が得られるというのに、自ら放棄して、どこかに行ってしまったのだ。何のために傭兵をやっているのだろうか。
俺たちは戦功を記録する軍監と呼ばれる兵士に、ゴブリンの死体を確認してもらい、さらにゴブリンの来ていた服のポケットの中を弄った。胡桃が数個入っているが、さすがにそれを口にするのは気が引ける。俺は胡桃を戻すと、今度はビー玉と同じぐらいの大きさの金属の粒を見付けた。
「それ、銀の粒じゃん。後で、商人に換金してもらったら」
俺は目を細めながら銀の粒を掲げる。木々の間から漏れる日の光に照らされて輝いており、綺麗だ。俺は銀の粒をズボンのポケットに仕舞うと、再びゴブリンの捜索を始めた。
「大丈夫? 春弥」
俺の体が震えていることに気付いたのだろう。アランが心配してくれる。
「ああ、大丈夫。ゴブリンが怖かったわけじゃないから」
事実、ゴブリンが怖くて震えているわけではなかった。命の奪うという方法で、命のやりとりをしたこと自体が怖かったのだ。仮に、今のが人間だったとしたら、俺の精神は正常を保つことが出来ただろうか。改めて、エルフに力を貸すことがどんなことなのか、痛感させられる。俺は気を引き締めるため、首を横に強く振った。
結局、捜索を続けたものの、ゴブリンに遭遇することはなく、日が沈まないうちに、砦に帰還することとなった。
次回話「幼馴染を買い物に誘ったら」を投稿する予定です。
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【お詫び】2話目が消失する事件がありましたが、現在は復旧しております。また、日曜日の定期更新の予定でしたが、不定期更新に変えさえていただきます。これからもっと頑張りますので、なにとぞご容赦ください。